南野拓実が、アジアカップ中に29歳の誕生日を迎える。19歳でヨーロッパに渡ってから10年目。

トップクラブでプレーしてきた香川真司、本田圭佑、長友佑都、吉田麻也ら、日本代表選手たちも直面してきた「30代の壁」に、南野はどう立ち向かうのか。クラブと代表で「どん底」を経験しながら、2シーズン目を迎えたモナコで好調を維持し、再び森保ジャパンで存在感を高めつつあるストライカーの思いに迫る。

(文=藤江直人、写真=MB Media/アフロ)

アジアカップで迎える29回目の誕生日。ヨーロッパ挑戦10年目の節目に思うこと

中東の地で1月16日の誕生日を迎えるのは、南野拓実にとって5年ぶりとなる。ともに森保ジャパンの一員として臨んだアジアカップ期間中。2019年はUAE(アラブ首長国連邦)で24歳になり、そして間もなくカタールで再び年齢を重ねる。

しかも今回は、ちょっと特別な意味を伴っている。

95年生まれの南野は、ベトナム代表とのグループリーグ初戦の2日後に29歳になる。日本代表で約2年ぶり、正確には699日ぶりとなるゴールを決めた元日のタイ代表との国際親善試合後の取材エリア。南野へこんな質問が飛んだ。「30歳になる前の、最後の1年ですね」と。

記憶の糸を必死にたどった南野は苦笑しながら、ヨーロッパへ旅立ったときの本音を明かした。

「19歳でヨーロッパへ行ったときには、向こうで10年間やれれば大したものや、と思っていました。そろそろ、その10年が経つんだな、というのを最近になって感じています」

中学生年代のU-15からセレッソ大阪で心技体を磨いてきた南野は、20歳になる直前の15年1月6日にオーストリアのザルツブルクへ完全移籍。英プレミアリーグの名門リバプールからサウサンプトンへの期限付き移籍、リバプールへの復帰を経てフランス・リーグアンのモナコで2シーズン目を戦っている。

今年でちょうど10年目。日本を旅立つ前に思い描いた基準をクリアしたことに満足し、ヨーロッパへの挑戦にピリオドを打つのか。南野は再び苦笑しながら、首を横に振っている。

「そうですね……でも、10年で終わるつもりはない、というのがいまの自分の正直な気持ちです。少しでも長くトップレベルでプレーしていくためにも、まずは自分がどのような選手なのか、というのを今回のアジアカップであらためて、しっかりと示せればいいなと思っています」

香川真司、本田圭佑ら日本代表選手たちも直面した「30代の壁」

競技のジャンルを問わずに、アスリートは30歳という年齢に対して敏感になる。特にサッカー、そのなかでもヨーロッパでプレーする選手は、非情な現実を突きつけられるケースが少なくない。

例えば89年3月生まれの香川真司は、森保ジャパンに復帰した19年3月に30歳になった。ドイツ・ブンデスリーガのボルシア・ドルトムントから、出場機会を求めてトルコのベシクタシュへ期限付き移籍していた香川はその年の夏に、ドルトムントとの契約を1年間残しながら退団している。

「やはり30歳になると、ヨーロッパでは特にシビアにとらえられる。年齢のことも含めて、いままでに経験したことのない、いろいろな現実を見せつけられた1年間でした」

年齢の十の位が変わるシーズンに、それまでの実績などいっさい関係無く、問答無用で実質的な構想外に置かれた香川は、ドルトムント側の許可を得た上で自ら新天地探しに着手している。

年齢だけで一概に判断された状況に反発心をたぎらせていたと、後になって明かしている。

「そこを受け入れるつもりはないというか、そこを気にして『僕はもうダメなのか』という気持ちになってしまうようでは、ヨーロッパで生き残っていくことはできないので」

香川が繰り返した「そこ」とは、ヨーロッパのサッカー界に存在する「30歳の壁」と言えばいいだろうか。日本代表選手では本田圭佑、長友佑都、そして吉田麻也も目に見えない壁に直面してきた。

86年生まれの本田は、30歳で迎えた2016-17シーズンで、当時所属していたセリエAのACミランでリーグ戦の出場がわずか8試合に終わり、契約満了に伴ってそのまま退団している。

「自分は同じルーティーンがあまり好きじゃない。環境もそうですけど、常に未開の地みたいなところがすごく好きですし、あとは自分の知らないエリアに行くのも好きなので」

ミランの次にプレーする新天地を選ぶ上での基準を尋ねたメディアに対して、強がりにも聞こえる持論を展開した本田は、同時に日本への復帰は考えていないとした理由をこう語っている。

「日本には僕がいなくても頑張っている選手が大勢いる。みんなで頑張れる日本はちょっと窮屈だし、海外の大男たちと喧嘩したい日本人もいるわけです。そこへ刺激を求めていく日本人が何人かはいないといけないというところで、職種にかかわらず僕たちの役割分担があるのかな、と」 言葉通りにメキシコのパチューカ、オーストラリアのメルボルン・ビクトリーと移籍を繰り返した本田は、現時点でアフリカ大陸を除く5大陸の10クラブでプレー。左膝の手術を受けた影響で2年以上も無所属状態が続いているものの、今年中には復帰を果たすプランを練っている。

「逆風が大好物」の長友と、逆境に抗った吉田。「センターバックとしては一番いい時期」

本田と同じ86年生まれの長友も、セリエAの名門インテルで確固たる居場所を築き上げながら、30歳が迫ってくるとともに、オフシーズンの放出要員として名前が報じられるようになった。

リーグ戦出場が16試合に終わった2016-17シーズン後に、当時30歳の長友はこう語っていた。

「何だか皆さんがすごく心配して下さってくれているんですけど、僕自身がまったく自分のことを心配していないんですよ。本当にシンプルなことですけど、クラブに必要とされないのであれば荷物をまとめて出ていきます。自分が必要とされる場所で、輝くための努力をするだけなので」

実際にインテルからトルコのガラタサライ、リーグアンのオリンピック・マルセイユを経て、いま現在は古巣FC東京でプレーする長友は、波瀾万丈に富んだキャリアのなかでこう語ったこともある。

「僕、マジで悩みがないんですよ。人間である以上は悩みを含めた感情がありますけど、処理能力がめちゃ早いと思うんです。それが自分の強みというか、逆境が大好物なんですよね」

88年生まれの吉田も31歳で迎えた2019-20シーズンに、在籍8年目を迎えていたプレミアリーグのサウサンプトンで出場機会が激減。当時の監督に真意を聞いた理由をこう語っていた。

「世代交代に抗うつもりはなかったんですけど、そういう環境下に置かれていたのは確かだったので。監督が若い選手を好んでいるのは事実ですし、自分自身としては体力的にもベテランという感じになっているとは思わない。むしろセンターバックとしては、一番いい時期だと思っているので」

その後の吉田はセリエAのサンプドリア、ブンデスリーガのシャルケと5大リーグでのプレーを続け、いま現在はMLBのLAギャラクシーに所属する。代表で輝かしい実績を残す一方で、所属クラブでは30歳を超えてからは逆風にさらされ、それでも絶対に下を向かずに徹底的に抗った。 前出の香川もラ・リーガ2部のレアル・サラゴサからギリシャのPAOK、ベルギーのシントトロイデンとヨーロッパにこだわり、昨シーズンからは古巣セレッソに復帰。従来のトップ下ではなくボランチやアンカーとして新境地を開き、昨シーズンのJ1リーグ戦で全34試合出場を果たしている。

ASモナコで「試合を決める選手」に。アジアカップ優勝の先に描く未来図とは?

そしていま、南野が「30歳の壁」に近づこうとしている。ただ、南野の場合はザルツブルク時代から何度も逆境に直面し、そのたびにもがき苦しみながら、必死に抗い続けてきた。

オーストリアで大きな爪痕を残し、できるだけ早くステップアップする青写真に反するように、ザルツブルクには最終的に5年間所属した。A代表にもなかなか定着できず、目標に掲げていた18年のワールドカップ・ロシア大会出場はまったくかなわなかった。当時の心境をこう語っている。

「ザルツブルクの練習を終えた後に、日本代表のメンバー発表をニュースか何かで見ていた感じでしたけど、普通に『選ばれへんやろうな』と思っていました」

UEFAチャンピオンズリーグの直接対決で決めたゴールが高く評価され、20年1月にはリバプールへの移籍を果たした。しかし、攻撃陣が築く厚い壁を乗り越えられず、なかなか先発を果たせない状況下で、21年2月には出場機会を求めてサウサンプトンへ期限付き移籍した。

22年夏に完全移籍で加入したモナコでも適応に苦しみ、最初のシーズンは出場18試合でわずか1ゴールに終わった。一部のフランスメディアからは「今シーズンでワーストの補強」と酷評された。

森保ジャパンでも鎌田大地の台頭とともに、主戦場がトップ下から不慣れな左ウイングに移る。カタール大会を前にして調子が上がらず、メンバー入りこそ果たしたものの先発からは外れ、クロアチア代表に敗れた決勝トーナメント1回戦ではPK戦の1番手を志願するも相手GKに防がれた。

第2次森保ジャパンでは、昨年3月、6月、9月と招集すらされなくなった。しかし、2シーズン目を迎えたモナコで、開幕直後の4試合で3ゴール3アシストをマーク。10月シリーズでの代表復帰を自力で手繰り寄せた。その後もモナコで2ゴール1アシストを積み重ねた要因をこう語る。

「常にチャレンジャーとして臨んでいるだけでなく、昨シーズンとは違って、試合を決める選手という自覚と責任感を持ってピッチに立っている。気持ちの部分でまったく違うものがあるし、それが自信になって結果にも表れていると思う。モナコも非常にいい調子で前半戦を終えることができたし、このままの勢いで後半戦にも臨んでいって、最終的には自分のキャリアのなかで最高のシーズンと言えるようにしたい。その意味でも、代表として臨むアジアカップでまずは優勝したい」

鎌田が選外となり、久保建英も負傷明けで迎える今大会。タイ戦に続いて、カタール入り後に非公開で行われたヨルダン代表との練習試合でもゴールを決めた南野が放つ存在感が大きくなってくる。

クラブと代表とでどん底まで墜ちた状況から、自力ではい上がってきた自負があるからだろう。来年に待つ「30歳の壁」を、南野は「まだまだこれからですね」とさらにキャリアを突き詰めていく上での通過点だと見すえている。その脳裏には北中米で共同開催される次回ワールドカップで大活躍を演じ、カタールの地で流した悔し涙を歓喜に変える、31歳になった自分自身の姿が描かれている。

<了>

W杯アジア2次予選、森保ジャパンの“ベストメンバー”招集は是が非か? 欧州組の「環境の変化」と、幻となった「2チーム編成」

森保ジャパンの新レギュラー、右サイドバック菅原由勢がシーズン51試合を戦い抜いて深化させた「考える力」

なぜ遠藤航は欧州で「世界のトップボランチ」と評されるのか? 国際コーチ会議が示した納得の見解

板倉滉はなぜドイツで高く評価されているのか? 欧州で長年活躍する選手に共通する“成長する思考”

浅野拓磨の“折れない心”。「1試合でひっくり返る世界」「自分が海外でやれること、やれないこともはっきりした」