■これからの時代は探究心がモノを言う
さて、最近ではクイズ王として人気の伊沢拓司さんや、ショパン国際ピアノコンクール、セミファイナリストでピアニストとして活躍する角野隼斗さん、メディアアーティストの落合陽一さんなど、独自の才能を開花させた開成卒業生も注目されています。生徒たちを見ていて、本当にすばらしいと思うのは、それぞれがそれぞれの探究心に従って、自主的かつ積極的に、さまざまな活動をしている点です。
卒業後に活躍している人たちは、ほぼ例外なく、在学中に部活や学校行事をはじめ、勉強以外の活動に打ち込んだ経験を持っています。彼らを見ていると、これからは英語力や国際感覚とともに、個々の探究心がモノを言う時代になるとつくづく感じます。
私自身の経験を話すと、私の父親は工学系の仕事をしている人でした。私が小学校低学年のときに「理化学実験セット」をクリスマスプレゼントに買ってくれました。フラスコ、試験管、アルコールランプなどがセットになった、なかなか本格的なもので、私は薬局で酒石酸ナトリウムを購入し、その水溶液と重曹の水溶液を混ぜて、炭酸水を作る実験などをして楽しんでいました。
小学4年のときに、東京都中野区から自然豊かな千葉県柏市に引っ越したのですが、そこでは昆虫捕りやザリガニ釣りに夢中になりました。昆虫採集キットを買ってもらって昆虫標本も作りました。まあ、これは友達に「かわいそう」と言われたので、すぐにやめてしまいましたが(笑)。学習雑誌「科学」の付録も楽しみでしたね。
こうした経験の中で育まれた探究心が、その後、研究者として生きていくための原動力の一つになったのは事実です。幼少期に好奇心や探究心を育むというのは、ほんとうに大切なことだと思います。それが育まれれば、もっともっと知りたくなるので、自分自身で学ぶ力がついていきます。

よく、「毎日塾に通い、日曜日はテスト」という生活を送る小学生の話を耳にしますが、これはあまり感心できません。探究心や好奇心というのは、遊びの中から生まれてくるものだからです。勉強だけさせても「先輩や友達が東大に行くので、自分も東大へ」という、自主性のないさびしい人間になってしまいます。それではたとえ東大に入れたとしても、定型的な業務はAIが代行し、主体性が重視される時代には活躍することはできないでしょう。
探究心を他人が教えることはできませんが、子供が内に秘めているであろう興味や関心を、周囲の大人が刺激し、引き出してやることは可能です。自然の中で遊ばせること、美術館や博物館に連れていくことなど、子供の琴線に触れる機会をなるべく多く持ってほしいと思います。
■楽しそうに仕事をする開成教員がロールモデル
本校では私のような研究者をはじめ、小説家、俳人、芸術家などのさまざまな専門家が教員として働いています。彼らがそうした専門性を発揮して、生徒の興味を引き出せるように、業務に縛られず自由な時間を多く確保するため、毎日の早朝出勤を求めていません。
ちなみに、本校の教員はみんなとても仲がよく、楽しそうに仕事をしており、離職率がすごく低い(笑)。生徒たちは、そういう大人を身近で見ているので、大人になること、仕事に就くことを楽しみにするようになります。これも開成のよき伝統の一つです。
先ほど、後に海外大学に進学することになる中学生たちによって留学支援制度がつくられたという話をしましたが、開成の生徒たちは「こんなことがしたい」「こんなことに興味がある」ということを実に積極的に発信してきます。
そしてそれを教員が受け止め、実現に向けてバックアップをしていくんですね。
たとえば本校の学食は「学食ネット」というスマホのアプリから注文ができ、さらにPayPayで決済することができます。昨年9月から導入されたものですが、これはコンピュータ部に所属していた高3の秋山弘幸くんと高2の周詩喬くんの発案で生まれたものです。
それまでの学食は、食券の購入に長蛇の列ができ、食事の時間が十分に取れない生徒、学食での食事そのものをあきらめる生徒が少なからずいたのです。このことを問題視した2人が、アンケート調査とプログラム開発を行い、学校事務局や食堂運営会社、さらにはPayPayとも交渉して、実現にこぎつけました。
こうした生徒たちが発案した自主研究やプロジェクトを支援する「ペン剣基金」というものがあります。OBの寄付によって作られた基金で、運用利子を生徒の活動の支援に活用しています。生徒は自分のプランをプレゼンして、認められれば研究内容に応じて、数万円から数十万円の研究予算がつきます。ちなみに生徒だけでなく、教員の研究活動にも適用されます。例年、10件ほどの応募があり、8件ほどが採択されていますので、企画内容もなかなかに充実しているようですね。
こうした制度のバックアップも生徒の探究心に火をつけているようで、彼らはいつも「こういうアイデアはどうだろう?」「こういう問題があるが、誰か解決のヒントを知らないか?」など、仲間同士で話し合っています。同好の士が数人集まれば同好会を発足させます。
そして教員のところにやってきて「顧問をやってください」と。1人の教員がどうしても時間の工面ができずに断ると、「そういうことならオレがやってやろう」という教員が必ず現れます。
生徒たちが本校で身に付けたさまざまな知識を武器に、いずれは海外に飛び立って、世界を舞台に活躍する、国際的なリーダーになってくれること。これが校長として、そして同じ開成の先輩としての、私の切なる願いです。
※本稿は、『プレジデントFamily2025夏号』の一部を再編集したものです。

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野水 勉(のみず・つとむ)

開成中学校・高等学校校長

1954年福岡県生まれ。73年開成高校卒業。77年東京大学工学部卒業、同大学大学院工学系研究科工業化学専攻修士課程を修了後、79年動力炉・核燃料開発事業団研究員に。84年名古屋大学工学部助手、89年金属工学専攻で工学博士号取得。90~91年ハーバード大学医学部客員研究員、96年名古屋大学教授等を経て、2020年4月より現職。

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(開成中学校・高等学校校長 野水 勉 田中義厚=構成 市来朋久(野水先生)、キッチンミノル(生徒)=撮影)
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