ノア・カーン(Noah Kahan)が、通算4作目となるニューアルバム『The Great Divide』をリリースした。フォーク、アメリカーナ、ロックを融合させ、アメリカを代表する歌い手となったバーモント州出身のシンガーソングライター。
「分断」を意味するタイトルを冠した本作で、彼は失われた繋がりや、崩れゆく友情を繋ぎ止めようとする葛藤を歌にしている。

アルバムの幕開けを飾る「End of August」では、二人の男が車を走らせている。〈口数は少ないが、この道のりは隅々まで知り尽くしている〉とカーンは歌う。背景に流れるのは、秋の気配を纏った美しくも緊張感のあるアンビエントな音響。ここで彼が描き出した不安と共感の感覚は、『The Great Divide』の全編を通して、聴き手が嫌というほど思い知らされることになるものだ。この男たちが住むニューイングランドの町には、「大人になって子供を作り、その子供が金持ちのための家を建てる」という未来以外、差し出せるものはほとんどない。退屈を紛らわせるために、効かない薬と癒えない記憶があり、他の現実を夢見るほど自分は傲慢ではないと自覚しているがゆえの、不快なほどに安らかな感覚がある。〈ここに見えるすべてはいつか死に絶える。そして、それは今、僕たちのものだ〉──曲が美しくも孤独なフォーク・ロックの啓示へと昂揚していくなか、カーンはそう歌い上げる。

この夏、カーンがフェンウェイ・パーク(約37000人キャパ)やシティ・フィールド(約4万人キャパ)といった大会場で複数公演を行う際、スタジアムを埋め尽くす人々がその感情に共鳴する姿を想像してみてほしい。それこそが、小さな町へのアンビバレンスや若年成人期の不安を糧に巨大な成功を収めたアーティストの、消し去ることのできない魅力なのだ(そのプロセスは、Netflixの優れた新作ドキュメンタリー『ノア・カーン:アウト・オブ・ボディ』にも収められている)。数年前のカーンは、バーモント出身の一青年に過ぎず、パンデミックが過ぎ去るのを待ちながら曲を書いていた。
その中の一曲、心の痛みを瞑想するように綴った「Stick Season」は、2022年に発表された同名のブレイクスルー・アルバムと共にヒットを記録した。今や彼はエド・シーランやザック・ブライアンとも肩を並べる存在となり、彼らと同様の「普通の男(regular-guy)」としての魅力を放つことで、そのスターダムを誰もが応援したくなるものにしている。

待望の新作『The Great Divide』は、カーン自身と『Stick Season』の功労者ゲイブ・サイモン、そして「サッド・フォーク界のフィル・スペクター」ことアーロン・デスナー(ザ・ナショナル)による共同プロデュースで、彼の告白的なソングライティングに極上のスタジオ・ワークという潤いを与え、あらゆる面で前作を上回る仕上がりを見せている。序盤の「Doors」は、トム・ペティやブルース・スプリングスティーンが思わず太鼓判を押しそうな、開放感あふれるアメリカーナ・ロックの重厚さで、本作の野心的なトーンを決定づけている。

カーンの音楽は、ボン・イヴェールの幻想的なファルセットが響くインディー・フォーク、ザック・ブライアンの庶民的な語り口、マムフォード&サンズを彷彿とさせるアコースティックの踏み鳴らし(Stomp)、テイラー・スウィフトのような細部への観察眼や見事なブリッジ構成を巧みに融合させたものだ。それらすべてが緻密に編み込まれ、作り込まれていながらも、上品で軽やかなタッチと真のポップ・センスによって形にされている。それは、ただ人生を足踏みさせないだけで金メダル級の偉業となる現在のアメリカで、軋む人間関係や過酷な現実に立ち向かう人々を描く歌詞に寄り添う、繊細な背景となっている。

「Paid Time Off」では、どこか懐かしいアコースティックギターとバンジョーを背に、若さゆえの自由や享楽のイメージと、中年期がもたらすより誠実な現状認識とを対比させている。〈僕には都会で働く才能があったが、君には郡警察官のような渋みがあった〉と、カーンは慈しむように歌う。エモーショナルに昂揚するロックナンバー「American Cars」は、身近な誰かが抱える痛みと向き合う手助けをすることについての曲。また「Dan」では、二人の旧友がキャンプに集まって酒を酌み交わし、ミラーライトの空き缶が積み上がるにつれて不穏な空気を孕んでいくかもしれない、たわいもない政治談議に興じる。さらに「23」でカーンは依存症と葛藤し、「Deny Deny Deny」では、個人的な妄執や侮蔑を微細にまで列挙した末に、〈君が嘘をつくのを見るのはもう疲れすぎた。
だから、ただテレビでも見よう〉という一節で締めくくる。

当然ながら、カーンが手にした新たな成功と、彼が後にした小さな町の世界に対する罪悪感を孕んだ距離感は、『The Great Divide』を貫く大きなテーマだ。そのなかでも特に辛辣なのが、2010年代初頭のフォークトロニカを思わせる鼓動を持ったキャッチーな楽曲「Porch Light」。ここでカーンは、親族との激しい電話越しの口論を描き出す。その相手は、地元の面々の話を勝手にネタにして物語を紡ぎ、金持ちになった彼に憤慨しているのだ。「Dashboard」では、町を抜け出したきり一度も振り返ることのなかった旧友に対し、一人の男が容赦なく毒づく。〈郵便番号を変えたところで、結局お前は相変わらず嫌な奴のままだ〉。一方、カタルシスに満ちた激しいストロークとフィドルが吹き荒れる「Haircut」では、町を出て成功を収めた側にマイクが渡され、〈少しばかり有名になったからといって、僕が別人になったわけじゃない〉と反論の声を上げさせている。

これらの楽曲が印象的なのは、裕福なロックスターの独りよがりに聞こえることが滅多にないからだ。これらは過去との対話であり、その過去は、必ずしも常に恋しい存在ではないにせよ、心から愛しており決して忘れられない実在の人々の声となって語り返してくる。「Spoiled」で言及される、成功したロックスターとしての未来もまた、それほど輝かしいものとしては描かれない。彼は死ぬほど働いている一方で、まだ見ぬ我が子が将来自分の成功に寄生し、自らの失敗を父親のせいにするであろうことを予感しながら歌っている。


富裕層への嫌悪が、まだ生まれてもいない自分の甘やかされた子供たちに対する恨みにまで及ぶような男を、好きにならずにはいられないだろう。その剥き出しの誠実さと繋がりへの渇望こそが、何百万人もの人々が自らの人生や物語をカーンの歌に投影する理由の一つだ。〈いつだって君のことを考えている。そして、僕がいかに君の人生を深く誤解していたかについてもね〉──彼は『The Great Divide』の高く舞い上がるようなタイトル曲で、疎遠になるのを惜しむ多くの人々の一人に手を差し伸べる。その捉えどころのない心の隙間をどう埋めていくべきか。それを解き明かすための長いキャリアと、完売したスタジアムが、これからの彼にはたっぷりと用意されている。

ノア・カーンが歌う「アメリカの分断」と繋がりへの渇望 『The Great Divide』が傑作となった理由

ノア・カーン
『The Great Divide』
配信中
再生・購入:https://umj.lnk.to/NK_TGD_AL
編集部おすすめ