シンガーソングライター・室田夏海が、2022年7月6日に2ndミニアルバム『彼女はグレーの中』をリリースした。

島根県松江市出身、「New Acoustic Camp 2019」出場権をかけたオーディションでグランプリを獲得後に本格的な音楽活動を開始して、今年で上京3年目になるという室田。
今作に収録された「東京」「HOME」には、彼女の出発点と現在地が描かれていて、その歌声は何気ない日常の中で誰もが感じたことがある焦燥感や悲しみに、そっと寄り添ってくれる。東京での暮らしの中でどんな思いを抱えながら過ごして、今作の発表に至ったのか話を訊いた。

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ー2021年に発表した1stミニアルバム『そばにいなくてもかわらないものがある』から、ちょうど一年経っての2ndアルバムのリリースとなりますが、前作の時点ではまだ地元の島根県での活動だったのでしょうか。

室田:いえ、前作のときには上京していて、今年で3年目になります。

ーそうなんですね。今作には「東京」という曲もありますが、どんな思いがあって書いた曲なんですか。


室田:「東京」は、去年の夏頃、前作のリリースが終わってすぐに書いた曲です。私は2年前、22歳のときに上京してきたんですけど、東京のイメージに、キラキラしてるし、いろんな人がいて、「上京したら何かが変わる」ってすごく期待を寄せていたんです。コロナ禍に上京したということもあって、スタンダードな上京ではないかもしれないですけど、「東京に来たからといって何も変わらないな」って思ったんですよね。自分がそこでどうしたらいいのか、自分の動き方次第だなということを痛感したのが去年の夏で、そのときの気持ちを書いたのが「東京」なんです。

ーそこから今作『彼女はグレーの中』へと繋がっていくわけですか。

室田:「東京」という曲は、「自分は夢に向かってどうしていきたいんだろう?」というもどかしい感情があって書いたんですけど、同じ時期に書いた「あした」は、対人的なこと、恋愛とかでのどうしようもない気持ちを書いた曲で。
これまでライブでやってきた「たまにある日」「サブマリン」もそうなんですけど、『彼女はグレーの中』というタイトルにある通り、白黒ハッキリしたくでもできないし、そういう自分も嫌になったりという思いを書いた曲を集めて今作になったと思っています。

ー ”グレーの中”にいるというもどかしさはどこから来てるんでしょう。

室田:今までも、そういう思いを抱くことって、人生のいろんな場面であったりはしたんですけど、上京して24歳になって、所謂「社会人」と言われるゾーンに入ってきて(笑)。そんな中で、そういう感情をこれまで以上に強く感じるようになったし、自覚するようになったんです。ないがしろにできなくなったというか、見て見ぬふりができなくなったというか。

ー室田さんは、性格的に色んなことを白黒ハッキリさせたい方なんですか?

室田:う~ん、白黒ハッキリさせたい割には、面倒臭がり屋というか(笑)。


ーははははは(笑)。

室田:そういう性格ですし、学生時代はすごく楽観的な部分もあったなと思っていて。何もアクションしていないのに、「なんとかなる」と思っている部分が結構あったんです。今、音楽活動や日々の生活を送る中で、「なんとかなる」と思うことが大事なときも、もちろんあるんですけど、自分が動かなければいけないタイミングあるなっていうことを日々感じていて。とくに音楽活動に関しては、年齢的にリミットを感じるようになったというか、余計「ハッキリさせなきゃ」という焦りが出てきている気がします。

ー ”彼女は”と付けたのは何故なんですか? 曲はご自身のことを歌っているんですよね。


室田:自分だけじゃなくて、焦ったり不安になって孤独な気持ちになることって誰しもあると思うんです。でも、今は白黒つけずにそういう気持ちを抱いていてもいいんじゃないかなって。自分がそう思いたかったのもあるし、自分だけじゃなくて「どこかの誰かもそういう思いを抱いているんだよ」という意味を込めて、三人称を使った『彼女はグレーの中』というタイトルにしました。

ー上京してきた同世代の人と、実際にそういう感情を話したりすることってあったんですか。

室田:上京したての頃はあんまりなかったんですけど、3年目になった今になって、当時の気持ちを振り返りながらそういう話をすることが増えました。私のまわりに、この春に上京してきた友人も多いので、今の気持ちを共有する機会が今年になって増えた気がします。


ー「東京」も今このタイミングだから書けた曲ですか。

室田:やっと、自分にとっての東京がどういう場所なのかわかるようになったというか。ここでどうしていきたいかっていうことが、だんだん見えてきたから、曲にできたのかなって思います。

ー〈期待外れの東京〉という歌詞にあるように、結構赤裸々な気持ちを歌っていますよね。

室田:上京したての頃は、お気楽さんだったんです(笑)。本当に「どうにでもなるでしょう!」と思っていたんですよね。
去年、1stミニアルバムのリリースがあって、音楽活動としては、島根、岡山で活動していた頃とはちょっと変わってきている実感はあるんですけど、だからといって自分自身の生活ってそんなにこれまでと大きく変わったわけじゃなくて。音楽に割く時間は増えてはいるんですけど、たぶんそこも、「すごく変わるはず」って、期待しすぎていた部分があったんです。でも、本当にそんなに変わらずに、日々は淡々と続いていくんだなって思ったことが、「東京」に表れていると思います。

ー「東京」はMVも公開されていますね。

室田:監督をしてくださったのが、髙木美杜さんという私と同世代の方なんですけど、一番最初に「東京」に共感してくれたんです。美杜さんも上京してきて東京で監督をされているんですけど、MVができたことによって、私の思いも曲に乗っているし、美杜さんの東京に対する思いも映像として乗っかることで、より歌のパワーが強くなったと思っています。そういう思いを重ねながら見て欲しいです。

ーその「東京」と対になっているように思える曲が、1曲目の「HOME」です。

室田:「HOME」は、学生時代に先輩を送り出すときに書いた曲です。この曲を1曲目に持ってきたのは、”これからいろいろ悩みだすんだぞ” というか(笑)。「HOME」自体、真っすぐに明るいわけじゃなくて、送り出す側の悲しみも持っている曲だと思うんです。

ー「HOME」を歌ってみて、”自分のHOMEはどこにあるんだろう?”ということは考えたりしませんでしたか?

室田:それは考えました。この曲は、もともと大学時代に組んでいたバンドでやろうと思って作った曲なんです。めちゃくちゃライブでもやっている曲で、バンドでレコーディングもしているし、今回個人でもレコーディングしているので、すごく歌っている曲なんですけど、そのたびに”自分にとってのHOME”を考えます。もともとはライブハウスをHOMEと見立てて書いた曲なんですけど、今はライブハウスはもちろん、友人や家族とか、そういう大事な人が浮かぶというか。場所というよりは、心安らぐ存在とかがHOMEなんじゃないかなと思って歌うことが多いです。

ー「HOME」から始まって、曲順はどういうイメージで考えたのでしょうか。

室田:アルバムの曲順的には、自分の思いにどんどん気付いていくというか。お気楽さんだったのが、いろんなものを見て聴いて、だんだん悩み出すような感じです。

ー3曲目は「サブマリン」ですもんね。どんどん潜って行っちゃうという。

室田:そうですね(笑)。そういう曲順になってます。

ーこの曲は、深海をイメージしたようなクールなアレンジが印象的です。前作同様、編曲・制作にはPRIMAGICが参加していますが、今回は1stのときと違ったところはありましたか。

室田:例えば「あした」で「ギターソロはこういう感じ、ドラムのシンバルはこういう音がほしい」ということをお伝えしたり、イメージを伝えることは1stのときより増えました。「サブマリン」はもともとアコースティック・ギターで書いたんですけど、こちらはアレンジをまるっとお任せしました。今回はシンセで作ったりした曲はなくて、全部アコースティック・ギターの弾き語りがベースになっています。曲作りの方法にはあまりこだわりは持っていないんですけど、今回はアコースティック・ギターで作った曲たちが揃った感じです。

ー「たまにある日」の冒頭には、ノイズが聴こえますが、これはどんなイメージで入れているんですか。

室田:あれは、アレンジしてくださった方が入れてくれた音なんです。「空虚な感じでアレンジしてほしい」ってイメージを伝えたところ、最初にああいう音が入ってから展開していく曲になりました。「たまにある日」は、3、4年前に岡山に住んでいた頃に書いた曲です。

ーなるほど。上京して身の回りの風景を描いた曲だと思ってました。

室田:東京っていう感じがしなくもないんですけど(笑)、じつはそうではないんですよ。

ー歌うときに、ご自分の中にそういう景色って頭の中に浮かんでいるんですか。

室田:そういうときもあるし、自分が違う誰かになって歌っている気持ちのときもあるんです。そういうときは、街とか海とか山とか、抽象的なことを思い浮かべていることが多いですね。自分は日常にある景色を普通に受け取っているので、みんなが見ている普遍的な景色を歌えるのかなと思っています。

ーそれは意識してそう書いているというよりは、曲を書くと自然にそうなっている?

室田:もちろん、どういう風に受け取られるかは考えるときもありますけど、戦略的に曲を書くようなことは振り返ってみるとあんまりないかもしれないです。

ーこういうメッセージを込めて、とかはあまりないですか。

室田:う~ん、曲にもよるんですけど……「こういう気持ちってあるよね?」とか「こうありたいよね」みたいな、誰かに共感して欲しいという気持ちで書いてるかもしれないです。

ーこの取材は『彼女はグレーの中』発売直後に行っているわけですけど、ネット上で反響を見たりしますか?

室田:バチバチに見ます(笑)。「東京」という曲に関しては、これから上京する友人や、何かを頑張りながら生活している友人や知人から直接メッセージをもらうことが多いです。それを見て、「みんな同じ気持ちを持ってるんだ」って、安心しました。「みんな同じだよね!?」と思いたくて書いたところがあるので。どこかで同じような気持ちを抱えながらも頑張ってる仲間がいるんだな、という気持ちになれたことがすごく嬉しかったし、これから聴いてくれる人にもそういう風に感じて欲しいなって思います。

ー最後の曲「ルーツ」はどういうシチュエーションで生まれた曲ですか。

室田:この曲は、曽我部恵一さんの『sketch of shimokitazawa』というアルバムを聴いたことがきっかけになっているんです。そのアルバムは下北沢の都市開発に対する反対の意思を表明している作品なんですけど、私はそういう事柄があることを知らなくて、アルバムを聴いたことで、「私は今、下北を楽しんでいるけど、これまで街はどういう変遷を辿ってきたんだろう?」って思うようになって。自分が暮らしていたのは島根県松江市なんですけど、道路を拡張するために、昔ながらの街の造りを変えて都市開発をしていくことって、思えば自分の地元にもあったなと思って。そういう暮らしやすさとか楽しみを求めることを良いことだと思って受け止めていたけど、実はその裏側には立ち退いた人がいたり、そこには暮らしがあって……ということに思いを馳せるようになったんです。じゃあ、自分はどういう風に考えたらいいのかなって、書いた曲が「ルーツ」なんです。

ー地元のことでもあり、東京のことでもあるわけですね。

室田:そうですね。どの場所にも言えることというか、変わりゆく中でどういう風にその変化を捉えたらいいんだろうって考えて書きました。

ーこの6曲で出来上がったミニアルバム『彼女はグレーの中』は室田さんにとってどんな1枚になりましたか。

室田:前作が、「パーンッ」と弾ける瑞々しい感じがあったので、それと対比しても非常に暗い要素のある1枚になったんですけど、前作に増してノンフィクションな部分が多くなりました。より自分の気持ちに近い6曲ができたと思いましたし、今この状況の中に生きているからこそ歌える曲が作れたんじゃないかなと思っています。

ーそこが、聴く人が共感する理由なんでしょうね。

室田:ありがとうございます。そうであって欲しいです。

ーリリースツアー「彼女はグレーを飛び出して」が8月10日(水)大阪からスタートしますね。これはどんな編成でのライブになるんですか。

室田:完全に弾き語りで、ギター1本と私だけでやります(笑)。リリースツアーとして回るのは初めてではないんですけど、本当に久しぶりなんです。今回は自分の生の感情に近い曲が入っているので、今の自分のありのままを伝えられるツアーにできたらいいなって思っています。

<リリース情報>

島根県出身・室田夏海が歌う、〈期待外れの東京〉に込めた想いとは?


室田夏海
2ndミニアルバム『彼女はグレーの中』

発売日:2022年7月6日
品番:HMGK-002
価格:1800円(税込)

<ライブ情報>

「『彼女はグレーの中』リリースツアー”彼女はグレーを飛び出して”」

2022年8月10日(水)大阪・歌う魚
時間:OPEN 18:30 / START 19:00
出演:真舟とわ、シュウタネギ
2022年8月11日(木)名古屋・鑪ら場
時間:OPEN 18:30 / START 19:00 
出演:オクナカ(えんぷてい)、綺
2022年8月12日(金)福岡・珈琲と麦酒
時間:OPEN 13:30 / START 14:00
出演:akari (Shiki)、中山晴久(napes)
2022年8月21日(日)東京・渋谷HOME
時間:OPEN 12:00 / START 12:30
出演:saya.、ゆいにしお

料金:前売 3000円(+ドリンク代)
学生(東京会場以外)2500円(+ドリンク代)
学生(東京会場)1500円(+ドリンク代)

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