T字路sが11月4日に、ニューアルバム『BRAND NEW CARAVAN』をリリースした。

ヴォーカルとギターの伊東妙子。
ベースの篠田智仁。ふたりがT字路sを結成したのは2010年5月なので、今年は10周年。T字路sといえばなんといってもライブに定評があり、フジロックを始めとするさまざまなフェスやイベントで初めて観た者たちを驚かせてきたわけだが、この4~5年はアルバムもコンスタントに発表。『BRAND NEW CARAVAN』は前作『PIT VIPER BLUES』から1年10ヶ月ぶり、オリジナルでは3枚目のフルアルバムであり、新レーベル『Mix Nuts Records』を立ち上げての第1弾作品となる。

今作は従来のスタジオ一発録りではなく、ふたりが約3カ月半の間、試行錯誤を重ねながらとことん楽曲に向き合って完成させたもの。ライブとは切り離してアレンジをつけていった初めての作品だ。が、音とメロディの生命力は少しも失われることなく、多彩な楽曲がそれぞれに相応しいアレンジや音像で、生き生きと輝かしい個性を放っている。

いままでと違うその制作の仕方は、そしてコロナ禍は、T字路sの作品にどう影響したのか。原点を見つめながら、いままた真新しい旅を始めたふたりに話を聞いた。

―僕が過去にしたT字路sのインタビュー場所はいずれもファミレスでしたが、今回はこのようにユニバーサルさんの夜景の見える広いお部屋ということで。

伊東:勝ち組の景色ですよね(笑)。

―ははは。
新作がユニバーサルミュージック(Caroline International)から出ると聞いて、最初は「え? T字路sがまさかのメジャーデビュー?」って思ったんですけど、そういうことではないんですよね。

伊東:全然全然。

スタッフ:スペースシャワーを3月に離れて、Mix Nuts Recordsというレーベルを新たに立ち上げたんですよ。スタッフもふたりぐらいのミニマルな形になって。ユニバーサルさんにはディストリビーションで協力してもらってるんです。

篠田:だから、むしろド・インディペンデント。10年前くらいの感じに戻ったというか。

伊東:裸一貫みたいな気持ちで、清々しいです。

―よかった、っていうのもアレですけど、やっぱりインディーズ魂あってのT字路sですからね。メジャーを目指してやってるわけではないですもんね。

篠田:そういう意識はないですね。それよりも誰と組むかのほうが大事というか。
いまはやっと自分らのチームが固まってきたので、いい感じですよ。心はもろにインディーズ。インディーズというか、野良犬というか(笑)。

―というわけで、3枚目のオリジナル・フルアルバムが完成しました。意外とペース、早いですよね。

伊東:前作(『PIT VIPER BLUES』)が2019年の1月だったから、2年経ってないですね。

―初のオリジナル・フルアルバム『T字路s』を出したのが2017年3月で、そこからポンポンポンとかなりいいペースで作っているという印象です。

篠田:1年制作したら、次の年はツアーをたくさんやって、また次の年は制作するっていう流れで。そのサイクルが自分たちに合ってるかなって思ってます。

伊東:ツアーしながら曲を作り貯めるってことができないんですよ。なので。

篠田:まあ、もっとゆっくりしていいって言われたら、いくらでもゆっくりやるんですけどね(笑)。
でも今回は10周年ってこともあって、今年中に出したいねって。

―なるほど。じゃあ、コロナでライブができなくなったから制作が早まったというわけでもなく。

伊東:なく。わりとスケジュール通りです。

―T字路sと言えばまずライブだし、おふたりともライブが大好きなので、コロナでやれなくなったのは精神的にだいぶ辛かったんじゃないかと想像していたんですが。

伊東:そうですね。自分が何者なのかわからない気持ちになることもありました。制作に向かうことで気持ちが切り替えられたんですけど。

篠田:前半はその気持ちを引きずったまま制作していたところもあったんですけど、だんだんと吹っ切れて。結局どういう状況になろうとも、それに合わせてやっていくしかないから。オレらはいつでもどこでもできるというのが強みだし。
だから配信だろうがなんだろうが、「かましてくぜ!」っていう。むしろ初心に戻れた感じですね。

―最後にやった有観客のライブって、いつでしたっけ?

伊東:8月に1本、キャンプフェス(「CAMPus」@富士見高原リゾート)に出たんですよ。それは急遽決まったもので。あとは1月に「忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー」に出させてもらって。でもしっかりワンマンをやったのは、去年11月のキネマ倶楽部が最後でしたね。

―ナニワ・サリバン・ショーでは、斉藤和義さん始め、いろんなアーティストがT字路sを絶賛してましたね。

伊東:あれはいまでも夢だったんじゃないかと思うぐらいの時間でした。だってすぐそばに、のんちゃんとかクドカンさんとかいるんですよ。

篠田:なんでオレたち、ここにいるんだろ?ってなったよね。迷い込んだ野良猫みたいな感じで。

伊東:でも、そんな野良猫みたいな私たちに、みんな優しくしてくれて。
「どっからきたの~?」みたいな(笑)。

「忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー Oh!RADIO ~五十年ゴム消し~」
伊東妙子 (T字路s Official Website)https://t.co/CRqoLm4lBH#ナニワサリバンショー #ナニサリ pic.twitter.com/wdVWzkumZF— T字路s (@Tjiros) January 19, 2020
―あのイベントで初めてT字路sを観たというお客さんも多かったと思うけど、しっかり爪痕を残せたみたいじゃないですか。

伊東:そうですね。6千人の前でしたけど、やり切れたかなとは思います。

篠田:反骨心が強いので、オレたちを知らないひとたちが多い場所だと、かえって燃えるというか。あのときも「絶対に爪痕残そうぜ!」って覚悟決めてやりましたからね。

いつもより深く集中できたレコーディング

―新作はいつ頃から録り始めたんですか?

伊東:本格的に録り始めたのが今年の3月かな。そこから7月いっぱいまで作ってました。

篠田:制作期間と言えども、いつもならどうしても何本かライブが入ったりするものですけど、今回はコロナで全部なくなったので、本当にどっぷり制作に入れた。もともと始まったらすげぇ閉じこもるほうなんですが、今回は気兼ねなく閉じこもれて、深く入れた感じでしたね。

―曲はその前からできていたんですか?

伊東:制作に入る前にできていたのは2曲だけで、あとはメロだけできて歌詞がついてない状態。

―去年のキネマ倶楽部で、新曲を2曲披露してましたよね。


伊東:そうそう。「JAGAIMO」と「とけない魔法」の2曲はあの時点であったんですけど。

―いつもなら、先にライブで曲を慣らしてから録っていたわけじゃないですか。でも今回はそうじゃなかったでしょ。いつもより深く集中できる時間があったとはいえ、これだけの新曲を短時間で用意するのはなかなか大変だったんじゃないかと。

伊東:頑張ったでしょ?(笑)。1st(『T字路s』)は結成当初のEPからの再録がけっこうあって、前作(『PIT VIPER BLUES』)は「泪橋」の再録というトピックがあったりしたけど、今回は全部新曲だから、自分でも頑張ったなぁと思って。

篠田:最後のほうは、出た一滴を大事にして、ふり絞る感じだったよね。

―もとも妙子さんはスラスラ曲を書くほうじゃなく、1曲1曲ふり絞るように書くタイプじゃないですか。だから今回も重圧を感じながら自分を追い込んで書いていたのか、それともわりと曲作りの要領がわかってきたようなところもあったのか。そのへん、どうでした?

伊東:要領がわかったなんて言えないけど、曲作りはけっこう楽しくできたんですよ。というのも、私も「妙子スタジオ」を作ったから(笑)。篠ちゃんはずっと前から自宅スタジオがあって、今回また必要な機材とかマイクとかいろいろ揃えてたけど、私は私で篠ちゃんに渡せるデモを作るための小さなスタジオ……っていうか、スペースを部屋に作って。自分で机作ったりとかして、パソコンとオーディオインターフェイスとマイクとキーボードを揃えて、篠ちゃんにデータで送信するためのシステムを作ったんです。それがもう、嬉しくて。テンションあがっちゃってね。そのモチベーションで、2週間で11曲くらい作っちゃったんですよ。

―それはすごい! 11曲ってことは、ほとんどじゃないですか?!

伊東:あ、でもそのうちの半分以上はボツになって、そこからまた作り足したりして。あとは歌詞とメロが同時に出てきて30分でできちゃった曲……サーティーミニッツ・ソングも2曲ありました。

―それはどれですか? 「涙のナポリタン」かな。

伊東:そうです! もう1曲は「宇宙遊泳」。

―あ、そっちはちょっと意外。

伊東:これは出先からウチに帰る20分の間にサビ終わりまでできて、帰って玄関開けて、そのままギターのとこ行ってワーって歌って入れて。そんなこんなでノリノリで作った曲もあるし、チャリンコ乗ってて自然にでてきた曲もあるし、いままでより楽しくできたんです。

―チャリンコに乗るとメロディが浮かぶというのは相変わらずなんですね(笑)。

篠田:マストだよね。

伊東:うん。そのために乗るわけじゃないですけど、日々、生活の足としてチャリに乗って爆走してるんで。全力漕ぎで何キロも移動してるもんですから(笑)。

―全力漕ぎで爆走しているからといって、アップテンポの曲がでてくるわけではないんですね。

伊東:そうなんです(笑)。

10年目にして初めてのラブソング

―歌詞はどうでした?

伊東:歌詞はやっぱりちょっと苦しみましたね。

―バンドを始めた頃は日々思ってることを吐き出したりとか、わりと勢いで書けるところもあると思うけど、だんだん言うこともなくなってくるわけじゃないですか。

伊東:ほんとにそうなんですよ。

―そこでどうするかって話ですけど。

伊東:うん。でも、それに関しても今までよりは楽しめたというか、今回は曲ごとに物語が作れたなという気がしていて。前はわりと同じテーマのなかで苦しんでいた気がするんですよね。それと、今回初めてラブソングに踏み出したというのも自分にとっては大きくて。今まで避けてきたけど、やっぱり恋こそが人生のパッションであるとか思ったりして。

―いままではどうしてラブソングを避けてたんですか?

伊東:恥ずかしいから。

篠田:それはでも、恋愛ソングみたいなものでしょ? 人間愛とかそういう大きな意味でのラブソングはあったよね。

伊東:もちろんそれはあったんですけど、恋愛の歌詞というのは避けていたんです。けど、今回は乗り越えてみようと思って。そもそも聴いてきた曲の8割方がラブソングじゃないですか。ブルースにせよジャズにせよシャンソンにせよ演歌にせよ。だからこんなにまで避けて通ることもないんじゃないかと。

篠田:10年目にして(笑)。

伊東:ようやく。

―具体的に言うと、どれですか? 「とけない魔法」とか「クレイジーワルツ」とか?

伊東:「とけない魔法」は、ラブソングに思われるんですけど、私のなかでは想定してなかったです。「クレイジーワルツ」ですね。

篠田:「涙のナポリタン」もじゃない?

―でもこれは、結局「もう二度と会えない」という歌ですもんね。

伊東:そう。ただ好きだっただけっていう妄想ソングですね。

―そう考えると、やっぱり「クレイジーワルツ」が一番ラブソングの成分が濃いのかな。でもこれにしたって、あなたに会いたくてどうのこうのみたいなベタなラブソングってわけではない。

伊東:そうですね。西野カナちゃんみたいなことではないです(笑)。

家で録るけど気合は入れる

―ただ今作は物語性の強い曲もあれば、物語のなかから妙子さんの心情が滲み出てくる曲もあったりと、書き方自体が広がっている感じはありますね。

伊東:はい。楽しく広げられた気がします。もちろん生みの苦しみはあるんですけど、自分に向き合う時間が長かった分、しっかり書いたというか。今回はいつもみたいにふたりでの一発録りじゃなくてバラバラに録ったので、その分、時間はかかったんですけど。でも3カ月も自宅でやっていただけに、今まで以上に曲と向き合った作品になった。向き合う時間が充実してましたね。だから、書いた曲が育っていくような手応えもあったし。

―自分に向き合うしんどさもあるけど、それより充実感が勝っていた。

伊東:うん。とことん向き合うことでしか得られない充実感というか。それは詞もそうだし、演奏もそうだし、歌もそうだし。お互いにもわからないような拘りの追求もできたし。

―例えば?

伊東:例えば、ここのビブラートを3回揺らしたかったのに2回しか揺らせなかったから、歌い直したいとか。そんなのわかんないよっていうような違いなんですけど、そこに拘って突き詰める時間が今回はあったので。一発録りだったら、そういうわけにはいかない。

篠田:一発録りだったら、全体の感じがよければOKですからね。

伊東:そういう拘りがあちこち入っていて。それは篠ちゃんもそうで、ここのベースのフレーズはちょっと気に入らないからやり直すとか、そういうのをとことんやったんです。

篠田:とことんやる手前まではいつもと同じ作業なんですよ。ただ今までは一発録りのために、わりと無難なアレンジにしがちで。無難というか、本番一発録りでとちらないように無茶なアレンジはしないようにしていた。けど今回はそこから先も自分たちで仕上げるってことだから。

―要するに今回は今までのような一発録りじゃなく、それぞれが家で曲と向きあった。それだけに細かいところまで徹底的に拘り抜いて、アレンジ含め試行錯誤しながら制作したということですね。

篠田:はい。で、そうやって拘れば拘るだけさらにいいものになるはずだと思ってやっていたんですけど、これが意外とそうとも限らなくて。やっぱり演奏感みたいなのがウチらには一番大事だなってことに途中で気づいたんです。家でPro Tools使って録るから、キレイに直せるわけじゃないですか。だからベースを弾き込んだやつを何テイクも録るんだけど、結局デモのときに感覚で入れただけのやつがよかったりして、それを最後まで残したりとか。あるいはPro Toolsで直すのをやめて、最後まで弾いて納得いかないときはもう一度最初から弾き直すとか。そういうふうにして演奏感を残すことに拘るようにした。上手くキレイに弾けてるけど、なんか気持ちが入ってないなっていうのは使わないようにしてね。だから結局やってることは一発録りのときとそんなに変わらないんですよ。演奏に向けて、すげぇ気合入れるし。なんで家でPro Toolsで録ってんのにこんな気合入れてやってんだろ?と思いながらも、それも自分たちらしくていいかなと思ってやってましたね。

―振り返ってみると、オリジナルの1stアルバム『T字路s』のときのインタビューでは「直球で作った」と言っていて。「新しい味付けみたいなことはこの先いつかやればいいことで、今の段階では”T字路sとはこういうものだ”というのを見せたかった」と言ってたんですね。

伊東:ああ、そんなふうに言ってましたか。そう考えると、そのとき言った通りになってますね。”新しい味付けはいつかやればいい”っていうのは、今回そうなったので。

―そう。で、前作『PIT VIPER BLUES』は、カバー作品『Tの讃歌』と1st『T字路s』同様ゲストミュージシャンを迎えてはいるものの、ふたりでやれることの可能性もより広げたアルバムだったと思うんです。

篠田:そうですね。1stはどっかバンドアレンジを意識して曲を作っていたけど、前作はふたりで演奏することをベースにして、そこにちょっとゲストのひとたちに上乗せしてもらうくらいの感じで作った。いずれにしても基本はふたりでライブで再現できるものだったんです。

―それに対して今回はというと。

篠田:今回はコロナでライブができるかどうかもわからないしっていうのがあったから、ライブのことは考えずに頭のなかにある音を再現すべく作ろうと。例えば「クレイジーワルツ」みたいな曲にしても、今までだったらライブでやることを考えて、ふたりで再現できるアレンジにしていたんですけど、今回はそういうことを取っ払って、作品は作品として完成させようという意識で作ってましたね。

―ライブでどういうふうにするかは、あとで考えればいいだろうと。

篠田:そう。だから、ライブを前にしていま困っているという(苦笑)。

伊東:いままでは作品とライブで曲のイメージが変わらないようにってことをどっかで考えていたけど、今回はそうじゃなかったので、ライブのアレンジがガラッと変わらざるをえない。

―今作を聴いて僕が思ったのは、T字路sらしさに向き合いつつも、「らしさ」から外れることを恐れずに新しいことにも挑戦しよう、っていうことをやったアルバムじゃないかと。しかもそれを、ゲストを入れてやるのではなく、ふたりだけでやっているという。だから、広がったところと原点回帰的なところの両方あるアルバムだなと思ったんですよ。

篠田:確かにそうですね。

伊東:それは意識してそうしたというよりも、状況も相まってそうなった感じなんですけどね。

篠田:でも結果的によかったと思う。この先作っていくにしても、ライブのことを考えたアレンジだけで作り続けていたら偏ってきちゃうだろうし。こういう発想もありだよなってことは、今回やってみて思いましたね。

変わること、変わらないことへの挑戦

―一発録りじゃない作り方をした理由として、もうひとつ。僕は、妙子さんが1曲1曲をもっと丁寧に歌いたくなった、今までの歌唱法をひとまず置いてヴォーカリストとしてもっと上の段階にいきたいという気持ちがあったんじゃないかというふうにも考えたんですが、どうですか?

伊東:ああ、それもでも、やっていくうちにというか。たまたまこれだけ時間があったから、ここまで取り組めたんだと思っていて。振り返ると20歳くらいから20年くらい歌ってきて、1stアルバムの段階でもう、それまでと違うふうに歌ってみることを考えていたけど、そんなにうまくいかなかった気がしてたんですね。で、2ndアルバムでちょっとはうまくできたかなって思って。今作では、より張らない歌い方ができた。というのも10曲目の「ロンサム・メロディ」がいい例なんですけど、自分が一番合うと思っているキーで歌ったら全然面白くなかったんですよ。全然耳に引っ掛からなかった。それで3つくらいキーを落として、低い声で張らずに歌ってみたら、意外と物語を感じられる歌になった気がして。

―だいぶ低いですけど、あえてだったんですね。この曲に限らずですが、やっぱりヴォーカリストとして私はもっと違う歌い方もできるんだ、それをやるんだという意識が今回強かったんじゃないですか。

伊東:そうですね。曲にもっと命を吹き込めるひとになりたいというか。曲にもっと深みをもたせられる歌い手になりたいっていう思いは強かったかな。

―『T字路s』のインタビューのときに、「私の歌はまだまだ伸びる」って、妙子さん、言ってたんですよ。

伊東:言ってましたか(笑)。そうですね。そこから数年経って、また新たな一段階があったと思います、今作は。

―まず、巻き舌唱法をもうやってないですよね。前作の段階で既にほとんどやらなくなってましたけど。そういう歌い方はやめようって気持ちがあったんですか?

伊東:ありましたね。

―どうして?

伊東:なんか恥ずかしくて。粋がってんなー、みたいな。まあ明確な理由はわからないんですが、そういう歌い方が自分でかっこよく思えなくなったからじゃないですかね。粋がりすぎというか、どっか不自然に感じるようになったんです。

篠田:でも、そういう歌い方が合う曲ができたら、恥ずかしく思わずに歌えるんじゃない? 女優みたいなもので。

伊東:ああ、なるほど。

篠田:できてくる曲があの頃の目線とは変わってきてるから、巻く必要がないというか。

伊東:いいこと言うねえ。そうだね、恥ずかしいからとかじゃなくて、巻く必要がないんだね。

篠田:うん。だから、いつかまたそういう曲も作りたくなるかもしれないし。

―そうですよ。それにかつての「泪橋」みたいに、巻いて歌うのも妙子さんの魅力だと思うし。

伊東:前は必要以上に巻いてたからね。巻き巻きだったからね。特にラ行は全部巻いてたから。そうするとあれだよ、「涙のナポリタン」も♪ナポルィッターン、ってなっちゃうよ(笑)。

―はははは。篠田さんはベースの弾き方に関して、変えようと意識したところとかあるんですか?

篠田:それはないですね。初めは、一発録りではできなかった複雑なラインとかを入れてやろうと思っていたんですけど、真逆になりました。

―以前インタビューしたときに「なるべく弾かないように心掛けている」というふうに言ってましたよね。「弾きすぎるとどうしても自分の色が出ちゃうから」と。

篠田:うん。それもあります。弾かないにこしたことはない。

伊東:「弾かないにこしたことはない」かぁ……。そう言えるのはすごい。

篠田:けっこう弾いたテイクもあったんですけど、それを使わなかったということは、やっぱり自分で合わないと思ったからで。歌を邪魔しているというかね。だから、自分の美学で言うと、必要最小限入っていればいいというか。デモを渡されて、何もフレーズをつけないで、ぶっつけで弾くのが一番しっくりくるようなところがあるんですよ。今回の録り方だったらいろいろできるからいろいろやってやろうと思ってたけど、結局、一層弾かなかったですね。

―T字路sではそうだけど、COOL WISE MANではもうちょっと弾きたいという気持ちはあるんですか?

篠田:それも歳とともに変わってきていて。WISE MANの初めの頃は弾きまくってるんですよ。でも自分のなかで納得のいくベースを弾けるようになったのは最近のことで、もう本当に弾かなくなってますね。ルートと5度くらいで成立させられるのが美しいと思って。

―じゃあ、T字路sにおいての篠田さんのスタイルというよりは、ベーシストとしてのスタイルってことなんですね。

篠田:そうですね。自分がほかのひとを見ていても、弾かないひとに惹かれるところがあるので。

―例えば?

篠田:ドナルド・”ダック”・ダンがそうだし。憧れているジェームス・ジェマーソンは弾きまくるひとですけど、職人肌なところが好きで。あとは歌いながらベース弾くひとっているでしょ。スティングとかポール・マッカートニーとか。ああいうひとのラインって力が抜けてるじゃないですか。そういうのを参考にしたりもしますね。最近の風潮としては、すごいベーシスト、スーパー・ベーシストみたいなひとがもてはやされるじゃないですか。それはそれでベース業界ではいいんでしょうけど、自分にはピンとこないというか。ライブ観たあとになって、”そういえばあのベースもよかったな”って思われるくらいが理想ですね。目立っちゃダメ。そう思ってます。

―たまには歌ってみよう、なんて考えは……。

伊東:あ、今回はでも、篠ちゃんのコーラスが2曲で入ってるんですよ。生まれて初めてだよね。

篠田:そう。人生初の(笑)。

―どうでした?

篠田:「涙のナポリタン」で、「シンギン!」って妙ちゃんの声が入るじゃないですか。これはオレに歌えってことかなって。何回もプレイバックしてたら「シンギン!」「シンギン!」って洗脳されてきて、それでやってみました(笑)。やってみたら、意外とそんなに恥ずかしくなかった。

―ますますライブが楽しみになりました(笑)。妙子さんは、ヴォーカル、1曲につき何テイクくらい録ったんですか?

妙子: すごい録ってますよ。多いのだと何テイクくらいだろ。まず、歌いだしが肝なんですよ。歌い始めて一音めの入りが気にいらないと、とめてやり直しちゃう。一音、二音でやめちゃうテイクがいっぱいありました。そういう意味では、100テイクとか録ってるものもあるんじゃないですかね。

―マジすか?!

伊東:はい。ギターもそう。さっきも話に出ましたけど、要するにエディットをしないということをしているので、間違ったら最初からやり直すという。

篠田:だから最後の最後に間違えると本当に悔しいんですよ。

伊東:そうそう。あと、自宅で録ってるから、最後の最後にジャーンって伸ばしてるところで、バイクがブーンって通ったりすることがあるんですよ。そうするとまた最初からやり直しで。

篠田:なんか夜の10時くらいに、必ずすげえでかい声で歌いながらチャリンコで通るひとがいて。

―それ、妙子さんなんじゃないですか?(笑)。

伊東:私じゃない私じゃない(笑)。

それぞれの楽曲について思うこと

―基本的な質問になりますけど、アルバムタイトルを『BRAND NEW CARAVAN』と付けた、その思いを教えてください。

伊東:始めに話したように、10周年でもう一度初心に帰るみたいなこともあるし、Mix Nuts Recordsというレーベルを立ち上げてここからチームでやっていくということの思いもあるし。表に立つのは私たちふたりですけど、10年続けていたら頼もしいチームができていて、そのチームと共にレーベルもできて。いま世の中はこういう状況ですけど、このチームでまた前を向いて旅に出ようっていう、そういう気持ちが詰まってるんです。

―キャラバンというと、ラクダに荷物積んで砂漠を隊をなして進んで行く商人の一団という意味があるじゃないですか。

篠田:それもあります。僕らは商人とは言わないけど、いまのこのチームでギターとベースを積んで、砂漠を旅していくような気持ちでいるので。だから最初、このジャケットもモロッコっぽくして、ラクダとか入れちゃおうかってデザイナーさんと言ってたんだけど、それはやりすぎだろうってなって。

―オープンカーってことで、だいぶモダンなジャケになりましたよね。で、運転手はやっぱり妙子さんなんですね。

伊東:そうなんですよー。運転できないのに。一生に一度の思い出だと思ってハンドル握ってみたんですけど。

篠田:最初言われたときは、「オレらがオープンカーかぁ。ダットサンとかにしてもらったほうがいいんじゃないですかね?」って言ったんだけど、まあせっかくなんで、かっこつけようってことになりました(笑)。

T字路sが語るコロナ禍で見つめ直した原点、結成10周年とふたりの新しい旅路


―では、時間に限りがあるので全曲について聞くことはできないけど、特に重要だと思える曲について聞いていきますね。まずリード曲の「夜明けの唄」。これぞT字路sって感じの曲ですが、”嘘か本当か 夢かうつつか 風に吹かれて からまりもつれて わからないの””心迷いながら 果てまで行く他ないのならば 光も影も 抱いて進もう”という歌詞は、コロナの世界に直面したことから出てきたものなんですか?

伊東:それは聴いてくださった方からよく言われるんですけど、自分としては念頭に置いて書いたわけではなかったんです。ただ、念頭に置いて書いたわけではなかったけど、コロナがなかったらこういう詞にはなってなかったかもしれないなって思うところは確かにあるんですよ。それはこの曲以外にもいくつかあって。だから、潜んでいたものがコロナで浮き上がってきているのがいまで、そのなかで詞を書いたらこうなったってことなんだと思います。

―念頭に置いてはいなくとも、どうしても滲み出てくる。

伊東:うん。それが自然だと思うし。避けては通れないというか。

―”光も影も 抱いて進もう”という歌をいま聴くと、どうしたっていまの世界の状況を自分のなかで重ねて胸が熱くなっちゃいます。

伊東:聴いてくれるひとがそうやって重ねて、そのなかで力になるんだったら嬉しいなと思いますね。

―それから2曲目の「宇宙遊泳」。30分で書けたとさっき言ってましたけど、めちゃめちゃ好きなんですよ、この曲。特に”繋がってゆく 途切れて消える もう もう戻れない”というサビのメロディがよくて、最近気がつけば歌っちゃってます。

伊東:わー、嬉しいです。

―でもどうして「宇宙遊泳」というタイトルなんですかね。

伊東:アレンジがそんな感じじゃないですか? スペーシーな感じというか。それに、気づいたら宇宙空間にいるようじゃないですか、人生って。なんか、いつのまにやらここにいるみたいな感覚があるというか。私のなかでそういう感覚がすごく大きくて、それで付けたんですけど。

―このなかで、”戦う 祈る 叫ぶ 誰のために もう戻れない”と歌っています。歌手として自分は誰のために叫んでるんだろ、ってことを考えたりもするもんですか?

伊東:考えたりしますね。その答えはひとつじゃなくて、自分のために叫んでるって思うときもあるし、誰かそのひとのためだけに叫んでるときもあるし。そういうことを考え続けて歌っていく日々なのかなって思いますね。

―4曲目「クレイジーワルツ」についても聞かせてください。これは新境地だし、ワルツと妙子さんの歌の相性のよさにグッときたんですが、このアレンジは初めから考えて作っていたんですか?

篠田:最初の妙ちゃんのデモに、しょぼい3拍子でこのメロディが入っていて、それを聴いて「あ、ワルツをやりたいんだな」って思ったんです。僕も3拍子の曲が好きだから、よしって思って。初めは(エディット・)ピアフが昔の劇場で歌っているライブ盤みたいな音にしようとアレンジを考えていたんですけど、そうはならなくて。でもならないなりに面白いアレンジになったかなと。メロディも歌詞もけっこうストレートだから、オーケストレーションとかのリアルさを求めるのもちょっとダサいかなと思って、どっか狂ってる感じを出したくなったんですよ。なんの映画だったか忘れたけど、宇宙船のなかで昔のジャズが流れているシーンがあって、そのイメージがずっと頭のなかにあった。そういう壊れたイメージのアレンジにしようといじっていたら、こうなったんです。

伊東:篠ちゃんのあのクレイジーなアレンジのおかげで、ストレートな詞もどっか狂ってるように感じるというか。狂ってるのはどっちなんだ?って気持ちになる仕上がりがステキだなと思ってます。

―”悲しみの雨が降り 世界中が泣いている”その様を、また別のところから見ているような。

篠田:そうそう。なんか上のほうから引いて見ている映像のような印象の曲にしたかったんです。

―アフターコロナ感があって、そういう意味でいまっぽい。

篠田:なんかね。やっぱりコロナのせいだと思うんですけど、今回はそうやって世界を上から見ているイメージだったりとか、戦争のシーンがスローモーションで動いてる感じとか、そういうイメージが頭のなかでずっと回っていて。

伊東:だから、その曲のテーマが直接コロナと関係なくても、詞にもアレンジにも出ちゃってるってことだと思いますね。

―それから9曲目の「沼」。この曲だけ音色が違っていて、ガレージっぽい。

篠田:ミックスしてくれる内田(直之)くんに渡す前提で、フィードバックとかの音を入れて、こういう音響にしてほしいというイメージを僕が仮に作っておいたんです。そしたらそれが採用されて、内田くんがそこに少し手を加えてくれた。こういうマイナー調の曲をいつも必ず入れるんですけど、それにあたっての肝は、怖くなりすぎないようにするってことで。妙ちゃんがこういう曲を本気で歌うと、けっこう怖くなるんですよ(笑)。だから怖くなる一歩手前にしておくというか、妖怪のアニメのテーマソングみたいなユーモアを残すように心掛けたんです。

―言われてみると、「ゲゲゲの鬼太郎」チックなところ、ありますね。

伊東:そう。怖くなりすぎないように、ちょっとトボケ感を残した感じで歌いました。

10周年を迎えた今も気持ちは「野良犬」

―さて、最後に改めてお聞きしますが、どうですか、10周年を迎えて。

伊東:いまはまさにブラン・ニュー・キャラバンな気分ですね。

篠田:最初の話じゃないけど、また裸一貫でっていう。でもまあ、こうやって自分らの信じたことを地道に続けていけば協力してくれるひとも現れるんだなっていうのは、10年の実感としてありますね。

―もしも10年前の自分に会えるとしたら、なんて言いたいですか?

篠田:まずは往復ビンタしたい。「もっと気合入れてやれ!」って。

伊東:「フニャフニャやってんじゃないよ」って。そうすれば5年目でいまみたいに夜景をバックに取材を受けれたかもしれない(笑)。

―はははは。でも初めの5年とあとの5年で、制作に関してのペースは相当変わりましたよね。だって最初のフルアルバムを出したのが結成6年目でしょ。

伊東:6年目でカバー・アルバムを出して、最初のオリジナル・アルバムは7年目でしたからね。

―そこから去年、今年とアルバム出して。この3~4年くらいでめちゃめちゃ曲が増えてるじゃないですか。

篠田:それもやっぱり、せかしてくれるスタッフがいるからでね。いなかったらこんなペースで作ってないと思う。

伊東:ライブが好きだからね。

篠田:ライブがやれてればそれでよかったから。だから、せかしてくれる人がいてくれて本当によかったと思うよ。しかも、せかし方がうまいんですよ(笑)。

伊東:やるしかないという気持ちにさせてくれる。

篠田:そうそう。でも、制作が楽しいと思えるようになったのも前作くらいからですからね。それまでは早く終わらせてライブをやりたいって思ってた。

―『Tの讃歌』や『T字路s』のときはけっこう苦しみながら作ったと言ってましたもんね。

伊東:ねえ。そう考えると、この苦しい世の中の状況のなかでこんなに楽しんで制作できたのは、ほんとによかったし、幸せなことですね。

篠田:へんな自信もついたよね。もともとライブはどんな状況になろうとも、ふたりいればできるという自信があったんですけど、制作に関してはやっぱりちゃんとレコーディングスタジオに入らなきゃっていう概念があった。けど、今回こういうふうになって、ふたりで家で録れることもわかったし。だから、いつほっぽり出されてもふたりで始められるぞっていう自信がつきました。

―新レーベル作ったばかりなのに、ほっぽり出されること考えちゃダメでしょ(笑)。

篠田:ははは。そうだよね。すぐ放り出されたときのことを考えちゃうからね。そういう野良犬魂が身についちゃってるから(笑)。

伊東:ほんとそうだよ。だって、一昨年くらいからついてくれてるライブ制作のスタッフがいるんですけど、初めの半年くらいずっと”いつ捨てられるんだろ”って思ってたもんね。そのひとに捨てられる夢まで見た。捨てられないように頑張らないとね(笑)。

T字路sが語るコロナ禍で見つめ直した原点、結成10周年とふたりの新しい旅路

T字路s『BRAND NEW CARAVAN』
発売中
POCS-23008/3,000円(税別)
Mix Nuts Records/Caroline International
視聴・購入:https://caroline.lnk.to/bncaravan

T字路s ”BRAND NEW CARAVAN” Release Tour
12月5日(土) 名古屋クラブクアトロ
12月6日(日) 梅田クラブクアトロ
12月10日(木) 渋谷TSUTAYA O-EAST
チケット一般発売:11/ 7(土)10:00
トータルインフォ:https://smash-jpn.com/live/?id=3434

T字路sオフィシャルサイト:http://tjiros.net/
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