進学理由は「ダンスサークル」
――大盛況だった台湾公演では、記者会見に出席するメンバーにも選ばれていましたね。もね:ありがたいことに。これまで台湾の言語を学んでこなかったのですが、通訳の人にアクセント(ピンイン)について詳しく聞いたりして、結構勉強して臨みました。現地の人たちも、ちゃんと勉強したことは理解してくれたみたいで、そこから応援してくれるようになった方もいました。
――昔から勉強は好きなのでしょうか。国立大理系学部卒というと、狭き門ですよね。
もね:いや、勉強が好きなタイプではなかったですね。両親はやりたいことをやらせてくれて、就学前からスイミングと英語、小学校入学後はピアノも習わせてくれました。どちらかといえば関心があったのはダンスで、『クイズ!ヘキサゴン』で結成されたPaboとか、韓国アイドルのKARAや少女時代に魅了された学生時代でした。ところが住んでいたのが青森県の、結構な山奥なので……当時はダンススクールが通える場所になくて、諦めていたんです。私はその後、東北地方の国立大学へ行くのですが、その大学に決めたのも、私の好きな系統のダンスサークルがあるからなんですよね。
高校時代の彼氏に土下座を強要された
――意外すぎます(笑)。受験勉強がたいへんそうなイメージがありますが……。もね:そうですね……実はあまり苦労していません。もちろん、「まったく勉強せず受かりました」みたいなことではなく、きちんと勉強もしていたのですが。高校時代はもうちょっとたいへんなことがあって、受験勉強どころじゃなかったというか。
――詳しく聞かせてください。
もね:同じクラスに、高校入学とほぼ同時に交際した彼氏がいました。部活も一緒です。最初の1年間は普通に付き合っていたのですが、2年生でクラスが別々になってしまうと、彼氏は休み時間に私を見に来て行動に難癖をつけるようになったんです。「脚を組むな」「頬杖をつくな」「ほかの男子と話している」――そんな他愛もないことで不機嫌になって、メールが返ってこなくなるんです。私はそれが理解できず、「なんで怒ってるの?」と彼氏のクラスまで聞きに行ったりしていました。
――結構なモラハラじゃないですか。
もね:今考えるとそうなんですよね。
「彼氏の母親」も大変な人物で…
――衝撃です。よく耐えましたね。周囲は何も言わないんでしょうか。もね:その人は、非常に外面がいいんです。だから彼氏のクラスでは「俺、あの女(もねさん)に付きまとわれててさ」と吹聴していたみたいで……実際に、彼が不機嫌になると私は決まって教室に行っていたので、外からみるとそう見えるんですよね。どんどん私のほうが孤立してしまっていて。あの時期は結構つらかったですね。だから高校時代の記憶って、断片的なんですよ。
――そこまで追い込まれていたんですね。
もね:そうですね。
――学校側の対策というのは……。
もね:7者面談が行われました。私、彼氏とその母親、それぞれの担任と学年主任です。振り返ると「別れろよ」という話なんですが、当時はそれができず、ずるずると大学まで交際は続きましたね。心配するので、母には「別れた」と嘘をついて……。
――別れに踏み切れた理由は何かあったのでしょうか。
もね:ダンスですね。大学で念願のダンスサークルに入って活動していたのを、彼氏が見に来たことがあって。「はしたない」「ダンスなんかやめろ」というので、「絶対にやめない」と譲りませんでした。高校時代から、彼氏は気に食わないことがあると「じゃあ死ぬ」みたいなことを口走る人で。そのときもそんなやり取りがあったと思います。でも、私ももう限界に来ていたし、ダンスを制限されるいわれはないので「ご自由にどうぞ」と縁が切れた感じです。
新卒で商社に入社するも、馴染めず
――ダンス愛の勝利ですね。強豪ダンス部だったのでしょうか。もね:いや、ぜんぜん違います。私は3年生でサークルリーダーに就任しますが、そのときに市で大きめのダンスイベントがあって、エントリーしようとしたら「どこ?」と門前払いを食らうほど、知名度も実力もなかったです。本当に悔しかったですね。
――同じ国立大学理系学部からは、いろんな優秀な企業に入る人がいるのかなと推察しますが。
もね:そうですね。大学では広く言えば土木や建築について学んでいて、私は主に橋の強度などの研究をしていました。同期はゼネコン、コンサルが多く、公務員もいましたね。私はとある商社に初の理系女子の営業として入社しました。
――会社員生活はどうでしたか。
もね:私にコミュニケーション能力がないせいで、結構辛かったですね。周囲は当時の私からみるとおじさんばかりで、盛り上がる話題は野球や社会情勢とかで、あまりついて行けず……。いずれ辞めたいなぁとは思っていました。
「1次審査合格」の時点で退社を決意
――63ANGELに入ろうと思ったきっかけはどのようなものでしょうか。もね:SNSで存在を知って、サークル時代の友人を私が誘って見に行ったんですよね。あのときの私の頭のなかでは、ダンスで生きていこうと思ったらプロダンサーか振付師しか選択肢がなくて……。でもショーをみて、みんなすごく格好良くてセクシーで、魅了されてしまったんです。それで、友人に「来週も行こう!」と(笑)。
――ダンサーになるにはオーディションが必要ですよね。
もね:そうなんですよ。審査は1次~3次まであるのですが、1次審査合格の連絡を電話でもらったんです。そのとき「きっと私はここでダンサーになるな」って直感的に思って。それで、上司を呼び出して「東京でダンサーとして働くための1次選考に受かったので、会社を辞めます」と言いました。
――すごい度胸! 上司はどんな反応でしたか。
もね:「は?」という感じでした。かなり驚いていました。「まだ1次でしょ? 本当に合格してからでも遅くないんじゃない?」と。
――僭越ながら、私も上司の方と同じように思います(笑)。
もね:営業先の顧客をかなり抱えていたので、いきなり「来月辞めます」とすると、引き継ぎが間に合わないと思いまして……。それは会社に迷惑がかかるので、辞めようと思ったときに伝えるのが誠意だと思いました。
「技術で及ばない」けど…さらなる飛躍を誓う
もね:母にはLINEしました。「ちょっと意味がわからないから、落ち着いたらあとで電話して」と言われたと思います。かなり呆れていましたが、私がやりたいことをやってしまう性格なのを知っているので、そこまで強硬に反対はされなかったですね。もちろん、賛成もしていませんでしたが。でも、今は頑張りを認めてくれていて、イベントに来てくれるんです。
――晴れてダンサーとして合格して、はや5年になるわけですが、今後の展望などあれば。
もね:同じ舞台に立つ女の子のなかには、幼い頃からダンスをやっている上手な子がたくさんいます。私はダンスに対する愛情はあるけど、技術で及ばない部分がある自覚もあります。ほかにも、お客さんとのコミュニケーションにおいてもまだまだ学ばなければならないことが多いと思っています。いま、こうして好きなダンスを仕事にできることに感謝して、少しでも自分のスキルを磨いて、もっと中央に近いところで踊れる存在になれたらいいな、とは思っています。
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コミュ障の自認があるともねさんは言う。けれども、その飄々とした語りに惹き込まれる人は少なくないだろう。周囲への気配りができ、全体を俯瞰の視点で捉えられる強みもある。その長所がたまに引き起こす暴走もスリリングで釘付けにする。
理性的でほんわかした彼女の笑顔に時おり宿る、ダンスと心中するかのごとき狂気が最高に爽快でいい。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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