1996年6月2日にサービスを開始した「かもめインターネット」。インターネット黎明期に地域プロバイダとして立ち上がり、生活にとって「当たり前」のインフラとなった現在に至るまで、私たちネットフォレストの基幹事業の一つとして成長を続けてきました。


その30年の歩みの裏側には、日々サービスを支え続けてきた多くの人の存在があります。本記事では、創業者として事業の立ち上げを担った株式会社ネットフォレスト 代表取締役の髙橋佑至、インフラの技術進化を支えてきた川原啓、そしてサポートと運営の最前線に立つ天野信彦、立場の違うそれぞれの視点から、サービスの裏側にある日々の仕事や苦労、やりがい、そしてこれからのサービスづくりについて話を聞きました。

【プロフィール】

髙橋 佑至

株式会社ネットフォレスト 代表取締役。1996年6月2日、前身の組織にて「かもめインターネット」を立ち上げ、その後、2000年4月に分社・独立する形で株式会社ネットフォレストを創立。現在は代表取締役として、会社全体の経営を担う。

川原 啓

株式会社ネットフォレスト フェロー。2000年4月にネットフォレストに入社。前身組織の在籍期間を含めると1999年から、かもめインターネットのネットワークやサーバーといったインフラの運用・保守・構築を担当している。前職では企業内ネットワークの業務に従事し、「社内」ではなく「外側」のインターネットに関わりたいとの思いから転職。

天野 信彦

株式会社ネットフォレスト ネットワーク事業部 ISPサービス課 課長。2009年4月、新卒でネットフォレストに入社。ネットワーク部門でカスタマーサポートに従事し、その後Webや広告対応等を経て現在はISP事業の責任者として、サービス全体の運営やサポート、拡販などを担当。


お互いの立場からみた「第一印象」とは

──かもめインターネットの創業者、インフラの運用・保守・構築を担当するエンジニア、サービス全体の運営やサポート、拡販を担当する事業責任者と立場が異なる3人ですが、お互いの第一印象についてはどのように感じていましたか。

「人」に支えられた30年──かもめインターネットに携わる人が語るリアル


川原:髙橋さんは、30年近く前の前身組織入社時は、上司でもあり、事業の責任者でもあったのですが、フランクで、相談もしやすい印象でしたね。今はネットフォレストの社長として、我々は髙橋社長と呼ぶべきなのかもしれないですけれども、当時と変わらず髙橋さんと呼ぶような距離感が続いています。

天野:就職活動中に見た就職情報サイトで、確か髙橋さんがライトセーバーを持った写真が掲載されていて、面白そうな会社だと思って面接を受けに行きました。面白そうな社長という意味では、今も第一印象と変わっていなくて、最初のインパクトが強かったまま、今に至るという感じです。

髙橋:私はあまり第一印象を強く覚えているタイプではないのですが(笑)、こうしてスタッフと長いお付き合いをさせてもらえるのは本当にありがたいと思っていますし、仕事を通じて様々な刺激もいただいています。

かもめインターネットとの出会い

──それぞれ、かもめインターネットに関わるようになったきっかけについて教えてください。

髙橋:私の場合は、自分で事業を立ち上げたので「出会い」というよりは「始まり」ですね。当時はまだインターネットが一般的ではなく、どういう形で広がっていくのかも分からない時代でした。ただ、それでもインターネットの可能性、将来性に関する思いだけは強くありました。

川原:前職では企業内ネットワークの仕事をしていましたが、次第に「外の世界」、つまりインターネットそのものに関わりたいと思うようになりました。そんな折、かもめインターネットのようなISPの存在を知って、「こういう領域で仕事をしたい」と考えて転職しました。

天野:私が入社後に配属されたのはネットワーク系の部門で、その中にかもめインターネットのサポート業務も含まれていました。はじめは電話対応や事務処理からのスタートでした。


──最初に関わった当時の印象はいかがでしたか。

川原:実際に入ってみると、想像していた以上にやることの幅が広くて、ネットワークの運用や構築だけでなく、トラブル対応なども含めて、すべて自分たちで担っている環境でした。

天野:実際のサービス運営の現場に入ってみると、裏側ではさまざまな仕組みや調整があって成り立っていることを知りました。また、お客さまの中には非常に詳しい方も多くて、正直、問い合わせ内容を理解できないこともありました。対応を重ねる中で勉強し、徐々に自分の言葉で説明できるようになると、やりがいを感じるようになりました。

それぞれが経験した「一番大変だった時期」とは

──これまでの30年を振り返ってみて、それぞれの立場から見て「一番大変だった時期」はいつ頃だったと感じていますか。

髙橋:私にとってはどれも感慨深いものの、一番はサービス立ち上げ当初です。当時はダイヤルアップ接続(電話回線を使ったインターネット接続)の時代で、とにかく「つながらない」という課題にずっと向き合っていました。特に夜間のテレホーダイの時間帯になると一気にアクセスが集中して、“椅子取りゲーム”のような状況になるのです。

回線1本に対して多くのお客さまを収容すべく、設備投資をしたくても、そもそも回線が用意できないジレンマもありましたし、サービスとして成立させること自体が大きなハードルでした。

「人」に支えられた30年──かもめインターネットに携わる人が語るリアル


川原:私が入社した頃は、ちょうどインターネットの利用が一気に広がっていくタイミングでした。

ISDNやADSLといった新しい接続方式が出てきて、通信速度も上がっていく一方で、トラフィック(通信量)が急激に増えていました。

画像や映像、音楽といった大容量データのやり取りが増える中で、バックボーン(インターネットの基幹回線)の帯域が足りなくなっていきました。


単純に回線を増やせば解消する問題ではなく、どこにボトルネックがあるのかを見極めながら、全体として最適化していく必要がありました。帯域制御をどうするかといった議論も含めて、業界全体で試行錯誤していた時期だったと思います。

天野:私が入社した頃には、サービスとしての基盤はある程度整っていて、常時接続も当たり前の時代になっていました。ただ、その分、お客さまの通信品質に対する期待値が高くなっていました。2010年代に入って、動画配信やSNSの利用が増えてくると、「遅い」「つながりにくい」といった声も増えてきました。その中で、かもめインターネットに乗り換えていただくお客さまも増えて、契約者数が大きく伸びていった時期でもありました。

髙橋:サービス立ち上げの頃は「つながるかどうか」、その後は「どう維持するか」、さらにその先は「どう快適に使っていただくか」と、課題は変わってきています。ただ、どの時代も「インターネットを安定的に提供する」という使命は共通していたのではないかと思います。

サービスの価値を再認識した「大規模障害」

──これまでさまざまな局面を乗り越えてこられたと思いますが、特に印象に残っている出来事はありますか。

天野:やはり2016年の大規模な接続障害ですね。インターネットに接続できない大規模障害が3日にわたり続きました。さらに、お客さま側でルーターを再起動してしまうと状況が悪化してしまうことも相まって、問い合わせが一気に増えていきました。電話は朝から晩まで鳴り続けていて、通常のサポート回線だけでは対応しきれず、代表番号にも問い合わせが入るような状態で、全社で対応することになりました。


その中で、まずは状況の把握と情報発信を優先しつつ、並行して代替手段の確保を進めました。障害対応を進める中で、別の接続手段を用意できないかと動き始めて、希望されるお客さまには暫定的なアカウントを提供する対応も行いました。

──その出来事を、お二方はどのように見ていましたか。

川原:技術的な対応ももちろん大変でしたが、それ以上に現場の対応が非常に重要だったと感じています。どれだけ状況を正確に把握して、どう伝えるか。そこが問われていたと思います。

髙橋:あの障害は、後に日経コンピューターでも掲載されるくらいの事案で、サービスそのものが試されていると感じていました。もちろん障害は起きないのが一番ですが、起きてしまったときにどう対応するかで、その後の信頼が変わると思っています。正直に言うと、障害を経て解約されたお客さまもいらっしゃいました。ただ、その一方で、当社の対応を評価していただき、引き続きご利用いただけたお客さまも多くいらっしゃいました。

──結果として、サービスへの影響も大きかったのではないでしょうか。

天野:こちらがご迷惑をおかけしたにもかかわらず、「大変だったと思うけど、ありがとう」といった言葉をいただいたときは、本当に救われた気持ちになりましたね。
もちろんトラブルは起きないのが一番ですが、起きたときにどう対応するか、問題にどう向き合うかが大事だということを再認識することができました。

「この仕事に向いている」と思った瞬間とは

──ここまでさまざまな経験をされてきた中で、「この仕事に向いている」と感じた瞬間はありましたか。

川原:私は、ネットワーク全体を見ながら問題を解決していくところに面白さを感じたときですね。特定の機器だけを見るのではなく、全体の構成や通信の流れを見ながら原因を探っていく。そのプロセスにやりがいを感じました。

一つの正解があるわけではなくて、状況に応じて最適な対応を考えていく必要があるので、その難しさも含めて、この仕事の面白さだと思っています。

天野:私はやはり、お客さま対応の中で少しずつ理解が深まり、自分の言葉で説明できるようになってきたときですね。

「人」に支えられた30年──かもめインターネットに携わる人が語るリアル


以前、私の対応に対して厳しいご指摘をいただいたお客さまがいらっしゃいました。そのときは自分の対応が不十分だったこともあり、反省することが多かったのですが、その後も丁寧に対応を続けていく中で、少しずつ信頼していただけるようになりました。

今では「天野さんいますか」とご指名をいただくこともあって、関係性が変わっていったのを実感しています。

──サポートの仕事ならではのやりがいですね。

天野:そうですね。お客さまが困っているときに頼っていただける存在でありたいと思っていますし、その中で信頼関係が築けることにやりがいを感じています。


髙橋:私は立場的に少し違いますが、振り返ってみると「続けてこられたこと」そのものがすべてだと思います。インターネットという新しい領域に関わり続けてきて、結果として30年続いている。その中で、サービスに携わる人がそれぞれの役割を果たしてきたことが大きいですね。

かもめインターネットへの思い──これからのサービスづくり

──最後に、かもめインターネットというサービスに対する思いや、これからのサービスづくりについてお聞かせください。

川原:インターネット自体はすでに成熟していて、機能面での差別化は難しくなってきていると感じています。その中で大事なのは、「快適に使える状態を維持すること」だと思っています。トラブルがなく、安定して使えるという“当たり前”を維持し続けることが、これからの提供価値だと考えています。

天野:サポートの立場からすると、「安心して使っていただけること」が一番大切だと思っています。普段は意識されない存在かもしれませんが、何かあったときに頼っていただける、そういうサービスであり続けたいです。お客さまとのやり取りの中で築いてきた信頼関係を、これからも大切にしていきたいですね。

──インターネットは今や社会に欠かせないインフラですが、そのあり方についてはどのようにお考えですか。

「人」に支えられた30年──かもめインターネットに携わる人が語るリアル


髙橋:インターネットは非常に便利なものですが、一方で難しさもあると思っています。情報が自由に流通することで、多様な価値が生まれる一方で、使い方によっては問題も生じる。いわば“功と罪”の両面を持った存在だと感じています。だからこそ、私たちはその両面を理解したうえで、どう向き合っていくかが重要だと思っています。単にインターネットを提供するだけでなく、安心して使っていただける環境を整え続けることが、事業者としての役割だと考えています。

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2026年6月2日にいよいよ30周年を迎える「かもめインターネット」。

これからも、変化し続ける技術、サービス提供環境に対応しつつ、お客さまが「当たり前に使える」「困ったときに支えられる」という変わらない価値を追求していきます。それが結果として、次の30年につながっていくと信じています。

▶ お問い合わせ

本記事でご紹介したサービスの詳細やお申し込み・お問い合わせは、下記サービスサイトをご覧ください。

かもめインターネット公式サイト|https://www.kamome.or.jp/
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