2020年、初の試みとして未公開を含む未発売ライブ映像3本を有料配信するプロジェクト『3 BODYS NIGHT』をスタートさせ、大きな話題を集めた矢沢永吉。10月21日にはオールタイム・バラードベストアルバム『STANDARD ~THE BALLAD BEST~』をリリース。
CD3枚組で全39曲トータル173分という大ボリュームによる今作は、バラードの素晴らしさに定評のある矢沢永吉のイメージからは意外に思えるが、初めてのバラードベストである。

『STANDARD ~THE BALLAD BEST~』に収録された楽曲について、音楽家・矢沢永吉がRolling Stone Japanに語ってくれた。

ー今回のベストアルバムの収録曲ですが、リリースした年代を見ると、70年代から9曲、80年代から7曲、90年代から14曲、00年代から7曲、10年代から2曲で全39曲という内訳でした。そこで年代ごとに楽曲をピックアップしてお伺いします。まず70年代から、大ヒット曲であり矢沢さんのバラードの代表曲の一つである「時間よ止まれ」について。今回の収録されているテイクを聴くとベースライン、パーカッションなどの楽器の粒立ちがハッキリしていてすごく躍動感がありますね。

矢沢:じつは「時間よ止まれ」のマルチテープはもう存在していなくて、2ミックスしか残ってなかったんです。そうなると触りようがないと思うじゃないですか? でもあの当時はヴォーカルが大きすぎてドンシャリだったところを、どうにかできないかと思って、マスタリングの工程で、ヴォーカルの周波数をそこだけカットしてグッと抑えて、他の楽器類をもうちょっと上げてという操作をしたんです。それだけで、全然音が違うんです。音、違ったでしょ?

ーはい、明らかに違いがわかってすごく良いです。

矢沢:あれは、マスタリングでEQを触っただけなんだよね。だけど、そのままで『STANDARD ~THE BALLAD BEST~』としてリリースするのが耐えられなかったから。
さっきから言っている、「押し付けじゃなくてストンッと入ってくるヴォーカル」。(パチンっと指を鳴らして)そこですよ(笑)。

ーははははは(笑)。まさにそういう聴き心地があります。「時間よ止まれ」はすごく洒落た曲ですよね。抑え気味の歌い方や、メロディの高低差があまりなく展開も少ないところが他のどの曲にもない個性になっていると思います。矢沢さんご自身にとってはどんな曲ですか。

矢沢:まずこの曲はギターが弾ける人、コードがわかる人が分析したらわかると思いますけど、コード進行が素晴らしい。作った僕が言うのもおこがましいんですけども。今となっては当たり前かもしれないけど、あの当時このコード進行を使ったときに、ギター弾きでコードをわかる人は、「Oh my God! すげえカッコいいコード進行だねこれ!」と思ったはずですよ。僕も我ながらaug(オーギュメント)とかSUS4とか、よくこのジャジーなコード進行をバンバン取り入れられたなと思う。それぐらい、コード進行がすごい曲ですよ。


10年かけて熟成された「棕櫚の影に」の旋律

ー80年代からは、「棕櫚の影に」についてお伺いします。この曲はファンにも人気の高い名曲だと思いますし、ライブでも度々取り上げられていてライブテイクもいくつか発表されているなど、矢沢さんご自身の思い入れも感じます。こういうミディアムの16ビートノリでダンサブルなバラードは矢沢さんの十八番中の十八番ではないかと思うのですが、この曲への思いをぜひ聞かせてください。

矢沢:これはね、本当に良いメロディですよ。最近はあまりそういうことはないけど、僕が若い頃、もう寝ても覚めてもメロディがどんどん湧いていたんです。目の前にお酒を置いて、飲みながらギターを持っていたら、1時間のうちに7、8曲書くぐらい当時はメロディが湧きまくっていた頃で。入口から出口まで完成する曲はそんなにはないんですけど、4小節・8小節単位でも、「このメロディ、カッコイイ」というメロディがたくさん沸いてきましたから、それをその都度カセットテープに入れるということをやってたんです。僕専用のカセットレコーダーにいつもテープを入れていて、メロディが浮かんだらすぐにRECボタンを押して、4小節ぐらいのもの、8小節ぐらいのものをストックしてました。そういう「矢沢の宝物」みたいなカセットテープが家にいくつもあります。それから8年か10年か、長い月日が経ったあるとき、「あ~、こういうテープあったよな、どれどれ?」って聴き直したことがあって。そのときに聴いたのが「棕櫚の影に」。

ーその時点では、まだ曲の一部しかなかったわけですよね。


矢沢:そうです。もちろん、「棕櫚の影に」というタイトルもないですよ? 「タ~ララ~タララララ~」(「棕櫚の影に」の冒頭のメロディを歌いながら)っていう、4小節ぐらい聴いてみたら、それだけで「めちゃくちゃ良いじゃん!」って思ったんです。僕ね、自分が書いた曲なのに、「これ、俺が書いたの?」ってぶったまげた。カセットテープの日付を見たら、10年ぐらい前のカセットテープだったんだけど、「このフレーズ良いなあ」っていうことで、そこから最後まで一気に作ったのが、後の「棕櫚の影に」になったわけです。

ー10年の時を経て完成したってすごいですね! そんな逸話がこの曲にあったとは驚きです。

矢沢:だから、曲って最初の4小節でも、「これカッコイイな、引っかけられたな」っていうメロディは絶対捨てちゃダメ。録って残しておくんです。録っておけばそのときは完成できなくても、それから2年後でも5年後でも、そこから先を作ればいいんだから。まさにこの「棕櫚の影に」は10年ぐらい前のカセットテープを聴いてそこから先、続きを作った曲ですから。

変革の80年代、打ち込みとの出会い

ー「棕櫚の影に」は1984年に発表されたアルバム『E』(イーダッシュ)に収録されました。80年代のアルバムは打ち込みやシンセを導入する等、矢沢さんにとって新たなサウンドアプローチを行った変革期だったかと思います。

矢沢:その頃は、僕がアメリカに行き始めてしばらく経ってアンドリュー・ゴールドと出会った時期でした。
その頃にはもう、「棕櫚の影に」があったんです。当時、世の中的にはコンピューター、打ち込みの始まりですよね。アンドリューはものすごくアイデアマンで、プロデューサーとしても優秀だったんだけど、「矢沢、ぜひおまえと手を握ろうじゃないか」って、一緒にアルバムを作ることになって。それが『E』ですよ。それで、アンドリューが家に来てくれって言うから約束して行ったんだけど、僕はそのとき、ドラムもベースもどうやって録るつもりなのか皆目見当がつかなかった。というのも、それまでの僕のやり方は、スタジオに行ってミュージシャンが集まって、ドラム、ベース、ギターで「せーの、ワンツースリー!」で同時に録って作るのが普通だったから。でもアンドリューの家に行ったら、「OK矢沢、どの曲からやるかテープを聴かせてくれ」って言われて。今でいう、プリプロダクションですよね。家に行ってみたらアンドリューと機械の山しかなくて、ミュージシャンがいないんですよ。だから、僕の音楽に打ち込みの世界を導入させてくれたのは、アンドリュー・ゴールドなんですよ。それで誕生したのが、「棕櫚の影に」であり『E』なんです。

ー実際に、「棕櫚の影に」はアンドリュー・ゴールドとどんなやり取りをして完成したのでしょうか。


矢沢:アンドリューが、「もらったテープを聴いていたんだけど、俺にちょっとアイデアがある」って言ってきて。それで出てきたのが、16ビートの打ち込み。「DayDream~ラララララ~」(冒頭を歌いながら)。「棕櫚の影に」があの16ビートで誕生した瞬間、ファッキン・グレイトなあのメロディ、アンドリューのアイデア……僕は幸せだったなあ。幸せだったし、「うわあ、こんなすごい曲が生まれてきている」っていうね。メロディは僕が書いてますけど、やっぱりアンドリューなくして「棕櫚の影に」は生まれてないですよ。だから僕は、その時代その時代ですごいやつと出会ってるんですよね。アンドリュー・ゴールド、ジョン・マクフィー、ジョージ・マクファーレン、世界で3本の指に入るエンジニアのクリス・ロード・アレジ……そういう世界のすごいやつらと出会うことで、僕を未知の世界に連れて行ってくれた。もうアンドリューは亡くなってしまいましたけどね(2011年逝去)。今「棕櫚の影に」にまつわるエピソードを自分で喋っていても、タイムマシンのように、あの頃の30歳ぐらいの矢沢に戻れますね。だから、音楽って素晴らしいんだと思う。

ーアメリカでもイギリスでも、レコーディングごとにそういうすごいアーティストとの出会いから刺激を受けて、作品が生まれていったわけですね。


矢沢:世の中なんて、どれだけすごいやつらと出会えるかどうかだと思う。僕は昔、ある雑誌のインタビューで、「俺はミーハーだ」って言ったことがあるんですよ。ミーハーって普通は見下した意味だけど、僕はそうじゃなくて、やっぱりすごいやつらと会ったときに、「ワオッ! 俺こいつのこと大好きだよ」って思えるようなミーハーさ。それってすごく大事なんじゃないかな? ミーハーな感覚がないやつに発展はないと思う。世の中の矢沢永吉のイメージで言えば、「永ちゃんが自ら”俺はミーハーだ”なんて言うわけないよね」ってみなさん捉えてるかもしれないけど、僕は敢えて言いますよ。僕は”ものすごく感覚の長けたミーハー”ですよ。

秋元康から言われたこととは?
 
ー14曲と、このアルバムにもっとも多くの曲が選ばれている90年代は、CM、ドラマ出演などもあり、より一般層に矢沢さんの音楽が届けられた時代だと思います。今回再録音されている「いつの日か」(作詞・秋元康)は初主演ドラマ『アリよさらば』のエンディング曲でした。

矢沢:これはまず、ドラマ『アリよさらば』に出ないかって、TBSから話が来たんです。そこに秋元さんも関わっていて(企画・原案として参加)。それをきっかけに、秋元さんとは1回だけ食事したことがあるんです。そのとき、秋元さんはおニャン子クラブなんかを手掛けてガンガンやってた頃で。後にAKB48から何から、そういうグループを手掛けたら秋元康が一番、というのがあるじゃないですか? でも、僕のやっている音楽や生き方とは相容れないものがありますよね。だからこそ、秋元さんは秋元さんで、自分の想像外のところにいる矢沢永吉には興味があったんじゃないかな。僕は僕で、自分とは相容れないと思いつつも、この人はテレビ局とバッチリ手を握って、頭の良い人だなって思ってたんです。そういう意味では、相容れないものはあるけれども、お互いに「こいつは自分にはないすごいものを持っている」というものがあったんじゃないかなと思う。

それで、食事をしたときに秋元さんが、「矢沢さん、本音を言いますね」って言うんですよ。今考えても、確かに秋元さんは本音を言ったんだろうなって思うんだけど、「ちょっと生意気に聞こえるかもしれないですけど、僕はどういうものをどういう風に作れば当たるのかということがわかるんです」って言ったんです。僕はそれを聞いて、確かに実績としてあるわけですから、そうなんだろうなって思った。そして、「そんな僕が矢沢さんにはずっと興味を持っていました」って言うんです。なぜ興味を持ったのかというと、例えば自分のスーパーマーケットがあるとすると、どういうディスプレイをしてどういう宣伝をすれば、このスーパーが当たるかはわかってるし、必ず当たりますと。それで3軒隣を見たら、「矢沢スーパー」があったと。もちろん例えばの話ですよ? そのスーパーのディスプレイとか宣伝の仕方を見ていると、自分にはよくわからない出で立ちなんだけど、そこにいつもたくさんの人が並んでいると。「なんであの矢沢スーパーには必ず人が並んでるんだろう?」って、ずっと気になっていたっていうのが、1回だけ食事したときに秋元さんが僕に言った言葉です。それは褒めているのかな?と思ったから僕は「ああ、そうですか」ぐらいに言っておいたけど(笑)。

ーははははは(笑)。

矢沢:僕からしてみたら、秋元さんのやっていることには興味なかったけど、じゃあ実績はどうだって言われたら、「秋元康、さすがだな」とは思ってますよ。

バラードの「引き」の美学

ー2000年代の曲から収録されている「真昼」は東京スカパラダイスオーケストラの谷中敦さんが書いた歌詞とギターの山本恭司さん、Toshi Yanagiさんのエモーショナルなプレイが矢沢さんのダンディズムを引き出していると思います。この曲のどんなところが気に入ってますか?

矢沢:この曲は、”大人”ですよね。それで、セクシーでしょ? リズムの刻みも、大人でセクシー。大好きな曲ですよ。それと、こういう曲を歌う歌手が日本にいないとダメですよ。

ー続いて2010年代からの「HEY YOU・・・」は、とてもノスタルジックな曲で、プライベートな矢沢さんの内面を窺い知れるような楽曲にも思えます。この曲はどんな気持ちで歌っているのでしょうか。

矢沢:(実際に歌いながら)”あなたがいれば 何にも いらないと言った おまえさ HEY YOU・・・”って、僕はあそこが大好きなんです。”あなたがいれば他に何もいらないって、おまえはいつも言ってたね”って、これは男のロマンかもしれないけど、男はそういう女性が好きなんですよ。「あなたがいれば他に何もいらない」って言ってくれるような女性でいてほしいっていう、男のわがままですよね。「よく言うよ、結婚して子どもができたらそれどころじゃないよ、もっと稼ぎなさい!」って女性は言うかもしれないけど(笑)。女性からすると、男はいつまで経ってもガキなんじゃないかな? それで、僕は言いたい。僕にとっての「HEY YOU・・・」は、”永遠のロマンス”です。

ーありがとうございます! ちなみに、今回、ライブテイクも何曲か収録されていますが、ライブにおけるバラードの存在についてはどうお考えですか。

矢沢:やっぱり、ライブでバラードの占める位置というのは大きいですよ。谷間というか、ワンクッションというか、ちょっと一服という意味では、大きな役割をしていますよね。ちょっと一服って大事じゃないですか。「俺は! 俺は! Look at Me!」って激しく主張するような中で、「あのさ、俺はおまえの目を見ているだけでいい」っていうものがワンクッション入るというのは、位置づけとしてカッコイイと思う。だから、バラードってすごく大事なんですよ。攻めて攻めて、「どうだ! 今年の俺はこれだよ!」っていうのを3曲ぐらい見せたら、ポツリと、ひょっとしたら何も言わなくてもいい、そこにポツンと座っているだけでもいいっていう存在がバラードかな。その存在があって、次にバーンッとスキップする矢沢がいたら、ステージを見ていても飽きないでしょ? そういう意味では、”出と引き”です。出るパワーが強いのは、引くパワーが強いからですよ。だから、引くというのは大事なんだよね。僕はいつも、生き方にしてもステージにしてもそれを考えていました。

【画像】ステージ上で歌う矢沢永吉(70年代、80年代、90年代、00年代、10年代の秘蔵写真)

●インタビューの完全版は現在発売中の『Rolling Stone Japan vol .12』でチェック

<INFORMATION>

矢沢永吉が語るバラードの魅力 90年代、秋元康から打ち明けられた「本音」とは?


矢沢永吉
『STANDARD ~THE BALLAD BEST~』

発売日:2020年10月21日(水)
通常盤:3CD/3630円(税込)
初回限定盤A(Blu-ray):3CD+Blu-ray/5830円(税込)
初回限定盤B(Blu-ray):3CD+Blu-ray/5830円(税込)
初回限定盤A(DVD):3CD+DVD/5280円(税込)
初回限定盤B(DVD):3CD+DVD/5280円(税込)

=収録楽曲(初回限定盤A/B/通常盤・共通)=
DISC 1
1. 面影
2. #9おまえに
3. フォーチュン・テイラー
4. 真昼
5. 燃えるサンセット
6. ミスティ misty
7. ひき潮
8. THE STRANGE WORLD
9. この海に
10. 黄昏に捨てて
11. 愛はナイフ
12. 今・揺れる・おまえ
13. YES MY LOVE

DISC 2
1. 未来をかさねて
2. HEY YOU・・・
3. 風の中のおまえ
4. Moon Light Song
5. 安物の時計
6. Morning Rain
7. バーチャル・リアリティー・ドール
8. 早冬の気配
9. Tonight I Remember
10. チャイナタウン
11. A DAY
12. メイク
13. キャロル

DISC 3
1. 親友
2. 「あ.な.た...。」
3. Sweet Winter
4. 棕櫚の影に
5. アイ・ラヴ・ユー, OK
6. 時間よ止まれ
7. いつの日か
8. Dry Martini
9. 東京
10. パセオラの風が
11. 夕立ち
12. エイシャン・シー
13. ホテル・マムーニア

※初回限定盤A(Blu-ray/DVD共通)収録楽曲
1. 東京(2014年「Dreamer」)
2. 風の中のおまえ(2017年「TRAVELING BUS」TOUR)
3. 時間よ止まれ(2014年「Zs START ON」TOUR)
4. YES MY LOVE(2019年「ROCK MUST GO ON」TOUR)
5. アイ・ラヴ・ユー, OK(1999年「LOTTA GOOD TIME」TOUR)
6. A DAY(2010年「TWIST」TOUR)

※初回限定盤B(Blu-ray/DVD共通)収録楽曲 
1. 風の中のおまえ
2. YES MY LOVE                            
3. 面影(from ONLY ONE~touch up~SPECIAL LIVE in DIAMOND MOON)

STANDARD~THE BALLAD BEST~特設サイト
https://www.eikichiyazawa.com/feature/standard

矢沢永吉オフィシャル・ショップ
https://diamondmoon.jp/
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