ホールジーことアシュリー・ニコレット・フランジパーネが、全米を記録した3rdアルバム『マニック』を携えて、5月7日に東京ガーデンシアターで来日公演を行う(サポートアクト:ちゃんみな)。現代を代表するポップスターでありながら、日本には今一つ伝わりきってない彼女のキャラクターと歩みを解説する。


ホールジーが体現する新たなポップスター像

ホールジーの父親は黒人で、ノトーリアスB.I.G.や2パックといったヒップホップ、R&Bを好み、白人の母親はザ・キュアーやニルヴァーナといったニューウェイヴ、グランジといったバンドサウンドを聴いていたという。そんな家庭で育ったホールジー、青い髪の毛をトレードマークに、ポップパンク、ダンスミュージック、ヒップホップまで多様なジャンルを融合させながら、数多くのアーティストとコラボレーションしてきた。ネット経由でコミュニティの垣根なく膨大な情報を吸収してきたミレニアル世代に支持されるのは当然の流れだ。後述する「ウィズ・アウト・ミー」のように、映像も含めた作品全体にパーソナルな部分を反映させて聴く人、見るものの心を揺さぶる。アンチポップなスタンスをとりながらも音楽ストリーミングサービスにおける総再生回数は230億回を越え、アルバム『マニック』のリード・シングル「グレイヴヤード」は執筆時点、Spotifyだけで1億回以上再生されている。今やホールジーのような圧倒的な個性を持つことこそ、ポップスターの条件と言える。

客演の女王からポップクイーンへ

2015年リリースのデビューアルバム『バッドランズ』は米ビルボードチャートで2位という快挙を成し遂げた。『バッドランズ』が評価され、アメリカでのホールジーの公演は軒並みソールドアウト状態だったが、2016年の初来日公演はRolling Stone Japanが2018年に公開したインタビューによると、”最悪のライブだった”と切実に振り返っている。

「その日のライブは人生で一番勉強になったくらい最悪のライブだった。チケットは半分しか売れてなくて、会場はガラガラ。すでにアメリカでの私のライブはほぼソールドアウトしてたから、私もかなり甘やかされた気持ちになってたんだと思う」

『バッドランズ』ツアーの初来日から半年後、ザ・チェインスモーカーズの「クローサー」に参加し、ホールジーの知名度は世界的なものになった。第59回グラミー賞「クローサー」は最優秀新人、最優秀ポップデュオ/グループパフォーマンス、最優秀ダンス・レコーディングの3部門にノミネートされ、12週連続1位という記録は2016年の米ビルボードシングルチャートの最長記録である。


2017年リリースの2ndアルバム『ホープレス・ファウンテン・キングダム』では『バッドランズ』でも多数の楽曲に参加していた、ノルウェー出身のリドをはじめカシミア・キャット、ハッピーペレス、ベニー・ブランコ、リッキー・リード、グレッグ・カースティンなど数多くのトップアーティストを手がける名プロデューサーたちが集結。さらにソングライターとしてザ・ウィークエンド、シーア、そしてドレイクやリアーナのソングライターを手がけるスターラーがコーライティングを手がけた。客演には人気のヒップホップトリオ、ミーゴスのクエヴォを迎え、豪華な制作陣と幅広い音楽性を伴い、『ホープレス・ファウンテン・キングダム』は米ビルボードアルバムチャートトップデビューを飾る。

こうして”「クローサー」のホールジー”ではなく、名実ともにポップスターとしての存在感を強める。さらに、2018年10月にリリースした「ウィズアウト・ミー」はアリアナ・グランデの「サンキュー,ネクスト」をひきずりおろし、「クローサー」以来、自身名義では初となる米ビルボードシングルチャート1位を獲得。交際していたラッパー/モデル、ジー・イージーとの破局が題材となっており、MVにも本人そっくりな役者が登場するなど話題を呼んだ。ラッパーのジュース・ワールドを客演に迎えたバージョンも制作され、ロングヒットを記録している。このコラボレーションは両者がちょうど、日本を訪れていたタイミングで邂逅したことがきっかけのひとつになったと関係者が話してくれた。2019年12月8日、不幸にも逝去してしまったジュース・ワールドの冥福をあらためて祈りたい。

ベニー・ブランコの「イーストサイド」では新鋭の実力派R&Bシンガー、カリードとコラボしたり、BTS(防弾少年団)「ボーイ・ウィズ・ラヴ」への客演、本稿執筆時点で”2019年にもっとも長く全米チャート1位に残り続けたアルバム”ポスト・マローン「ハリウッズ・ブリーディング」収録「ダイ・フォー・ミー」に、ラッパーのフューチャーとともに参加。ソロとして成功を収めながらも、客演女王っぷりは今なお健在だ。

男性優位社会に中指を立てる

『マニック』には未収録だが、「ナイトメア」は、ホールジーを語る上で欠かせない、性差別やフェミニズムについての強いメッセージ性を含んでいる。
気鋭の女性監督ハナー・ラックス・デイビスを起用したMVにはカーラ・デルヴィーニュやスキ・ウォーターハウスらハリウッドスターも出演し、女性に対する抑圧や暴力、差別に対して反旗を翻す。「その可愛い笑顔を見せてくれよ」とキャットコール(=ナンパ)に対し、「あなたに対する笑顔なんて持ちあわせちゃいない。代わりに、わたしは牙を剥く」と男性主観の女性像に「No」を叩きつけた。

「ナイトメア」以前、マドンナも参加したことで有名な大規模抗議デモ「Womans March(女性たちの大行進)」に例年参加しているホールジーは、2018年に自身と友人が性暴力を受けた経験を綴った詞を参加者の前でスピーチ。最後に「やるべきことがある。歌うべきことがある」と参加者を鼓舞している。

さらにホールジーはバイセクシャルをカミングアウトしており、クィアライクなアーティストとして知られる。LGBTQ+コミュニティをサポートし、2018年にLGBTQ+団体によるGLAADメディア・アワード(GLAAD=LGBTの人々のイメージに関するメディアモニタリングを行っている非政府組織)で音楽アーティスト部門を受賞。2019年7月にはブラジルで行われた公演でLGBTQ+コミュニティの象徴であるレインボーフラッグを手にしてパフォーマンスする写真をポスト。「LGBTQをマーケティングに利用している」と非難のコメントがされるも、「5年前からレインボーフラッグはわたしのステージにあるのよ。あなたは不機嫌なベイビーね」とたしなめ、自身のスタンスをあらためて表明した。

アシュリーからホールジーへ、その足跡

ホールジーを名乗る以前のアシュリーは経済的な理由で志望していたアートカレッジに進むことができず、コミュニティカレッジに入学するもドロップアウト。
勘当同然に家を追われ、危険なホームレス生活を経験。祖母に助けられるも、以後は都市を回って音楽活動しながら、NYに渡った。ブルックリンのアパートメントでカウチサーフィンをする生活を送っていたという。そこにはさまざまな人種とアートティストが集まっており、そのつながりから、現在のマネージャーであるアンソニー・リーに出会った。500ドルでCMソングを歌わないかというオファーを受け、そのレコーディングで退屈してしまったホールジーが不意に口ずさんだ歌こそが、デビュー曲である「ゴースト」だった。アンソニーはアシュリーという名前を変えることを提案し、「ゴースト」はウェブ上にアップされるとともに話題に。レーベルとの契約に繋がった。「ゴースト」のMVにはプライベートでもたびたび日本を訪れる親日家の彼女らしく、日本での撮影シーンを盛り込み、同性愛的な描写もある。デビュー曲にして、ホールジーのクィアライクなスタンスとパーソナリティはすでに確立されていたのだ。

『マニック』が映し出す過去と未来

そんなホールジーの3枚目のアルバムとなる『マニック』。”Manic”とは”躁うつ”や、”熱狂”を意味する言葉である。ホールジーは17歳のころに双極性障害=躁うつの診断を受けている。
『マニック』はまさに”躁”と”うつ”が混沌と入り混じり、ひとつの性格を成しているアルバムである。

宇宙空間を漂うような浮遊感のあるトラックと壮大なボーカルが展開する「アシュリー」から始まり、アコースティックなカントリー調のポップスに、ノイジーなエレキサウンドが響く「ユー・シュッド・ビー・サッド」や、オーセンティックなヒップホップビート、ここ数年、一大トレンドを築きあげたラテンムードなダンスビートまでを網羅する。華やかでアップテンポな楽曲群の一方で、「フォーエヴァー...イズ・ア・ロング・タイム」のようなシンプルなピアノの上をホールジーの歌唱が彩るスローバラードが入ることで作品全体に深みと余韻をもたらす。極端なハイとローを同梱したタイトル通りの”マニック”な試みがアルバムの個性をさらに際立たせている。また、日本盤&海外デラックス盤のボーナストラックとして「ユー・シュッド・ビー・サッド」のオリジナル・ヴォイスノート、「アイム・ノッド・マッド」、日本盤のみのボーナストラックに「ワイプ・ユア・ティアーズ」が収録されることとなり、全19曲のボリュームとなった。

客演には、「3 ナイツ」で注目を集め、ブロックハンプトンのリーダー、ケヴィン・アブストラクトのソロアルバム『アリゾナ・ベイビー』にも参加したマイアミ出身の気鋭のシンガー/ラッパー、ドミニク・ファイクや、「ボーイ・ウィズ・ラヴ」でホールジーと声を重ねたBTSのSUGAが参加。他にも、代表曲「アイロニック」で知られるカナダのシンガーソングライター、アラニス・モリセットを迎えるなど、目のつけどころにホールジーならではのセンスと親和性を感じるコラボレーションが用意されている。プロデューサーにはリドやグレッグ・カースティンといった前作からの面々も続投し、サウンド面でホールジーの世界観を鮮やかに演出する。

デビューから5年、「ゴースト」に始まったホールジーの物語は、相反する感情と音楽性を往き来し、包括するモダンポップス『マニック』に至った。激情に任せ部屋中をひっくりかえしたあと、クローゼットの中に残ったホールジー(アシュリー)のピュアな感情を覗き込むような作品である。

ホールジー、現代最高峰のポップクイーンを今こそ知る

ホールジー
『マニック』
発売中
https://www.universal-music.co.jp/halsey/products/uicc-10042/

ホールジー来日公演
東京2020年5月7日(木)
東京ガーデンシアター
※2020年5月、有明に新設される会場。
Support act:ちゃんみな
OPEN 18:00 / START 19:00
https://www.creativeman.co.jp/artist/2020/05halsey/
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