過日、当連載の第1回目で取り上げたクルアンビンがリオン・ブリッジズとコラボし、『Texas Sun』という4曲入のEPをリリースしました。タイトルのとおり、テキサス出身者同士のコラボ作となります。今回は名曲揃いのEPから私のお気に入りである「Midnight」を取り上げます。テーマは「ちんまりグルーヴ」!
当連載が始まったのは昨年の6月のことでした。その後、クルアンビンはフジロックで二度目の来日を果たし、既出のEP及びシングルをまとめた日本限定版の『全てが君に微笑む』、そして、『Con Todo El Mundo』のダブ盤『Hasta El Cielo (Con Todo El Mundo in Dub)』をリリースしました。
一方のリオン・ブリッジズはどのような人物か。既に述べたように、ブリッジズはテキサス育ちのシンガー・ソングライターです。彼の音楽はサム・クックやオーティス・レディングといったソウルのレジェンドが引き合いに出されがちですが、個人的にはテンダーなその歌声にアーサー・アレキサンダーを思い出しました。
アーサー王とアレクサンドロス大王をかけ合わせたような大仰な芸名を持つこのシンガーソングライターはアラバマ州シェフィールド出身で「カントリー・ソウルのパイオニア」と称されることもあります。シェフィールドといえば米国音楽ファンにはお馴染みのマッスル・ショールズのお隣。後にローリング・ストーンズがカバーするアレキサンダーの「You Better Move On」は、マッスル・ショールズのフェイム・スタジオで録音された初期のヒット曲です。ちなみにビートルズの1stに収録された「Anna (Go To Him)」も彼の自作曲となります。
話をブリッジズに戻しましょう。彼が2015年にリリースした『Coming Home』というタイトルのデビュー作は非常にオールドファッションなサウンドのアルバムでした。ハチロクやシャッフルの曲が多く、心を大いに和ましてくれます。当連載としては「Smooth Sailin」のイーブンなんだけどほんの僅かにハネているように感じられるリズムは見逃せないところです。「微おっちゃんのリズム」と言ったところでしょうか。
続く2018年の「Good Things」は1stに比べるとかなりモダンな仕上がりになっています。ブリッジズは元々ジニュワインやアッシャーといったR&Bシンガーのファンだったそうで、端から古典派を標榜していたわけではなく、自分の資質にマッチしていたという理由で古風な作風を選んだ模様です。2ndでは彼の持ち味のテンダネスに加えてアンダーソン・パーク的な粘っこさも感じられる唱法になりました。ファレル風のトラックが可笑しい「If It Feels Good (Then It Must Be)」など聴くと、都会で揉まれたのねという感慨が湧いてきます。前作との落差に思わず木綿のハンカチーフで涙を拭きたくなるほどです。というのはもちろん冗談で、どちらが良い悪いという話ではないので悪しからず。
さて、冒頭に述べた"ちんまりグルーヴ"について話を進めます。「はあ? ちんまりグルーヴ? なんじゃそりゃ!」と思った方がほとんどだと思います。それもそのはず、ちんまりグルーヴとは当方が勝手に呼んでいるだけの、まったくもって一般的ではない呼称だからです。
ひとまず具体例を申し上げましょう。近年の例では、今回の「Midnight」はもちろんのこと、他にもバッドバッドノットグッドの「Key To Love」、コナン・モカシンの「Charlottes Thong」、マック・デマルコの「Nobody」、マイルド・ハイ・クラブの「Kokopeli」などが挙げられます。J・J・ケイルやシュギー・オーティスはちんまりグルーヴのベテラン勢と言えるし、国内においては坂本慎太郎がちんまりグルーヴの筆頭格と呼んで差し支えないかもしれません。
ここでちんまりグルーヴを当方なりに定義すると以下のようになります。より少ない音、質素な音作り、控えめな音量によってリズムが元来有する躍動感を表現する技法、及びそのリズムそのもの。
ここ十数年で浮上した「チル」というタームとは無縁ではないのかもしれません。また、アメリカの公共ラジオ局NPRによる人気企画タイニー・デスク・コンサートがちんまりグルーヴに寄与した役割は見過ごせないでしょう。タイニー・デスク・コンサートはちんまりグルーヴに取り組む者たちに勇気を与えたはずです。ちなみにクルアンビンがこの企画に登場した際、普段と何一つ変わらぬ演奏だったことに感動しました。
先に挙げたミュージシャンたちが素晴らしいことは言うまでもありませんが、個人的にはクルアンビンこそちんまりグルーヴの名手だと思っています。ちんまりグルーヴの奥行き、また深度において一歩踏み込んだ表現をしているように感じます。気合の入り方が違うと言っていいかもしれない。「てめぇで勝手に括っておいてさらに序列をつけるだなんて、おまえさんいい度胸してんね?」という意見があるのは重々承知しております。どうもすみません。
私が今、仮に大学生で「クルアンビン最高~! コピバンやろうぜ!」と言って友人とスタジオに入り、実際に演奏してみたのなら、「このしょぼさは一体……」と違和感を覚えて気持ちが萎えてしまうことでしょう。いや、今でもそうした結果になるかもしれない。なんだか出汁の利いていない味噌汁のような演奏になってしまいそうです。ここでクルアンビンの演奏における出汁とは一体何なのかという疑問が湧いて来ます。
その疑問の答え、つまり出汁とは音と音の間の躍動感ではないかと考えています。隙間の躍動感と言ってもいいかもしれません。
日本には「ししおどし」というものがあります。元は田畑に近づく鳥獣を威嚇するために考案されたものらしいのですが、歴史的に見ても風流なものとして捉えるのが一般的かと思います。竹筒が石を打つ「コッ」という音には庭園の静寂をより際立たせる効果があります。ちんまりグルーヴのアプローチはその真逆で、静寂を活性化するため、静寂を賑やかにするために音を発していると言って過言ではない。いや、それはさすがに言い過ぎかもしれません。
我々は演奏する立場にあっても聴く立場にあっても同様に、休符というものを額面通りに「休み」だと考えてしまいがちです。「だるまさんがころんだ」に例えるなら、鬼に視線を向けられて静止している状態のように休符を捉えるきらいがあります。けれども、特定の音楽にとって休符はむしろ鬼が「だるまさんが」と唱えている間に様子を伺いながら前進している状態、なるべく前には進みたいが大きく動きすぎるといざというときに止まれないというジレンマに苛まれつつジリジリ進んでいる状況と考えたほうがしっくる場合があります。
「Midnight」においてドラムとベースが提示するグルーヴには、1、3拍目で深く沈み、2、4拍目のバックビートでパッと浮かんでくるというような感覚があります。これをリズムの浮き沈みと言っても良いかもしれません。
話のついでにもう少し例え話を続けたいと思います。「なんだかあの人、愛想が悪くてちょっと苦手……」と思っている人物とエレベーターで2人きりになったとします。気まずい空気が流れており、何か話しかけたほうが良いような気がするが、どんな話題を振ればいいのかわからない。無視されるのも怖い。為す術もなくただフロア表示を眺めていると突然「あの、○○さん」と相手が話しかけてきました。「○○さん、BTSがお好きなんですね。聞きました。私も大好きなんですよ」まさか苦手だと思っていた人が自分と共通の趣味を持っていたなんて! 話は大いに盛り上がり「この後お時間あります?」と言ってお茶をすることに。
この話でいうところの無言の気まずさが、ちんまりグルーヴの隙間における緊張状態のようなものと言えます。隙間は凪ではなく、心や体に圧がかかった状態だと考えてみてください。例え話ばかりで恐縮ですが、ホラー映画を観るときに、「どうせこのへんで驚かすんでしょ? はいはい、知ってた。ゴア表現がぬるいなぁ」といった調子で余裕こいて観るよりも「やめてやめてやめて…… 来る? 来る? え、え、え、うそ? うそでしょ? ちょっと! 待って待って…… ちょ…… ぎゃあああああ‼︎‼︎」といった具合に緊張で体を強張らせて大きくリアクションしたほうがより楽しめると思います。散々怖がらせたうえで実際に映し出される恐ろしいシーンというものは我々にある種の解放感をもたらします。ちんまりグルーヴを味わうときも同様に、プレーヤー、リスナーに関わらず、音と音の隙間に緊張を感じることで、放たれた音が体に衝突する度に解放感が得られるはずです。
このままでは輪をかけて「モヤモヤ」したまま終わりそうなので最後にもう少し具体的な話をしたいと思います。「Midnight」の平歌ないしヴァースの部分でベースのローラ・リーはフレーズの最後の音をミュートせずに伸ばしっぱなしにしています。やや締りがない感じです。
ドナルド・ジョンソン(DJ)のドラムはいつものようにタイトです。昨年、来日公演に行った際に、3人ともなんだかロボットっぽいなぁという印象を受けましたが、なかでもDJはもっともロボットのようでした。数年前、上等なドラム音源を購入してDAWで打ち込みをしてみたときに「俺が求めてたリズムってこれじゃん!」と驚いたことがあります。それまでプリセット音源のしょぼさに気を取られて気づきませんでしたが、クオンタイズした打ち込みのリズム自体はまさに自分が求めていたものだったのです。我々はグルーヴがあるっぽい演奏をしようとするとき、ついつい創意工夫を凝らして特別なことをしようとしがちですが、まず初めにやるべきことはシンプルにより正確なタイム感を鍛えることではないでしょうか。それはさておき、「Midnight」のハットは一聴すると8分刻みのようですが、よく聴くと8分裏もゴーストっぽく叩いていることがわかります。これにより拍単位で大きな浮き沈みのあるグルーヴに16分で上下に細かくシェイクする感覚が付与されます。
ギターのマーク・スピアーはアタックを目立たせないようにピッキングを繰り返して音の減衰を宙吊りにするような演奏をしています。例えばヴルフペックのコリー・ウォンのようなカッティングが「長ネギのみじん切り奏法」だとすると、スピアーのコード弾きは「リンゴの皮むき奏法」と言ったところでしょうか。これはギターのように音が減衰する楽器特有の奏法といえます(ピアノでも同様のことはできるのでしょうか?)。慎ましい音量で演奏されていますが、おそらくアンプやギターのボリュームを絞らず右手で音量をコントロールしているかと思われます。力んでしまうと大きい音が出てしまうので非常にスリリングな演奏方法なのですが、このように演奏すると独特の色気が醸し出されます。水面がゆらゆら揺れている感じもあります。
ローラ・リーはヴァースではリラックスしたベースを弾いていましたが、サビないしコーラス部分ではバックビートの手前で音をミュートします。ここに無音の緊張感が登場させることでグルーヴに躍動感が生まれます。第一回でも既に述べましたが、ローラ・リーはこのように細かいところで曲にメリハリをつけているのです。さらに、こうしたグルーヴコントロールに作為を感じさせない点が名人の名人たる所以と言えましょう。
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鳥居真道

1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE
◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター」
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖」
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
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