■神谷代表がドイツの極右政党代表と会談
参院選で、国民民主党に続く野党第2位の比例票を得て躍進した参政党。「日本人ファースト」の方針を声高に訴え、支持者の心をつかんだ。排外感情を煽るという批判も出て、神谷宗幣(そうへい)代表は「選挙の間のキャッチコピーだ」とトーンダウンしていたが、参院予算委員会で初めて質問を行った8月5日、移民排斥を訴えるドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)のティノ・クルパラ共同党首と会談。「移民が増えすぎた町を見てほしい」というクルパラ氏の誘いに応じて、9月にドイツなどヨーロッパの訪問を検討していることを明らかにした。
ただ、移民大国ドイツの事情は、日本と大きく違うことには注意が必要だ。国際移住機関(IOM)が発表した2024年版世界移住報告書によると、ドイツはアメリカに次ぐ世界2位の国際移住先となっている国で、人口に占める国際移住者の割合は19%に上る。これに対して日本はわずか2%にすぎない。
またドイツ連邦統計局によると、2022年の時点で既に、ドイツ住民の24.3%には移民の背景がある。歴史的にも、1950年代には地中海沿岸から大量の外国人労働者を、また冷戦後には旧東側ブロックから、2015年の難民危機では中東・アフリカから、2022年にはウクライナから、多くの難民や流入者を受け入れてきた。
■移民大国のドイツと日本は違いすぎる
一方日本は、難民をなかなか受け入れないことで国際的にも知られている。出入国在留管理庁の2024年末の統計では在留外国人は約377万人で、ここでもやはり人口の3%程度だった。
このようにざっと見ただけでも、移民のスケール、移民構成の複雑さ、歴史的経緯、地理的位置などの面でドイツと日本は大きく違っていて、簡単な比較は困難だ。さらにドイツでは旧東独と旧西独間で今も乖離(かいり)があり、日本のように平準的な国柄ではない。クルパラ氏も、右翼化が進み、移民に厳しい傾向のある旧東独地域の出身だ。
そうした点を十分認識し、あたかも日本がドイツに近づいているような錯覚を持たず、安易に排外主義や国内分断の火種を作らないように、慎重に考えていく必要がある。
■本当に「外国人に職を奪われている」のか
実際今の日本で、なぜこんなに「日本人ファースト」という言葉が、参政党の支持者たちの間で受けたかは、ある意味謎だ。移民の多い国でよくあるように、外国人労働者に仕事やビジネスの機会を奪われて、困っている人がたくさんいるような状況ではないからだ。むしろ人手不足にあえぐ建設業やサービス業、農業などの分野で、外国人労働者は重宝がられている面が強い。
元々参院選が始まるまで、外国人問題は特に大きな争点ではなかった。しかし選挙中、外国人に関して様々な誤った情報が飛び交い出したので、各メディアがファクトチェックを報道するようになった。毎日新聞のファクトチェックによると、神谷氏は「国外に住む外国人からは不動産の相続税を取りようがない」とフジテレビの番組で語ったが、国税庁に取材したところ、それは誤りで「国外居住の外国人もしっかり調査している」との答えだったという。
■在留外国人の検挙人数はマイナス傾向
また複数の参政党候補が街頭演説で、「中国人留学生には1000万円が給付されているのに、日本人学生は奨学金を借りて返済しなければならない」などと語ったが、毎日新聞によると、これもミスリードだったという。博士後期課程に進む学生を増やすために始まった「次世代研究者挑戦的研究プログラム」(SPRING)のことだが、受給者の6割を占めているのは日本人だ。
NHKも、過去30年で外国人の人口が3倍になっているのに、外国人刑法犯の検挙人数は当時より大きく減っていることや、日本人と比べて、外国人に凶悪犯が多かったり不起訴率が高かったりということはない、と報じている。不法残留者も20年前に比べて4分の1に減っており、近年は横ばいだという。外国人の流入が日本人の賃金や雇用に影響しているという明確な根拠はない、という専門家の見方も紹介している。
■急増した外国人観光客と「移民」を混同?
つまり現在のところ、在留外国人に関して日本でそれほど目立った問題は起きていない。もし今問題になっているとしたら、むしろインバウンドの訪日観光客によるオーバーツーリズムだ。日本政府観光局(JNTO)によると、2013年までは多くて1000万人程度だった外国人旅行客が2015年には2000万人近くになり、2018年以降は3000万人を超える急伸。コロナ期の2020年~2022年の激減期を経て、2023年にV字回復し、2024年には約3700万人と過去最高となった。
こうした急増ぶりに対して制度面でも設備面でも対応が追い付いていない現実があるが、テレビの情報番組などでは、訪日観光客のマナー違反などの細かい話をセンセーショナルに取り上げることが多い。そこでは住民や関係者が苦慮していることが強調されるだけで、冷静に対応策を考える作りになっていない。その結果、外国人嫌悪を煽っている面は否めない。
「日本人ファースト」という方針が受けた背景にはまず、こうしたオーバーツーリズムの問題があったのではないだろうか。一般的に言って、今の日本の日常生活において直接経験したり、SNSで流れてきて目にしたりする機会があるのは、外国人住民との軋轢ではなく、訪日外国人観光客との軋轢の方だ。
■「街に外国人が多い」→「日本人ファースト」
こうしたオーバーツーリズムの問題と、外国人による犯罪報道を時折耳にすることが相まって、あたかも外国人全体が問題であるかのように、話が飛躍してしまった可能性がある。選挙が熱気を帯びる中で、こうした混乱や混同が起きていたことを、まずは認識する必要がある。
だから今後はインバウンド問題を報じる際も、もっとソリューションを中心とした報道の仕方をするべきだろう。視聴者の気を引くために、「今こんな大変なことが起きています」といった態度で報じるのではなく、どうすればその状況が改善するのか、実現可能で互いにwin-winとなる方法はないのか、といった政策ベースの話に落とし込んでいかないと、結果として排外主義を煽ることになってしまう。要は、もっと意識的に冷静に対処していくことが必要だということだ。
ただ私見だが、「日本人ファースト」という言葉が響いた背後には、実はもっと深刻な日本社会の問題があったのではないかという気がしている。外国人問題はわかりやすい表向きの話として、まさにスケープゴートとして使われただけなのだ。
■「日本人ファースト」という言葉が響いた背景
参政党への投票が劇的に増えた背景には、現実に生活が厳しく、将来に対して強い不安がある人々が増大していることがある。しかし問題は、ではどんな政策が行われればましになるのか、はっきりわからないでいる、ということがあるように思う。そうした生きにくさを表現するために、日本人全体という極めて大まかに網をかけた話に飛びついて、不満を表明しているのではないだろうか。
「自分の生活が大事にされていない」と感じていたとしても、具体的に追及していくと世代間対立の問題になって分断が生じ、ややこしいことになるので、とりあえず今回は衝突を避けたということかもしれない。「日本人ファースト」は、そのような状態にあった浮動層をキャッチする仕掛けとして功を奏したとも言える。
■氷河期世代など生活が苦しい人のはけ口に
また今回、あまり議論の俎上(そじょう)に載らなかったが、税負担や社会保険料負担の改革を考えるなら、富裕層への傾斜配分や、内部留保をため込んでいる企業への法人税増税も当然、議論の対象にしていく必要があるが、抵抗が予想されるので、世論の大きな後押しが必要だ。
あるいは、本当は「日本人ファースト」といった曖昧なことではなく、個別具体的に自分の関わる分野の政策変更を求めたいが、あまりに複雑なシステムの一部となっているので切り分けるのが難しく、世論の反発を受けることも恐れている、といった事情も考えられる。
例えば、参政党支持者には開業医が一定数いると言われているが、昨今の診療報酬の単価の低下は、経営圧迫の大きな要因だ。しかしこれは、全体的な医療費の増大や高齢化、社会保険料とのバランス、物価高騰や人手不足などと絡まり合った問題なので、そうした複雑で困難な全体像を考えることなしに、簡単には扱えない。
また参政党に投票した人の中には氷河期世代も多かったと言われる。しかし今後高齢化していく彼らを支えるため、具体的にどんな方策を取っていくのが有効なのか、はっきりした見取り図は示されていない。
こうした現状は、一言で言えば政権与党である自公政権の無策が原因だ。簡単に手を打つことはできないにしても、大枠の青写真を示して今後どのような社会を目指すのか、そのためにはどのような社会改革や制度の改変が必要になっていくのか、国民に伝える必要があるが、それを怠ってきたということだ。
■とにかく生活を楽にしたいという思いが…
本来なら政権批判の受け皿になるはずだった野党第1党の立憲民主党も、与党に代わる選択肢を提示できず、自民党や公明党と大差がないように見なされ、実質的には敗北と言っていい結果となった。
その一方で、消費税減税や手取りを増やすことを掲げ、既成政党の色がついていないと見なされた参政党や国民民主党の勢いが、参院選で著しく伸びた。
というのは、減税などの財源をもし国債で賄うとしたら、財政規律の問題も生じるし、結局は現在のために将来を犠牲にする、つまり将来の自分、または子や孫の世代に借金返済を先送りするということにほかならず、根本的な不安が解消するわけではないからだ。
もう一つ、「日本人ファースト」という言葉が受け入れられた背景には、有権者の中にも先送り傾向があること、言い換えると、直接要望を決定権者に訴えて実現させようと、積極的な行動を取ることを避ける傾向があることも関係しているのではないだろうか。
■賃上げや減税には、参政党支持は「遠回り」
例えば、もし賃金を上げてほしいなら、ストライキをして雇用主に直接プレッシャーを与えればいい。制度を変えてほしいなら、街頭で大規模なデモをして、社会に広く訴えかければいい。そうしたやり方もあるはずだ。実際海外ではよくあることだが、日本では極めてまれで、実行が難しい。
1980年のRCサクセションの曲「ボスしけてるぜ」は、中小企業の経営者に給料アップを頼んで拒否され、給料日前にはいつもボスを恨んでいるという若者の姿が出てくるが、少なくともここでは、権限のある当事者に本人が直接ぶつかって、賃上げの要望を伝えている。
参政党にどれだけの力量があるのかわからないが、今後彼らが党としての体制を整え、法案の提出や各党との協議などを経て、例えば消費税の減税を実現してくれるのを待つとしたら、それは迂遠(うえん)なことではある。もちろん有権者として、投票した政治家に仮託するのは議会制民主主義として当然の道筋だ。しかし、投票した政党に頼るだけですませて、デモやストライキなど、民主主義社会で本来行使できる権利を使って、直接行動を取らないですむ大義名分も得られる、という見方も成り立つ。
政治家は根本的な策を講じず、国民は労働者として直接行動しない。
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柴田 優呼(しばた・ゆうこ)
アカデミック・ジャーナリスト
コーネル大学Ph. D.。90年代前半まで全国紙記者。以後海外に住み、米国、NZ、豪州で大学教員を務め、コロナ前に帰国。日本記者クラブ会員。香港、台湾、シンガポール、フィリピン、英国などにも居住経験あり。『プロデュースされた〈被爆者〉たち』(岩波書店)、『Producing Hiroshima and Nagasaki』(University of Hawaii Press)、『“ヒロシマ・ナガサキ” 被爆神話を解体する』(作品社)など、学術及びジャーナリスティックな分野で、英語と日本語の著作物を出版。
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(アカデミック・ジャーナリスト 柴田 優呼)