小塩悠菜/Yuuna Ojio,JUNE 17, 2023 - Table Tennis :T.LEAGUE NOJIMA CUP 2023Women's singles 1st Round at HELSPO HUB-3 Arenain Tokyo, Japan. (Photo by T.LEAGUE/AFLO SPORT)

1月22日に開幕する全日本卓球選手権大会。平野美宇伊藤美誠によるパリ五輪の女子シングルス枠を争う戦いに注目が集まる中、ともに勝ち抜けば伊藤が4回戦で対戦することになる15歳・小塩悠菜が思わぬ伏兵として大会に波乱を起こす存在となるかもしれない。

(文=本島修司、写真=T.LEAGUE/アフロスポーツ)

こんな戦型で世界のトップに? 変幻自在でしかない選手

一人の女子卓球選手が話題になっている。2023年、ITTF世界ユース選手権スロベニア大会・U15女子シングルスで優勝を飾った小塩悠菜だ。彼女はよく「変幻自在」と言われる。この言葉はスポーツ選手を表現する時、簡単に使うことができるフレーズだ。卓球の世界もそれは例外ではない。

しかし、これほどまで「変幻自在でしかない選手」は、近年なかなかお目にかかれない。

高速攻撃卓球が全盛の時代。

カットマンならば、近年屈指の名手・佐藤瞳などが今も健在で日本の女子卓球を引っ張る頼もしい存在だろう。しかし、カットマンではないスタイルとなると、前陣ツブ高の選手ということになる。日本では出澤杏佳のような戦型だ。 しかし、それともまた違う、見たこともない戦型を確立しつつあるトッププレーヤーがいる。「こんな戦型で世界のトップになれるのか」。すべての卓球ファンがそう唸らされる存在。
それが小塩悠菜だ。

見たこともない『グリップ』

小塩は、まず、グリップが違う。とても独創的なラケットの持ち方をする。ラケット自体は、よく見かけるシェ-クハンドだ。しかし、シェ-クハンドの持ち方はしない。フリスビーを持つようなグリップだ。シェ-クハンドを、ペンの様に持っている。

簡単に言えば、ペンホルダー表ソフトの進化系という言い方がわかりやすい表現となる。

そのグリップで、ボクサーの「ジャブ」のような連打を浴びせていく。俊敏な動きで、ボクサーのような華麗なフットワークを踏む。立ち位置は前陣が多く、横の動きがとても速い。表ソフトの速攻卓球の見本のようでもある。その上、ハードパンチャーだ。

基本にはかなり攻撃的な卓球といえる。昔の卓球界に多かった「中国式ペンホルダー」と呼ばれる丸い形のペンホルダーを使っているようにも感じる。

しかし、使っているラケットは紛れもなくシェークハンドなのだ。ラバーは、フォア面には硬めの表ソフトラバー、バック面には微粘着性の裏ラバーを貼っている。

見たこともない『経歴』

元ボクサーだという経歴も異色だ。

全日本選手権ベスト8の実績を持つ母親の影響で、6歳の頃から卓球を始めたという。小学校2年生のときには、全日本選手権バンビの部で優勝。

負かした相手は張本美和だった。しかし、小学校4年生の頃に、ラケットをボクシンググローブに変えた。同時に打ち込んでいたボクシングのほうに力を入れた逸話は有名で、27・5キロ以下の部で、今度はボクシングで日本一に輝く。小学校5年生からは再び卓球に戻ると、福岡で早田ひなを輩出した名門・石田クラブで2年間腕を磨いた。

小学校卒業後は、JOCエリートアカデミーへ。2022年には、カデットの部で女子シングルス準優勝、女子ダブルス優勝。

同時期から積極的に世界大会へも出場している。

見たこともない『戦型』

小塩の試合ぶりは、初見の人間にとって驚きの連続だ。

まず、「中ペンの選手だ」と思って見ると、使っているのはシェークのラケットだと気がつく。そうか、そういう使い方もあるかと驚く。しかし、よく見ると“人差し指が裏面にかかっている”のだ。この段階で、「ありえない」という感想が生まれる。

こういうラケットの持ち方をする世界のトップ選手は、おそらく、今、どこにもいないだろう。ラケットの「持ち方」にはルール上の決まりはなく自由だが、ちょっと想像できない持ち方をしている。

近年は、台から下がると突然カットマンになることもある。もともとカットマンだった経歴もあるという。これも、いわゆる一般的なペン表ソフトにはできない芸当だ。

世界ユース選手権でも、その実力はいかんなく発揮された。一番の山場は、準決勝。YAN Yutong(中国)との対戦だった。相手は、卓球大国・中国の期待のホープだ。

1ゲーム目。3-5の場面では、左利きのYANがストレートに打ってきたドライブに、強烈なカウンターを、あえてストレートに決めた。表ソフトの特長をよく生かした一撃だ。10-8からはラッキーなネットインもあり、最初のゲームを取り切る。

2ゲームも緊迫した攻防。両者が得意なコースに打ち分けながら、もつれる展開で9-9。ここではYANのバックフリックで9-10に。しかし、次の一球はまったく同じバックフリックをフォアミートのカウンターで仕留める。まるで、待っていたジャブを交わしてカウンターを打つボクサーのようだ。このあたりの対応力、身体能力の高さも特筆ものだ。そのまま13-11で小塩が勝利する。

3ゲーム目は、エンジンがかかってきたYANが、まるで男子トップ選手のように弧を描くドライブを何度も放った。5-11でYANが勝利。

4ゲーム目は、長いボールのラリーが多くなる。小塩がやや後ろに離されてのプレー。苦しい展開。9-10となり、さらに前後にも動かされた。9-11でこのゲームを落とす。

5ゲーム目。0-1で開始すると、バックの深い所へ打ち込まれたボールを、持ち前のペン持ちスタイルのバックドライブで2発。しっかりと打ち抜いて1-1とする。ここから小塩のスピードが上がる。フォアのループドライブ、その後はフォアの強烈なミート。緩急自在のコンビネーションでYANを圧倒した。

6ゲーム目。小塩の長いサーブを見逃さず、YANが豪快にドライブで決める場面が増えた。このあたり、やはり中国の女子選手は男子卓球に近いイメージのボールを打つ。

7ゲーム目。小塩が気持ちを切り替えたか、低めのループドライブを丁寧に交えながら、YANを攻め落としていく。両者とも精神的にギリギリの7-7では、YANのバックハンドと小塩の表ラバーが噛み合わなかったか、滑ったようにネットへ落とすミス。

追いつきたい場面。ここでバック面の裏ラバーを使い、フォア側に回り込んで、ペン持ちのままチキータ。これが決まった。この終盤のギリギリの場面でいきなりトリッキーな技が飛び出す。これが小塩の真骨頂だ。そのまま11-9で、この壮絶な死闘は小塩が勝利した。

決勝では、YOO Yerin(韓国)を相手に、バックハンドからバックループドライブと、フォアでは高速ミートの連打という緩急をつけた戦法で圧倒。なかでも回り込みのスピード、フォアハンドの攻撃事態のスピードは圧巻だった。

1ゲーム目。7-8から8-8に追いつく場面でも、瞬時に回り込み切り、シュート気味の強烈なフォアミートをたたき込んで流れを引き寄せた。そのまま最初のゲームを取り切る。 勢いは止まらず、3-0とし、4ゲーム目も深いツッツキを交えながら、序盤からリードを奪う展開に持ち込む。そのまま、両ハンドの連打を浴びせて一気に引き離すと、10-2でこのゲームを勝利。4-0のストレート勝ちで優勝を決めた。最後はまさに独断場で“小塩劇場”と言える大会となった。

見たこともない『新星』

卓球の世界には、毎年のように新しいスター候補生が現れる。それぞれに個性があり、それぞれにカラーがある。しかし、これほどまでに「まったく見たこともないスタイル」で勝負を挑んでくる選手は、めったにお目にかかれない。

女子卓球界に突如として現れた小塩悠菜は、2024年全日本選手権の4回戦で伊藤美誠と当たる組み合わせが発表されている。

激戦必至。勝っても負けてもそのプレーで会場が湧く。そんな光景が、今から楽しみでならない。

さらに、世界ユース選手権で卓球王国・中国のホープ相手に勝利を収めたように、その「変幻自在」な戦型は近い将来、打倒中国の秘密兵器となるかもしれない。

小塩悠菜。この選手の躍動に、卓球という枠を超えたすべてのスポーツファンの目が釘付けとなる日も、そう遠くはないかもしれない。

<了>

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