雇用者数データの大幅な下方修正を行なったことを問題視され、トランプ大統領により解任された米国労働統計局のエリカ・マッケンターファー前局長
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。
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15年ほど前からテレビに出るようになった。驚いたのが視聴率1%の違いに右往左往する制作現場だ。
視聴率って全世帯を調べるわけではない。サンプルの標本数によるものの、誤差は数%ほど。つまり数%は普通にズレる。気にする意味がない。
でも「統計はわかりませんが、私たちには1%の差は重要です」といわれた。
なお、テレビ業界に無関係な方は知らないだろうが、もう一つの視聴動向調査方法にテレビ機「REGZA(レグザ)」がある。
ネットにつながる同機から毎秒ごとの視聴数を調査できる。ただ、もちろんREGZAが日本の全家庭に入っているわけではない。
2025年8月に米国労働統計局が発表した雇用統計に全世界が震撼(しんかん)した。
すでに発表済みだった非農業部門の過去2ヵ月分の数値を大幅に下方修正したのだ。5月分は「+約14万人」を「+約2万人」、6月分は「+約15万人」を「+約1万4000人」と修正した。
雇用創出数が低い=米国経済はダメだと市場はとらえ、株価は下落。トランプ大統領はただちに局長の解任を指示した。
不謹慎だろうが、私はこのニュースを聞いた際に「おお! さすがに統計数字はトランプ大統領の圧力を受けても誤魔化すことができなかったのだな」と感心した。
「これからは大統領に都合の悪い数字は出せなくなった」と述べた日本のコメンテーターがいたが、米国では虚偽数字を出せば内部告発制度があり、さらに訴訟される可能性もある。数字の誤魔化しは少ないだろう。
ところで、視聴率とおなじく雇用統計も全数調査をしているわけではない。約12万の企業等に雇用状況を訊(き)いている。全米の全事業所に質問するのは不可能だからだ。
調査の過程では、もちろん調査票が戻ってこないケースもある。また、年末商戦による小売業の臨時雇用増加や、夏休みの学生バイトの臨時増加などを季節調整でマイナスするといった、さまざまな苦労がある。
そして当局は速報値、一次改定値、確報値、と何度も公表する。精度を上げるために何重ものプロセスを経る。
その前提に立って同局の発表「Employment Situation Technical Note」を読んでほしい。当初の発表数字から±13万6000人(今回の修正幅はちょうどそのくらいだ)のあいだに落ち着くことは統計上、「90%でありうる」ことだとしている。
逆にいえば、それ以上ズレることも10%はありうる。細かな解説は省くが、サンプル調査である以上、そこまで精緻に集計できない。
みなさんに実験をしてほしい。米国の「労働人口」と「非農業部門の総雇用者数」を調べてほしい。
どちらも1億7000万人くらいの数字が出てくるはずだが、細かくはいろいろな数字があり曖昧(あいまい)。13万人くらいズレてもおかしくないよ、とわかる。
ただし、このテーマは日本のテレビ視聴率とおなじ問題をはらむ。統計がわからないひとには「もともと適当な数字を出したんでしょ」と政治的に捉えられる。統計における常識さえも陰謀論に巻き込まれる。
私たちは基礎教養として統計を学ぶしかない。『東京カレンダー』は男女をあやうい逢瀬(おうせ)にいざなうが、このままでは「統計カレンダー」の"改定値"が、政治と経済の関係をあやうい修羅場に変えていく。
写真/時事通信社