ChatGPTのような対話型AIに続く技術として、「AIエージェント」が注目を集めている。AIが必要な作業を自ら考えて実行するサービスだ。
■「専門性」とよばれた能力の価値が低下する
AIエージェントの登場は、私たち人間に求められるスキルの価値基準を根底から覆しています。
たとえば、法律の条文を正確に記憶したり、大量の財務データを手作業で集計したり、あるいは決まりきった手順で報告書を作成したりといった、かつて専門性とされた従来の定型的な知識や技能の多くは、AIエージェントによって正確に処理されるようになり、それらを習得・維持すること自体の価値は相対的に大きく低下しています。
これからの時代に人間が真に価値を発揮するためには、AIエージェントには模倣が難しい、より高次の能力や人間的な資質を磨くことが不可欠です。
ここでは、AIエージェント時代に重要となるスキルを「メタスキル」「ソフトスキル」「ハードスキル」の3つに分類したうえでより具体的に解説します。
メタスキル:経験と直感が織りなす高次元能力
メタスキルは「スキルを使いこなすためのスキル」であり、AIエージェントが容易には到達できない、人間ならではの価値の核心です。これらは長年の経験や内省を通じて磨かれるものであり、以下のような要素から構成されます。
■AIには難しい「人間ならではの価値」
経験に基づく直感的な判断力
たとえば、長年の交渉経験から「この顧客の言葉の裏には、まだ表明されていない重要な懸念がありそうだ」と直感的に察知する力や、データ上は問題なくても「このプロジェクトチームの雰囲気は何かおかしい、潜在的なコミュニケーション不全があるかもしれない」と微細な違和感からリスクの芽を捉える感性などが含まれます。これらは、AIエージェントが統計的パターンから導き出す予測とは質が異なります。
暗黙知の活用
たとえば、熟練の職人が言葉では説明しきれない「指先の感覚」で製品の微調整を行うように、あるいは経験豊富なリーダーが「場の空気」を読んで会議の進行を柔軟に調整する能力、さらには異文化間のビジネスで明文化されていない慣習や価値観を理解し、適切な対応を選ぶ判断などが該当します。
状況に適応する思考力
たとえば、過去に前例のない市場の急変が起きた際に、既存の知識や成功パターンにとらわれず、複数の情報を組み合わせてまったく新しい対応策を即座に考え出す力や、複数のプロジェクトが複雑に絡み合うなかで、状況の変化に応じて優先順位を柔軟に見直し、リソースを再配分する意思決定力などが含まれます。
これらのメタスキルは、AIエージェントのパターン学習とは異なり、多様な実体験とその意味づけを繰り返すことによってのみ培われる「経験知」と言えるでしょう。
■AIを使いこなすために必要な能力
ソフトスキル:AI時代に価値を高める人間的資質
AIエージェントが論理的・分析的な処理を得意とする一方で、人間的なソフトスキルの価値は一層高まります。これらはメタスキルを基盤とし、AIエージェントには模倣が難しい人間的な能力です。例としては以下のようなものが挙げられます。
創造的思考力
たとえば、AIエージェントが生成した複数のデザイン案を参考にしつつも、そこに独自の視点や斬新なアイデアを加えて、まったく新しいコンセプトを生み出す力や、社会課題に対して既存の解決策とは異なる、AIエージェントを活用した新しいサービスモデルを発想する能力などがこれに当たります。
批判的思考力
たとえば、AIエージェントが提案した市場分析レポートに対し、「このデータの解釈は一面的ではないか?」「他の要因(例:地政学的リスク、消費者の心理変化)を考慮すると結論が変わるのではないか?」と多角的に問いを立て、その妥当性や潜在的なバイアスを深く見抜く能力が求められます。
共感力とEQ(感情知能)
たとえば、クレーム対応において、顧客の怒りの言葉の裏にある不安や失望といった感情を深く理解し、寄り添った言葉を選ぶ力や、チームメンバーの些細な変化からその心理状態を察し、適切な声かけやサポートを行うことで信頼関係を築く能力も重要です。
■対人能力はより問われる
対人折衝能力
たとえば、AIエージェントが出した複雑な分析結果を、専門知識のない経営層や顧客にも誤解なく、かつ納得感を持って分かりやすく説明する力や、意見の異なるメンバー間に入り、それぞれの主張を丁寧に聞きながら、建設的な対話を通じて合意形成を導くファシリテーション能力を指します。
学習能力と適応力
たとえば、新しいAIエージェントが登場した際に、その本質を素早く理解して自らの業務にどう活かせるかを試行錯誤しながら短期間で習得する力や、市場環境の変化によって既存のスキルが通用しなくなった場合に、迅速に新たな知識や技術を学び直し、キャリアを再構築していく柔軟性です。
これらの能力は、AIとの協働において人間が主導性を保ち、より高度な価値を生み出すための鍵となります。
■新しく必要なスキル
ハードスキル:AIと協働するための技術知
従来の定型的なハードスキルの価値が相対的に低下する一方で、AIと効果的に協働するためには、新しい種類のテクニカルスキル、すなわち「新たなハードスキル」が不可欠になります。それはどのようなものか、以下で具体例とともに解説します。
AIリテラシー
たとえば、「この顧客対応業務を自動化するには、どの種類のAIエージェントが最適か」を選定し、「期待する応対品質を実現するためには、どのようなFAQデータや応対履歴を学習させるべきか」を具体的に設計し、導入後のAIの応答が本当に適切か、倫理的な問題はないかを判断する能力です。
プロンプトエンジニアリング
たとえば、AIエージェントに市場調査レポートを作成させる際に、「ターゲット顧客層」「主要な競合」「含めるべきデータ項目」「レポートのトーン」などを具体的かつ網羅的に指示(プロンプト)として記述し、AIエージェントの出力を望む方向に精密に誘導する技術です。
データ思考力
たとえば、AIエージェントの利用ログを分析し、「どの機能がよく使われ、どの機能が使われていないのか」「ユーザーはどこでつまずいているのか」といったデータから課題を発見して改善策を立案・実行する能力や、複数のデータソースを組み合わせて新たな洞察を引き出す能力です。
■特定の知識を記憶するだけではダメ
システム思考
たとえば、ある部門にAIエージェントを導入することが、他の部門の業務プロセスや、サプライチェーン全体、さらには顧客体験にどのような連鎖的な影響(良い影響も悪い影響も)を及ぼす可能性があるかを多角的に予測し、全体最適の観点から導入計画を策定する力です。
これらの新しいハードスキルは、単に技術を操作するだけでなく、AIという強力なツールを戦略的に使いこなし、その能力を最大限に引き出すための「思考法」や「設計力」とも言え、メタスキル的な側面も併せ持っています。
これからの時代は、従来の特定の知識や手順を記憶・実行する能力への依存から脱却し、これらのメタスキル、ソフトスキル、そして新たなハードスキルをバランス良く戦略的に磨き上げ、AIと主体的に協働していくことが、個人にとっても組織にとっても成功への羅針盤となるでしょう。
■AIエージェントは人間の仕事を奪うのか
AIエージェントは人間の仕事を奪うのでしょうか。
AIエージェントが情報収集、データ分析、コンテンツ生成といった多くのタスクを高度に実行できるようになるにつれ、人間には従来とは異なる、より本質的な能力が求められるようになります。
そのなかでも特に重要性を増すのが、明確な「目的」を自ら設定し、その目的達成から逆算して実現への「ストーリー」を戦略的に構築し、共感を呼ぶ形で内外に提示する力です。これは、単なる計画立案や情報伝達を超えた、構想力、意味付けの能力、そして戦略的な「ブランディング」能力と言い換えることもできます。
AIエージェントは、与えられた目標に対して最適な手段を提案したり、膨大なデータに基づいて効果的なメッセージの断片を生成したりすることは得意です。しかし、「そもそも、私たちは何のために存在するのか」「この事業を通じて、どのような未来を実現したいのか」といった根源的な「目的」そのものを、深い洞察や価値観に基づいて生み出すことはできません。
また、その目的を、聞く人の心を動かし、共感を呼び、具体的な行動へと駆り立てるような、一貫性のある魅力的な「ストーリー」として紡ぎ出すことも、AIエージェントには極めて困難な作業です。
■人間の仕事は「Why」
この「目的設定と戦略的ストーリーテリング」のスキルには、以下のような要素が含まれます。
ビジョン構想力と目的定義能力
現状の延長線上ではない、未来のあるべき姿を構想し、組織やプロジェクト、あるいは個人の活動に明確な存在意義と方向性を与える力。これは、第1章で触れた「問いを設計する力」の最上位に位置づけられる能力とも言えます。
逆算思考と戦略構築能力
設定した高い目的に対し、そこから現在へと遡って必要なステップ、マイルストーン、克服すべき障壁を洗い出し、実現可能な戦略へと落とし込む論理的かつ創造的な思考力。
ストーリー構築とブランディング能力
設定された目的や戦略を、単なる事実や計画の羅列ではなく、人々の感情や価値観に訴えかける「ストーリー」として再構築し、組織の内外に対して一貫したメッセージとして発信し、共感と信頼を醸成する力。これは、企業や製品、あるいは個人の「ブランド」を形成するうえで核となります。
たとえば、新しい事業を立ち上げる際、AIエージェントは市場データの分析や競合調査で大いに役立ちますが、「なぜこの事業をやるのか」という創業者の情熱や社会に対する使命感、そしてそれを顧客や投資家、従業員に伝える独自のストーリーは、AIエージェントが生み出せるものではありません。
また、既存の企業が社会の変化に対応して自社のブランドイメージを再構築する際も、AIエージェントは過去のブランド資産の分析や新しいロゴデザインの提案はできても、その企業が未来に向けてどのような価値を提供し、社会とどう関わっていくのかという新しい「ストーリー」の核心は、経営者や従業員の深い思考と決意から生まれます。
AIエージェントが多くの「How(どうやるか)」や「What(何をやるか)」の実行を効率化してくれる時代だからこそ、人間は「Why(なぜやるのか)」という目的設定と、その目的を達成するための共感を呼ぶ「戦略的ストーリー」の創造という、AIには代替できない領域でその真価を発揮することが求められます。
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小澤 健祐(おざわ・けんすけ)
一般社団法人AICX協会 代表理事
「人間とAIが共存する社会をつくる」をビジョンに掲げ、AI分野で幅広く活動。著書『生成AI導入の教科書』の刊行や1000本以上のAI関連記事の執筆を通じて、AIの可能性と実践的活用法を発信。
一般社団法人AICX協会代表理事、一般社団法人生成AI活用普及協会常任協議員を務める。Cynthialy取締役CCO、Visionary Engine取締役、AI HYVE取締役など複数のAI企業の経営に参画。日本HP、NTTデータグループ、Lightblue、THA、Chipperなど複数社のアドバイザーも務める。
千葉県船橋市生成AIアドバイザーとして行政のDX推進に携わる。NewsPicksプロピッカー、Udemyベストセラー講師、SHIFT AI公式モデレーターとして活動。AI関連の講演やトークセッションのモデレーターとしても多数登壇。
AI領域以外では、2022年にCinematoricoを創業しCOOに就任。PRやフリーカメラマン、日本大学文理学部次世代社会研究センタープロボノ、デヴィ夫人SNSプロデューサーなど、多彩な経験を活かした活動を展開中。
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(一般社団法人AICX協会 代表理事 小澤 健祐)
この自立型AIはいずれ人間の仕事を奪うのか。一般社団法人AICX協会 代表理事の小澤健祐さんによる『AIエージェントの教科書』(ワン・パブリッシング)より、一部を紹介する――。
■「専門性」とよばれた能力の価値が低下する
AIエージェントの登場は、私たち人間に求められるスキルの価値基準を根底から覆しています。
たとえば、法律の条文を正確に記憶したり、大量の財務データを手作業で集計したり、あるいは決まりきった手順で報告書を作成したりといった、かつて専門性とされた従来の定型的な知識や技能の多くは、AIエージェントによって正確に処理されるようになり、それらを習得・維持すること自体の価値は相対的に大きく低下しています。
これからの時代に人間が真に価値を発揮するためには、AIエージェントには模倣が難しい、より高次の能力や人間的な資質を磨くことが不可欠です。
ここでは、AIエージェント時代に重要となるスキルを「メタスキル」「ソフトスキル」「ハードスキル」の3つに分類したうえでより具体的に解説します。
メタスキル:経験と直感が織りなす高次元能力
メタスキルは「スキルを使いこなすためのスキル」であり、AIエージェントが容易には到達できない、人間ならではの価値の核心です。これらは長年の経験や内省を通じて磨かれるものであり、以下のような要素から構成されます。
■AIには難しい「人間ならではの価値」
経験に基づく直感的な判断力
たとえば、長年の交渉経験から「この顧客の言葉の裏には、まだ表明されていない重要な懸念がありそうだ」と直感的に察知する力や、データ上は問題なくても「このプロジェクトチームの雰囲気は何かおかしい、潜在的なコミュニケーション不全があるかもしれない」と微細な違和感からリスクの芽を捉える感性などが含まれます。これらは、AIエージェントが統計的パターンから導き出す予測とは質が異なります。
暗黙知の活用
たとえば、熟練の職人が言葉では説明しきれない「指先の感覚」で製品の微調整を行うように、あるいは経験豊富なリーダーが「場の空気」を読んで会議の進行を柔軟に調整する能力、さらには異文化間のビジネスで明文化されていない慣習や価値観を理解し、適切な対応を選ぶ判断などが該当します。
状況に適応する思考力
たとえば、過去に前例のない市場の急変が起きた際に、既存の知識や成功パターンにとらわれず、複数の情報を組み合わせてまったく新しい対応策を即座に考え出す力や、複数のプロジェクトが複雑に絡み合うなかで、状況の変化に応じて優先順位を柔軟に見直し、リソースを再配分する意思決定力などが含まれます。
これらのメタスキルは、AIエージェントのパターン学習とは異なり、多様な実体験とその意味づけを繰り返すことによってのみ培われる「経験知」と言えるでしょう。
■AIを使いこなすために必要な能力
ソフトスキル:AI時代に価値を高める人間的資質
AIエージェントが論理的・分析的な処理を得意とする一方で、人間的なソフトスキルの価値は一層高まります。これらはメタスキルを基盤とし、AIエージェントには模倣が難しい人間的な能力です。例としては以下のようなものが挙げられます。
創造的思考力
たとえば、AIエージェントが生成した複数のデザイン案を参考にしつつも、そこに独自の視点や斬新なアイデアを加えて、まったく新しいコンセプトを生み出す力や、社会課題に対して既存の解決策とは異なる、AIエージェントを活用した新しいサービスモデルを発想する能力などがこれに当たります。
批判的思考力
たとえば、AIエージェントが提案した市場分析レポートに対し、「このデータの解釈は一面的ではないか?」「他の要因(例:地政学的リスク、消費者の心理変化)を考慮すると結論が変わるのではないか?」と多角的に問いを立て、その妥当性や潜在的なバイアスを深く見抜く能力が求められます。
共感力とEQ(感情知能)
たとえば、クレーム対応において、顧客の怒りの言葉の裏にある不安や失望といった感情を深く理解し、寄り添った言葉を選ぶ力や、チームメンバーの些細な変化からその心理状態を察し、適切な声かけやサポートを行うことで信頼関係を築く能力も重要です。
■対人能力はより問われる
対人折衝能力
たとえば、AIエージェントが出した複雑な分析結果を、専門知識のない経営層や顧客にも誤解なく、かつ納得感を持って分かりやすく説明する力や、意見の異なるメンバー間に入り、それぞれの主張を丁寧に聞きながら、建設的な対話を通じて合意形成を導くファシリテーション能力を指します。
学習能力と適応力
たとえば、新しいAIエージェントが登場した際に、その本質を素早く理解して自らの業務にどう活かせるかを試行錯誤しながら短期間で習得する力や、市場環境の変化によって既存のスキルが通用しなくなった場合に、迅速に新たな知識や技術を学び直し、キャリアを再構築していく柔軟性です。
これらの能力は、AIとの協働において人間が主導性を保ち、より高度な価値を生み出すための鍵となります。
■新しく必要なスキル
ハードスキル:AIと協働するための技術知
従来の定型的なハードスキルの価値が相対的に低下する一方で、AIと効果的に協働するためには、新しい種類のテクニカルスキル、すなわち「新たなハードスキル」が不可欠になります。それはどのようなものか、以下で具体例とともに解説します。
AIリテラシー
たとえば、「この顧客対応業務を自動化するには、どの種類のAIエージェントが最適か」を選定し、「期待する応対品質を実現するためには、どのようなFAQデータや応対履歴を学習させるべきか」を具体的に設計し、導入後のAIの応答が本当に適切か、倫理的な問題はないかを判断する能力です。
プロンプトエンジニアリング
たとえば、AIエージェントに市場調査レポートを作成させる際に、「ターゲット顧客層」「主要な競合」「含めるべきデータ項目」「レポートのトーン」などを具体的かつ網羅的に指示(プロンプト)として記述し、AIエージェントの出力を望む方向に精密に誘導する技術です。
データ思考力
たとえば、AIエージェントの利用ログを分析し、「どの機能がよく使われ、どの機能が使われていないのか」「ユーザーはどこでつまずいているのか」といったデータから課題を発見して改善策を立案・実行する能力や、複数のデータソースを組み合わせて新たな洞察を引き出す能力です。
■特定の知識を記憶するだけではダメ
システム思考
たとえば、ある部門にAIエージェントを導入することが、他の部門の業務プロセスや、サプライチェーン全体、さらには顧客体験にどのような連鎖的な影響(良い影響も悪い影響も)を及ぼす可能性があるかを多角的に予測し、全体最適の観点から導入計画を策定する力です。
これらの新しいハードスキルは、単に技術を操作するだけでなく、AIという強力なツールを戦略的に使いこなし、その能力を最大限に引き出すための「思考法」や「設計力」とも言え、メタスキル的な側面も併せ持っています。
これからの時代は、従来の特定の知識や手順を記憶・実行する能力への依存から脱却し、これらのメタスキル、ソフトスキル、そして新たなハードスキルをバランス良く戦略的に磨き上げ、AIと主体的に協働していくことが、個人にとっても組織にとっても成功への羅針盤となるでしょう。
■AIエージェントは人間の仕事を奪うのか
AIエージェントは人間の仕事を奪うのでしょうか。
AIエージェントが情報収集、データ分析、コンテンツ生成といった多くのタスクを高度に実行できるようになるにつれ、人間には従来とは異なる、より本質的な能力が求められるようになります。
そのなかでも特に重要性を増すのが、明確な「目的」を自ら設定し、その目的達成から逆算して実現への「ストーリー」を戦略的に構築し、共感を呼ぶ形で内外に提示する力です。これは、単なる計画立案や情報伝達を超えた、構想力、意味付けの能力、そして戦略的な「ブランディング」能力と言い換えることもできます。
AIエージェントは、与えられた目標に対して最適な手段を提案したり、膨大なデータに基づいて効果的なメッセージの断片を生成したりすることは得意です。しかし、「そもそも、私たちは何のために存在するのか」「この事業を通じて、どのような未来を実現したいのか」といった根源的な「目的」そのものを、深い洞察や価値観に基づいて生み出すことはできません。
また、その目的を、聞く人の心を動かし、共感を呼び、具体的な行動へと駆り立てるような、一貫性のある魅力的な「ストーリー」として紡ぎ出すことも、AIエージェントには極めて困難な作業です。
■人間の仕事は「Why」
この「目的設定と戦略的ストーリーテリング」のスキルには、以下のような要素が含まれます。
ビジョン構想力と目的定義能力
現状の延長線上ではない、未来のあるべき姿を構想し、組織やプロジェクト、あるいは個人の活動に明確な存在意義と方向性を与える力。これは、第1章で触れた「問いを設計する力」の最上位に位置づけられる能力とも言えます。
逆算思考と戦略構築能力
設定した高い目的に対し、そこから現在へと遡って必要なステップ、マイルストーン、克服すべき障壁を洗い出し、実現可能な戦略へと落とし込む論理的かつ創造的な思考力。
ストーリー構築とブランディング能力
設定された目的や戦略を、単なる事実や計画の羅列ではなく、人々の感情や価値観に訴えかける「ストーリー」として再構築し、組織の内外に対して一貫したメッセージとして発信し、共感と信頼を醸成する力。これは、企業や製品、あるいは個人の「ブランド」を形成するうえで核となります。
たとえば、新しい事業を立ち上げる際、AIエージェントは市場データの分析や競合調査で大いに役立ちますが、「なぜこの事業をやるのか」という創業者の情熱や社会に対する使命感、そしてそれを顧客や投資家、従業員に伝える独自のストーリーは、AIエージェントが生み出せるものではありません。
また、既存の企業が社会の変化に対応して自社のブランドイメージを再構築する際も、AIエージェントは過去のブランド資産の分析や新しいロゴデザインの提案はできても、その企業が未来に向けてどのような価値を提供し、社会とどう関わっていくのかという新しい「ストーリー」の核心は、経営者や従業員の深い思考と決意から生まれます。
AIエージェントが多くの「How(どうやるか)」や「What(何をやるか)」の実行を効率化してくれる時代だからこそ、人間は「Why(なぜやるのか)」という目的設定と、その目的を達成するための共感を呼ぶ「戦略的ストーリー」の創造という、AIには代替できない領域でその真価を発揮することが求められます。
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小澤 健祐(おざわ・けんすけ)
一般社団法人AICX協会 代表理事
「人間とAIが共存する社会をつくる」をビジョンに掲げ、AI分野で幅広く活動。著書『生成AI導入の教科書』の刊行や1000本以上のAI関連記事の執筆を通じて、AIの可能性と実践的活用法を発信。
一般社団法人AICX協会代表理事、一般社団法人生成AI活用普及協会常任協議員を務める。Cynthialy取締役CCO、Visionary Engine取締役、AI HYVE取締役など複数のAI企業の経営に参画。日本HP、NTTデータグループ、Lightblue、THA、Chipperなど複数社のアドバイザーも務める。
千葉県船橋市生成AIアドバイザーとして行政のDX推進に携わる。NewsPicksプロピッカー、Udemyベストセラー講師、SHIFT AI公式モデレーターとして活動。AI関連の講演やトークセッションのモデレーターとしても多数登壇。
AI領域以外では、2022年にCinematoricoを創業しCOOに就任。PRやフリーカメラマン、日本大学文理学部次世代社会研究センタープロボノ、デヴィ夫人SNSプロデューサーなど、多彩な経験を活かした活動を展開中。
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(一般社団法人AICX協会 代表理事 小澤 健祐)
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