福島県大熊町の町立学校「学び舎ゆめの森」は、東日本大震災による東京電力福島第一原発の事故により、全町避難を余儀なくされた町に2023年に誕生した。0歳~15歳の子どもたちのうち、校区外からの移住者は8割を占める。
ほかの学校とどこが違うのか。教育ライターの佐藤智さんが学びの全貌に迫った――。
■一度は人が消えた町に生まれた学校
福島県の海沿いにあるJR富岡駅から車を山側へと15分ほど走らせる。すると、突如視界が開け、木材をシンボリックに使用した2階立てのモダンな建物が現れる。
福島県大熊町立「学び舎ゆめの森」の校舎だ。
学校の前には戸建ての復興住宅が並び、そこから少し歩を進めると町役場やスーパー、温浴施設などが集まるエリアとなる。すべて2019年以降に作られた施設だという。大熊町は東日本大震災による東京電力福島第一原発事故で、全町民1万1505人が町外への避難生活を余儀なくされた。震災から8年たった2019年に、一部のエリアの避難指示が解除される。学び舎ゆめの森の校舎も、その避難指示が解除された大川原地区に2023年に完成した。ここは、0歳~15歳の子どもたちが通う、国内唯一の認定こども園と義務教育学校、そして学童保育が一体化した学び舎だ。
■全体の8割が教育移住した子どもたち
2011年の発災以前は708人いた子どもたち。
震災後、町の学校は会津若松市へ避難し、教育活動を続けてきたが、最も少ない時期は9人まで減少した。現在は、園児38人、小学生・中学生が合計で56人となっている。なかには、年度途中に転校してくる子どもも少なくないという。
学び舎ゆめの森は公立学校である。つまり、住民票が校区になければこの学校には通えない。だが、合計94人のうち約8割は校区外から教育移住をし、この学校を選んだ子どもたちである。南は沖縄から北は北海道まで。なぜ、親や子どもたちはこの学び舎を選択したのだろう。
■映画観賞会もできる大きな図書館
取材当日は私の他にも2組の学校見学者がいた。現在、全国からひっきりなしに見学者が訪れることから、月に数日のみの受け入れに制限しているという。全国から注目を集める公立学校、それが学び舎ゆめの森だ。
エントランスをくぐると、本棚が並ぶ「図書ひろば」が広がる。
5万冊の図書が収容可能で、現在2万5000冊ほどが所蔵されているという。校舎は図書館を中心に、すべての教室へアクセスできるよう設計されていた。
にこやかに取材を迎え入れてくれた教頭の猪狩孝先生は、図書ひろばについてこう語る。
「大熊町は昔から“本の町”として、図書館教育に力を入れてきた歴史があります。そのため、新しい学校をつくる際にも地域の良さを継承し、それを学校に投影させる目的を持ってこの校舎が建てられました」
学校であると同時に、地域の社会施設でもある当施設。時には、「図書ひろば」の壁にスクリーンを下ろし、町民も参加する100人規模の講演会や映画観賞会にも使用されているという。避難時に使用される段ボールベッドを、子どもたちが組み立てて、このスペースに並べ、寝泊まりしたこともある。
■「0から1を生み出せる子どもたちを育む」
地域に学校をつくる際に、どんな人材を育てていくべきかがとことん話し合われた。猪狩先生は当時のことをこう伝え聞いているという。
「新しい学校をつくるとき、地域にとっての子どもの大切さを全員が噛み締めて議論に臨んでいました。一度、町民がゼロになることを経験したこの土地で、どんな子どもたちを育てていくべきか……。これは、町の存続に関わる命題でしょう。

その議論の過程で出されたのが、『0から1を生み出せる子どもたちを育む』ということです。そのためには、従来の価値観と学力観から転換し、子どもたち自らが主人公となり理想となる未来を描いていく力を重視していく必要があります。つまり、唯一無二の存在であるひとりひとりの自由こそ大事にする必要がある。
そんな議論を受けて、〈『わたし』を大事にし、『あなた』を大事にし、みんなで未来を紡ぎ出す〉という本校のビジョンが決定しました。そして、今、私たちはこの未来を創れる子どもたちを育てるために、あらゆる教育活動を設計しています」
■学び方、学ぶ速度、学ぶ場所は子どもが決める
0から1を創れる子どもたちを育てる学びとは具体的にどのようなものだろう。学び舎ゆめの森では、知識習得の時間を大幅に圧縮し、自分から学びを進めたり探究学習をしたりする時間をメインに据えている。
「大前提として、学びを自分ごととして捉え、子どもが主体的に取り組んでいけるよう学習を設計しています。子どもが自分ごととして勉強するためには、自己決定の機会の充実が欠かせません。『これをやりなさい』と指示された受け身の勉強ではなく、『私はこれを学ぶ』と自分で決めることが不可欠でしょう。
具体的には、授業は自由進度学習で行われています。自由進度学習とは子どもたち自身が進度や学び方を選べる授業アプローチです。『算数は先生に聞きながら勉強する』『今日はAI教材で学ぶ』といったように、各授業の取り組み方を毎回自分で決定しています。

教員は、子どもがどんなことに打ち込んでいるのか、困っている子はいないかを確認しながら巡回します。どこまで到達しているのか、どこでつまずいているのかを見ることが主な役割です」
■単元テストは何回やり直してもOK
学び方や学ぶ速度だけではない。当校ではそれぞれの部屋が「◯年◯組の教室」と決まっていないため、授業ごとに、子どもがどのスペースで学ぶかを選ぶ。教室だけでなく、図書ひろばで学ぶこともあれば、職員室前のカウンターテーブルが授業の場になることもある。
また、多くの場合、テストは学習の最終段階で一回のみ受けるものだろう。そのため、どんなに学びを重ねてもコンディションが悪ければ一発勝負で失敗してしまうこともある。しかし、学び舎ゆめの森では、単元テストを何回でもチャレンジできるようにしている。例えば、算数が得意な場合には、腕試しに最初に単元テストを受けて、理解が足りない部分の学びを重ねていく、といった方法をとる子もいる。逆も然りで、苦手教科のテストを一度受けてうまくいかなければ、何度も受け直して点数を更新していくことができる。
猪狩先生は「最終的に、子どもが目標としている力を身につけられればいい」と語る。テストの受け止め方は子どもによって異なる。だからこそ、「いつ受けるか」「どう受けるか」も子ども自身が選べるようにしているのだ。

■時間割も先生と交渉して決める自由さ
授業の進度や学び方が違えば、当然ながら宿題もそれぞれ異なってくる。一律に宿題を出されることはほぼなく、日々の宿題でも長期休暇の宿題でも、出される場合には、それぞれの子どもたちが教員との面談をベースに自分に必要な学びを決める。
子どもが決めるのは授業内容だけではない。
時間割に関しても、子どもが決められる幅を持たせている。例えば、毎週金曜日の時間割は子どもが先生と交渉しながら決めていく。毎日、子どもたちが自由に使える25分間の「レベルアップタイム」も用意されている。この時間を、苦手を補う勉強に使う子もいれば、得意を伸ばす時間にする子もいる。使い方は毎日子ども自身が決める。
■自分に合った学び方を見つけると学習速度が上がる
転入したばかりの子どもたちの中には、戸惑う子もいるという。ただ、「まずは他の子を真似ながら、徐々に自分に合った学習方法やペースを身につけていく」と猪狩先生は語る。
あるとき、中学1年生になった生徒が、「先生、僕はやっと自分に合った勉強のしかたがわかったよ」と猪狩先生に声をかけてきたという。「自分なりにこうすれば学びが身につく」ということを、学び舎ゆめの森に来て3年目にして手応えを感じたのだ。
そして、一度、自分に合った学び方を獲得した子は学習を加速させていくそうだ。
これを「早い」と捉えるか「遅い」と捉えるかは、人によって意見が異なるだろう。ただ、現状では、残念ながら高校生になっても、大人になっても、「自分に合った学び方」を習得していない人は少なくない。その点を踏まえると、中学1年生で自らの学びのスタイルを築いていけることに私は希望を感じる。
■校則で縛るよりも「ビジョン」に立ち返って考える
学び舎ゆめの森が最も大事にしているのは、子どもが学習の中心になっていることだ。それは、授業だけでなく、あらゆる教育活動において軸になっている。
探究学習にも力を入れているが、多くの学校が行っている「グループで取り組む」「このテーマで探究学習をする」といった枠組みも設けていないという。
「幼児期の遊びから端を発して、子どもたちは『これを知りたい』『どうなっているんだろう?』という問いから、探究をしています。周囲の山から昆虫を採集し観察している子、戦艦好きで割り箸で戦艦を作って展示して、QRコードで感想を求めるなど、自分の“好き”を軸に突き進んでいます」と猪狩先生。
また、学校側が子どもたちに課す校則もない。もし、問題となる行動があれば、ビジョンである<「わたし」を大事にし、「あなた」を大事にし、みんなで未来を紡ぎ出す>から外れていないかどうかを、子どもたちも含めて、一緒になって考える。その議論の中で、子どもたちがルールが必要だと判断すれば自分たちで設ける。
■変わるのが大変なのは子どもよりも大人?
子どもたちに委ねる学びへ転換していく上で最も苦労していることは、「教員の意識の転換だ」と猪狩先生は語る。
「子どもが学習者として自律することが、私たちが最も目指したいことです。そのためには、子どもを管理すべき対象ではなく、見守りながら舵取りを委ねていく存在へと見方を転換していかなければいけません。
本校はこれまで公立の小中学校で教えてきた教職員ばかりです。そこから、どう教育観を変えていくか。迷うことも多いですが、私たちがまず常識を変えないと、学びを変えることはできないと思うのです」
■すべての子を「同じ教育」で揃えるのは無理がある
学び舎ゆめの森には全国からさまざまな背景を持った子どもたちが入学する。中には、発達の特性があったり不登校を経験したりした子もいる。当校では、そうした子どもたちが多様性を受け止め、一つの校舎で学んでいる。猪狩先生はこう言う。
「本校には前籍校で2年間不登校を経験した子どももいます。そうした場合、教室にいる子すべてを同じ速度や同じ習熟度で揃えるのは無理があります。一斉授業を否定するわけではなく、目の前の子どもたちの実態に合わせて効果的な方法を探っていくなかで、子どもたちが自分で選択する自由進度学習が必要となっているのです」
子どもの多様化は、学び舎ゆめの森だけの特殊な状況というわけではない。日本全国の割合を中学校40人学級に落とし込んでみると、その中に不登校傾向にある子は6人、発達障がいの可能性のある子は2人、日本語を家であまり話さない子は1人、特異な才能のある子が1人、家にある本の冊数が少なく学力が低い傾向が見られる子どもが13人ほどいるといわれている。(図表1、左側)
個別最適な学び、つまり子どものそれぞれの状況に合わせた学びは、今後あらゆる学校で必要とされていくといえる。
■子どもの不登校は9割が改善傾向に
学び舎ゆめの森では、0歳から15歳が集う環境で小学生が園児に読み聞かせをしたり、複数の学年で合同で算数の授業をしたりすることもある。こうした異年齢との学びも、“学年で揃える”ことに固執せずに、自分のペースを見出しやすい要因かもしれない。
ちなみに、不登校でいえば、学び舎ゆめの森に入学した子どもの不登校の復帰率は7割超、改善傾向では9割を超えているという。もちろん、学校に戻ることだけが正解ではない。子ども自身に合ったそれぞれの居場所を見出していけばよいと、私は考えている。ただ、「学校が楽しい」と言い、通う子どもたちの姿は、保護者にとっても、先生方にとっても、嬉しいことであるのは間違いないだろう。
■「評価しない大人」がいることの大切さ
学び舎ゆめの森の義務教育学校の教員やスタッフは30人弱。こども園は20人ほどだ。全教員・スタッフが子どもたちを把握できるよう、連携は密に行われている。特に重視しているのが、「DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)会議」である。ここには学年担当の教職員だけでなく、スクールカウンセラーや放課後児童クラブの職員なども入り、多面的に子どもたちを把握する。
当校は校舎内に放課後児童クラブが併設されており、スタッフが夕方だけでなく朝から常駐している。そのため、子どもが日中に一呼吸置きに児童クラブを訪れたり、朝の時間をこの場所でのんびり過ごしたりすることもある。「評価しない大人」のもとで、子どもが見せる顔もある。そうした子どもの多面性を拾い上げるのがDE&I会議である。
「新しく入学した◯◯さんは、こういう様子。得意なことは△△で、××には苦戦していました」

「今の◯年生の雰囲気はこんな感じだね。△△のような対応をしていきましょうか」といった話を、DE&I会議では毎週交わしていく。
■選んでもらいたい子の意思も尊重する
授業を3学年合同にすることで、個別対応が必要な子に、空いている教員がサポートしやすい体制をつくることもある。また、養護教諭は、「保健室にいない養護教諭を目指します」と言い、学級サポートに入っていることも多いという。DE&I会議を核にしながら、必要に応じて教職員全体が子どもたちに伴走できる仕組みを整えている。
子どもたちの綿密な把握は、学び舎ゆめの森の入学前からスタートする。面談はもちろん、子どもの慣らし期間として他の子どもたちと一緒に学ぶ時間も設けているのだ。「移住」という大きな決断をして入学する子どもたちが多いことから、親が行かせたいだけでなく、「子どもが本当にこの場所で学びたいか」を重視しているという。猪狩先生は、「お子さんにとって大きな決断になるので、何回いらしてもいいので、この学校で過ごしたいかどうかを見極めてほしい」と語る。
何度も確認に訪れ、学び舎ゆめの森での日々を見学した上で、「入学しない」と決断するケースもあるという。
「保護者の方と面談に来て、実際にお子さんが本校の子どもたちと関わったり、見学したりした上で、入学を見送ったご家庭もありました。理由は、『選択肢が多すぎて、子どもが迷ってしまう』ということでした。本校は、食事をとること一つとっても、『どこで食べる?』『誰と食べる?』などの自由があります。あらゆる生活や学びを子どもが自分で決めなくてはいけません。選ぶのが好きな子もいれば、指示されなければ動きにくい子どももいます。そういった特性から、学校とのマッチングを見ていってほしいと思います」
■地域住民と一緒にゼロから町をつくる
学び舎ゆめの森の校舎の前には、戸建ての復興住宅が並ぶ。当校では、地域住民と交流できる機会を頻繁に設けているという。たとえば、音楽室と一体化した食堂は、窓を開けるとステージを外からも見られるようになっている。ライブのステージを町民と一緒に楽しむことができる造りだ。
実際に、教員のバンドと町民とが一緒に音楽活動をしたこともあるという。また、ピアノアジア大会で2位を受賞している教員がいた際にはピアノ演奏を聴きながら昼食をとることもあった。このように、随所で地域との共同を意識したスペースを設けている。
屋外と接続しているので外で調理した料理を食堂で、一緒に食べることもできる。実際に芋煮会をしたこともあるそうだ。「地域の中にある学校」を、校舎の造りとしても、行事や授業の教育活動においても体現している。
■震災の教訓から生まれた「柔らかい床の体育館」
また、学校は災害時に避難所になる。誰にとっても避難設備の安心感は重要だが、特に東日本大震災を経験した地域住民たちにとってはその思いは大きいだろう。そのため、体育館の床は塩化ビニル樹脂で覆い、やや柔らかい素材となっている。また、災害対策本部となるであろう職員室とは扉一枚でつながっており、すぐに体育館内の状況を把握できるようにしている。
また、地域との連携は、この学校のビジョンを継承していく上で非常に重視されている。学校の教職員は定期的に人事異動する。校長や長く在籍していた教員が異動したことで学校文化が失われては、学び舎ゆめの森が立ち上がった際の思いを受け継いでいくことは難しくなる。
■子どもも大人も「ごちゃまぜ」だからいい
「昨年度から、本校の文化を継承していくためにコミュニティスクールとし、地域の方や企業にも学校運営協議会に入ってもらって組織づくりに臨んでいます」と猪狩先生は言う。コミュニティスクールとは、学校と地域住民が連携・協力した学校運営を行い、地域と一体となり、特色を持った学校づくりを進めていく仕組みのことだ。学校運営協議会という組織で議論を重ねて、学校の進むべき道を共につくっていく。
すでに数回議論が重ねられ、アフタースクールの充実や多様な子どもたちを支える環境整備といった議題が話し合われているという。そして、「学び舎ゆめの森の強みとして、『ごちゃまぜ』というキーワードが出されました」と猪狩先生は嬉しそうに言う。「ごちゃまぜ」とは、学び舎ゆめの森が大事にしている個の尊重と調和、そして学校と地域の混ざり合う姿のことを指す。
ビジョンの継承から、取り組みの充実まで、学校単体で行うのではなく地域も一体となって実践していく。新たなステージへの挑戦を、学び舎ゆめの森はスタートしている。

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佐藤 智(さとう・とも)

教育ライター

全国約1000人以上の教員へのヒアリング経験をもとに、現在は教育現場のリアルな情報をわかりやすく伝える教育ライターとして活動。両親ともに教員という家庭に育ち、教育の道を志す。横浜国立大学大学院教育学研究科修了。中学校・高校の教員免許を取得。出版社勤務を経て、ベネッセコーポレーション教育研究開発センターにて学校教育情報誌を制作。その後、独立し、ライティングや編集業務を担う「レゾンクリエイト」を設立。青森県教育改革有識者会議広報戦略チーム。著書に、『SAPIXだから知っている算数のできる子が家でやっていること』、『SAPIXだから知っている頭のいい子が家でやっていること』、『公立中高一貫校選び 後悔しないための20のチェックポイント』などがある。

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(教育ライター 佐藤 智)
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