中国には、国有企業改革の流れの中での統合再編された巨大グループが存在する。なかでも、極めて大きな規模を誇る「六大中央直属企業」があり、その中には、山東・青島に本社を置く海爾(ハイアール)集団と四川・綿陽に本社を置く長虹集団が名を連ねている。
二つの企業集団は、経営トップが共産党中央委員という破格な待遇を受ける「政治舞台の明星」であり、所在地の市行政トップよりも強い影響力を有する、いわば現代中華帝国における「諸侯」なのである。

 ハイアール集団の最高統帥である張瑞敏は、中国で名高い改革派企業家であり、中国共産党中央委員、山東省党委員会常務委員といった政治的序列が高い権力者の一人てもある。張氏が率いるハイアール集団は、1990年代半ばから地元山東省当局の支援を生かし、わずか十数年で中国随一の総合家電メーカーに成長した。その後、中央政府の強力なバックアップを武器に、国内メーカーの買収合併、海外生産拠点の樹立などを通して、国際的ブランドを持つ巨大家電メーカーの仲間入りに成功した。

 しかし、世界でもまれに見る過激な競争が繰り広げられる中国家電市場。2001年の中国WTO(世界貿易機関)加盟以降、海外から中国市場に参入してきた強力なライバルの攻勢を前に、ハイアールの業績が頭打ちとなり、それまでの勢いを失いつつあった。張氏を始め、ハイアールの経営陣はその頃から、外資に打ち勝つための必殺技を練り始めた。

 周知のように、世界最大の家電製造国に成長した中国は、主力製品のほとんどが海外市場への依存を高めている。中でも、中小型冷蔵庫、汎用タイプのカラーテレビなどの生産量の半分以上が輸出用になっている。国内都市部市場がほぼ飽和状態になるが、農村市場は未開拓のままである。その結果、中国の家電メーカーは過剰生産力を消化するためにも、収益率の低い低価格製品を海外市場で販売せざるを得ないのが現実である。もしも、政府政策の展開により、国内農村家電市場の需要が喚起されたら、家電メーカーにかかった圧力が一気に解消されるのである。


 2005年春の全国人民代表大会全人代)開会中、国内消費の刺激策を策定する商務部に、ハイアール集団と長虹集団の経営トップでもある全人代代表らが密かに訪れた。法律立案権を持つ有力者が商務部に対し、生産過剰気味の家電企業を救済するための補助金制度を提案していたのである。そのときから、ハイアールと長虹のスタッフが参与した商務部と財政部の「特別検討チーム」が農村家電販売奨励策を真剣に検討し始めた。

 「家電下郷」政策をめぐって、商務部と財政部にもやむを得ない事情があった。近年、膨大な輸出量による貿易黒字の急増と貿易相手国との貿易摩擦の激化への対策に頭を抱え、特にアメリカ発の世界的不況による大幅な輸出減を予測したのは商務部。一方では、急増する財税収入(2007年度だけでも31%増)により、思わぬ苦境に立たされているのは財政部。日本ではあまり知られていないが、実は2008年春の全人代で、財政部は地方代表からも企業代表からも、政策減税と企業や消費者への還元を強く求められていた。むろん、商務部と財政部に農村市場の購買力拡大を指示したのは国務院。4兆元(約57兆円)の景気刺激出動がより大きな効果を上げる、と中央指導部は見ている。このように、「家電下郷」政策において、大手家電企業、主管省庁と中央指導部の思惑が完全に一致している。

 ところで、農村家電場の拡大が家電メーカーにもたらした恩恵・チャンスは決して均等ではない。前回書いた通り、山東省長清家電販売店の売り場を支配していたのはハイアールである。
そのハイアールは、農民の間で知名度の高いブランドを持ち、農村市場向けの価格設定で購買力の低い農家からの支持を受けているほか、巨大な販売・流通・サービスネットワークをもって販売店も味方にしている。さらに、中央から地方までの政府との太いパイプを生かし、肝心なときに絶好の機会を手中にできたのである。この意味で言えば、ハイアール、長虹など国有大手家電メーカーが手に握った大きな商機は、「家電下郷」制度の実施以前にも、すでに密かに、着実に孕まれていたのだった。

 結果的に、国の支援を受けた国有家電大手が最大の受益者となった「家電下郷」。筆者は2007年末、ハイアール発祥地に近い山東省煙台市で開催された「家電下郷」の検討会議に列席するチャンスを得た。主催者の商務部と財政部の担当官から、筆者の持論だった「農村市場開拓説」についての詳細な説明を求められたことがある。実はこの会議で、農村市場に販売・流通・サービス・ネットワークを持つハイアール最高経営者が大きな影響力を行使し、山東省が最初の実施テスト地域に指定されたのだった。

 その直後の年末商戦で、中国初の「家電下郷」公開入札が行われ、ハイアールと長虹の二大企業が全品目で圧倒的な落札率を上げた。年間1000億元(約1.4兆円)とも言われる新規家電消費需要の大半は、こうして中央政府とのパイプを持つ巨大国有企業集団の手中に握られたのである。(執筆者:王曙光 拓殖大学教授)

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