―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ今回の舞台は、連載の「23区内」という暗黙のルールを破って訪れた町田市。
7年住んだ第二の故郷で、著者は名店のカツカレーを頬張りながら、離れて初めて恋しくなる街の魅力を噛みしめる。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」
(※週刊SPA!2026年3月17日号より)

住み終えてから都と気づく【町田駅・リッチなカレーの店 アサノ】vol.37

 23歳で実家を出てから、5度の引っ越しを経験した。どの街も少しずつ良くないところがあり、その良くないところこそが魅力だったと後から気づかされたりもした。

 特に町田市は7年近く住んだこともあり、第二の故郷と思うほど親しんだ街である。

 そんな町田市に、この連載で訪れたいと思った。

「東京23区内の店しか記事にしない」という暗黙のルールがある当連載だが、そんな縛りを気にしている人間は私と編集部以外どこにもいない。

「何事にも例外はありますよ」と説得し、担当編集を強引に町田駅に呼び出した。

「大丈夫ですか? いきなり刺されたりしませんか?」

 改札を出るなり、担当編集は震える声で言った。町田市の治安はもうずいぶんよくなったというのに、いまだにゴッサム・シティか何かと勘違いしているらしい。公園に生首が捨てられていた事件なんてずいぶん昔の話だから大丈夫ですよォ、と満面の笑みで応えたが、しかし、この原稿を書くちょうど1週間前、町田駅近くの線路沿いで頭部のない遺体が発見されていたことを知り、今、かなりショックを受けている。ご冥福をお祈りします。

 こうして町田市の評価は、いつだって私が望むものにならない。
治安の悪さを指摘され、神奈川県との不自然な県境をネタにされ、なかなか住み心地の良さに気づいてもらえない。

 かくいう私も、町田に住むと決めたときはあまり気が乗らなかった。勤めていた会社までは自宅から1時間以上かかるし、小田急線はよく遅延するイメージがあった。

 しかし、大きな公園があったり、美味しいラーメン屋がたくさんあったり、ルミネやモディに好みのテナントが入っていたりと、都市に求める機能がギュッと詰まっているため、新宿や渋谷に出向く必要がなくなり、結果的にずいぶん長く住むことになった。

 そんな日々を懐かしみながら、町田駅周辺を担当編集と歩く。カツセさん、町田だとグーグルマップがなくても歩けるんですねェ、と強い悪意が滲んだ笑顔で言われ、腹が立ったりしながら歩く。

 せっかくなら名物を食べようと、有名店「リッチなカレーの店 アサノ」に向かった。1987年に創業して以来、行列をつくり続けてきた名店である。

 昨年の夏に仲見世商店街という古いアーケードから移転したため、新店舗には初めて入った。明るくて清潔な内装に、カウンター席が10席ほど並ぶ。移転前の狭苦しい空間とはまるで違っていて、嬉しい気もするし、どこか寂しい気もする。AMラジオが流れていることと、店主が気さくそうなところだけは相変わらずだ。


 メニューを見ると、「リッチなカツカレー」が猛プッシュされており、ここも変わっていない。2人でそれを頼んだ。

 薄めのカツと、サラサラのカレー。その相性がとにかく良く、横に添えられた千切りキャベツの食感も楽しい。やっぱりこれだなあ、と思う。担当編集も、悔しそうに「これは本当に美味しい」と言ったので、私の心は満ちた。

 帰り際、60代と思われる店主が、移転前の店舗で居酒屋を始める予定だと話してくれた。近所だったら通えたかもしれないのに、今さら悔しい。近所であってもどうせ頻繁には通わないくせに、と冷静に客観視する自分もいる。

 結局、離れたことで、恋しくなっているだけなのだ。引っ越しを重ねるたび、好きな街が増える。思い出のままではいてくれない街を眺めながら、駅に向かった。


 いい街ですね、と担当編集が言った。何も知らないくせに、と思いながら私は頷いた。

5度の引っ越しを重ねた小説家が“第二の故郷”町田で気づいたこ...の画像はこちら >>
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
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