“トランプ大統領への手土産”として話題になった「金色のミャクミャク貯金箱」。制作したのは、数多くのユニークな商品を世に送り届けてきたヒットメーカー、ヘソプロダクション・代表の稲本ミノルさん(49)だ。
なぜヒットを連発できるのか。フリーライターの笹間聖子さんが、その秘訣に迫った――(第2回/全3回)。
■ヒット商品を生み出す“4つの法則”
(第1回「出世絶たれ→脱サラ49歳の大逆転…企画1000本却下された男の『金色のミャクミャク』がトランプ大統領に届くまで」からつづく)
流行語大賞を授与された「忖度まんじゅう」、発売30分で完売した「平成の空気缶」、これまで累計100万本以上を売り上げる「マジックふりかけ」……。
ヘソプロダクション(以下、ヘソプロ)代表、稲本ミノルさん(49)のヒット作は、トランプ大統領に贈られた「金色のミャクミャク貯金箱」にとどまらない。
なぜ次から次へとヒット商品を生み出せるのか。
稲本さんに尋ねて見えてきたのは、“4つの法則”だ。
①「ネタ」と「ストーリー」がある

②「違和感」がある

③「70%の完成度」で出す

④「点」ではなく「面」で見せる
順を追って見ていこう。
1.「ネタ」と「ストーリー」がある
稲本さんは、自分がつくる商品は「漫才師のネタのようなもの」と思っているそうだ。「人が人としゃべる際の、コミュニケーションツールの1つ」だと捉えている。
「関西人魂もありますが、とにかく面白いものを作りたい。『マジック型のふりかけがあったで!』と通りすがりにチラッと見ただけでもその商品についてしゃべりたくなる、誰かに伝えたくなる“ネタ”をつくれば売れる」。
ただしこの「面白さ」のレベルには注意が必要だ。
「そんじょそこらの面白さ」ではヒットしない。「めっちゃよく考えてんな作った人」と消費者に感心されるほどつくり込むのがポイントだという。同時に、「ストーリーのないものづくりをしても絶対バズらへん」と稲本さん。
■「蜂蜜みたいでおいしそう」がきっかけだった
ネタとストーリーのある事例として教えてくれたのが、2020年に発売し、初回製造分の1000個が3分で完売した、「はちみつアラビックリ⁉ヤマト」(以下、アラビックリヤマト)だ。
「アラビックヤマトののり容器に蜂蜜が入っている」ところが、誰かに伝えたくなるネタの部分。たしかに、一見しただけでは分からない驚きと面白さがある。
ストーリーはというと、「まず、製造元のヤマトさんがアラビックヤマトをもっと広めたい相談に来たときに、子どもの頃から『のりが蜂蜜っぽくておいしそうと感じていたこと』を思い出したのがヒントになった」と稲本さん。
そこから、「のりは固まったらあかんから容器は密封性を持っている。それなら蜂蜜でも乾かないし、白くならないよな。しかも、のりがあんなにきれいに塗れるなら、はちみつもうまく出たら塗りやすいんちゃう? はちみつの瓶ってそもそもなんで瓶なん。開けにくいし、触れたら手がベタベタになったり、スプーンがカピカピになる。それが全部のり容器に入れたら解決するやん!」と考えた。

「全部たまたまではなく、狙ってやっていることが重要」とのこと。1から10までものづくりの文脈を説明できるということだろう。
■反対意見はむしろ「追い風」
2.「違和感」がある
もう1つ、稲本さんが大事にしているのが「違和感」だ。
「みんながひっかかり、二度見するもの。『なんで、どういうこと?』と思われるものをつくったほうがニュースになるやんか」
つぶらな瞳の黄色い犬の容器に、赤いキャップの蓋が乗ったでんぷんのり「フエキのり」のキャラクター「フエキくん」を容器にした綿棒もその一つだ。「なんでのり容器に綿棒が!」という違和感。認知度の高いもの、子どものときから馴染んでいたものほど違和感につながりやすい。
機能性や味など、商品自体が「いいもの」であることも重要なポイントだ。「違和感」だけでは購入やリピートにはつながらない。
もちろん、違和感のあること、人がやらないことをやると、反対意見も必ず出る。しかし、それは追い風だ。
今の時代はそれがSNSに投稿され、拡散される。
「なんか気持ち悪いんだけど」「ほんまにようこんなくだらないことを商品にしたな」「いやかわいいやん」など、賛否両論があるほど、バズにつながっていくという。
「バズる商品は初動でわかります。これはくる、という商品はアンチがざわつく。その批判を含めて、注目してくれはる人は、PRに貢献してくれていると思っています。無風状態では絶対バズらない」
■アイデアは3人が同時に思いつく
3.「70%の完成度」で出す
ヒットを生むには、スピードも重要だ。
稲本さんはサラリーマン時代、稟議が通らなかった企画と似た商品が、他社から発売された経験を何度も重ねた。だから、「アイデアは3人が同時に思いつく。早いもの勝ち」が信条だ。
「そのうち一人はつくらない。あと二人はつくる。それやったら、後はどちらが早いかだけ。大手メーカーは100%作り込んだ商品を世の中に出します。
クレームを避けなければいけないから。でも、僕は70%で早く出す。100%への答えは、消費者から得られるからです」
客からの『もっとこうしたら良かったのに』という意見に沿って改善していけば、100%の商品にブラッシュアップできるということだ。発売前に万全を期すためにテストを繰り返していたら半年、1年発売時期がずれる。すると「今だ」というタイミングを逃してしまう。未完成でも世に問い、その後にリニューアルをどんどんすればいい。
「マジックふりかけ」も最初、ふりかけが出る先端部分につまりが起きやすかった。特にのりたまがうまく出なかったという。「もっと先を広げて出しやすくして」「広がりすぎたらドバッと出るから困る」など、客の声から改良を重ねて今がある。
4.「点」ではなく「面」で見せる
売り場も重要だ。
ヘソプロでは、商品を卸すだけでなく、在庫を持って小売店に配達し、売り場をつくるところまで自社で行っている。これには、品出しや陳列、ポップづくりや飾りつけも含まれる。
問屋や小売店に卸して終わる、一般的なメーカーとは一線を画すスタイルだ。
どうしてそこまでするのか。これもサラリーマン時代、「商品は非常によくできていて面白くても、売り場で目立たず売れない」失敗を重ねていたからだ。「だったら、売れる売り場を自分でつくったほうが近道」と、消費者の心理を自己流で研究してつくるうちに、「売れる売り場づくり」ができるようになったという。
では、「売れる売り場」とはどんなものか。
稲本さんによると、商品を「点」ではなく「面」で見せることだという。ポップや飾りを駆使して「世界」を演出するのだ。万博なら、ミャクミャクがあちこちに飛び交う楽しそうな雰囲気を。タイガースのお菓子なら、黒と白のストライプデザインで統一感をつくる。
加えて、売り場に「ストーリー」も持たせる。売り場にストーリーとは……と思われるかもしれないが、コンビニを観察すれば、「入口左にはこれ」「最後のついで買いを狙って、気軽に買える100円ぐらいの商品をレジ前に置こう」など、人の動線を考えた文脈が必ずある。それがストーリーだ。

「普段からアンテナを張っていれば、『この店、探しやすい』など、いくらでもストーリーに気づくことができるはず。消費者として店を訪れた際に、よく観察することが大切です」
■自社経営の店をオープンした理由
売り場づくりの究極は店づくりだ。
ヘソプロは現在、3店舗を自社経営している。その1つは、2020年に心斎橋パルコ内にオープンした、フエキのりの「フエキくん」グッズの専門店。何千万円もかけて、世界初の「フエキくん空間」をつくった。
目的は当然、フエキくんグッズを売るため。そして、キャラクターコンテンツのブランド力を高めるためだ。店舗なら、客が圧倒されるくらいの品数とアイテムを駆使して「異空間」をつくれる。そうすれば、もっと加速度的に売れるはず。そう考えて仕掛けたのだ。
2024年11月にはJR新大阪駅構内に、2025年4月にはJR大阪駅コンコース内に、それぞれ、ミャクミャクのオフィシャルストアもオープンした。
「自社経営の店があると、より積極的なものづくりができます。メーカー特有の『うちの販売ルートのどこで売るねん』という制約がなくなり、自由な発想が可能になるからです。『店にはこういうものがいるよね。こういうものが大事だよな』という視点で企画を進めていけば、大きくは外しません」。
また、フエキショップでは、「フエキノリの容器に入れるソフトクリーム」も企画した。しかも、提供はセルフサービスだ。そのきっかけは意外にも「スタッフに楽をさせたいから」だったそうだ。
客に自己責任でソフトクリームを入れてもらえば、スタッフがきれいに巻く必要はない。「自分で体験して、写真をとってSNSにあげたい」というニーズも叶えられる。登場してすぐ、このスタイルは他店に真似された。でもそれが楽しい、と稲本さんはくっくっと笑う。
「業界の概念を覆している感じがいいんです。世の中に、こんなんおもろない? と投げかけるのが好きなんかも」。
■万博という舞台で見せた真骨頂
稲本さんが10年かけて培ってきた商品づくりのメソッド。その真骨頂が発揮されたのが、大阪・関西万博だ。
「コロナで傷んだ関西経済の復活祭」と位置づけ、2年以上前からミャクミャクグッズ製作の準備をはじめた。
国のビッグイベントには関わった経験がなかったので、「どう進めていったらいいのか。お金はどれぐらいかかるか」から、人づてに聞いていった。
「万博が成功するかしないかは別として、関わることは開催が決定した5年前から決めていました。ずっとこの業界でやってきたことの集大成にしたいと思っていたんです」
ミャクミャクグッズは、申請してロイヤリティを払えば誰でもつくれる。しかし、そこからの工程は想像を絶するものだった。まず、1個ずつに申請書類が数多くあり、デザイン監修も厳しい。ミャクミャクの赤と青の色、しずくの表現、目の位置――「もっとこうして」と細かい修正指示が何度もきた。
そこまで厳しい監修は、経験したことがなかった。「特に万博内で販売する商品には輪をかけて厳しく、何度も心が折れそうになった」と、辟易とした表情を浮かべる。
■土産店に「アクキー」があふれるワケ
そもそも、ミャクミャクは左右・上下非対称で制作が非常に難しいキャラクターだ。しかも、当初は平面デザインしかなく、新しいポーズを作るとなると、一から立体3Dで設計する必要があった。製作には半年以上かかり、費用も300万円以上かかる。アクリルキーホルダーなど平面商品に比べると、監修チェックも厳しい。
けれど稲本さんは、「開発費がいくらかかっても、クオリティの高い商品を作っていきたい。ほかのメーカーがしないことを」と立体にこだわった。
ものづくりの観点から見ると、マグカップ、クリアファイル、アクリルキーホルダーなどにプリントするだけのアイテムは「イージー」すぎる。小ロット短納期で、印刷機さえあれば誰でもつくれる。しかも、大阪・関西万博は10月13日に終わる。その期間の短さを考えると、なおさら大きく費用と手間をかけずに済むこれらの商品は、ほかのメーカーもわんさとつくるに違いない。
ヘソプロも、それでいいのか――。いや、よくない。これまでの10年の感謝を、消費者にものづくりで還元していきたい。たとえ儲からなくても。
歯を食いしばり、信頼するデザイナー、金型業者、メーカーと共に、扇風機、砂時計つきのカップ麺の蓋、シリコンポーチなど、立体アイテムを次々に生み出していった。いずれも、目玉のカーブ1つまで丁寧につくり込んでおり、手に取らせてもらうと、「少なくとも5年は使えるのでは」と感じられるクオリティだ。
こうして生み出したアイテムは、会場内で販売するものだけで350種類、会場外と合わせて500種類にのぼった。
■まさかの「飛行機輸送」で大出費
ところが、さらなる試練がやってくる。会場内で販売する商品は会場外と違い、厳しい「品質保証」が必要となったのだ。
開幕まで残り数カ月、開幕に合わせたギリギリのスケジュールでの製作で、見本品がまだ手元にない。検査に送るには、急ぐしかない。
店側からも、「いつ商品は上がるの?」と急かされた。4月のテストランに間に合うよう納品しなければならない。中国の工場で完成次第、通常は船便のところを数百個、高額な飛行機で輸送した。
「それを350種類分やったので、もう地獄です。検査費用も莫大でしたが請求できない。元々のロイヤリティも高いので、商品価格を上げざるを得ません。『これは儲からん。それでも、もう止まれへん』と覚悟しました」
■「金色のミャクミャク」が生まれた瞬間
混乱の中で生まれたのが、トランプ大統領に贈られた、あの金色のミャクミャク貯金箱だ。
なめらかなソフトビニール製で、直径25cmと大きい。カラーはスタンダード、モノクロ、反転カラー、ゴールドの4色。
結果を見ればトランプ大統領の影響もあり、ゴールドだけで1000個、トータル2000個が1カ月で完売する。だが、開幕前はどこまで通用するか、まったく分からなかった。しかも8800円と高額だ。
正直、賭けだった。けれど、愛知万博で「飛ぶようにグッズが売れた」と聞いており、「大爆発するんじゃないか」という予感も少しはあったそうだ。
また、この貯金箱の金型は、約300万円かけて製作していた。ならば、1種類だけではもったいない。同じ型を利用して、万博に来てくれた人しか買えない色もつくりたいと考えた稲本さん。元々はスタンダードのみで、2024年11月から万博の外にあるオフィシャルストアで発売を開始していた。新たに、モノクロ、反転カラー、ゴールドを用意した。ゴールドは、世界中から訪れるインバウンドのニーズに合わせたものだ。
「海外旅行に行くと、キティちゃんなどのキャラクターを金色したアイテムをよく見かけます。だから好まれるんちゃうかと。それを貯金箱にすれば、お金も溜まりやすそうだなと」
■「政府の人が10個まとめて買っていったぞ!」
見本品ができると、近鉄百貨店のバイヤーがひと目で、「ゴールドだけうちで売らしてほしい」と申し出る。最初に完成した1000個全部を、万博会場内の近鉄百貨店で販売することになった。
2025年4月13日、開幕の日。
その朝、稲本さんが会場にいると、近鉄百貨店の担当者が息を切らして駆けよってきた。
「今政府の人がきて、『これ10個すぐ用意できるか』と言って、10個まとめて買っていったぞ」
開幕セレモニーに来ていた政府関係者の一人だった。一体なにに使うのか。疑問が頭をかすめたが、開幕の忙しさでそれどころではなかった。しかし1週間後の4月18日、稲本さんはニュースでその1つを見た。
金色のミャクミャクは、ホワイトハウスにいたのだ。
「政府の人のって、あれやったんや」ひとり、つぶやいた。

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笹間 聖子(ささま・せいこ)

フリーライター、編集者

おもなジャンルは「ホテル」「ビジネス」「発酵」「幼児教育」。編集プロダクション2社を経て2019年に独立。ホテル業界専門誌で17年執筆を続けており、ホテルと経営者の取材経験多数。編集者としては、発酵食品メーカーの会員誌を10年以上担当し、多彩な発酵食品を取材した経験を持つ。「東洋経済オンライン」「月刊ホテレス」「ダイヤモンド・チェーンストアオンライン」「FQ Kids」などで執筆中。大阪在住。

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(フリーライター、編集者 笹間 聖子)
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