甲子園で脚光を浴びた選手でもプロに入れないのはなぜか。野球評論家・著作家のゴジキさんは「高校野球では突出した能力が目立ちやすく、それが勝利に直結することがある。
だが、プロはそんな『一芸』だけで活躍できる場所ではない」という――。(第1回)
※本稿は、ゴジキ『データで読む甲子園の怪物たち』(集英社新書)の一部を再編集したものです。
■高校野球の「スーパー1年生」が伸び悩む理由
甲子園は高校野球の最高峰の舞台であり、多くの若者がこの場所でその才能を開花させる。しかし、甲子園で脚光を浴びたすべての選手がプロ入りするわけではない。
むしろ、注目を浴びながらもプロの道に進まない選手も数多くいる。その理由を掘り下げると、プロ入りする選手は第一章で述べたように「圧倒力」や「総合力」が求められるからだ。また、原因を深掘りすると「スーパー1年生の伸び悩み」や「一芸特化型選手の課題」、「ポテンシャルの開花とその分岐点」に行き着くだろう。
甲子園で1年生ながら華々しい活躍を見せる「スーパー1年生」は、大会中に大きな注目を集める。しかし、これらの選手がその後伸び悩むケースが少なくない。スーパー1年生として活躍する選手は、体格や身体能力が早い段階で発達しているケースが多く、高校野球というレベルで有利に働く。
しかし、これが必ずしもプロでの成功を保証するわけではない。高校時代に体格や成長のピークを迎え、その後の成長が頭打ちになると、周囲の選手との差が次第に広がるのだ。
早熟型の選手はこのように成長の限界に直面することがある。
また、体格の急激な成長に技術やフォームが追いつかない場合、身体に無理が生じ、怪我につながることがある。とくに、投手であれば肩や肘、打者であれば腰や膝などに負担がかかりやすく、これがキャリアに大きな影響を及ぼす要因となる。
■1年からPL学園の4番に座るも…
例えば、勧野甲輝(元・福岡ソフトバンクホークス)は1年からPL学園の4番に座っていたが、長打を狙うあまりアッパースイングになり、打球にラインドライブがかかり必然的に長打は減っていった。さらに、1年生の1月に腰椎分離症を発症する不運にも見舞われ、4番として出場した2009年のセンバツでは2試合で8打数1安打と精彩を欠いた。そして、不調のまま迎えた夏にはベンチ入りメンバーから外されたのだ。
その後、新チーム発足以降は徐々に復調し、最終的には高校通算本塁打を27本まで伸ばした。2010年のドラフトでプロ入りはできたが楽天の5巡目で、「清原二世」と呼ばれた逸材としては、あまりにも低い評価だった。本書で取り上げた伊藤(※)と同様に1年生から注目されると、潜在的な意識によって自身のフォームを崩すことや、怪我によってパフォーマンスが下がることがあるのだ。
※伊藤拓郎=甲子園で1年生で最速148km/hマークした右腕。2011年に横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)から9位で指名を受けるもプロでは活躍できず3年で戦力外通告を受ける。
スーパー1年生として甲子園で注目されると、メディアがその才能を大々的に取り上げる。
この過剰な注目が選手の自制心を失わせることがある。自分の成長に向き合うのではなく、外部の期待に応えようとすることで、本来の練習や努力がおろそかになり、結果的に伸び悩む原因となることがある。
■結果を出した選手が後に苦戦する要因
高校を卒業し、大学野球に進んでも1年目から注目を集める選手がその後苦戦するケースも同様に多くある。
これは、早い段階で結果を出すことで、それ以降の成長意欲が低下し、新たな課題に取り組む姿勢を失ってしまうことが一因だ。早い段階で活躍をしてしまうと、調子に乗って練習を怠る。このような状況が起こる背景にはいくつかの要因が考えられる。
若くして注目されることで、自信が過剰になり、現状維持で十分だと感じてしまう場合がある。この慢心が練習の意欲を低下させる要因になることがありえるのだ。また、突然の活躍でメディアや周囲からの注目が高まり、プレッシャーを感じるあまり、練習への集中力が欠けてしまうこともある。
さらに、指導者やチームメイトが正しいフィードバックを与えない場合、選手が自分を客観的に見つめ直す機会を失い、努力を続ける大切さに気づけなくなる可能性が高くなる。一時的な成功を経験すると、「目標達成感」を味わい、次のステップを目指す意欲が薄れてしまうこともあるのだ。
■プロの世界で苦戦する選手に欠けているもの
また、高校野球では、一芸に秀でた選手が輝きやすい傾向がある。
例えば、投手ならば豪速球を持つ選手、野手ならば守備が上手い、足が速い選手が注目される。しかし、プロの世界ではその「一芸」だけでは通用せず、総合的な能力が求められるため、高校野球で輝いた選手がプロでは苦戦するケースが見られるのだ。
プロのスカウトは、甲子園での一時的な活躍だけでなく、「総合力」はもちろん、基礎的能力や安定感などを重要視する。一芸に特化している選手は、総合的なバランスに欠ける場合があり、それがドラフト指名を見送られる理由になることがある。高校野球では突出した能力が目立ちやすく、それが勝利に直結することがある。
しかし、プロでは打力や球速はもちろん、変化球、守備力、走力、戦術理解力、メンタリティなどの総合的な能力が重視される。とくに野手では打力がなかったりして、安定した成績を残せない選手は、プロの舞台で結果を残すのが難しくなる。
■甲子園での成功に酔いしれる暇はない
近年では、高校野球でも選手の実力を数値やデータで分析する方法が一般化している。例えば、打者であれば飛距離や打球速度、肩の強さ、足の速さ。投手であれば球速はもちろん、回転数やコントロールの精度などが評価の基準になる。
これにより、甲子園での一時的な結果ではなく、長期的な安定感やポテンシャルがより正確に測られるようになっている。甲子園は、選手の潜在能力を引き出し、その才能を全国に示す舞台だ。
しかし、甲子園でポテンシャルが開花した選手がその後も成長を続けられるかどうかには、「分岐点」が存在している。
甲子園で成功する選手が次のステージで活躍するためには、さらにフィジカルと技術を強化することが求められる。高校時代に身体能力が突出していた選手が、そのままの体格でプロのレベルに挑むのは難しいため、適切なトレーニングが重要なのだ。さらに、甲子園での成功に酔いしれることなく、自らの課題に向き合うメンタルの強さが求められる。
■「天才」と言われた選手が限界を感じた時
例えば、2004年夏に駒大苫小牧の北海道勢初優勝に大きく貢献した糸屋義典と林裕也は甲子園の舞台で「覚醒」したかのような大活躍を見せた。糸屋は20打数14安打で、7割という驚異的な打率を残した。捕手という希少価値があるポジションで甲子園という舞台で打撃が開眼したが、プロ入りするまでにはならなかった。
林に関しては、夏2連覇の立役者である。2004年は2年生ながらも横浜の涌井秀章(現・中日ドラゴンズ)からサイクルヒットを記録。その後も、打撃面でチームを引っ張り、最終的には打率5割5分6厘・1本塁打・8打点の活躍を見せた。翌年は主将として夏の甲子園に出場し、打率5割5分6厘・1本塁打・5打点の大活躍で連覇の原動力になる。
しかし、この林もプロ入りしなかった。
そのほかにも、大阪桐蔭にいた峯本匠はOBからも評価されるほどの実力を持っていた。また、バットコントロールのよさは「天才」と呼ばれるほどだった。しかし、プロ入りはしなかった。
「あの時、志望届を出していれば、プロには行けたんじゃないかとは思っています。ただ、藤浪さんや森さんという即戦力のドラ1を間近で見て、プロはこういう人たちが行くものだと思っていて、高卒でプロはまったく考えになかったです。3年夏に活躍したというのも、遅かったですよね」とコメントするように高校時代は自信があったものの、自ら限界を感じた部分もあった。
■甲子園での勝利とプロ入りは別物
しかし、これらの選手は高校野球で勝つために必要な選手だったのは間違いない。チームを勝たせる選手とプロで活躍する選手は別物である。甲子園の舞台でラッキーボーイとなる覚醒はもちろん、高校野球だからこそ活きる技術、金属バットやルールを活かしたプレーはチームが勝つためには非常に必要なピースである。そのため、個人としてプロ入りすることとチームを勝たせる実力は別物と考えていくべきだろう。
プロの厳しい環境に適応し、努力を続ける姿勢を持てるかどうかが、成功を分ける要素となる。甲子園でのプレーが通用するのは、高校野球という枠内での話になる。
プロではさらに細かな技術が求められるため、次のステージで自分の技術をどれだけ磨き上げられるかが分岐点となるのである。

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ゴジキ(@godziki_55)
野球評論家・著作家

これまでに『戦略で読む高校野球』(集英社新書)や『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『アンチデータベースボール』(カンゼン)などを出版。「ゴジキの巨人軍解体新書」や「データで読む高校野球 2022」、「ゴジキの新・野球論」を過去に連載。週刊プレイボーイやスポーツ報知、女性セブン、日刊SPA!などメディアの寄稿・取材も多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターにも選出。本書が7冊目となる。

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(野球評論家・著作家 ゴジキ(@godziki_55))
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