日本の陸上スプリント界に超新星が出現した。高2の清水空跳が7月のインターハイ100mで10秒00。
これはU18の世界新記録で、日本歴代5位タイという快挙。スポーツライターの酒井政人さんは「まだ16歳で、伸びしろは十分ある。身長164cmでストライドは短いが、180~190cm台がごろごろいる世界のスプリンターの仲間入りを果たす可能性がある。中学時代には重症筋無力症という難病に罹患したが、無事克服した」という――。
■身長164cm「清水空跳」男子100mでU18世界新10秒00
8月3日に行われた富士北麓ワールドトライアルの男子100mで好タイムが続出した。予選2組で桐生祥秀(日本生命)が8年ぶりとなる9秒台でフィニッシュ。東京世界陸上の参加標準記録(10秒00)突破となる9秒99(+1.3)を叩き出す。さらに同3組で守祐陽(大東大)が参加標準にピタリ到達する10秒00(+1.3)をマークしたのだ。
7月上旬に開催された日本選手権の男子100mは桐生が優勝して守が7位。同大会が終わった時点の今季日本最高は栁田大輝(東洋大)の10秒06だったが、日本スプリント界の“時計の針”が一気に動き出した。
その大きな要因となったのが16歳の爆走だった。
7月末に行われたインターハイ(高校総体)。
男子100mタイムレース決勝で石川県の星稜高校2年・清水空跳が10秒00(+1.7)で駆け抜けたのだ。
清水は3組で最速となる0.135秒のリアクションタイムで飛び出すと、得意な2次加速で後続を引き離していく。そして大差をつけて、フィニッシュラインに駆け込んだ。
「前半からのいい流れを後半につなげられて、80mあたりまで完璧な動きができました。まずはインハイに勝つのが目標だったので本当にうれしいです」
清水は“2年生V”を素直に喜ぶと、「10秒00」というタイムにいくつもの“記録”が付随した。
まずは大会記録(10秒11)を悠々と上回り、2013年の織田記念で桐生祥秀が打ち立てた高校記録(10秒01)を12年ぶりに更新。そして自身と桐生が保持していたU18日本記録(10秒19)を大幅短縮しただけでなく、U18世界記録(10秒06)を0.06秒も塗り替えたのだ。さらにシニア選手を含めた日本歴代でも5位タイという、とにかく“驚き”が詰まったタイムとなった。
なお1000分の1まで計測したタイムは「9.995」だった。小数点以下3位は切り上げとなるため、清水は9秒台まであと0.005秒。距離にして5cm差と迫ったことになる。
■「重症筋無力症」という難病も克服
男子100mのU18世界記録保持者となった清水。
走り高跳びの国体入賞者である父から「自分の脚で空を跳ぶ」と意味合いで空跳(そらと)と名付けられた。母は100mハードルの元国体選手で、姉は400mハードルで日本インカレに出場している。陸上一家で育った清水は幼少期から活発で、小4から地元のクラブチームで競技を始めた。
一方で中学1年の春に「重症筋無力症」という難病の診断を受けている。眼瞼下垂などの症状が出たものの、「薬で安定させるようになって、突然治ったというか、特に気にすることなく生活しています」という。本人は「あまり深掘りして欲しくない」と言うが、難病を克服して、スプリンターとして活躍を続けてきた。
身長が180cm近くある父親に対して、清水は164cm。走り高跳びの才能を引き継ぐことはできなかったが、両親から授かった天賦の才をスプリント種目で発揮している。
「父親からは、『跳躍種目をやってほしい』と言われていました。昨年、走り幅跳びに出たんですけど、難しいですね。自分は100mと200mで勝負していきたいです」
中3時は全国中学校体育大会の男子200mで優勝を飾った。当時のベストは200m21秒84、100m10秒75。
2種目とも中学歴代記録で30位に入っていなかったが、星稜高に進学して、歴代トップクラスの戦績を残すようになる。
100mでは昨年7月にサニブラウン・アブデル・ハキームが持っていた高1最高(10秒45)を10秒26(+1.9)に更新。インターハイは1年生ながら2位に食い込んだ。
2年生になった今季は4月のU18アジア選手権で金メダルを獲得。5月の石川県大会を高校歴代4位(当時)の10秒20(+1.4)で走破して、7月上旬の日本選手権に初参戦した。0.01秒差で決勝進出を逃したが、予選でU18日本記録タイとなる10秒19(+0.8)をマークしている。
今夏のインターハイは100mで10秒00という驚異的なタイムを刻んだだけでなく、200mの走りも圧巻だった。20秒79の自己ベストを持つ清水は決勝で20秒39(+2.7)をマーク。追い風参考ながら大会記録(20秒61)を大きく上回ると、サニブラウンが持つU18日本記録&高校記録(20秒34)に急接近した。
「100mと200mで2冠するのが目標だったので、それを達成できて本当にうれしいです。自分の持ち味ある『乗り込む』という動きを完璧にできたと思いますし、200mは北信越大会からあまり練習できていなかったんですけど、コーナー部分も綺麗にうまく走れた。追い風参考はもやもやする部分がありますが、20秒4~5台は確実に出るんだろうなという確信になりました」
■「足の短い日本人がよくやった」「すさまじい脚のピッチ力」
100mだけでなく、200mでも可能性を示している清水。
彼のすごさはどこにあるのか。
男子100mで9秒58の世界記録を保持するウサイン・ボルト(ジャマイカ)の身長は195cm。9秒6~8台をマークした海外スプリンターの身長は175~190cmがスタンダードだ。一方の清水は164cmしかない。
なお日本人で10秒10未満は全員が170cm以上。清水の身長を考えると、100m10秒00は“凄まじいパフォーマンス”といえるだろう。
長身選手と比べると当然、ストライド(歩幅)が短くなるからだ。世界記録を樹立したときのボルトは約41歩、9秒98の日本記録(当時)を打ち立てたときの桐生は47.3歩で100mを駆け抜けている。一方の清水は10秒00をマークしたインターハイ決勝が48.9歩だった。
清水の7月の快挙達成時には「足の短い日本人がよくやった」「すさまじい脚のピッチ力」といった声がSNSなどにあがった。
日本陸連科学委員会の分析データでは、清水は47~64m区間の平均速度が秒速11.65mに到達したという。これは山縣亮太(SEIKO)が9秒95の日本記録をマークしたときの最高速度(秒速11.62m)を上回っている。

日本は小柄なスプリンターが活躍した歴史があり、その代表格は2度のオリンピックに出場して、100mと200mの両種目で日本記録を打ち立てた井上悟だろう。現役時代の井上は身長166cmで体重65kg。清水は彼に近い身長だが、体重は56kgしかない。
小柄でも速いスプリンターは井上のようにパワーで押し切る印象が強かったが、清水はまったく異なるタイプだ。走りを参考にしている選手は「特にいない」そうで、「自分は自分」と考えている。そのなかで特徴的なのが身体の“使い方”だ。
昨季は下半身に頼るような走りだったこともあり、両ハムストリングの肉離れを1回ずつ経験した。そのため今季は「肋骨や肩甲骨の動きを出せるように」とさまざまなドリルで上半身の動きを意識。その結果、「ケガのリスクが減った」だけでなく、上半身と下半身がうまく連動するようになり、滑らかでダイナミックな走りにつながった。
「自分の強みは上半身と下半身の連動がうまくとれて、ブレなく、身体の中心部分を使って前に進めるところだと思っています。身長が高い方が有利な部分はありますが、この体だからこそできる動きもある。そういった面では自分なりにやっていくつもりでいます」
スピードに乗ると広いストライドを確保できる長身選手が優勢だが、身長が低いほうが有利に働く部分もある。
それがコーナーの走りだ。特に内側のレーンではカーブがきついため、長身の選手は脚のさばきが難しくなる。一方、清水は「ずっと200mが好き」で、コーナーの走りを得意としている。
「200mはコーナーで振られず、『乗り込ませる』ことを意識しています。綺麗に骨盤から動かして乗り込ませるのがポイントです」
200mの自己ベスト推移は昨年6月の21秒20を、今季は5月の県大会で20秒79に短縮。そしてインターハイ決勝で追い風参考ながら20秒39(+2.7)を叩き出している。100m以上にタイムの更新が顕著だ。さらにコーナーワークを武器とする清水は4×100mリレーの1走や3走で大活躍してくれる可能性を秘めている。
また彼の凄いところは注目を浴びる存在になっても、浮かれた様子がなく、決めた目標にブレがないことだ。まずは目の前の「5cm」に照準を定めている。
「3年生で高校記録を塗り替えて、9秒台を出すのが自分のビジョンでした。10秒00というタイムを出せて、あと数cmのところまで迫っている実感が湧いてきましたが、今の僕に9秒台はまだ早い。ただ来季は『いつでも(9秒台を)出せるぞ』という感じでいきたいです」
将来の目標として、「9秒台スプリンターとしてオリンピックに出場すること」を掲げている清水。実は日本人で100mと200mの両方をこなすトップ選手は多くない。桐生やサニブラウンは両種目で好結果を残していたが、いつしか100mに絞るようなかたちになっている。今後、清水がどのような選択をするのかわからないが、個人的には100mと200mの両種目で勝負する姿を見たいものだ。
清水は東京世界陸上(9月13~21日)の100m代表は厳しい状況になったが、2009年2月8日生まれのホープは、19歳で迎える2028年のロス五輪、それから23歳で迎える2032年のブリスベン五輪でどんな進化を遂げているのか。
身長190cmのサニブラウンでも届いていない世界大会のメダル。小柄な日本人スプリンターが胸に輝かすことになれば、世界中を驚かすことになるだろう。そんな日が来ることを期待せずにはいられない。

----------

酒井 政人(さかい・まさと)

スポーツライター

1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

----------

(スポーツライター 酒井 政人)
編集部おすすめ