―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。
今回は、連載の挿絵を担当する小指さんと高円寺の老舗喫茶店「ネルケン」へ。荒波を泳ぐように生きてきた小指さんの言葉に、著者が思わず自分の生き方を振り返る。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」

荒波を泳ぐ人のやさしさ【高円寺駅・ネルケン(喫茶店)】vol.52

 この連載を支えている屋台骨は二つある。一つは締め切りで、もう一つは挿絵である。

 まず、この世のほとんどの原稿は、締め切りがなければ完成しない。担当編集が涼しい顔でスケジュールを伝えるとき、私は毎度舌打ちしそうになるほど苛立つのだが、しかし締め切りがなくてはいつまでも書かないので、憎くも必要な存在である。

 そして挿絵がなければ、誰もこんな文章には気づかない。

 挿絵は、タイトルと同様かそれ以上に重要で、店でいう看板のような役割を持つ。ここにはこんな話が書いてありますよ、と端的に、そして魅力的に伝えるのが挿絵の役目だが、私はときに何のとりとめもない話を書いたりするから、イラストレーターさんを困惑させることも多い。本文から大きく逸脱することも許されないので、大変な職人仕事だと思う。

 そんな当連載の挿絵を担当してくれているのが、小指さんである。

 小指さんと私は同世代なのだけれど、育った環境も出会ってきた人たちもまるで違うので、お互いのことを遠い星の生物として認識している気がする。


 簡単に言えば、私はぬるま湯に浸かるように生き、小指さんは荒波を泳ぐように生きてきたのである。

「若い頃にアルコール依存症の人と共依存状態で大変だったことや、当時の自分のふがいなさを思い出してしまうから、高円寺にはなかなか立ち寄れなかったんです。最近になってようやく、この街を歩けるようになりました」

 雨の平日。ヴァイオリンのソロがスピーカーから響く名曲喫茶で、小指さんは囁くように言った。高円寺の老舗「ネルケン」は、店先の紫陽花が暴走気味に咲き散らかしていて、店舗の入り口をわかりにくくさせていた。

「この店は、18歳のときに初めて高円寺に来たときに見つけて、それからよく通っていました」

 初めて高円寺に訪れた人が入るには、いささか勇気が試される外観だと思った。

 私の知る小指さんは、そうした店に好奇心で飛び込んでいけるし、私が距離を置いてしまいそうな人にこそ、手を差し伸べる人だった。

 きっと持ち合わせている勇気と好奇心の量が、人よりも多いのだと思う。それでいて、誰も見捨てないやさしさも持つから、引き寄せてしまう苦労や疲労も多くて、私は小指さんと話すたび、自分の薄情さや、無関心でいられる環境が、恥ずかしくなる。

「ネルケン」店内は、日焼けした机や朱色の椅子、木の枝を加工して作ったようなパーティションなど、ジブリ作品にありそうなあたたかみがあった。長く勤めているのであろう、年配の女性店員は凜とした立ち振る舞いでいて、身につけているものにも気をかけていることがすぐにわかって、素敵な人だった。

 中に入ってみなければ、魅力に気づけなかった。


 高円寺にはそんな店が多い。私はそのほとんどを知らないし、詳しい人に憧れながら、やはり一歩を踏み出せずに終わるのだと思う。そして小指さんは、私が見過ごしてきたたくさんのものに、ひとつひとつ気づいてきたのだ。

「共依存のあと、8年病床に臥(ふ)していた父親を看取って、最近ようやく、ちょっとまともになれたかなって」

 小指さんは恥ずかしそうに笑いながら続けた。

「私はきっと、余計なことしないと、大人になれないんです」

 行動力がなく、人に巻き込まれるのを避けてきた私の耳に、その一言が深く残った。

 そんな小指さんの挿絵が、この連載をずっと支えてくれています。

中に入ってみなければ、魅力には気づけない。高円寺の老舗喫茶で...の画像はこちら >>
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
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