9月18日(金)より全国公開されるクリストファー・ノーラン監督の最新作『TENET テネット』。全米で2週連続週末興行収入No.1を獲得、世界興行収入2億ドルを達成する一方で、「ノーラン史上もっとも難解」という声も聞かれる本作の見どころに迫る。
評者は米ローリングストーン誌の名物映画評論家、ピーター・トラヴァース。

観客を映画館に連れ戻す超大作

映画の魔術師クリストファー・ノーラン監督による新作映画『TENET テネット』は、途方に暮れて行きつ戻りつしていると言われても仕方がない。実のところ、その通りなのだ――監督/脚本家のノーランは、ついて来いと言わんばかりに我々を挑発してくる。「アフリカ系アメリカン版ジェームズ・ボンド」よろしく、オーダーメイドのスーツでびしっと決めたジョン・デイビッド・ワシントン演じるスパイは、まるでノーラン監督の2010年の映画『インセプション』の登場人物に紛れ込んだかのようだ。ノーラン監督は2001年の出世作『メメント』以降ずっと、時間に対する概念を覆してきた――2017年の戦争映画『ダンケルク』でさえ、おなじみの史実を巻き戻しと早送りを織り交ぜた視点で描き、観客に見せつけた。最新作は三大陸7カ国をまたにかけて繰り広げるSFスリラー。ノーラン監督の時間への執着が最高潮に達した作品だ。

●【画像を見る】世界中が熱狂、『TENET テネット』の目もくらむような映像世界

『TENET テネット』――そう、英語タイトルは回文になっている――は、COVID-19が蔓延する2020年、アメリカではIMAXも含め初めて劇場公開される超大作映画だ(製作費は2億ドル。海外で先行公開されたあと9月3日より全米公開された)。映画ファンの足をシネコンへ再び向かわせる作品があるとすれば――もちろんマスク着用、ソーシャルディスタンス厳守――まさにこの映画だ。ノーラン監督が最初に仕掛ける衝撃映像は、キエフの歌劇場を舞台に展開する。超満員の観客(懐かしい)が開演を待つ中、このご時世にふさわしい不気味な保護服を着たスパイ軍団が会場の換気口からガスを噴霧し、目的のものを奪って逃走する。
手に汗握る緊迫の場面は、ホイテ・ヴァン・ホイテマの躍動的かつ圧倒的なカメラワークでよりいっそうスリリングだ。彼にとって、この手の見せ場はお手の物。往年のボンド・ムービーらしさを復活させた2015年の『007 スペクター』で実証済みだ。

襲撃団に紛れ込んだワシントン演じるCIA潜入捜査官がマスクを外すと、悪い予感がすべて的中する。「我々が住む世界は終わりに近づいている」と言い放った後、彼は線路に括りつけられ、運命の時を待つ。だが持ち前の機転とスパイならではの技で逃亡。ハラハラどきどきの2時間半、名前が明かされることのないこの模範的人物は一体何者なのか? 「俺は主人公だ」というセリフに、観客はただ唖然とするか、大爆笑するかのどちらかだろう。これぞまさにノーラン節。英国人の父とアメリカ人の母を持つロンドン生まれの映画監督が、あまりにも冷淡で哲学的だという人は、注意が足りない。わかりやすいのが好みならマイケル・ベイ監督作品を見ればいい。

目もくらむような見せ場のオンパレード

ノーランの遊び心は『TENET テネット』にたっぷりユーモアを盛り込み、ストーリーの難解さをカバーしている――そうした難解な部分のひとつが物理現象だ。科学の知識をおさらいしておかないと、理論上の反転現象を理解できないだろう。
ここでは物体や人間がエントロピーを逆行させて、周りが前へ進むのをよそに、自分は後ろ向きに進むことができるのだ。ビルとテッドが公衆電話ボックスに乗り込み、モーツァルトやジミ・ヘンドリックスとつるんだのとはわけが違う。未来が現在に放つ警告だ。ワシントン演じる007にとってQのような存在のクレメンス・ポエジー演じる科学者は、頭で理解することは過大評価されていると説く。「心で感じなさい」と彼女は促す。言うは易し。「裏で操る男を信じろ」とアドバイスするほうがよっぽどいい。なにせ監督は作品の中に「来たる戦争の残骸」やらなにやらをたっぷり詰め込んで、後から何度も見直して初めて謎が解けるのだから。

社会現象級の大ヒット、ノーラン監督の超大作『TENET テネット』に世界が熱狂する理由

ジョン・デヴィッド・ワシントンとロバート・パティンソン)

(ほぼ)ネタばれなしであらすじを説明するとこうだ。映画のタイトル「TENET」とは、アルマゲドンよりも「最悪な何か」から世界を救うために結成された闇の組織のこと。主人公はニール(茶目っ気たっぷりのロバート・パティンソン)と組んで、ロシアの新興貴族アンドレイ・セイター(劇中フルネームで登場する珍しい人物)を捕えようとする。底なしの権力欲を持つトランプとプーチンを足して2で割ったような人物を、ケネス・ブラナーは面白おかしく大仰に演じている。
我らがヒーローは神を気取るこの男を見つけ出し、行く手を阻もうとしてトラブルに見舞われるが、ここで人気急上昇中のワシントン(『ブラック・クランズマン』『ballers / ボーラーズ』)の魅力が存分に発揮される(スーツに注目!)。元アメフトのランニングバックだった彼は、アクションスタントや接近戦で天性の見事な運動能力を披露し、登場人物と観客を心の絆で結ぶ。主人公が目的に向かって奔走する中、映画自体は目もくらむような見せ場のオンパレードと化していく。

だが、その見せ場たるや! 映画の序盤、主人公が回廊で殴り合うシーン(『インセプション』を彷彿とさせる)は、時間が前後に同時進行するなかで、力と力が激しくぶつかり合う。彼とニールは厳重に警護された謎の女性プリア(インドの至宝ディンプル・カパディア)からセイターの情報を得るべくムンバイを訪れるのだが、それだけで終わらない。2人は彼女が身を隠している高層建築の壁を、逆バンジーで登っていくのだ。スタントコーディネーターのジョージ・コトルと、可能な限りブルースクリーンやCGIを使わずに鬼気迫る現実を創意に富んだ想像力の饗宴へ変えようというノーラン監督のこだわりは実にお見事。アマルフィ海岸での双胴船レースから、クライマックスでの高速道路でのカーチェイス、格納庫に激突する(そして激突から復活する)ボーイング747に至るまで、『TENET テネット』の映像はどこをとっても見ごたえ十分だ。

映画館で鑑賞するべき圧倒的体験

登場人物に関していえば、物語は主人公とキャット(エリザベス・デビッキ)の関係を中心に展開する。暴力的で支配欲の強い夫セイターとの情欲の炎が、夫の病んだ心の中にしか存在しないことに彼女は気づかない。幼い息子を理由に妻を支配するセイターは、息子の親権を自分に渡せば生き地獄から解放してやると妻に提案する。この申し出を一瞬考慮してしまうところに、この人物の深みと人間らしさが現れている。
『ロスト・マネー 偽りの報酬』やTVシリーズ『ナイト・マネジャー』でも印象的だった上品な白鳥のごときデビッキは、ヒッチコック映画のブロンド女優のような容姿で役を演じるのを潔しとしない。何かにとりつかれたような彼女の瞳は、優位に立つために必要だった努力をそこはかとなく物語っている。それは光り輝く鎧に身を包んだスパイにとっても同じこと。タイトルにもなっている秘密組織の過去と未来の兵士たちにとっても。

社会現象級の大ヒット、ノーラン監督の超大作『TENET テネット』に世界が熱狂する理由


社会現象級の大ヒット、ノーラン監督の超大作『TENET テネット』に世界が熱狂する理由

© 2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved

簡単に徳が積めるのなら、説得力も現実味もなかろう。それがまさに作品全編を通して――ノーラン監督のほとんどの作品で――語られるテーマだ。時間の力、記憶、そして倫理観ゆえに登場人物は悪に身を染める(仮面をつけずとも正義の味方で居続けようと苦悩するバットマンの姿を描いた『ダークナイト』三部作のブルース・ウェインしかり)。監督はこれまで安易にニヒリズムに走りがちだと批判されてきた。この作品に登場する人物も、経歴が語られることもなければ、人物像が深く掘り下げられることもない。だが、自分の内なる善とつながりたいという葛藤は、切々と我々の胸に語りかける。ルドウィグ・ゴランソンの電気的なサントラの響きに合わせ、『TENET テネット』は純粋かつ魅惑的な映画の波で観客を飲み込む。その中心にあるのは、アンバランスな世界を救うことはできるのか?という問いだ。


ノーラン監督は、映画は劇場で鑑賞するものだという概念を救うことを自らに課した。観客が巨大スクリーンの前に一堂に会し、心と気持ちを通い合わせるという体験を。彼の前に立ちはだかるのは恐ろしい伝染病。あとはあなたの出番だ。

From Rolling Stone US.

社会現象級の大ヒット、ノーラン監督の超大作『TENET テネット』に世界が熱狂する理由

『TENET テネット』
9月18日(金)全国ロードショー
© 2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン 
製作:エマ・トーマス 製作総指揮:トーマス・ヘイスリップ
出演:ジョン・デイビッド・ワシントン、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ、ディンプル・カパディア、アーロン・テイラー=ジョンソン、クレマンス・ポエジー、マイケル・ケイン、ケネス・ブラナー
配給:ワーナー・ブラザース映画
オフィシャルサイト:http://tenet-movie.jp
オフィシャルTwitter:https://twitter.com/TENETJP #TENETテネット
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