MF土肥航大が引退を考えた4カ月「やっぱりサッカーが好きなんだ」とJ3ガイナーレ鳥取から目指す古巣との再戦
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24歳で現役引退、そんな考えが頭をよぎった。

約7カ月前、J3ガイナーレ鳥取MF土肥(どひ)航大は、契約満了を告げられたJリーガーらが参加するJPFAトライアウトに臨んだ。

「これからどうなっていくんだろう」

紫の名門J1サンフレッチェ広島F.Cユースで育ち、2019年にプロ契約締結を果たした土肥が、鳥取加入までの苦悩を明かした。

(取材・文 浅野凜太郎)

広島期待のプレーメイカーが直面したプロの壁

「サッカーをやめようかなと思った」

土肥にとって12月のトライアウト終了から鳥取加入が発表された4月22日までの期間は、出口の見えないトンネルのような日々だった。

「モチベーションや気持ちが続かなかったです。一人でボールを蹴ったり、走ったりもしていましたが、『これをやっても意味ねぇな』と思ったりしました」と当時を振り返った。

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栃木シティFC戦に出場した土肥(提供:ガイナーレ鳥取)

J1優勝3回を誇る名門で育った土肥は、2019年のAFCチャンピオンズリーグ第6節メルボルン・ビクトリー戦(3○1)でプロデビュー。18歳で紫のユニフォームに袖を通すと、クラブの未来として期待を集めた。

2020年シーズンのJ1第14節北海道コンサドーレ札幌戦(2○0)でJ1初出場を果たすと、同年第19節ガンバ大阪戦(1●2)で当時のホームであるエディオンスタジアム広島デビューを達成した。「うわ、ようやくピッチに立った」と満員のスタジアムでプレーする緊張よりも、高揚感が勝ったあのときの気持ちは忘れない。

左足から放たれる高精度のパスと的確なポジショニングでゲームをコントロールするプレーメイカーは、プロ2年目にあたる2020年シーズンに広島でリーグ戦13試合に出場。憧れのトップチームでポジションをつかみかけていた。

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広島で育成年代を過ごした土肥(写真:Gettyimages)

しかし壁は高かった。

3年目はリーグ戦6試合に出場するも、4年目はJ2水戸ホーリーホックに期限付き移籍。その後は、ヴァンフォーレ甲府、FC今治、栃木SCで武者修行を繰り返し、2024年シーズンは今治でリーグ戦3試合と出番が限られた。

「やっぱりレンタルの期間が難しかったです。毎年チームが変わる中で、プレーやプライベートもすり合わせが大変じゃないですか。そういうところで苦労しましたし、レンタル先では水戸で少し試合に出たくらいで、他のクラブでは難しかったと覚えています」と苦しかった過去を明かした。

不安を抱えながら闘ったトライアウト

トライアウトは2024年12月11日から二日間にかけてカンセキスタジアムとちぎで行われた。

2024年シーズンのJリーグが終了し、選手たちの多くがオフを満喫する中、寒空の下で黙々とウォーミングアップをする土肥がいた。

各所属クラブから契約満了を告げられたJリーガーたちが集まるトライアウト。参加者たちは来季以降もプロサッカー選手であり続けるために、急造チームの中で必死にアピールした。

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トライアウトで中盤からゲームをコントロールした土肥(写真:浅野凜太郎)

開催二日目に参加していた土肥は「もうやるしかないという気持ちです。失うものは何もない」と強い言葉を残していたが、内心は違った。

「初めての感情というか、『これからどうなっていくんだろう』という不安な気持ちがありました。自分は栃木でプレーしていたので、『また栃木に帰ってきてしまった』と思って、とても複雑でした」と胸の内を明かした。

トライアウトでは本職の中盤でプレー。プレーメイカーは実力を発揮しようと試みたが、独特な雰囲気の影響もあってパフォーマンスを発揮できず。

暗い面持ちでグラウンドを後にした。

「正直、トライアウトでオファーが来ることはほぼないと思っていたので、いろいろと『終わったな』と思っていました」

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守備時には身体を張ってアピールした土肥(左、写真:浅野凜太郎)

公式戦24試合に出場した広島からの退団リリースは翌日に発表された。

古巣を離れるに際して残したメッセージには『僕のサッカー人生は終わりません』という決意。

憧れの存在は、広島のバンディエラとして昨季限りで現役を引退した元日本代表の青山敏弘(現広島コーチ)だ。広島で長らく背番号6を背負った青山の引退試合はテレビの前で観ていて、涙を流すほど慕っていた。

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広島の象徴として活躍した青山コーチ(写真:Gettyimages)

「青さんはずっとサッカーを楽しんでいた。自分もあのときが一番サッカーを楽しんでいました」と、レジェンドとプレーした日々を回想し、広島を離れると決まってから、青山に連絡を入れた。

紫の戦士としてバンディエラの後を継ぎたかった土肥は「青さんに連絡をして初心に戻りました。『あの輝きを忘れていないから、必ずまた成長できる』と言ってもらえてうれしかったですが、同時に悔しい気持ちも出てきました。(広島では)想像していたよりも全然ダメで、やっぱり難しかったです」と、愛するクラブに別れを告げ、懸命に前を向いた。

引退を考えた4ヵ月間

とはいえ、いつまでもポジティブでいられるほど23歳の心は強くなかった。

トライアウト終了後は、3月まで各Jクラブの練習に参加。地域リーグをはじめ、オーストラリアやアメリカの海外クラブからも話はあったが、Jリーガーとして戦いたかった。

「海外に行った後にまたJリーグに戻れるかというと難しいと思いましたし、自分の場合は地域リーグだといろいろな情熱が消えてしまうと思いました。中途半端になるのが嫌でしたし、複雑な思いでした」

Jクラブからのオファーはなかなか届かなかった。

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クロスボールをあげる土肥(提供:ガイナーレ鳥取)

出身地の大阪府堺市に戻っていた土肥はパーソナルトレーニングや走り込み、公園でのボールを使った練習でコンディション維持に努めていたが、何しろ一人では限界がある。体重はピークの74キロから4キロ減少。好転しない状況からサッカーへの情熱も消えそうになった。

「もう(サッカーを)やめようかなみたいな。日によって、コロコロと気持ちが変わっていましたし、本当にいろいろと迷っていました。周りの選手にも相談はあまりしていなくて、相手選手側からも自分に連絡をしづらかったと思います。『なんて連絡をしていいか分からなかった』と後々に言われました」

居場所をなくした23歳はどん底にいた。

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パスコースを探す土肥(提供:ガイナーレ鳥取)

気が付けばトライアウト終了から2カ月が経過し、Jリーグ2025年シーズンが開幕。もがく土肥とは対照的に広島は『FUJIFILM SUPER CUP2025』を制し、J1優勝に向けて好発進していた。

古巣の勝利であっても、自身の置かれている状況と照らし合わせると手放しには喜べなかった。

それでも、ふとしたときに結果を追っている自分がいた。

「やっぱりサッカーが好きなんだなって。無所属期間にSNSとかでJリーグが流れてくるじゃないですか。試合や結果を見るのもつらかったですけど、なんやかんや見てしまう自分がいた。そこでサッカーへの気持ちを再確認できました。これまでお世話になった方々や両親からも『まだサッカーをやってほしい』と言ってもらえた」とギリギリのところで踏ん張り続けた。

そして3月末、鳥取の練習に計4日間参加した。

最終日にはトレーニングマッチが行われ「早くこの4日間が終わってくれ」と不退転の覚悟で挑んだ。長い間試合から遠ざかっていた土肥のコンディションは万全ではなかったが、無我夢中でボールを追った。

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パスで攻撃にリズムを生み出す土肥(提供:ガイナーレ鳥取)

それから約3週間後、土肥は契約書にサインし、4月22日に加入が発表された。

練習参加については「本当に覚えていないんです。とにかくしんどかったし、ラッキーでした」と振り返るほど、崖っぷちだった。

既にシーズンは始まっており、鳥取は4月20日に行われたJ3第10節時点で勝点7の最下位(20位)に沈んでいた。

新天地に飛び込んでいく覚悟こそ必要だったが、「もうやるしかねぇなと思いました。サッカー選手としてまた輝きたかったですし、ここでやめたらもうサッカー選手には戻れない」と、生き残りをかけて戦うと決めた。

背番号66は鳥取からはい上がる

土肥はここまで公式戦4試合に出場。デビュー戦となった天皇杯1回戦の九州1部ヴェロスクロノス都農(つの)戦は1-2で敗戦したが、ホームで行われたJ3栃木シティFC戦で途中出場し、1-0の勝利に貢献した。

ホームでの勝点3は格別だ。「やっぱり戻ってきたなと思って、うれしかったですね」とサポーターの前でプレーできる喜びを誰よりも噛みしめた。

鳥取では主にゲームメイクを任されている。スリーバックを使用する林健太郎監督の戦術には手ごたえを感じており、指揮官からも的確な状況判断を評価されている。

また、鳥取で生活を始めてから、体重も過去最高の76キロまで増加。

「筋量が増えました。鳥取は海鮮がおいしいですし、いっぱい食べているからですかね(笑)。

練習後にいただく差し入れの多さにもびっくりしていますし、ファンの方は距離が近くて、あたたかいという印象です」と新天地の魅力を語った。

MF土肥航大が引退を考えた4カ月「やっぱりサッカーが好きなんだ」とJ3ガイナーレ鳥取から目指す古巣との再戦
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肩を組み勝利を喜ぶ土肥とFW棚田遼(提供:ガイナーレ鳥取)

一方で、明確な課題は守備面の強化だ。

「いまはボランチでもパスだけでは厳しい世界です。二列目からの飛び出しも求められていますし、守備の部分や強度のところはずっと言われている課題なので、そこに取り組んでいます」とレベルアップしたい。

J3第19節を終えた時点で鳥取は9位に位置しており、直近5試合で4勝1敗と好成績を収めている。リーグ戦では未だに先発出場の機会こそないが、ここからチームの勢いを加速させたい。

鳥取でまとう背番号66は、憧れの青山や広島の現背番号6であるMF川辺駿(はやお)へのリスペクトであり、中学年代に所属していたRIP ACE SCで背負っていた番号だ。

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ドリブル突破する土肥(提供:ガイナーレ鳥取)

今年24歳になった土肥は、初心にかえりたいと言葉に力を込めた。

「この4カ月間はサッカーができないことに対してすごく苛立ちましたし、本当に味わったことのない挫折と苦しみでした。でもいろいろな人に支えられて、ここまで残って、なんとか鳥取でプレーできると決まった。

チームにはサポーターがいて、スタジアムも盛り上がっているので、ファンサービスで感謝を伝えたい。青さんもファンサービスでは一人、一人に向き合っていて、本当にすごかった。僕も笑顔でサポーターに向き合いたいと思っています」

一時は引退も考えた男が、鳥取から再起を図っている。

「自分はベンチで終わるような人間じゃないので、まずはしっかりと試合にスタートから出られるようにしたいです。そしていつか広島と再戦できるくらいまで活躍して、またオファーがくるように頑張りたいです」とここからはい上がる。

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