UNDERCOVER主宰の高橋盾が「2019-20 AWコレクション」の音楽担当に抜擢し、トム・ヨークが彼の楽曲を自身のプレイリストにチョイス。東京のアンダーグラウンドなクラブカルチャーに基盤を置きながら、昨今華やかなトピックを提供しているのがDJ/プロデューサーのMars89だ。
今年30歳を迎える彼は、DJとして10年以上活動。楽曲制作をはじめたのは3年前からとのことだが、UKブリストルのレーベルBokeh Versionsを中心に発表してきたトラックは、インダストリアルな刺々しい重低音とタビーなグルーヴを備え、特異な存在感を放っている。みずからの音楽性をレベルミュージック(rebel music:権力に反抗する音楽)と定義し、そのアイデンティティを裏切ることなく、SNSなどで政治的/社会的なイシューへの意見を発信し続けるMars89。彼の遊び場所のひとつである幡ヶ谷で行ったインタビューでは、音楽家としての背景や思想を語ってくれている。そこには、ダンス・ミュージックへの曇りなき信頼があった。
どこでもホームだし、どこもホームじゃない
―Mars89さんがDJでかけているような、いわゆるエレクトロニック・ミュージックに没頭していった経緯から教えてください。
Mars89:いちばん最初はフレンチ・エレクトロですかね。当時、高校生だったんですけど、ダフト・パンクがツアーで神戸にも来ていました。遊びには行けなかったんですが、街がそういうムードで盛り上がってた気がします。『Kitsune Maison』シリーズに収録されていたバンドにはダンス・ミュージックとバンドサウンドの間をいくようなサウンドも多かったし、そういうところから聴きはじめた感じですね。あの頃って80sのニューウェーブ・リバイバルの空気もあったじゃないですか? 小さい頃に母親の持っていたデペッシュ・モードやデュラン・デュランにハマっていたこともあって、入りやすかったんだと思います。DJをはじめたのは、その少しあとで、DJムジャヴァがワープから「Township Funk」を出したくらいのタイミング。
―2009年ですね。当時はディプロやM.I.A.の台頭もあり、マージナルなビートが世界的に注目を集めはじめたタイミングでした。
Mars89:同時期に登場したフライング・ロータスもすごく好きでした。あとはブリアルやマッシヴ・アタック……そのあたりはずっと聴いていますね。
―やっぱりブリストル的と言われる、ダークでダビーなサウンドが軸にあるんですね。
Mars89:はい。気が付けばUKのサウンドがいつも近くにあります。あとザ・バグの『London Zoo』(2008年)も大きいですね。そこからダブステップを聴くようになりました。スクリームやキャスパ、デジタル・ミスティックスとかが盛り上がっていて……ダブステップは結構大きいです。当時中高音域に音数の多いEDMの前身のようなハウスがどこのクラブでも流れてたってのもあって、音数が少なく重心の低いダブステップとの出会いは衝撃的でした。
―Mars89さんの作る楽曲にもダブやレゲエの要素は色濃く入っていますよね。そうしたサウンドもダブステップ経由でアクセスしていった?
Mars89:基本的にUKサウンドが主軸ではあったんですが、中学生のときにショーン・ポールの「Get Busy」とかが流行って、その流れでディワリのミックステープも聴いていました。なので、US流れのダンスホールにも接していましたね。
―もともと自分に土壌はあったと。DJは常にテクノやベースミュージックなどエレクトロニックなものがセット選曲の中心なんですか?
Mars89:アフロ・ビートやヒップホップの元ネタのファンクを掘っていた時期もあるし、ずっと電子音楽……というわけではないですね。自分が影響を受けたDJの1人にクートマーみたいな何でもかける人がいたんで。
―Low End TheoryのDJですよね。では、DJとしても特定のシーンにずっといたという感じではない?
Mars89:まぁどこでもホームだし、どこもホームじゃないというか。どっかのコミュニティに属したことはないですね。ぜんぶ半分って感じ。親しくしてくれている年上の人にはヒップホップの人もいるし、テクノの人もいればノイズやエクスペリメンタルの人もいます。
現実逃避したくなる気持ちはわかるけど、それでいいの?
―最近DJをやるときは、どういった意識で臨んでいますか?
Mars89:数年前から自分で曲を作るようにもなったことで、いい意味でサービス精神がなくなったんです(笑)。こういうの好きだろう、これをかけたら盛り上がるだろう、とか考えなくなりました。
―それはどうして?
Mars89:曲を作る着想元に関しては映画や小説が多くて、”世界を創る”みたいなところを意識しているんです。だから、こういうのがウケるだろう。みたいな考えで曲を作っていなくて。その延長線上でDJに関しても、与えられた時間で世界を作っていく、その時間のフロア・コントロールするという意識が高まった。サービス精神を発揮するのではなくて、どういう世界を作るかってことにフォーカスするようになっていったんです。
―とはいえ、事前に選曲を組み立てていくわけではないですよね? フロアのムードや反応を見ながら、次の曲を選ぶ。
Mars89:そこはもちろん。フロアにいる人をどういう感情に連れて行けるかを、考えながら選曲していきます。
―Mars89さんのDJを見て、お客さんをそれまで行ったことがなかった異次元の世界に連れて行こうとしているような印象を受けました。
Mars89:どちらかというと扇動するというか(笑)。そういう感じが好きですね。
―自作曲をトラックメイクのうえで影響を受けた存在は?
Mars89:さっき話したクートマの感じや、あとはラス・G。そういったLAビーツ系からも影響されつつ、ブリアルとかのサンプル・コラージュで世界観を作っていくスタイルや、Throbbing Gristleなどのインダストリアルの姿勢の影響も。あとは、ポストパンクの時代に、レゲエやダブの要素とパンクの要素を一緒にやっている人たちがいたじゃないですか。
―マーク・スチュアート周辺やスリッツ、あとエイドリアン・シャーウッドの運営していたOn-Uあたりがそうでしたね。
Mars89:On-U周りにはめちゃくちゃ影響を受けていますね。僕はジャンルの挟間にいる人が好きなんです。
―話を聞いてきて、”挟間”というのはMars89さんの活動においてポイントですよね。
Mars89:所属したくない、カテゴライズされたくない、ってのはあります。あとは安心したくないとか。居心地がいいって思うと……なんでしょう、居心地の良さの先には何もない感じがする。
―Mars89さんには、何も考えずに居心地の良い場所にいたいという欲望の受け皿が、いまの世の中に多すぎるという気持ちがあるんじゃないですか?
Mars89:それはめちゃめちゃありますね。それこそ癒しとチル、現実逃避的なものは音楽にかぎらずたとえばアニメや映画でも多いし、そういう現実逃避の手段が供給過多なのは、そもそも社会の現状がヤバいからだと思うんですが。極端な話をすると、癒しやチルの行き着く先の一つに安楽死的な発想がある気がしていて、それってすごく……カルトっぽいっていうかいまの肉体を大切にしていない感じがある。いま生きていて現実逃避したくなる気持ちはわかるけど、それでいいの?って。その気持ちはすごくあります。
―いまは感情や欲望が、インスタントにマネタイズされる仕組みが巧妙に出来上がっていますよね。
Mars89:みんなが消費者になることに安心しちゃっていると思う。僕としては、供給される癒しだけで満足できているのもちょっと不可解なんです。自分で作り出したり自分で選んだりするような安心できる居場所が、それぞれにあるはずなんだけど。
レベルミュージックと生活のエネルギー
―Mars89さんの音楽も、聴き手にチルや居心地の良さを与えるものではないですよね。インダストリアルでダビーなサウンドは、むしろ胸をざわつかせるような不穏さを堪えている。
Mars89:聴き心地がいいものには、あんまりしたくなくて。何かを揺さぶりたいなって気持ちはあります。聴く人の土台みたいなものを揺さぶるというか、安心感とか安定感をなくしたいっていうのがある。不安な気持ちにさせたいっていうか。
―2017年の『Lucid Dream EP』と2018年の『End of the Death』を聴き比べてみると、音の質感がかなり違っています。より破壊力が上がったというか。
Mars89:社会との向き合い方や周囲に対してのエネルギーが変わると、音も変わる気がしていて。なので、より攻撃的になったのは、世の中に対してクソだと思うことがさらに増えたってことだと思います。
―『End of the Death』収録曲の「Run to Mall」は映画の「ゾンビ」からサンプリングしていますよね。
Mars89:ええ。
―あの映画も現実の映し鏡じゃないですか? なので、それを音楽でやるっていうメッセージ込みでのサンプリングなのかなって。
Mars89:もともとSF映画や小説に親しんできたうえで音楽を作っているので、そういう視点はどうしても出ちゃいますね。あの曲を作ったタイミングは、ちょうど(ジョージ・A・)ロメロ監督が亡くなったときでもあった。なのでトリビュートの意も込めて作りました。曲を作るときは、自分が好きなSFが持つ現実と対峙するような要素と、反抗心からくるモチベーション、加えてレベルミュージックとしてのエネルギーを込めたいと思っています。
―音楽でどのように現実の世界へとコミットしていこうと思っています?
Mars89:みんなもう現実がきつい/ヤバいみたいなことはとっくにわかっていますよね。わかったうえで、「きついよね」って傷をなめ合って終わりではなくて、「で、どうすんの?」って投げかける姿勢が、日々のなかでは大事だなと思っています。音楽でも……音楽ってすごく抽象的だと思うんですけど、たとえば「Rainbow Parade」とかああいうものって、いまある問題を可視化させつつ、でも見た目はハッピー。それってレイヴとかも同じで、空間自体は現実逃避と言うか避難場所みたいですけど、そこを出て家に帰ったら現実が待っているわけで。そのうえで、「じゃあどうすんの?」って姿勢込みの音楽もたくさんある。音楽のそういう可能性を提示したいですね」
―いまおっしゃった「じゃあどうすんの?」という姿勢込みの音楽ってたとえば?
Mars89:僕がずっと影響を受けているのはJAGATARAなんです。彼らのようにライブハウスで発散される表現でありつつ、家に帰ったら終わりじゃなく、ライブを観たことでエネルギーをもらって現実に立ち戻っていこうという気持ちが起きる――それがすごく大事だと思っています。それと同じことを、いまレイヴがリバイバルしてる現象にも感じている部分があるんです。加えて僕の周りだけじゃないと思うんですけど、ハードコア系のバンドが勢いを増している印象もあって。エネルギーを発散できたうえで、その体験を生活のエネルギーにも変換していけるという体験がいま求められているんじゃないかな。
ダンス・ミュージックとポリティカルな姿勢
―Mars89さんは、SNSなどでも現政権への怒りや違和感、社会的なイシューへの意見などを積極的に発信しているじゃないですか。一方で、日本ではいまだ「音楽に政治を持ち込むな」という考えも根強い。
Mars89:そもそものところで、ポリティカルなものを何かから切り離すってこと自体がおかしいじゃないですか。昔から自分の親もそういう話を普通にするほうだったし、よく見てた『モンティ・パイソン』には時事ネタの風刺がいっぱい入ってた。なので、それを当たり前だと思っていたんです。自分が聴いてきた音楽――ヒップホップもレゲエもパンクも、どういう社会に生きてて、それをどう思っているかを歌った曲が多い。なので、昔からポリティカルなことが特別だとはまったく思わないんです。
僕の作品を出してくれているブリストルのレーベル、Bokeh Versionsのボスとも、そういう世界との接し方でもフィーリングが合うんですよ。ブレグジットやボリス・ジョンソン、環境問題とかについて普通にカジュアルに話す人たちってだけで、そうしない人よりも僕には安心感があって(笑)。そういうカルチャーが土壌にあるってだけでやりやすさを感じますね。
―Mars89さんにとっては、Twitterでの意見発信も楽曲のリリースもDJもすべてイコールなんでしょうね。
Mars89:そうですね。ぜんぶ生活の延長です。
―レベル側の人はレベル側で団結する一方で、そうじゃない人となかなか交われないって現象も多いと思うんです。それに対して、もどかしさや問題意識を感じることもありますか?
Mars89:うーん……なんて言ったらいいかな。基本的にできる人がやるしかないんだけど、やるのであればレベル側でない人に気付く機会を与えて、仲間を増やしていくという感じかな。まずは問題を可視化していく。
―7月にDJされていた、渋谷駅前での年金をテーマにしたレイヴパーティーもそういう手段のひとつですよね。
Mars89:たとえば、自分がこれはおかしいんじゃないかと思っている事柄に際して、周りが誰も何も言わないからそれを当たり前のことなんだと受け止めざるをえない人がいるとしますよね。彼が街に出たときに、同じような考えを発している人がいたら、良かった、仲間がいると感じると思うんです。もし生活が苦しいと思っている人がいて、「それは自分だけの責任じゃないし、支えてくれる人たちがいるんだよ」ってことをアピールできたら、少しでも生きやすくなるかもしれない。個人が全ての人を直接助けることはできないけど、そういう問題意識を持っている人が世の中にいるということを知るだけで、救われる人がいるはずなんです。
―人々をより生きやすくするために、ダンス・ミュージックの場はどういう役目をはたせると思いますか?
Mars89:それこそクラブカルチャーやアンダーグラウンドカルチャーの成り立ちに立ち返って、外の世界で苦しい思いをしている人がそこに安心を求められるような場所であるべきですよね。セクハラや痴漢、差別がなくて、どんな人がいてもいい。どんな服装でも関係ないし、好きな格好をしていてほしい。別に思想が保守的でもリベラルでもいいんですけど、そこに差別とかを持ち込まない。他人を尊重する。ってのが最低限のルールだと思います。そこをしっかり意識しなおすことによって、クラブカルチャーがただの商業的なものからもうひとつ価値のあるものにまた戻っていけるんじゃないかな。
―シェルターにもなりえるし、生き方の選択肢を増やす場所にもなりえる。
Mars89:そこへ行くことで、翌日からまた生きていこうという活力が生まれる。そういう場所から新しいカルチャーやおもしろいものは生まれてくると思うんです。いまがこんな社会だからこそ、ダンス・ミュージックの原点を理解しなおすべきタイミングなんじゃないかな。もともとダンス・ミュージックってすごく政治的でレベルなもののはずで、自分はそれをただ受け継いでいるという感覚なんです。
Mars89(マーズ・エイティー・ナイン)
東京在住のDJ/コンポーザー。海外シーンとの交流も深く、近作はUKブリストルのレーベルBokeh Versionsからリリース。ファッションショーの楽曲も担当。
『End Of The Death』
Bokeh Versions
発売中
今年30歳を迎える彼は、DJとして10年以上活動。楽曲制作をはじめたのは3年前からとのことだが、UKブリストルのレーベルBokeh Versionsを中心に発表してきたトラックは、インダストリアルな刺々しい重低音とタビーなグルーヴを備え、特異な存在感を放っている。みずからの音楽性をレベルミュージック(rebel music:権力に反抗する音楽)と定義し、そのアイデンティティを裏切ることなく、SNSなどで政治的/社会的なイシューへの意見を発信し続けるMars89。彼の遊び場所のひとつである幡ヶ谷で行ったインタビューでは、音楽家としての背景や思想を語ってくれている。そこには、ダンス・ミュージックへの曇りなき信頼があった。
どこでもホームだし、どこもホームじゃない
―Mars89さんがDJでかけているような、いわゆるエレクトロニック・ミュージックに没頭していった経緯から教えてください。
Mars89:いちばん最初はフレンチ・エレクトロですかね。当時、高校生だったんですけど、ダフト・パンクがツアーで神戸にも来ていました。遊びには行けなかったんですが、街がそういうムードで盛り上がってた気がします。『Kitsune Maison』シリーズに収録されていたバンドにはダンス・ミュージックとバンドサウンドの間をいくようなサウンドも多かったし、そういうところから聴きはじめた感じですね。あの頃って80sのニューウェーブ・リバイバルの空気もあったじゃないですか? 小さい頃に母親の持っていたデペッシュ・モードやデュラン・デュランにハマっていたこともあって、入りやすかったんだと思います。DJをはじめたのは、その少しあとで、DJムジャヴァがワープから「Township Funk」を出したくらいのタイミング。
あの曲にはすごくハマりました。
―2009年ですね。当時はディプロやM.I.A.の台頭もあり、マージナルなビートが世界的に注目を集めはじめたタイミングでした。
Mars89:同時期に登場したフライング・ロータスもすごく好きでした。あとはブリアルやマッシヴ・アタック……そのあたりはずっと聴いていますね。
―やっぱりブリストル的と言われる、ダークでダビーなサウンドが軸にあるんですね。
Mars89:はい。気が付けばUKのサウンドがいつも近くにあります。あとザ・バグの『London Zoo』(2008年)も大きいですね。そこからダブステップを聴くようになりました。スクリームやキャスパ、デジタル・ミスティックスとかが盛り上がっていて……ダブステップは結構大きいです。当時中高音域に音数の多いEDMの前身のようなハウスがどこのクラブでも流れてたってのもあって、音数が少なく重心の低いダブステップとの出会いは衝撃的でした。
当時初めてBack To Chillに遊びに行って、圧倒的なパワーを持った低音に痺れたのを覚えています。
―Mars89さんの作る楽曲にもダブやレゲエの要素は色濃く入っていますよね。そうしたサウンドもダブステップ経由でアクセスしていった?
Mars89:基本的にUKサウンドが主軸ではあったんですが、中学生のときにショーン・ポールの「Get Busy」とかが流行って、その流れでディワリのミックステープも聴いていました。なので、US流れのダンスホールにも接していましたね。
―もともと自分に土壌はあったと。DJは常にテクノやベースミュージックなどエレクトロニックなものがセット選曲の中心なんですか?
Mars89:アフロ・ビートやヒップホップの元ネタのファンクを掘っていた時期もあるし、ずっと電子音楽……というわけではないですね。自分が影響を受けたDJの1人にクートマーみたいな何でもかける人がいたんで。
―Low End TheoryのDJですよね。では、DJとしても特定のシーンにずっといたという感じではない?
Mars89:まぁどこでもホームだし、どこもホームじゃないというか。どっかのコミュニティに属したことはないですね。ぜんぶ半分って感じ。親しくしてくれている年上の人にはヒップホップの人もいるし、テクノの人もいればノイズやエクスペリメンタルの人もいます。
自分はいろいろなところに出没しているっぽいです。
現実逃避したくなる気持ちはわかるけど、それでいいの?
―最近DJをやるときは、どういった意識で臨んでいますか?
Mars89:数年前から自分で曲を作るようにもなったことで、いい意味でサービス精神がなくなったんです(笑)。こういうの好きだろう、これをかけたら盛り上がるだろう、とか考えなくなりました。
―それはどうして?
Mars89:曲を作る着想元に関しては映画や小説が多くて、”世界を創る”みたいなところを意識しているんです。だから、こういうのがウケるだろう。みたいな考えで曲を作っていなくて。その延長線上でDJに関しても、与えられた時間で世界を作っていく、その時間のフロア・コントロールするという意識が高まった。サービス精神を発揮するのではなくて、どういう世界を作るかってことにフォーカスするようになっていったんです。
―とはいえ、事前に選曲を組み立てていくわけではないですよね? フロアのムードや反応を見ながら、次の曲を選ぶ。
Mars89:そこはもちろん。フロアにいる人をどういう感情に連れて行けるかを、考えながら選曲していきます。
―Mars89さんのDJを見て、お客さんをそれまで行ったことがなかった異次元の世界に連れて行こうとしているような印象を受けました。
Mars89:どちらかというと扇動するというか(笑)。そういう感じが好きですね。
―自作曲をトラックメイクのうえで影響を受けた存在は?
Mars89:さっき話したクートマの感じや、あとはラス・G。そういったLAビーツ系からも影響されつつ、ブリアルとかのサンプル・コラージュで世界観を作っていくスタイルや、Throbbing Gristleなどのインダストリアルの姿勢の影響も。あとは、ポストパンクの時代に、レゲエやダブの要素とパンクの要素を一緒にやっている人たちがいたじゃないですか。
―マーク・スチュアート周辺やスリッツ、あとエイドリアン・シャーウッドの運営していたOn-Uあたりがそうでしたね。
Mars89:On-U周りにはめちゃくちゃ影響を受けていますね。僕はジャンルの挟間にいる人が好きなんです。
―話を聞いてきて、”挟間”というのはMars89さんの活動においてポイントですよね。
Mars89:所属したくない、カテゴライズされたくない、ってのはあります。あとは安心したくないとか。居心地がいいって思うと……なんでしょう、居心地の良さの先には何もない感じがする。
居心地の良さも必要なんだけど、その先を見られないならそこにいれなくてもいいなと思う。
―Mars89さんには、何も考えずに居心地の良い場所にいたいという欲望の受け皿が、いまの世の中に多すぎるという気持ちがあるんじゃないですか?
Mars89:それはめちゃめちゃありますね。それこそ癒しとチル、現実逃避的なものは音楽にかぎらずたとえばアニメや映画でも多いし、そういう現実逃避の手段が供給過多なのは、そもそも社会の現状がヤバいからだと思うんですが。極端な話をすると、癒しやチルの行き着く先の一つに安楽死的な発想がある気がしていて、それってすごく……カルトっぽいっていうかいまの肉体を大切にしていない感じがある。いま生きていて現実逃避したくなる気持ちはわかるけど、それでいいの?って。その気持ちはすごくあります。
―いまは感情や欲望が、インスタントにマネタイズされる仕組みが巧妙に出来上がっていますよね。
Mars89:みんなが消費者になることに安心しちゃっていると思う。僕としては、供給される癒しだけで満足できているのもちょっと不可解なんです。自分で作り出したり自分で選んだりするような安心できる居場所が、それぞれにあるはずなんだけど。
レベルミュージックと生活のエネルギー
―Mars89さんの音楽も、聴き手にチルや居心地の良さを与えるものではないですよね。インダストリアルでダビーなサウンドは、むしろ胸をざわつかせるような不穏さを堪えている。
Mars89:聴き心地がいいものには、あんまりしたくなくて。何かを揺さぶりたいなって気持ちはあります。聴く人の土台みたいなものを揺さぶるというか、安心感とか安定感をなくしたいっていうのがある。不安な気持ちにさせたいっていうか。
―2017年の『Lucid Dream EP』と2018年の『End of the Death』を聴き比べてみると、音の質感がかなり違っています。より破壊力が上がったというか。
Mars89:社会との向き合い方や周囲に対してのエネルギーが変わると、音も変わる気がしていて。なので、より攻撃的になったのは、世の中に対してクソだと思うことがさらに増えたってことだと思います。
―『End of the Death』収録曲の「Run to Mall」は映画の「ゾンビ」からサンプリングしていますよね。
Mars89:ええ。
―あの映画も現実の映し鏡じゃないですか? なので、それを音楽でやるっていうメッセージ込みでのサンプリングなのかなって。
Mars89:もともとSF映画や小説に親しんできたうえで音楽を作っているので、そういう視点はどうしても出ちゃいますね。あの曲を作ったタイミングは、ちょうど(ジョージ・A・)ロメロ監督が亡くなったときでもあった。なのでトリビュートの意も込めて作りました。曲を作るときは、自分が好きなSFが持つ現実と対峙するような要素と、反抗心からくるモチベーション、加えてレベルミュージックとしてのエネルギーを込めたいと思っています。
―音楽でどのように現実の世界へとコミットしていこうと思っています?
Mars89:みんなもう現実がきつい/ヤバいみたいなことはとっくにわかっていますよね。わかったうえで、「きついよね」って傷をなめ合って終わりではなくて、「で、どうすんの?」って投げかける姿勢が、日々のなかでは大事だなと思っています。音楽でも……音楽ってすごく抽象的だと思うんですけど、たとえば「Rainbow Parade」とかああいうものって、いまある問題を可視化させつつ、でも見た目はハッピー。それってレイヴとかも同じで、空間自体は現実逃避と言うか避難場所みたいですけど、そこを出て家に帰ったら現実が待っているわけで。そのうえで、「じゃあどうすんの?」って姿勢込みの音楽もたくさんある。音楽のそういう可能性を提示したいですね」
―いまおっしゃった「じゃあどうすんの?」という姿勢込みの音楽ってたとえば?
Mars89:僕がずっと影響を受けているのはJAGATARAなんです。彼らのようにライブハウスで発散される表現でありつつ、家に帰ったら終わりじゃなく、ライブを観たことでエネルギーをもらって現実に立ち戻っていこうという気持ちが起きる――それがすごく大事だと思っています。それと同じことを、いまレイヴがリバイバルしてる現象にも感じている部分があるんです。加えて僕の周りだけじゃないと思うんですけど、ハードコア系のバンドが勢いを増している印象もあって。エネルギーを発散できたうえで、その体験を生活のエネルギーにも変換していけるという体験がいま求められているんじゃないかな。
ダンス・ミュージックとポリティカルな姿勢
―Mars89さんは、SNSなどでも現政権への怒りや違和感、社会的なイシューへの意見などを積極的に発信しているじゃないですか。一方で、日本ではいまだ「音楽に政治を持ち込むな」という考えも根強い。
Mars89:そもそものところで、ポリティカルなものを何かから切り離すってこと自体がおかしいじゃないですか。昔から自分の親もそういう話を普通にするほうだったし、よく見てた『モンティ・パイソン』には時事ネタの風刺がいっぱい入ってた。なので、それを当たり前だと思っていたんです。自分が聴いてきた音楽――ヒップホップもレゲエもパンクも、どういう社会に生きてて、それをどう思っているかを歌った曲が多い。なので、昔からポリティカルなことが特別だとはまったく思わないんです。
僕の作品を出してくれているブリストルのレーベル、Bokeh Versionsのボスとも、そういう世界との接し方でもフィーリングが合うんですよ。ブレグジットやボリス・ジョンソン、環境問題とかについて普通にカジュアルに話す人たちってだけで、そうしない人よりも僕には安心感があって(笑)。そういうカルチャーが土壌にあるってだけでやりやすさを感じますね。
―Mars89さんにとっては、Twitterでの意見発信も楽曲のリリースもDJもすべてイコールなんでしょうね。
Mars89:そうですね。ぜんぶ生活の延長です。
―レベル側の人はレベル側で団結する一方で、そうじゃない人となかなか交われないって現象も多いと思うんです。それに対して、もどかしさや問題意識を感じることもありますか?
Mars89:うーん……なんて言ったらいいかな。基本的にできる人がやるしかないんだけど、やるのであればレベル側でない人に気付く機会を与えて、仲間を増やしていくという感じかな。まずは問題を可視化していく。
―7月にDJされていた、渋谷駅前での年金をテーマにしたレイヴパーティーもそういう手段のひとつですよね。
Mars89:たとえば、自分がこれはおかしいんじゃないかと思っている事柄に際して、周りが誰も何も言わないからそれを当たり前のことなんだと受け止めざるをえない人がいるとしますよね。彼が街に出たときに、同じような考えを発している人がいたら、良かった、仲間がいると感じると思うんです。もし生活が苦しいと思っている人がいて、「それは自分だけの責任じゃないし、支えてくれる人たちがいるんだよ」ってことをアピールできたら、少しでも生きやすくなるかもしれない。個人が全ての人を直接助けることはできないけど、そういう問題意識を持っている人が世の中にいるということを知るだけで、救われる人がいるはずなんです。
―人々をより生きやすくするために、ダンス・ミュージックの場はどういう役目をはたせると思いますか?
Mars89:それこそクラブカルチャーやアンダーグラウンドカルチャーの成り立ちに立ち返って、外の世界で苦しい思いをしている人がそこに安心を求められるような場所であるべきですよね。セクハラや痴漢、差別がなくて、どんな人がいてもいい。どんな服装でも関係ないし、好きな格好をしていてほしい。別に思想が保守的でもリベラルでもいいんですけど、そこに差別とかを持ち込まない。他人を尊重する。ってのが最低限のルールだと思います。そこをしっかり意識しなおすことによって、クラブカルチャーがただの商業的なものからもうひとつ価値のあるものにまた戻っていけるんじゃないかな。
―シェルターにもなりえるし、生き方の選択肢を増やす場所にもなりえる。
Mars89:そこへ行くことで、翌日からまた生きていこうという活力が生まれる。そういう場所から新しいカルチャーやおもしろいものは生まれてくると思うんです。いまがこんな社会だからこそ、ダンス・ミュージックの原点を理解しなおすべきタイミングなんじゃないかな。もともとダンス・ミュージックってすごく政治的でレベルなもののはずで、自分はそれをただ受け継いでいるという感覚なんです。
Mars89(マーズ・エイティー・ナイン)
東京在住のDJ/コンポーザー。海外シーンとの交流も深く、近作はUKブリストルのレーベルBokeh Versionsからリリース。ファッションショーの楽曲も担当。

『End Of The Death』
Bokeh Versions
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