■多感な6年間を過ごす環境としてどうか
中学受験をするにあたって、志望校選びは大切な一歩。とはいえ、たくさんの学校がある中で、いったいどういう基準で選べばいいのか。
「かつて志望校選びは、難関大への進学実績が重視されていました。しかし、最近は首都圏を中心に『多感な成長期にあたる中高6年間を過ごす環境』という観点から学校選びを考える親御さんが増えています」と言うのは、算数教育家で中学受験カウンセラーとしても知られる安浪京子さんだ。
「『とにかく東大へ』という家庭は今も一定数ありますが、単に大学受験のための勉強ではなく、将来にわたって宝物になる本質的な教育をしてくれるかどうかという観点で学校選びをする家庭が増えていると思います」(安浪さん)
一方、「親世代が抱くイメージとはずいぶん変わってきている学校もあるので、とにかく足を運んで実際に見てみることが大事です。広報・宣伝の上手な学校や下手な学校もあります。実際に先生や生徒の姿を見ることでわかることがたくさんあります」と語るのは、私立中高一貫校情報誌「SCHOOL」の編集長・吉田玲唲(れいじ)さんだ。
学校見学に行く前の知識として、どんなタイプの学校があるかを教えてもらった。
「偏差値や進学実績というわかりやすい区分とは別に、校風を知ることが学校選びの基準になります。一定期間で先生方が異動する公立校と異なり、建学の精神を持つ私立校は先生方の在任期間も長く、そのため特有の文化、校風が形づくられることが多いのです」(安浪さん)
公立中学校は基本的に男女共学だが、私立には男子校もあれば女子校もある。
「男子校や女子校は異性の目を気にすることなく、のびのび過ごせる点が一番のメリット。
私立には、大学付属校というカテゴリーもある。その名の通り、系列の大学に進学できる枠がある学校だ。中学受験で合格すれば、大学までの進路が確保されるという安心感から人気を集めている。
「とはいえ、中学時代の成績があまりにも不振だと高校への内部進学が認められないこともありますし、系列大学への進学枠が少ない学校もありますので、学校研究をされることをお勧めします」(安浪さん)
■わが子に合うのは秩序タイプか自主性タイプか
校風による学校選びの参考として今回紹介するのが、「秩序を重視するタイプ」か「自主性を重視するタイプ」か、さらにそれぞれについて「革新度が高いか低いか」で分類する方法だ。これらを首都圏の男子校、女子校、共学校の三つのカテゴリーと関西の学校について、おおよその校風がわかるように分けてもらった。
「『秩序を重視』とは、学校が学習面や生活面の秩序を保とうとする学校で、いわゆる管理型の学校です。『自主性を重視』とは、学校があまり介入せず生徒の自主性に任せていて、放任型とも言いますね」(安浪さん)
男子校については、中学課程では生徒の精神の発達段階に応じてほぼどこも秩序タイプだが、高校課程では学校ごとに文化やポリシーの差が出てくる。したがって、男子校の分類は高校の校風を基準にしている。女子校は中高でそれほどポリシーに変化はないが、男子校と比べると「秩序」と「自主性」の幅はそこまで広くない。
「生活面の管理はゆるいけれど、勉強面の進捗(しんちょく)管理などは厳しいといった学校もあります。その場合はどの程度のゆるさと厳しさかを総合的に評価して分けました」(安浪さん)
開成(男子校、東京)は、自由度が高そうなイメージもあるが、授業の後にノートを提出させるなど、勉強もしっかりさせていることから秩序タイプに分類されている。聖光学院(男子校、神奈川)は都内の学校とは異なり、近くに大学受験予備校がないため、学校がしっかり受験対策を行っている。
自分の子供の短所を直したいと、子供のタイプとは反対の学校に入れるのはアリなのか。たとえば、あれこれ介入されるのが嫌いな子を秩序タイプの学校へ、主体性がない子を自主性タイプの学校に入れてみてはどうだろうと親は思いがちだが、安浪さんは「避けたほうがいい」と断言する。
「身だしなみに構わなすぎる男子の親御さんから、『共学校に入れれば女子の目も意識してマシになるでしょうか』と相談を受けたこともありますが、絶対にやめたほうがいいです。短所をつぶすのではなく、長所を伸ばすという考え方を基本にしてください」
■新興校が人気だが伝統校の逆襲が始まる
では、「革新度」はどう見るべきか。こちらはグローバル教育や探究学習など、最近大学入試でも求められる新しい教育に、学校がどれだけ積極的に取り組んでいるかを示す。
たとえば海城(男子校、東京)や洗足学園(女子校、神奈川)には、数学オリンピックや模擬国連に挑む部活動があり、学校側が大会への参加費用などを支援している。
「両校は、こうしたチャレンジを生徒の学びへのモチベーション向上に上手につなげています」(吉田さん)
模擬国連の大会では、英語力はもちろん政治・経済や気候変動など、社会科や理科の領域の深い知識が要求される。
「『社会科がすごく苦手だけど、模擬国連の大会でニューヨークに行きたいから頑張る』という子がいるわけです。それが国公立大学受験に必要な5教科型の学力を上げることにもつながり、実際に両校では東大をはじめ国公立難関大の合格者が増えています」(吉田さん)
グローバル教育という観点では、「茨城県つくば市の茗溪学園(共学)が留学制度やIB(国際バカロレア)を含む各種教育プログラムなどに力を入れていて、革新度を上げています」と、吉田さん。2029年春頃には、つくばエクスプレス(TX)研究学園駅の近くに移転することも決まっており、茨城県以外の受験生からも注目を集めそうだ。
探究学習への取り組みで吉田さんが注目するのは、桐蔭学園中等教育学校(共学、神奈川)だ。「みらとび」と名付けた探究プログラムに力を入れており、早慶や筑波大、横浜国立大などの難関大の総合型選抜や学校推薦型選抜で、合格実績を伸ばしている。26年度から北里大学附属となる順天(共学、東京)や東京都市大学等々力(共学、東京)も探究には力を入れているという。
一方で、グローバル教育や探究教育に力を入れていると打ち出していても、内実が伴っていない学校も少なくないと安浪さんは言う。
「探究のプログラムを外注して学費以外の追加料金を求めたり、ICT教育と称しつつ、パワポやプレゼンのスキルばかりを教えていたり。また、海外進学コースを設けてはいても、海外の進学実績が無名の大学ばかりというケースも。学校側の宣伝文句をうのみにせず、しっかり情報を確かめてください」
名門校や伝統校に関して言えば、革新度が低かったとしても、新しい教育への対応が遅れているわけではないそうだ。
「男子校の灘(兵庫)や東大寺学園(奈良)、女子校の女子学院などは、そもそも自ら動くタイプの生徒たちが多く、学校が手厚くサポートする必要がありません。また、伝統の進学校では、以前から探究型の授業が行われていて、あらためて革新する必要がないのです」(吉田さん)
また、同じタイプの同じ革新度あたりに分類されているからといって校風が似ているとは限らない。
「『秩序』『自主性』のとらえ方や『革新』の方向性は、それぞれの学校ごとに異なります。校風の近い併願校を探すときも、必ず学校訪問などで実際の校風を確かめてください」(安浪さん)
一時は、共学化して名前を変えて再スタートした新興校(いわゆるリニューアル校)が話題を集めた中学受験界だが、「そろそろ名門校・ブランド校の逆襲が始まりますよ」と吉田さんは言う。たとえば雙葉(女子校、東京)や白百合学園は、世間のイメージ以上に難関大の理系学部や医学部への合格実績が高い。
「これらの学校では、芸術系大学を志望する生徒もおり、その場合は同じ進路に進んだ卒業生を学校が探してきてサポートしてもらえるといった、伝統校ならではの懐の深さがあります。さらに、海城の元校長特別補佐を高校の新校長として招いた日本女子大学附属(女子校、神奈川)のほか横浜雙葉(神奈川)や共立女子(東京)、湘南白百合学園(神奈川)、東洋英和女学院(東京)、東京女学館(東京)などの女子校も、これからどう変わっていくかが楽しみです」
■足を運んで学校見学 子供の五感を信じよう
だいたいの校風を把握したら、いざ、学校へ。
「その際、憧れからか、つい偏差値の高い学校から回りがちですが、現在の偏差値レベルの学校から始めてほしい。優秀な生徒たちの眩しさに惑わされずに、校風そのものをフェアな視点で評価できます」(安浪さん)
学校説明会では校長先生の話だけでなく、一般の先生にも話を聞いてみてと安浪さん。先生たちが学校を愛しているか、生き生きと働いているかがチェックポイントだ。
「生徒さんに話を聞くときは、中学生ではなく高校生に。体験も豊富ですし、学校の対応も具体的に話してくれます」と、安浪さんはアドバイスする。
「絶対に聞いてほしいのは、勉強についていけなくなったとき、あるいは不登校になったときの学校側のサポート体制。ちゃんと居場所をつくって育ててくれるなら安心して預けられますが、留年や放校といった措置を取る学校もあるので、必ず確認してください」(安浪さん)
親子での見学を勧める一方で、最終的には子供の意思を尊重してほしいと、安浪さんは言う。
「まだ小学生ですから親の助言やサポートは必要ですが、わが子が五感で『楽しそう』『先輩が優しそう』と判断した学校で6年間を過ごすことが一番大事です。親の希望や理想を押し付けてはいけません」
※本稿は、『プレジデントFamily2025夏号』の一部を再編集したものです。
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安浪 京子(やすなみ・きょうこ)
算数教育家・中学受験専門カウンセラー
株式会社アートオブエデュケーション代表取締役。
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(算数教育家・中学受験専門カウンセラー 安浪 京子、私立中高一貫校情報誌「SCHOOL」編集長 吉田 玲唲 文=川口昌人)