それでも、現場では今日もどこかで、横柄な態度や心ない言葉に泣かされているアルバイトさんがいる――。注意したくても、トラブルが怖くて声を上げられない。そんな場面に居合わせたら、自分はどう動けるだろう、と考えたことがある方も少なくないのではないでしょうか。
UAゼンセンが2024年に実施した最新調査では、流通系従業員のおよそ2人に1人(46.8%)が、客からの迷惑行為被害を経験していると回答しています。すぐ隣に、声をかけられず一人で耐えている人がいるかもしれない。そう思うと、なんとも他人事ではない数字です。
今回ご紹介するのは、過去に大きな反響を呼んだ実録エピソードから、弁当店で小銭を投げつけられたアルバイト店員と、その場に居合わせたサラリーマン客の話。あわせて、横柄な態度が思わぬ形で本人に跳ね返ってくる、もうひとつのエピソードもお届けします。記事の後半では、“客だから何をしてもいい”が通用しなくなりつつある今、こうしたケースが法的にどう扱われうるのか――そのあたりも、少しだけ考えてみます。
* * *
【エピソード1】小銭を投げつける横柄な客
学生時代に個人経営の弁当店でアルバイトをしていた加藤ちあきさん(仮名)が、ある常連客とのエピソードを明かす。20代とみられる若い男性客は、週に1度ほど来店していた。ある日、幕の内弁当を注文したが、品切れだった。
「すみません、品切れになってしまって」
「じゃあ、豚肉の生姜焼きにしてください」
男性客はそのまま弁当を購入し、店を出て行った。しかし、1週間後の夜、再び同じような状況になると……。
「なんでいつも売り切れてるの」
「幕ノ内弁当は午前中に仕込みをしているもので、夕方には品切れになることが多く、申し訳ございません」
「それはそっちの都合だよね」
男性客は不機嫌になり、鮭弁当を注文。だが、会計時に小銭を投げつけてきたのだ!
加藤さんは泣きそうになりながら床に落ちた小銭をひろい、レジを打った後にレシートを渡した。彼の財布に学生証が入っているのが見え、大学生であることがわかったという。
救世主が登場「だったら、店員さんに謝れよ!」
これに対して大学生の男性は睨みつけるだけで、謝罪の言葉はなかった。その後……。
「鮭弁当をお待ちの方……」
加藤さんが呼びかけると、大学生が椅子から立ち上がった。だが、弁当を受け取ろうとした大学生の足を、先程かばってくれたサラリーマン客が“偶然”にもひっかけてしまったのだ。
「何をするんだ!」
「わざとじゃないよ」
「わざとじゃなくても謝れよ!」
「だったら、さっきレジで小銭を投げたことを店員さんに謝れ!」
大学生は弁当を受け取ると、店内の視線が集中するなか、「こんな店二度とくるか!」と捨て台詞を残して立ち去ったという。
店員に対してあまりに横柄な態度で接する客など、来なくて結構だろう。一方、加藤さんを助けてくれたサラリーマン客は「気にしない方がいいよ」と声をかけてくれ、その後も常連として店を訪れてくれたそうだ。
【エピソード2】暗躍する不良学生たち「俺たちが主任を追い出してやった!」
吉岡、阿部、上田の3人(いずれも仮名)は、成績こそ振るわなかったものの、スクールカーストの頂点に君臨していた。彼らは典型的な“不良”で、問題行動は徐々にエスカレート。2年生の前期に事件が起きた。同級生の女性をいじめていたのだ。
「こんな大事件にもかかわらず、担任は保護者に萎縮して指導できず、ますます3人はつけあがっていきました」
そんなある日、3人は未成年であるにもかかわらず、喫煙をしているところを教務主任に見つかった。主任は軽く頭をたたいて注意したが、彼らはこれを逆手に取ったのだ。
「過剰な体罰だ!即刻、主任をクビにしろ!」
どう見ても怪我などないはずだったが、病院で診断書を取ってきて、保護者たちが学校に詰め寄ってきたのだ。結局、主任は自宅謹慎を余儀なくされてしまう。
3人は意気揚々と、「俺たちが主任を追い出してやった!」と吹聴し始めた。
形勢逆転、立場を失って…
しかし、主任を慕う他の学生たちは黙っていなかった。「何で悪いことをした学生を野放しにして、悪いことを注意した先生が罰を受けるのか!」
主任は厳しい反面、学生想いで指導力にも定評があった。抗議の声が拡大し、みるみるうちに勢力は逆転。
そんななかで、彼らが試験で不正を行ったのだ。しかし、その行為はすぐにバレてしまい、留年が決定。完全に居場所がなくなり、学校を去ることになったという。
「復職した教務主任が、彼らに対して名誉毀損と偽計業務妨害の民事訴訟を起こしたんです。まさに泣きっ面に蜂とはこのことでしょう」
* * *
■「客だから」が通用しない時代に
弁当店の大学生にしても、専門学校の不良学生たちにしても、横柄な態度や理不尽な要求が、結局のところ自分に跳ね返ってくる――。今回の2つのエピソードに共通するのは、そんなシンプルで、けれど忘れがちな現実なのかもしれません。冒頭でも触れましたが、2025年4月には東京都で全国初の「カスタマー・ハラスメント防止条例」が施行され、同年6月の法改正で企業にカスハラ防止措置が義務化されました。「お客様は神様」が無条件に通用した時代から、「お店で働く人も、ひとりの人間として尊重される」時代へ。少しずつですが、世の中の空気は確実に変わってきています。
弁当店の大学生のように、店員に小銭を投げつける――。それが店の業務をひどく妨げる形になれば、刑法上は「威力業務妨害罪」(3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)に問われる可能性もある行為です。“ちょっとした腹いせ”“若気の至り”では片付かないところまで、社会の側はすでに準備を整えつつあります。
■名誉毀損と業務妨害、相場はどれくらい?
専門学校のエピソードでは、無実の体罰を訴えられた教務主任が、復職後に名誉毀損と偽計業務妨害で民事訴訟を起こしたとのこと。刑事の法定刑だけでも、名誉毀損は3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金、偽計業務妨害は3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金と、決して軽くはありません。民事の損害賠償については、弁護士事務所の解説などによれば、個人に対する名誉毀損の慰謝料はおおむね50万円前後が一つの目安で、悪質性によっては100万円、200万円と上振れする例もあるそうです。「軽い気持ちで先生をハメてやろう」が、人生をなかなかの長さで縛る負債に変わってしまうこともある――そう考えると、当時の3人の選択は、ずいぶん高くついたことになりそうです。
■それでも印象に残るのは
そして最後に。弁当店の場面でひとつ救いがあるとすれば、後ろに並んでいたサラリーマンの存在でしょうか。声を上げにくい場面で、それでも一言を発した人がいた――。法律やルールが整っていくのは大切なことですが、結局のところ、目の前で泣きそうになっている店員さんを救うのは、隣に居合わせた誰かの小さな勇気だったりする。今回のエピソードが残しているのは、そんなささやかで、けれど確かな手触りの記憶なのかもしれません。
【藤井厚年】
明治大学商学部卒業後、金融機関を経て、渋谷系ファッション雑誌『men’s egg』編集部員に。その後はフリーランスで様々な雑誌・書籍・ムック本・Webメディアの現場を踏み、現在は紙・Webを問わない“二刀流”の編集記者として活動中。若者カルチャーから社会問題、芸能人などのエンタメ系まで幅広く取材する。趣味はカメラ。
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