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医療従事者が問題視する現行制度の悪用事例は? 現役世代の負担を減らす秘策はある?

参院選を前にして、手取り増や物価高対策を公約に掲げる政党が多い。それはけっこうなこと。

でも、給与天引きのひとつである社会保険料、そしてそれに支えられている医療保険制度については全然議論されてなくないか!? 政治家のセンセーたちはなぜか語りたがらないので、週プレが勝手に、真剣に考えてみました!

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■医療費は増加の一途!

政治家たちが高齢者票欲しさに全力スルーする「医療保険改革」をガチで考える
日本維新の会は医療制度の抜本的な改革案を掲げている。具体的には、窓口負担額の改革やDX化、OTC類似薬の保険適用除外などを挙げている

日本維新の会は医療制度の抜本的な改革案を掲げている。具体的には、窓口負担額の改革やDX化、OTC類似薬の保険適用除外などを挙げている

7月20日に投票日を控える参議院選挙。最大の争点は物価高対策で、減税論議が熱を帯びているが、もうひとつの給与所得者の天引き項目である「社会保険料」の話がいまひとつ盛り上がりを欠いていないだろうか。

財務省の統計によると、所得に占める税および社会保障負担の比率は右肩上がり。これに対して、日本維新の会や国民民主党などは社会保険料引き下げを公約に盛り込み、手取りの増加をうたう。対する与党は既存の枠組み維持を強調するのみで、この問題にはダンマリを決め込んでいるのである。

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所得に占める税と社会保障の負担割合は、年々増加している。なお、この数値は国民所得に占める公的負担の割合なので、実際の負担率は個人の所得などによっても変わる

所得に占める税と社会保障の負担割合は、年々増加している。なお、この数値は国民所得に占める公的負担の割合なので、実際の負担率は個人の所得などによっても変わる

まずは簡単に公的医療保険制度をおさらいしておこう。わが国では、国民全員が公的医療保険に加入している。75歳までは、サラリーマンは勤務先を通じて健康保険に加入し、自営業や無職の人は国民健康保険に加入している。40歳からは自動的に介護保険に加入となり、健康保険料に上乗せして介護保険料を支払う。

医療を受けるときの自己負担分は、70歳未満では3割、70歳~75歳未満は2割だ。75歳を超えると、それまでの医療保険を外れて後期高齢者医療制度に自動的に移り、自己負担分は1割に下がる。

所得によっては70歳以上でも3割負担となる場合はあるが、基本的には医療ニーズが高い年代ほど負担が軽減されていることが、日本の公的医療保険制度の最大の特徴と言えるだろう。

最新の数値である2023年の国民医療費は47.3兆円で、GDPの約8%に上る。厚生労働省の見通しでは、40年にはGDPの約10%まで膨張する見込みだが、その時点ではまだ膨大な人口を擁する団塊ジュニア世代は後期高齢者になっていない。

ということは、おそらく2060年くらいまでは医療費の増加が続いていく可能性が極めて高い。つまり社会保険料もまた、上がり続ける可能性が高いのだ。

政治家たちが高齢者票欲しさに全力スルーする「医療保険改革」をガチで考える
医療費は高齢化に伴い、額面ベースでもGDP比でも増加の一途をたどる。今後も増え続けることが見込まれている

医療費は高齢化に伴い、額面ベースでもGDP比でも増加の一途をたどる。今後も増え続けることが見込まれている

これに対してどんな手が打てるのか? 非営利の医療政策シンクタンク・日本医療政策機構でシニアマネージャーを務める栗田駿一郎氏に聞いた。

「確かに、医療費が上がり続けていくことは大きな問題です。高齢化に伴う医療ニーズの増加に加えて、医療技術の進展・高度化で、よりお金がかかるようになっていることが原因です。

ただ、最初にお伝えしておきたいのですが、医療費をお金の問題とだけ考えて、帳尻合わせのためにむやみに削減を進めるのは非常にまずいです。しゃくし定規に行なえば、必要な医療を受ける機会を制限し、医療の発展は受け入れないということになりかねません。

公的医療保険制度は国民全体でお互いを支え合うもので、それを永続させるために『適正化』するというスタンスで考える必要があります。

例えば負担の仕方についても、資産を加えた所得の多さをより適切に反映できるように手を加えるべきでしょう」

社会保険料は収入に応じて上下するが、いろいろな所得控除があることで、高所得者の負担率がかえって低くなることがある。また、現状では金融資産が多い高齢者であっても、確定申告をしなければ売却益や配当所得が社会保険料の算定基準に反映されることはない。

現行制度にはすでに、明らかに手直しすべきひずみが存在しているのだ。こうした矛盾を改めていくことで、現役中間層の社保負担の伸びが抑えられ、負担感が和らいでいくだろう。

■カットできそうな〝ムダ〟の規模は?

また、日本ではしばしば「ムダな医療が多い」と指摘されることもある。引き続き栗田氏に聞いていこう。

「例えば、最初に受診したクリニックでひと通り検査をしたのに、紹介されて行った大きな病院でもう一回同じ検査をするというのは、明らかに医療費のムダ遣いです。こうした重複投薬・検査の年間推計は2兆円に上るといった試算もあるほどです。

12月にはマイナ保険証に移行されるので、今後は検査データや薬の処方を患者が自分で持ち運ぶ基盤ができます。国には医療情報の共有を促進する政策と、そのための予算組みを積極的に行なってほしいですね。ほかにも『薬の飲み残し』は、少し古いデータで約30億円規模といわれています」

政治家たちが高齢者票欲しさに全力スルーする「医療保険改革」をガチで考える
自民党の参院選公約を眺めても、医療に関しては賃上げ以外はフワッとした内容しか書かれていない。あまりやる気ナシ?

自民党の参院選公約を眺めても、医療に関しては賃上げ以外はフワッとした内容しか書かれていない。あまりやる気ナシ?

過剰な薬の処方を問題視する医療従事者もいる。薬局を経営する薬剤師の声。

「連休前に、解熱鎮痛剤のみの処方箋を持ってきた母親が『子供が連休中に発熱したら困るので、一応もらっておくんです』と言ったのには驚きました。この地域では高校生まで医療費が無料で、お薬代もタダ。これは明らかにムダを生んでいますね」

また、ある内科開業医はこう言う。

「高血圧症や高脂血症などの慢性疾患の薬は、年齢や患者の状態に応じて、医師が服薬の継続・中止を判断する必要があります。しかし患者が薬を欲しがる傾向が強いんです。服薬中止を嫌がる患者が多いので、やむなく処方を続けるケースもあります。

日本は患者の自己負担が少ないので、ごく軽症でも病院を受診する傾向が強い。自己負担が少ないから、医療費がかかっていることを自覚してない方が多いんですよね。先の例に限らず、薬をやたらと欲しがる患者が多くて、余って捨てられることも少なくありません」

こうした薬のムダな処方を解消する役割が薬剤師に求められるわけだが、ある薬剤師はこう言う。

「患者の意向を確認し医師に減薬を提案したときに算定可能な加算があるのですが、得られる点数が低すぎて労力に見合わない。結果、誰も減薬の努力をしていません。

また、政府は処方された薬の把握を目指してマイナ保険証を推進していますけど、使い勝手が悪くて話になりません。

というのも、調剤履歴が反映されるのに1ヵ月かかるので、肝心の最近処方された薬のことがわからないんです。なので薬剤師が見てもあまり意味がなく、こちらも減薬につながらないのです」

■共感なき再分配は成立しない

最後に、公的医療保険制度を改革し存続させるために欠かせない、国民の「共感」について発信する明治大学政治経済学部教授の飯田泰之氏に、その主張を伺おう。

「ひと言で言えば、『共感なき再分配は成立しない』のです。世代間の助け合いとしての公的医療保険制度を支えるナラティブ(物語とそれに付随する価値観)が、どんどん弱くなっています」

どういうことか。

「公的医療保険制度が発足した1961年当時は、第2次世界大戦を戦った人や、戦争でハンディキャップを負った人々を国民全体、全世代で支えることに議論の余地はありませんでした。それから時代が下り、状況が変わります。

これからの高齢者が過ごしてきた時代にはもはや悲愴感はないし、生活水準もわれわれと大して変わらない。それなりに豊かな生活を送ってきた高齢者を、苦労真っただ中の現役世代が支えなければいけないというナラティブは維持できません。このままでは、社会保障に関する目線はますます厳しくなっていくでしょう」

飯田氏はさらに、日本の社会・経済状況も公的医療保険に改革を迫っていると説く。

「2010年代半ばまでは国内の景気が悪かったので、失業者を医療・介護部門が労働力として吸収して、誰も損をせずサービスを維持できました。その状況が変わったのは2018年前後。人余りがほぼ解消して、医療介護部門に労働力を割くには、ほかの分野から人を引っ張らないといけなくなったのです。

本来ならこの段階で医療制度改革の手を打つべきだったのですが、コロナ禍で先延ばしに。

この間に医療現場の疲弊が進み、いよいよひずみが顕在化してきたのが今です」

労働力という大事な資源が、もはや取り合いになっているということだ。この状況で高齢者が現行の手厚い医療サービスを受け続ければ、現役世代向けのサービスや成長分野に充てられる労働力が不足してしまう。これこそが、飯田氏が医療制度改革を説く最大の理由なのだ。

続けて、飯田氏の改革イメージを聞いていこう。

「出発点として、高齢者の受診頻度が高くなっても健康寿命に影響を与えないことが研究でわかっています。老化そのものは治療できないですから。なので、自己負担を上昇させて受診頻度が今より低くなってもいいのではないでしょうか。

また、ドラッグストアで買える湿布、風邪薬、痛み止めを1割負担で提供する必要もあるのかどうかも問われるべき。さらにもうひとつ、数千万円の医療費がかかる先進治療を余命の短い患者に安価で提供することの是非も、検討すべきだと思います」

年齢による医療の制限については、熟慮が求められる話だと飯田氏は留保をつける。とはいえ、労働力という貴重な資源が取り合いになっているときに、医療がどこまでカバーすべきなのか。その上、先進治療でも医療保険併用部分は高齢者は1割負担、現役世代は3割負担なのだから、なおさら議論されるべきだろう。

「というわけで、私の考える医療改革は3つです。

まず、高齢者の自己負担分を3割にすること。そしてもうひとつは高額療養費制度で、高齢者と現役世代の間の差を縮めること。

現役世代では自己負担の限度額が月額で8万円ぐらいになることが多いのですが、高齢者の場合は年間300万円程度の年金所得者で、1万8000円です。これは不公平でしょう。そして最後に、高度医療を高齢者に保険提供する際の基準を作ることです」

かなり根本的で、大がかりな改革に聞こえるだろう。とはいえ、ここまでやらないと国民全体で支え合う保険医療はもうもたないというのが、飯田氏の切実な危機感なのだ。

「弱りつつあるナラティブが完全に壊れてしまったら、いよいよ公的医療保険制度をやめるべきという主張が出てくるでしょう。そうなれば自由診療を受けられる大金持ちと、自前で民間医療保険に加入できる人、そして保険に加入できない人との差がどんどん開いていきます。

その最たるものが米国です。米国は1人当たりで日本を圧倒する莫大な医療費をかけながら、『医療制度が防ぎうる死をどの程度防げているか』を計るHAQ指数において、日本の後塵を拝しています。もう残された時間は長くないと思いますが、参院選の各党の公約を見ても、まったく危機感が足りていないのが残念です」

世代間の対立を防ぎ、共感を生むナラティブを醸成するのも政治家の仕事。こうした観点も、参院選を見通す上でキーになってくるはずだ!

■医療従事者は見た!「これ、医療保険のムダ遣いでは......?」

まずは薬剤師のAさんの談。

「安い薬ならもらえるだけもらいたいと考える人がいます。インフルエンザが流行する時期は、薬局に処方箋を提出してから待ち時間3時間は当たり前の大混雑になるんですが、そんな中、インフルエンザ治療で使われる『イナビル』という抗ウイルス薬を1シーズンで3回ももらいに来た方がいましたね。ちなみにその方は、ワクチンも打っていたそうです。明らかに必要じゃないと思うんですが......」

この例に限らず、テレビや雑誌で薬を紹介したり、病気を取り上げたりした後は、医師に対して患者が薬を〝おねだり〟することが激増するという。当然ながらこれもムダな処方になる。

政治家たちが高齢者票欲しさに全力スルーする「医療保険改革」をガチで考える
自己負担が少ないからと、多くの薬を欲しがる患者は少なくない

自己負担が少ないからと、多くの薬を欲しがる患者は少なくない

薬剤師のBさんは、過剰投与との闘いを教えてくれた。

「アトピーの患者さんで保湿剤を処方されている方に対して、明らかに過量投与であると伝えました。すると母親らしき女性が、『私も一緒に使っています』と言うんです。それなら量を減らしてもらってくださいとお話しすると、それ以降は来なくなりました。何も言わず出してくれる薬局に変えたんでしょうね」

Bさんはほかにも、降圧剤を複数の医療機関でもらっていた患者さんについて病院に照会したところ、ご本人から「なんでわざわざ病院にそんなこと聞くんだ!」と叱られたという。

続いて、訪問看護師Cさんに高齢者の実情を聞いてみよう。

「患者宅を訪問すると、衣装ケースに薬をどっさりため込んでいる高齢者は珍しくない。結局、処方薬は定期的に捨てることになります。もったいないですよね。

あと、独居の高齢者が寂しさを紛らわすために、病院に行くこともよくあります。看護師は仕事上、きちんと対応してくれますから。そういう方に、地域で支えてくれる人や家族がいたら、ムダな受診が防げると思います」

ちなみに、大量の残薬を確認した訪問看護師が、担当医師に電話で伝えても、処方がやまないことがあるという。医師は薬の処方では儲かるわけではないので、要は処方を変えるのが面倒くさいだけなのだ。それでも薬剤師も看護師も処方を変えることはできないので、残薬は増え続け、捨てられ続ける。

最後に、医師Dさんから病院の苦しい事情を聞くことができた。

「医師や病院の収入は、国が決めた保険診療の点数で決まります。人件費や物価の高騰もあり、近年では病院の倒産が激増。内科は患者1人につき問診時間は5分に抑え、1日に40~50人は診ないと経営が成り立ちません。

それでもカツカツなので、保険点数を稼ぐために検査は過剰になり、受診し続けてもらうために不要な薬を処方せざるをえないんです」

医療のムダ削減の道のりは、遠く長い。

取材・文/日野秀規 取材協力/田口ゆう 写真/共同通信社 時事通信社 iStock

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