■夏の甲子園大会が過去の暴力事案で炎上
広島・広陵高校の野球部員の暴力事件で、夏の風物詩である全国高校野球選手権大会が揺れている。
発端は今年の1月下旬、1年生(当時)の部員が禁止されているカップ麺を食べる行為を行ったことに対し、2年生部員(当時)計4名が、当該生徒に暴力を振るったという事案だ。
高校側は県高野連に報告をし、日本高野連は3月に「厳重注意」を行った。暴力行為を行った部員4人は、事件判明日から「1カ月以内に開催される公式戦には出場しない」という指導がなされた。
この時点で問題は収束したように見えたのだが、全国高校野球選手権広島大会が行われていた7月に被害届が提出されたことで本件が再燃、SNS上に被害生徒の保護者とみられる人物による告発投稿もあり、波紋が広がり、SNSは炎上状態になった。
こうした動向を受け、日本高野連(日本高等学校野球連盟)は、開幕前日の8月4日、誹謗中傷を控えるよう呼びかけ、誹謗中傷行為に関しては「法的措置も含めて毅然とした対応を取ってまいります」とする声明を発表した。
■新しい情報に対するリアクションがない回答が「隠蔽」に映った
一方の、甲子園出場が決まっていた広陵高校は、開会式の翌日の8月6日、「令和7年1月に本校で発生した不適切事案について」とする文書を発表した。生徒の暴力行為を謝罪し、事案の概要を説明しつつも「SNS上などで取り上げられている情報について関係者に事情を聴取した結果、新たな事実は確認できませんでした」「被害生徒及び加害生徒の保護の観点から公表を差し控えてまいりました」という説明を行った。
一方で、日本高野連は「全国高校野球選手権大会出場の判断に変更はない」と発表し、そのまま8日の初戦で甲子園の舞台に立った。
SNS上の怒りは収まるどころか、高野連、広陵高校の対応の甘さを批判する声、広陵高校に出場を辞退するよう呼びかける声などが殺到。加害生徒を特定しようという動きまで出る事態となった。
事実関係が明らかではない現状で、広陵高校の出場を批判するのは時期尚早だ。
■事実関係が曖昧な段階で「出場取り消し」は難しい
SNSを見ると、主な批判は下記の5点だ。
1.広陵高校の調査が不十分だったのではないかという疑問
2.暴力行為を働いた生徒の処分の甘さ(日本高野連、広陵高校の両者に対して)
3.これまで事案の公表をしなかったことへの疑念
4.大会への出場基準が緩すぎるのではないかという批判
5.暴力行為を働いた生徒への批判
被害側の生徒が3月に転校していることが明らかになった一方で、加害側が甲子園に出場している。そうしたことも、人々に「不公平だ」という印象を与え、炎上を加速させたと言えるだろう。
ここで重要な点は、現時点では広陵高校側の見解と、被害者側の見解が異なっているという点だ。広陵高校に対して「出場を辞退しろ」、日本高野連に対して「出場を取り消せ」という声も少なからず見られるのだが、真偽が不明な現状でそうした意思決定がしづらいことは理解できる。
ただし、広陵高校や日本高野連の対応に問題はなかったかというと別の話である。SNSで炎上状態になっているのは、広陵高校や日本高野連が上記の批判や疑問に関して、十分に答えていなかったからだ。
両者が説明責任を果たすことで、批判を完全に鎮火させることはできないまでも、ある程度は沈静化させることが可能であったと筆者は考えている。
■なぜ「第三者委員会」の存在をもっと早く明らかにしなかったのか
8月7日には広陵高校と旭川志峯高校との試合が行われ、広陵高校が勝利した。ここでもまた波紋が起こることになった。
試合終了後、旭川志峯の選手数名が握手を拒否した(ただし、本件の真偽は定かではない)という投稿がX上で拡散し、この行為に対して賛否両論が巻き起こった。
また、BS朝日での同試合の中継において、タマホームのCMがACジャパンのCMに差し替わっているという情報もX上で拡散し、物議をかもす結果となった。
試合終了後、広陵高校は公式サイト上で、同校が設置した第三者委員会が調査を進めていることを明らかにした。これを受けて、大会本部側は「第三者委員会の調査結果を受けた学校からの報告を待って、日本高野連が対応を検討する」とのコメントを発表した。第三者委員会の調査は、被害者の保護者からの要望を受けて6月に立ち上がっていたという。
ここまで対応が進んでいるのであれば、なぜこれまで公表してこなかったのだろう?
■現代はSNSで情報が拡散してしまう時代
厳重注意の事案は、学生野球憲章で「原則として公表しない」と定められていて、高校側も日本高野連側も公表していなかった。
事案が表沙汰になったため、遅れて公表する結果となっている。これに対して「公表すべきだった」という声もあるのだが、公表したらしたで加害側だけでなく、被害側にも批判が及ぶ事態になってしまっただろう。
SNSで情報が拡散してしまう時代だから隠蔽ができないというのは事実だが、そういう時代だからこそ、プライバシーや人権には細心の配慮を払う必要があるというのもまた事実だ。しかも、当事者はいずれも未成年であり、大人は彼らを保護する必要がある。
それを理解しているからこそ、日本高野連は誹謗中傷を抑制するような表明を出したのだろう。ただ、それは火に油を注ぐ結果になってしまったが……。
■事実関係が不明な場合は「今後どうするのか」の表明が重要
今回に関しては、公式による公表の前に情報が出てしまい、それが広まってしまっている。学校や団体の公的な組織が情報を出さないことは、逆に大きなリスクになってしまう。
当事者同士の見解が食い違う場合、客観的な事実関係を明らかにするのは容易ではない。第三者が現場を目撃しており、彼らの証言が得られるのであれば別だが、今回はおそらくそうしたことでもないだろう。
当事者が嘘をつく場合もあるのだが、そもそも事実認識が異なっている場合もある。そうなると、客観的な事実を確認することは難しい。
第三者委員会の調査報告が、大会開幕に間に合わなかったことは仕方ないといえる。
事実関係が明確でない状況においては、曖昧な事実関係を発表するよりは、「今後どうするのか」という態度や方針を表明するほうが有効だ。
ただ、この問題が明るみになった時点で、広陵高校は「第三者委員会の調査も進めている」ということも早急に表明すべきであったと思う。日本高野連側も「再調査によって新たな事実が発覚した場合は、対応の見直しも検討」ということを表明すればよかった。
要するに8月7日の夜に表明したことを、もっと早く表明しておいたほうがよかった――ということだ。
■高校球児には清廉潔白さが求められている
高校野球の選手を表現するのに「球児」という言葉がよく使われる。
いまでも高校にとって甲子園大会は特別な存在だ。
甲子園大会に関しては、以前から選手の負担が大きすぎるという批判があった。年々の猛暑の問題でそうした批判はさらに強まっている。可燃性が高い環境に、格好の火種が投げ込まれたことになる。炎上するのは必然だろう。
もちろん暴力行為は問題なのだが、世の中が高校球児に過度な清廉潔白さを求めているのも、今回の事案で炎上が拡大する要因にもなっているように見える。
あえてそれを求め続けるのであれば、大会への出場基準、不祥事が起きたときの調査の精度をより高めていく必要性がある。
今回の問題をきっかけに、日本高野連や高校側は、ルールや運営体制を見直すことも必要であるように思える。
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西山 守(にしやま・まもる)
マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。
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(マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 西山 守)