※本稿は、ゴジキ『データで読む甲子園の怪物たち』(集英社新書)の一部を再編集したものです。
■清宮が注目された中で圧倒的な活躍を見せる
2017年の夏の甲子園は大会前から早稲田実業の清宮幸太郎(現・北海道日本ハムファイターズ)が注目されていたが、西東京大会決勝で甲子園ベスト4まで勝ち上がった東海大菅生に敗れた。さらに、1年夏の甲子園に4番として出場した九州学院の村上宗隆や横浜で1年夏からレギュラーの増田珠(現・東京ヤクルトスワローズ)が注目されていた。
そんな有名選手揃いのなか圧倒的な活躍を見せ、甲子園のスターに躍り出たのが広陵の中村奨成(現・広島東洋カープ)である。中村は1年生でレギュラーを獲得。3年夏の甲子園での活躍は目覚ましく、全6試合の出場で6本塁打・19安打・17打点など数々の歴代最多記録に並び、あるいは更新する。
捕手で中軸を打つ中村は強打と強気なリード、強肩でチームを牽引。広陵は中京大中京、秀岳館、仙台育英、天理など強豪を次々と撃破し、決勝まで駒を進めたのだ。大会を通して圧倒的な活躍を見せ、甲子園の主人公となった。
■元スカウトも絶賛するほど
初戦の中京大中京との試合ではいきなり2ホーマーを記録する。さらに、秀岳館戦と聖光学院戦も続けてホームランを放つ。
この試合を見たヤクルトのスカウト責任者時代に古田敦也を獲得している片岡宏雄氏は、「難しいコースを簡単に打つ。インサイド、低めと、普通の打者が苦労するところに自然にバットが出てくる。タイミングの取り方も、陽岱鋼のようにゆったりとしているので、ボールをひきつけることができて選球眼もいい。対応もしっかりとできるんだと思う」とコメントするほどだった。
聖光学院戦は、4対4の同点で迎えた9回にツーランホームランで試合を決めた。いずれも接戦の場面でかつ試合を決定づけるホームランを放ったことにより、ただ単に成績だけがいいのではなく、チームの勝利のために打っていたことがわかる。
■野村克也氏が指摘した「金属打ち」
準々決勝の仙台育英戦はホームランや打点こそはなかったものの2安打を記録。準決勝の天理戦は2本塁打・7打点と大暴れした。決勝もホームランや打点こそなかったが3安打を記録し、大会を通して満遍なく打ちまくった。
実はその前の広島県大会では、手首に死球を受けた影響もあり、4試合で9打数1安打と不振だった。
また、この結果に関しては、大舞台の無形の力を感じていたのだろう。中村は当時このように振り返る。
「高校球児のあこがれの舞台でやれているのはありがたいこと。その中で結果が出せているのは甲子園の力なのかなと思います」。ただ、このときの中村は「金属打ち」のフォームであることは否めなかった。野村克也氏は当時からこのように指摘していた。
「典型的な金属バットの打ち方。甲子園も終盤で疲れもあったのだろうが、上体頼みなのが気になった。プロに入った当初は木のバットに苦労するんじゃないか」
それでも野村はこうも評価していた。
「しかしいいパンチしてるね。珍しいな、キャッチャーで強打者。
ただ木製バットで出場したU-18は甲子園ほどの活躍はできず、プロ入りして金属バットから木製バットに変わって8年間は目立った成績を残せていなかった。2025年の春先は1番打者として好成績を残し、そのポテンシャルをようやく発揮しはじめた。
■甲子園で覚醒した選手が与える影響
甲子園は全国の高校野球選手にとって夢の舞台である。同時に選手たちの潜在能力が引き出される場でもあるのだ。全国から集まる強豪校との真剣勝負、そして何万人もの観客が見守るなかでのプレーは、選手にとって大きなプレッシャーであると同時に、覚醒のきっかけとなる瞬間を生み出す。
とくに、一人の選手が大会を通じて「覚醒」し、驚異的な活躍を見せることで、チームの勢いが増し、優勝への後押しとなることも少なくない。
甲子園で覚醒した選手の活躍は、チーム全体に大きな影響を与える。一人の選手が突出した結果を出すことで、周囲の選手たちにも自信が生まれ、チーム全体の士気が高まるのだ。
例えば、突如として打撃に開眼する選手や、大会を通じて驚異的な投球内容を見せる投手が現れることで、接戦をものにし、勝利を重ねていくケースがある。このような「覚醒」は、選手個人にとって一生の思い出となるだけでなく、チームの快進撃を支える原動力となる。
■高校野球を作り上げる人たち
さらに、本章で取り上げた斎藤(=斎藤佑樹:元・北海道日本ハムファイターズ)や吉田(=吉田輝星:現・オリックス・バファローズ)のように、甲子園全体が後押しするかのように応援することもあるのだ。プロ野球は応援するチームが決まっている方が多いが、高校野球は関係者でなければそこまで贔屓にしているチームがないファンが多い。
とくに聖地・甲子園では、その傾向が顕著に出る。だからこそ、国スポ(旧・国体)や明治神宮野球大会など、夏の甲子園大会以外を見ると、また違った面白さが生まれている。それが高校野球の魅力の一つにもなっている。加えて、メディアがスターや旋風を作るのも高校野球の特徴だ。観客、マスコミ、視聴者……すべての人が高校野球を作り上げている。
しかし、この章で取り上げた選手たちのように、甲子園での覚醒がそのままドラフト指名につながるわけではない。甲子園は短期間で行われる大会であり、そこでの活躍は選手の持つポテンシャルを示す一側面に過ぎないのだ。プロのスカウトが重視するのは、高校時代の長期的な安定感や基礎能力、適性、世代を圧倒する実力といった要素である。
甲子園で驚異的な結果を残した選手であっても、プロで通用するスキルセットが不足している場合、ドラフトで指名される可能性は低くなる。一方で、甲子園で目立たなかった選手が、ポテンシャルや安定感などを評価されてプロ入りを果たす例もあるのだ。
■甲子園で活躍=プロ入りでない理由
甲子園での活躍が必ずしもプロ入りの道に直結しない背景には、スカウトの視点の違いがある。
前述のように、プロで成功する選手には一定の条件が求められる。例えば、先発投手であれば甲子園で40イニング以上投げきるスタミナや水準以上の球速と球威、奪三振率、ゲームメイク力。打者であれば複数回の甲子園出場での安定した打率や水準以上の長打力など長期間にわたる安定性がカギとなる。
例えば、本章で取り上げた今井(=今井達也:現・埼玉西武ライオンズ)は甲子園開幕前はドラフト1位クラスではなかったが、甲子園の舞台で圧倒的なピッチングはもちろん、40イニング以上を投げて安定したゲームメイク力を見せ、プロ入りに近づいた。さらに、2008年の浅村(=浅村栄斗:現・東北楽天ゴールデンイーグルス)や2017年の中村も、甲子園が開幕する前は、ドラフト上位クラスまでとはいかなかったかもしれない。ただ、甲子園では水準以上の長打力や高い打率を残し、接戦の場面でチームを勝利に導く打撃を見せたことにより、一気に名を上げた。
2015年大会では関東一高のオコエ瑠偉(現・読売ジャイアンツ)も甲子園で走攻守にわたる活躍で評価を上げた。このように、甲子園で覚醒する選手は短期間で大きな成果を残すケースが多いため、スカウトからの評価に波が生じることもある。
■甲子園から生まれるドラマ
一方で、甲子園に出場できなかった選手や、大会では目立たなかった選手でも、地方大会や練習試合でのデータが評価される場合も少なくない。プロ入りを目指す道は甲子園での成績だけではなく、ほかの角度からのデータや評価によって補完されるのだ。
プロのスカウトは、甲子園での成績に加え、選手のほかのデータやパフォーマンスにも目を向ける。
甲子園は選手の覚醒を促す特別な舞台であり、そこから生まれるドラマは多くの人々を魅了する。しかし、それがプロ野球選手としての成功を保証するわけではない。甲子園でのパフォーマンスは選手の一側面であり、その先に続く道は、さらに多くの要素によって決まる。選手たちは甲子園を通じて得た経験をもとに、その後のキャリアや人生を切り開いていくのだ。
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ゴジキ(@godziki_55)
野球評論家・著作家
これまでに『戦略で読む高校野球』(集英社新書)や『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『アンチデータベースボール』(カンゼン)などを出版。「ゴジキの巨人軍解体新書」や「データで読む高校野球 2022」、「ゴジキの新・野球論」を過去に連載。週刊プレイボーイやスポーツ報知、女性セブン、日刊SPA!などメディアの寄稿・取材も多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターにも選出。本書が7冊目となる。
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(野球評論家・著作家 ゴジキ(@godziki_55))