商品やサービスを売る際に大事なことは何か。シリコンバレー在住の起業家・今野有子さんは「一見すると弱みに思える特徴でも、捉え方と伝え方次第で、他にはない大きな価値に変えられる。
私はそれをルクセンブルク産のワイン販売で改めて実感した」という――。(第1回)
※本稿は、今野有子『目に見えない価値の伝え方 顧客を感動させる提案の技術』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■無名産地のワインを売る方法
私は起業後、スペインやフランスでワイナリー巡りをしながら情報収集し、高品質で日本にまだ輸入されたことがないワインを探していました。有名なワイン生産地ではすでに商社やインポーターが契約しているワイナリーが多く、輸入交渉は難航します。
しかし、ワイン産地として知られていないエリアに行くと、素晴らしいワインが残っていることがわかりました。私はさまざまなエリアのワインを飲み比べ、自らのワインの好みを追求していくうちに、冷涼感を感じられるワインに心惹かれることがわかり、だんだんと北の産地か、海風が吹き抜けるような産地へと旅するようになりました。
ルクセンブルク、スペインのイビサ島、フランスのコルシカ島のワインを輸入した私は、無名産地のワインの魅力をどうやって伝えるかという難題に直面しました。
ボルドーやブルゴーニュのように伝統のあるイメージもなければ、チリやオーストラリアのようにコストパフォーマンスがいいというイメージもありません。消費者にとっては産地の場所も頭に思い浮かべられず、価格も高め。どんな味なのかもわからない、謎のワインです。
関心や興味を惹くだけではなく、「実際に買おう!」と決断してもらうために、あなたならどのように紹介しますか?
■「ここでしか飲めない」を強調する
私が実際におこなったのは、「無名」であることを強調してプロモーションをおこなうというアプローチでした。
(A)希少価値(特別な体験)
「無名」ということは、一見すると弱みですが、「まだ誰も知らない特別な存在」とも捉え直すことができます。
無名産地のワインは市場にほとんど出回っていないため、特別な体験を提供できるからです。
通常は現地でしか飲めない希少なワインを日本で楽しめることが大きな魅力です。「ここでしか味わえない」という希少価値を前面に打ち出しました。
(B)話題性(共感の連鎖)
人は特別な体験をすると、誰かに話したくなるものです。ワインを飲んだ後、友人や同僚に伝えたくなったり、SNSに投稿したくなったりする流れをつくることが大切です。
「こんなワインを飲んだ!」と話したくなる環境を整えることで、自然に広まる土壌が生まれます。そのためには、ワインの背景や産地を語りやすくする工夫が欠かせません。商品が自然に広がっていくためには、複雑な情報ではなく、簡単で覚えやすい言葉で魅力を伝えることが重要です。
たとえば、産地や生産者の特徴をシンプルにまとめたり、誰でも説明しやすいキャッチコピーを用意したりすることで、ワインの個性を他の人に伝えやすくなります。また、「飲むだけでなく、語る楽しさもある」という点を強調することで、体験としての価値を高めることができます。
■イメージが湧かないからこそ好奇心が刺激される
(C)変幻自在さ
また、視点を変えてみると、そもそも、日本に輸入されていなかったワインは基本的にはヨーロッパまで行かなければ手に入らないものです。
旅行せずに現地に行ったような気分を味わい、他の人に珍しいワインを飲んだことを自慢できるなら、1万円はむしろとてもお得だと感じてもらうことができます。
人々がまだ体験していないものを知り、味わうことで得られる特別感は価値になります。
たとえば、過去の旅行体験をシェアするときも、みんなが行ったことがある場所よりも、誰も行ったことがない場所の方がより注目されると思いませんか?
「これまで行ってよかった旅行先は?」という質問に、「沖縄」と回答したAさんと、「モンゴル」と回答したBさんがいたら、モンゴルがどんなところか聞きたくなるのではないでしょうか?
イメージが湧かない場所だからこそ、好奇心が刺激されるのです。無名の産地のワインはまだ特定のイメージ(先入観)がついておらず、自由に形を変えることができます。
つまり、無名であることは「変幻自在さ」を持っているということです。それは、新しいイメージを描くための余白とも言えるでしょう。
■「無名」を魅力に変える――ルクセンブルク産ワインの実例
「ルクセンブルク」と聞いて、すぐに場所を思い浮かべられる人は少ないかもしれません。フランス、ドイツ、ベルギーに囲まれた小さな国ですが、国民ひとり当たりのGDPが世界一、トップクラスの経済力と美しい自然に恵まれています。そんなルクセンブルクでも実はワインが造られていることをご存知でしょうか?
私は日本、フランス、イギリスのワインスクールで世界のワインについて専門的に学び、ソムリエ資格も持っていますが、それでもルクセンブルクでワインが造られているとは知りませんでした。
地図を広げてみると、ルクセンブルクはシャンパーニュ、アルザス、モーゼルといった有名なワイン産地に隣接しており、ワイン造りにとって理想的な場所であることがわかります。
フランスのブルゴーニュでワイナリーに住み込んで働き、ワインを深く探究したことにより、自分のテイスティングに自信がついてきた私は、自分の好みのワイン、インポーターとして「自分を表現するにふさわしいワインとは何か」について考え続けた結果、冷涼な気候や海風が吹き抜ける場所で育つ葡萄から生まれるワインに強く惹かれることに気づきました。
■顧客にとっての価値は何かを考える
そこでフランスの中でも、ブルゴーニュ、シャンパーニュ、アルザスといった特定地域のワインに注力して産地を周るようになりました。
自分の好みや集中すべきテーマが明確になり、他の人にもどのようなワインを探しているのかを明確に伝えられるようになったことで、さまざまな情報やワイナリーの紹介をいただく機会が増えてきました。

そんな中、アルザスに似ていて、まだ知られていない面白い産地があるとの情報を入手し、ルクセンブルク大使館・貿易投資事務所を訪れました。詳しく話を聞いたところ、「ルクセンブルクには私のためのワインがある」と確信し、その場で輸入を決意して、すぐに現地へと飛びました。
ルクセンブルクは国の文化を体現する存在としてワインを重視しています。大使館の協力もあり、ワインを通じてルクセンブルクの魅力を紹介するイベントや講演会を数多く開催することができ、メディア露出も増え認知度を高めることに成功しました。
その際、私はルクセンブルクワインの魅力を多角的に探りながら、潜在的な顧客層にとってどんなことが価値になるかを探り、コンセプトを練りました。
■【作戦1】旅行・グルメ好きには国そのものをPR
旅が好き、ヨーロッパが好き、グルメが好きという方に向けては、「歴史や文化に彩られた、知られざる美しい小国」という、ルクセンブルクという国そのものの新鮮さが魅力になります。
また、同国は、人口当たりのミシュラン星付きレストラン数が世界一というグルメ大国でもあります。観光地としても魅力に満ちており、こうした背景をワインと組み合わせて「豊かな自然と文化が詰まった希少なワイン」というコンセプトで、その価値を伝えることにより、ルクセンブルクワインに対する興味を引き出すことに成功しました。
実際のプロモーション実例をお見せします。
知られざる極上ワインの里、ヨーロッパの宝石「ルクセンブルク」
緑あふれる渓谷に囲まれた中世の美しい街並みを有し、市全体が世界文化遺産に登録され「ヨーロッパの宝石」とも言われるルクセンブルク大公国は知られざる美食の国。
駐日ルクセンブルク大使をお招きし、魅力をたっぷりと「見て聞いて味わって」もらうスペシャルナイト。大使館、政府観光局によるプレゼンの後はワインセミナー。
ルクセンブルクワインと大公家御用達のチョコレートのマリアージュをご堪能ください。

このイベントでは、ルクセンブルクに行ってその風土を楽しむ体験を提供したことで、大盛況となり、ルクセンブルクワインを多くの方に知ってもらうことができました。
■【作戦2】ワイン愛好家には知識・発見を提供
一方、私を含めたワイン愛好家は「ワインを知る」ことに喜びを感じます。
飲んだことがない、聞いたことがない産地という希少性だけではなく、ワインの品質を納得させるロジックも非常に重要です。
ルクセンブルクはドイツとモーゼル川で国境を接していますが、モーゼルは世界最高の白ワインの銘醸地として知られているため、ドイツ・モーゼルの対岸という情報はワイン好きの興味を引きます。緯度もシャンパーニュ地区と一致しているため、冷涼な気候を活かしたワイン生産において理想的な環境を持っています。
こうした地理的条件をうまく説明することで、ワイン愛好家や専門家には、「どんな味なのかが気になる、マニア心をくすぐるワイン」としてその魅力を伝え、勉強会を多数開催しました。
結果、ルクセンブルクワインには試してみる価値があると納得してもらうことができ、ミシュランスターを獲得しているレストランからも多数発注がありました。実際のプロモーション事例をお見せします。
■紹介の仕方でビジネスチャンスは大きく広がる
フランス、ドイツ、ベルギーに三方を囲まれたルクセンブルク。モーゼル川沿いでは古くから葡萄の栽培が盛んで、質の高い白ワインの産地として知られています。
ルクセンブルクワインは自国でほぼ消費されてしまうことから、国外ではあまり流通しておらず、幻のワインとも言われています。
産地の個性や味わい、生産者についてなど、美しい現地の写真も織り交ぜながら、北部と南部の産地の個性を紹介。またセミナー後は大使館関係者も交え、ルクセンブルク料理をご用意しギャザリングパーティを開催します。

このように産地の個性や味わう体験など、顧客層ごとに求めているものの違いを意識し、商品の背景も含めた魅力と、納得感のあるロジックを融合させたプロモーションをおこないました。
結果として、「ワインの販売本数×単価」という売上にとどまらず、テレビ番組の監修、共著書籍の執筆、全国での講演会やイベント運営の仕事を多数得ることができ、ビジネスの幅を大きく広げることができました。
この経験から私が確信したのは、価値とはあらかじめ商品や市場に備わっているものではなく、誰に、どのように伝えるかによって形作られるということです。これこそが、本書でお伝えしたい「目に見えない価値」を伝える力なのです。

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今野 有子(こんの・ゆうこ)

アルムンド代表

Philosophy Technologies inc. Co-CEO。早稲田大学商学部卒業後、武田薬品、リクルートエージェント(現リクルート)で法人営業を経験。ニュージーランド、スペイン、フランスに留学後、株式会社アルムンドを創業し、ワインを通じて、新たな市場と顧客体験の創出に取り組んできた。ファイナルファンタジー30周年記念ワイン(スクウェア・エニックス)をはじめ、ヤマハ、NTTドコモ、東急不動産、関西電力グループなど、多業種にわたる大手企業とのコラボレーションを実現。ワインの輸入販売にとどまらず、ボルドーやブルゴーニュ、ロンドンで得たワインの知見を活かした様々なイベント企画、高級旅館やミシュラン星付きレストランなど、ハイエンド顧客層にコンサルティングを多数手掛ける。これまで6カ国で4言語を用いて生活した経験から培った多文化的な視点を強みに、現在はシリコンバレーを拠点に、哲学的思考を活用したビジネスをグローバルに展開している。
日本ソムリエ協会認定ソムリエ。

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(アルムンド代表 今野 有子)
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