朝の通勤時間帯の駅。ホームやコンビニの前で、スーツ姿の会社員らしき人が缶チューハイやビールを手にしている光景を目にしたことがあるだろう。
「朝からなぜ?」と疑問に思いながらも、大半の人はそのまま通り過ぎていく。しかし、彼らは一体、何者なのだろうか……?
今回は、出勤前にアルコールに頼らざるを得なかった3人の証言をもとに、その実態に迫る。

仕事のスイッチを入れるための儀式

朝の駅で缶チューハイを飲む“スーツ姿の会社員”たちの心の叫び...の画像はこちら >>
法人向けの営業職として数字に追われる毎日を送っていた髙橋裕司さん(仮名・26歳)にとって、朝の駅で飲む一杯は、仕事へ向かうための「儀式になっていた」と話す。

月末になると社内は「あと何件取れる」「今月落としたら次がない」といった言葉が飛び交うなど、緊張感に包まれる。夜は取引先との会食、その後は一人で飲み直し、コンビニで買った缶チューハイを手に帰宅する。

そんな寝不足の生活の中で、駅でお酒を飲むようになった。

「きっかけは、本当に偶然でした。前日の飲み会でほとんど眠れず、体調が悪い中、朝一で客先訪問の予定が入っていたんです。駅のコンビニでコーヒーを買おうとした手が、なぜか隣のハイボールに伸びて。少し飲めば、逆に楽になる気がしたんです。そして、ベンチで缶を開けました」

一口飲むと、たしかに少しだけ体が軽くなった。不安や緊張がぼやけて、「まあ今日もなんとかなるか」と思えた。

そこから、週に一度だった朝の飲酒は二度になり、プレッシャーの強い日などには、出勤前に350ml缶を空けることが“儀式”となったのだ。
酒が好きというより、仕事に向かうためのスイッチである。彼はアルコールの力を借りて、なんとか前に進もうとしていたのだ。

転機は、営業先で言葉がうまく出なくなった日である。

「簡単な説明でさえ噛み続け、お客さんに『大丈夫?』と真顔で心配された瞬間、自分が思っていた以上に壊れかけていることに気づいたんです。

そこから転職まではしていないけれど、少しずつ生活を変えるように努力しました。まず夜の付き合いを減らして『今日は予定あります』って断る日をつくったんです。そして睡眠時間を確保して、朝にコンビニでお酒ではなくお茶を買うようにしました。数字で詰められる部署から、既存顧客中心の担当に変えてもらって、今はなんとか立ち直りましたね」

絶望が引き起こした衝動的な一杯

朝の駅で缶チューハイを飲む“スーツ姿の会社員”たちの心の叫び「ホームのベンチで涙が…」「怠けていたわけではなかった」
※写真はイメージです(画像生成にAIを利用しています)
公務員として勤務していた内田健一さん(仮名・30代)のケースは、より衝動的だ。憧れの部署に異動した当初の意気揚々とした気持ちは、経験したことのない業務内容と古い庁舎の重々しい雰囲気にすぐに押しつぶされた。

「仕事で扱う法律が全く異なり、まるで転職したかのように業務についていけなかったんです。次第に上司から与えられる仕事は単純なものばかりになり、“自分はいかに使えない職員か”という自己嫌悪に苛まれるようになったんです」

その日、通勤途中のJR常磐線の車内で、内田さんの頭の中で「何かがぷつんと切れるような音がした」という。気が付けば、衝動的に電車を降りていた。

「私はホームのベンチで缶チューハイを開けていました。
2本目を手にした頃、私の目からは涙が流れていました」

通勤ラッシュの時間帯にスーツ姿で泣きながら酒を飲む自分に、周囲からの奇異の視線が突き刺さる。酔った勢いで上司に電話をかけ、支離滅裂な言葉で「休みます」と告げた。

「電話口で戸惑う上司が『内田さん、泣いたらいかん!』と繰り返していたことだけが、嫌にはっきりと印象に残っていますね」

その後の記憶は途切れ途切れで、居酒屋を転々とし、終電後の駅のベンチで駅員に起こされたことしか覚えていないという。

感情を麻痺させ、重労働に耐える日々

当時、ドラッグストアの社員だった松本京香さん(仮名・30代)は、出勤前にお酒を飲むことが常態化していた。

周囲から米10kgの袋詰めや重いドリンク類の補充といった力仕事を押し付けられる日々。店長からは「仕事が遅い。俺がやったほうが早いんじゃない?」とプレッシャーをかけられ、作業を早めるとさらに仕事量を増やされるという悪循環に陥っていた。

終わらない緊張と重労働は彼女の心身を蝕み、絶叫と嘔吐の末に救急搬送されることさえあったとか。

「信頼していた先輩は他店舗へ異動し、職場に助けを求められる人は誰もいませんでした」

孤立無援の状況で、彼女はアルコールに救いを求めた。

「最初は仕事終わりに飲むだけだったんですが、やがて出勤前に駅で2缶飲むようになりました。高揚感を得るというよりは、お酒を飲むことで感情を麻痺させ、自分を落ち着かせていましたね」

彼女は「たぶん酒臭い状態で出勤していたと思います」と振り返るが、周囲は何も言わなかったという。

その無関心さが、彼女をさらにアルコールの世界へと追い込んでいく。やがて、抑うつ感がひどくなり、朝、体が思うように動かなくなった。
欠勤が続き、その間もアルコールに浸る。精神科で「適応障害」と診断された後も、現場に戻らなければいけないというプレッシャーから缶チューハイを開けてしまう。

「悪いことと知りつつも、手が止まらなくなっていました」

その後は入院することになり、会社も辞めることになった。現在も無職の状態が続いているという……。

言葉にならないSOS

朝の駅で、スーツ姿のまま酒を飲む人々。一見すれば不謹慎で不可解な光景に映るかもしれない。

しかし、今回紹介した3つの事例からは、過酷な労働環境、過剰なプレッシャー、そして精神的な孤立に対する自己防衛的な行動だったということがうかがえる。

アルコールによって感情を麻痺させ、仕事へのスイッチを無理やり入れ、あるいは絶望から一時的に逃避しようとしていた。

前出の髙橋さんは「朝のホームで缶を握っていた自分は、怠けていたわけではなかった。ただ、ちゃんと『疲れている』と言えなくなっていたのだと思う」と語るが、その一杯は、限界を迎えた人間が発した言葉にならないSOSなのかもしれない。

<取材・文/日刊SPA!編集部、藤山ムツキ>

【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。
著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo
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