京都サンガF.C.が、J1リーグ終盤戦で悲願のリーグ初タイトルを視界に捉えている。リーグ屈指の運動量とスプリント数を誇るスタイルは、曺貴裁監督がJ2時代から一貫して注入し、進化させてきた哲学の結晶だ。
(文=藤江直人、写真=西村尚己/アフロスポーツ)
走力が示す進化、スタイルの結実
走れば勝てるわけではない。それでも、勝つチームのほとんどがよく走る。ヨーロッパを中心とした世界の潮流を注視しながら、湘南ベルマーレ監督時代から走力を軸にすえたハードワークを標榜してきた曺貴裁監督のスタイルがいま、京都サンガF.C.で大輪の花を咲かせようとしている。
終盤戦に突入した今シーズンのJ1リーグで京都は現在3位。史上最多の8度の優勝を誇る首位・鹿島アントラーズとの勝ち点差が5ポイント、その鹿島に続く史上2チーム目の3連覇を目指す2位・ヴィッセル神戸との勝ち点差が1ポイント差という状況で、残り6試合で逆転での初優勝に挑む。
Jリーグが公式ホームページ上で随時発表しているチームスタッツ。京都は「1試合平均走行距離」で首位の柏レイソルとセレッソ大阪に1km差の118kmで3位タイにつけ、さらに「1試合平均スプリント数」では145回で2位の浦和レッズの138回を押さえて首位に立っている。
もちろん一朝一夕に備わったスタイルではない。京都がJ2を戦っていた2021シーズンから指揮を執る曺監督がチームに注入し、J1復帰を果たした翌2022シーズン以降も常に継続・進化させてきた過程で、強くなった京都を象徴するストロングポイントと化している。
J1復帰後も京都は中位以下に甘んじてきた。
両翼が切り開く勝利への突破口
もっとも、この間にも曺監督のもとでチームが生まれ変わるための挑戦は継続されてきた。
2020シーズンにアカデミーから昇格し、昨シーズンの東京ヴェルディ、今シーズン前半のポルトガル1部ナシオナルへの期限付き移籍をへて、今夏に約1年半ぶりに京都へ復帰したパリ五輪代表の山田楓喜は、クラブ史上で初めて上位を争う古巣を「驚きはなかった」と受け止めている。
「僕が以前に所属していたときから積み上げてきたものをベースに、ずっとやっている感じで見てきましたし、それが成果としてしっかりと出ているのが今シーズンだと思えたので」
そして、進化を遂げた象徴が左右のサイドバックとなる。同じく上位につけるFC町田ゼルビアをホームのサンガスタジアム by KYOCERAに迎えた9月23日のJ1リーグ第31節。1点をリードされた京都は後半に2つのPKを獲得し、2度目のチャンスを決めて1-1で引き分けた。
ここで特筆すべきは2つのPKを、ともに左サイドバックの選手が獲得している点となる。PKを獲得するには相手ペナルティーエリア内へ侵入して、ファウルを誘発しなければいけない。後半アディショナルタイムにPKを獲得し、原大智の同点ゴールを導いた佐藤響が胸を張る。
「左右のサイドバックがアグレッシブにゴールに絡んでいく、というスタイルが僕たちのサッカーの醍醐味だと思っているし、それを繰り返した結果がPKの獲得につながりました」
左サイドバックで先発した須貝英大が足をつらせた関係で、85分から急きょ出場していた佐藤は、右サイドから放たれたクロスが敵味方入り乱れたゴール中央をへて左サイドに流れてくると予測。ペナルティーエリア内へ侵入し、実際にこぼれてきたボールへ先に頭をヒットさせた。
慌てて対応した相手選手のキックを前頭部に食らい、PKを告げる主審のホイッスルが鳴り響くなかで、うつ伏せでその場に倒れ込んだ佐藤は「怖くなかったですよ」と笑顔で振り返った。
「チャレンジする強い気持ち、強気のポジショニングがなかったら、あの場面でサイドバックの選手は顔を出せないと思っています。ペナルティーエリア内へ入っていかないと得点のチャンスはなかなか生まれないし、だからこそ相手よりも多く走って、多く攻撃の枚数をかけよう、と」
強みを象徴する同点ゴール「あの時間帯にあれだけの人数が…」
今シーズンの京都のサイドバックは、左を佐藤と鹿島から加入した須貝が激しく争い、右はトータル742回で昨シーズンのスプリント王に輝いた大卒3年目の福田心之助が担っている。開幕前のケガで福田が出遅れたシーズン序盤戦は須貝が右を務め、左の佐藤と両翼を形成してきた。
福田の状態が整ってきた5月7日。町田のホーム、町田GIONスタジアムに乗り込んだ第15節は、1-1で迎えた後半アディショナルタイムに左の須貝が縦への突破からペナルティーエリア内へ侵入。波状攻撃を仕掛けた末に、こぼれ球を福田が利き足とは逆の左足でゴールへ蹴り込んだ。
「あの時間帯にあれだけの人数がボックスのなかへ入っていけるのが、今年のサンガの強みだと思っています。交代で出た選手たちを含めて、全員がチームに勢いをもたらしてくれました」
歓喜の瞬間に、自身を含めて6人もの京都の選手が相手ペナルティーエリア内にいた状況に福田は声を弾ませた。この試合の総走行距離とスプリント回数で、ともにチームの1・2位を占めた須貝と福田が絡んだ劇的な勝利。曺監督は特にシーズン初ゴールを決めた福田にこう言及した。
「あのタイミング、あの時間帯、そして左足のひと振りでゴールマウスにもってこられるサイドバックは日本にそんなにいない。その意味でこれからが非常に楽しみな選手だと思っている」
エースを支えた信頼とサポート「一人で責任を背負う必要はない」
話を直近の町田戦に戻せば、72分に最初のPKを獲得したのは須貝だった。ペナルティーエリア内でパスを受けた直後に、日本代表の望月ヘンリー海輝と接触。VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が介入し、主審のOFR(オンフィールド・レビュー)をへて判定がPKに変わった。
しかし、チームで最多、リーグでも2位の16ゴールをあげている絶対的エース、ラファエル・エリアスの左足から放たれたPKは、右へダイブした町田の守護神・谷晃生に阻まれてしまった。
迎えた2度目のPK。チーム内の約束事でPKキッカーがエリアスに決まっていたなかで、前述したように原が担った舞台裏を、今シーズンから副キャプテンを務める福田が明かす。
「ハファ(エリアスの愛称)は責任を感じていました。2度目のPKでも僕はハファに蹴ってほしかったのでそう伝えましたけど、ハファが『いや、今日は僕じゃない。任せたい』と。そこはみんながハファの意思をリスペクトして、僕たちの判断で原選手に任せました。僕たち選手全員の責任として、あのPKが決まっても決まらなくても、あの場面には京都らしさが出たと思っています」
エリアスは累積警告による出場停止で清水エスパルスとの第30節を欠場し、京都も0-1で敗れて11試合ぶりの黒星を喫した。そして、復帰した町田戦でもPKを止められた。勝利を逃した責任を一身に背負ったエリアスは、引き分けた直後から相手陣内で突っ伏してしまった。
次の瞬間、自陣のゴール前からエリアスのもとへ駆けつけたのが守護神の太田岳志だった。
「一人で責任を背負う必要はないよ。
昨夏にブラジルのクルゼイロから加入し、後半戦だけで11ゴールをマーク。京都のJ1残留に大きく貢献し、今シーズンもゴールを量産してきたエリアスを励ました理由を太田はこう語る。
「PKを外した瞬間から責任を感じているように見て取れたし、試合終了のホイッスルが鳴った瞬間に大丈夫かなと思って見たら申し訳なさそうに倒れていた。結果として外したのはハファですけど、僕たちがチームを代表してハファに任せているなかで、ハファだけの失敗じゃないとどうしても伝えたかった。彼が京都サンガに来て、どれだけチームを救ってくれたのか。それは僕たち選手だけじゃなくて、サポーターを含めて、このクラブに関わる全員がわかっているので」
逆境で輝いたベテランと控えの力
迎えた9月28日のJ1第32節。セレッソのホーム、ヨドコウ桜スタジアムに乗り込み、名誉挽回とばかりに燃えていたエリアスがまさかのアクシデントに見舞われる。開始12分に相手選手と接触。右膝を痛めたエリアスは一度ピッチに復帰したものの、25分に交代を余儀なくされた。
京都が1点をリードして迎えたハーフタイム。太田によれば、エリアスは「ごめん。頑張ってくれ」と仲間たちに謝罪し、4試合ぶりの勝利をつかみ取ってほしいと託したという。
「あらためてハファのためにも、京都に残ってこの試合を見ている選手たちのためにも頑張ろうという気持ちで後半に入りました。
太田の言葉が熱さを伴ってくる。セレッソ戦で先制点を決めたのは今シーズン初の先発フル出場を果たした30歳の松田天馬であり、後半に入って追いつかれ、引き分けがちらついてきた87分に決勝点をあげたのが、75分から投入されていた37歳のチーム最年長、長沢駿だった。
そして、左コーナーキックから長沢の強烈なヘディング弾をアシストしたのは、エリアスに代わって投入されていた山田。ヒーローたちが共演した末につかみ取った白星に、プロ13シーズン目、4つ目の所属クラブの京都で初めてレギュラーをつかみ取った34歳の太田が思いを新たにする。
「僕自身はこの試合が最後になってもおかしくない、だからこそ後悔しないプレーを心がけよう、という気持ちを常に自分の胸に刻んでプレーしています。僕が試合に出ている、という状況は他の3人のキーパーたちが出られていない状況を意味しますし、彼らも毎日必死にトレーニングしている。だからこそ彼ら3人の思いも背負いながらプレーしなきゃいけないと思っていますし、そういった責任感が今シーズンのパフォーマンスにつながっていると思っています」
結束を支える守護神の覚悟
J2のFC岐阜でプロのキャリアをスタートさせた太田が、東京ヴェルディ、J3のカターレ富山をへて京都に加入したのが2020シーズン。富山を事実上の戦力外になっていた状況もあり、京都を「これが最後の所属クラブになる」と覚悟を決めた太田は、セレッソ戦後にさらにこう続けた。
「僕がメンバー外だったころから、常に悔しい気持ちを抱きながらスタンドから見ていましたけど、試合に出ているメンバーがこれだけ頑張っているのだから、自分はトレーニングでもっと頑張らないといけないといつも感じていました。だからこそ、いまはメンバー外になっている選手たちから『何だよ、ふざけるなよ』と思われないように、自分たちの代表として試合に出てくれている姿を誇りに思ってもらえるようにプレーしなきゃいけないと思っています」
町田戦後に太田がエリアスにかけた言葉はチームの「一体感」や「チームワークのよさ」を、試合に臨むたびに胸中に脈打たせる熱い思いは「責任感」を際立たせる。そして、そうした思いは京都に関わるすべての選手の間で共有され、武器と化して久しい。前出の福田がこんな言葉を残している。
「曺さんからは『こんなに仲のいいチームは見たことがない』とよく言われています。
融合する哲学と結束。12チーム目のリーグ王者へ
曺監督は就任時から「ゴールは全員の得点、失点は全員の責任」という考え方を選手たちに強く求めてきた。チーム内に脈打つ一体感や責任感は、独自のチームマネジメントのもとで育まれたと言っていい。そして総力戦の末にもぎ取った白星に、指揮官もセレッソ戦後に心を震わせている。
「ウチには決まった11人の先発選手がいるわけではない。普段の練習で結果を出した選手、もしくは相手に対して一番脅威となる選手がピッチに立つだけですし、そういった選手が20人、25人と出てくるチームが間違いなく上位に残っていく。今日は選手たちが優勝という二文字を忘れていたら、後半は先に失点していたかもしれない。僕が思っている以上に、彼らが優勝したいという気持ちをもってピッチに立っていることが、今日の試合ではっきりとわかりました」
指揮官は今後のスケジュールをにらみ、全日程を終えた後に「どのような景色を見ているのか」という言葉を選手たちに投げかけてきた。両サイドバックに象徴される驚異的なハードワークに一体感、そして責任感がハイレベルで融合されたいま、答えはおのずと弾き出されている。
「リーグ戦が残り6試合になったなかで、僕たちは上位チームとの対戦も残しています。僕も選手もクラブも全員で頂点を目指していく。その目標は今日の試合で証明できたと思っています」
セレッソ戦後の公式会見で、曺監督は目標をあらためて明言した。ここにきて土壇場で町田と引き分けて手にした勝ち点1も生きてくる。今後は17日に鹿島と神戸がまず激突。京都は翌週の25日の第35節で鹿島を、そして12月6日の最終節には神戸をともにホームに迎える。2023シーズンの神戸に続く通算12チーム目のリーグ戦での初戴冠クラブ誕生へ。正念場の戦いがいよいよ始まる。
<了>
史上稀に見るJリーグの大混戦――勝ち点2差に6チーム。台頭する町田と京都の“共通点”
「鹿島顔」が象徴するアントラーズのクラブ哲学とは? 好調の今季“らしさ”支える熱量と愛情
松永成立が語る、辞任後の胸中。横浜F・マリノスと歩んだ40年、GKコーチを辞しても揺るがぬクラブ愛