■危険な暑さが日本列島を襲う
「尋常でない」「危険な」「サウナのような」「うだるような」「ジリジリ」「ギラギラ」「カンカン照り」「汗が噴き出すような」「まとわりつくような」……。もはや、どんな形容も物足りない。
2025年の夏の暑さは尋常でないレベルに達している。熱中症や作物被害に加え、牛豚鶏など家畜も夏バテで搾乳量の減少や肉、卵の価格高騰も報じられている。
8月5日には伊勢崎(群馬)で41.8度を観測し、全国歴代1位記録を更新した。7月30日に柏原(兵庫)で41.2度を観測してから、1週間も経たないうちに0.6度も上回って、再び、全国における高温記録を塗り替えた(昨年以前の最高記録は2018年に埼玉県熊谷市、2020年に静岡県浜松市で記録した41.1度)。
気象庁が今年7月の日本国内の平均気温が平年(2020年までの30年平均)より2.89度高く、統計を始めた1898年以降で最も高かったと発表するなど、今年の夏の暑さを示すデータがいろいろ発表され、それが報道されているが、全国的な暑さを包括的に示す指標は猛暑日を記録した地点数なので、このデータから今年の暑さの状況をまず見ておきたい。
日最高気温が35℃以上の日を指す「猛暑日」は2007年に気象庁が制定した気象用語であり、そう古くからある用語ではない。
図表1には、気象庁のデータから昨年と今年の猛暑日地点数の日別推移を掲げた。2012~24年13カ年の平均猛暑日地点数も参考に点線の推移で掲げた。
■過去最多だった2023年、24年を大きく上回る暑さ
図中には、5~10月の毎日の猛暑日地点数を累計した延べ地点数を2012年以降昨年までの推移を棒グラフで示した。2018年に6487カ所とピークを記録したのち、しばらくは2000~4000カ所レベルで落ち着いていたのであるが、2023年には7000カ所を超え、さらに昨年の2024年には1万カ所を超え、過去最多を2年続けて更新し、暑さのレベルが過去を上回り続けている。
ところが、今年に入ると、6月から猛暑日を記録する地点が急増し、これまでの累積の猛暑日地点数が昨年以上に増える勢いとなっている。日本列島はまさに未曽有の暑い夏を経験しているのである。
この点は、日別の累積地点数のグラフを描いて見ると視覚的にもはっきりする。図表2に見るように、2025年は8月上旬の段階で、累積数が延べ地点数は、過去最多だった過去2年の2023年、2024年を大きく上回る勢いで増加し続けているのである。
■猛暑日の増加は世界的傾向
このように最近3年、日本の暑さはどんどん尋常でないレベルを更新しているわけであるが、猛暑日が増加する傾向は日本だけの現象ではない。
猛暑日について、地点数ではなく、猛暑日を経験した人口の各国の割合がOECDの報告書に掲げられているので、これを図表3に示した。
日本の値は53%とOECD平均の29%を上回っており、先進国の中では暑い国だといえるが、世界の中では日本を上回るもっと暑い国も多い。これはなぜなのであろうか。
インド、中国、米国、ブラジル、オーストラリアといった大陸国では人口の60%以上が猛暑日を経験している。
同じ東アジアでも、猛暑日経験人口割合が、「大陸国」の中国では78%、「半島国」の韓国では60%、「島国」の日本では53%とほぼ同じ緯度帯であるにもかかわらずかなりの違いが生じている。
インドネシアは熱帯に位置するにもかかわらず同値が25%に過ぎない。これはインドネシアが海に囲まれている島嶼国だからだと考えることができる。インドの値が95%と高いのは熱帯に位置しているからというより、むしろ大陸国だからと理解したほうがよさそうである。
ヨーロッパでは英国が7%、スペインが64%と大きな違いがあるのも緯度の違いより海洋性の違いが影響していると見られよう。
海沿いの地域で猛暑日が少ないというこうした状況は、国内でも沖縄で猛暑日地点数が北海道に次いで少ないことに表れている(本連載の2024年4月6日の記事=「猛暑日数が0.2日と北海道に次いで少ないまさかの県」…桜の後にやってくる猛暑を避ける超最適&意外な場所でこの点について触れたので参照されたい)。
■高齢者比率が世界一の日本での酷暑の深刻さ
次に、近年の変化について着目してみよう。データのある各国について、猛暑日経験人口割合の2000~04年平均と2017~21年平均を比較すると、ハンガリーやクロアチアといった東欧諸国は例外となっているが、ほとんどの国で、最近のほうが猛暑日経験割合が増加しており、世界全体で温暖化の傾向が認められよう。特に、韓国、フランス、ベルギー、オランダといった諸国で猛暑日経験割合が大きく上昇している点が目立っている。
日本も41%から53%へと10%ポイント以上の増加となっている。
日本は猛暑日経験人口比率からいえば世界と同じように暑さが増しているとはいえ、島国ゆえ、暑さの深刻さはまだそれほどでないという見方も成り立つかもしれない。
しかし、そうした見方は間違いである。
この点を最後に見ておこう。
■暑さに弱い高齢者にとって今年の夏は危険水域
日本人は、寒さが和らぐ4~5月(春)と暑さが過ぎた10月(秋)が好きである。
この点は、60歳以上の高年層が何月を好んでいるかに表れている。少し古いが、NHKが2007年に行った世論調査によると、4月、5月、10月をそれぞれ59%、55%、59%の高年層が好きだと答えている(図表4参照)。
一方、寒い冬の12月~2月を好む高年層は4~8%に過ぎず、暑い夏の7~8月を好んでいるのも12~14%に過ぎない。
こうした寒暖の差に由来する季節の好き嫌いは、高年層でことさらはっきりしているのであるが、中年層においても好き嫌いの程度は弱まるが傾向は共通である。なお、中年層で5月を好きな比率が44%と最多となるのは子どもと過ごす5月の連休が楽しいからだろう。
ところが、若年層では、かなり様相が異なる。16~29歳の若年層は、暑さ寒さがあまり気にならないため月ごとの好き嫌いの差がさらに小さくなるとともに、中高年層と異なり、夏休みの8月や冬休みやクリスマスがある12月が大好きなのである。適齢期にある男女にとってはやはり海や山、あるいはスキー場で開放感を感じ、男女のロマンスも生じやすい季節(いわゆる恋の季節)だからであろうか。
高齢者が暑い夏、寒い冬が苦手であることはこのように明らかであるが、地球温暖化で冬の寒さが和らぎ、夏の暑さがより厳しくなっているので、夏より冬のほうがより苦手という状況は同じ調査を、今、行えば、夏のほうが苦手と夏と冬が逆転しているかもしれない。
また、高齢者が良く見るテレビでは、夏の暑さの大変さがより強調されて報道されるが、若者が好むSNSなどでは、むしろ、夏の遊びの情報などが多くなっている可能性もあろう。
いずれにせよ、このように高齢者が若年層や壮年層と比べて、暑さに対する抵抗力が弱い点を考慮に入れると、今年の暑さは、高齢者が多くなっている日本にとって、「殺人的」とでも呼びたくなるような、まさに危機的な状況であると言えよう。
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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『統計で問い直す はずれ値だらけの日本人』(星海社新書)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)