健康のために始めた筋トレが、いつしか「休めない義務」に――筋トレ人口が増える一方、家族との摩擦や「筋肉が落ちる」恐怖に苦しむ人もいる。どこからが“やりすぎ”なのか。
実践者と専門家に聞いた。
「子どもが高熱でもジムへ行く夫が許せない」家庭崩壊に直面する...の画像はこちら >>

筋トレ実施人口は約20年で2倍以上に

 笹川スポーツ財団の調査によると、20歳以上の筋トレ実施人口は2000年の約726万人から、2024年には約1629万人と2倍以上に増えた。男性では30~40代で実施率が伸びている。

 背景には、ライザップのTVCMで肉体改造が広く知られたことや、安価な24時間ジムの普及などがあるだろう。さらにコロナ禍には運動不足への危機感から、動画を参考に自宅で筋トレする人も増加。同調査では2020年の約1820万人をピークに減少したものの、筋トレは生活に定着した。

 Xで鍛え上げた体を披露する「おじ筋ちゃん」氏(51歳)は、大阪で「ヘアースタジオファースト203」という美容室を経営。35歳で肥満と診断されたのを機にジムへ通い、半年で体脂肪率を30%前後から10%未満まで落とした。その後は軽い自宅トレ程度だったが……。

「47歳の時、かつての僕の写真を見たお客さんから、大会出場をしつこく勧められて再開したら、何と4か月後のベストボデイジャパン大阪大会で3位に入賞したんです。筋トレにハマったのはそこからですね」

 毎朝、ディップス100~120回、懸垂100回、腕立て伏せ700回、腹筋などを「歯みがきと同じ」感覚でこなす。さらに週5回ジムへ通い、1時間のウォーキングと日焼けも欠かさない。

「現在私が目指しているのは、フィジークという競技への出場です。
そのためには日々のボディメイクは欠かせません」

筋トレで家庭崩壊も……取り憑かれたように没頭する理由

「子どもが高熱でもジムへ行く夫が許せない」家庭崩壊に直面するマッチョたちと、休むのが怖い“筋トレ依存”の病理
見事な肉体美を誇る「おじ筋ちゃん」氏
 おじ筋ちゃん氏は、筋トレの時間を捻出するために大好きなゲームの時間を封印するなどして何とかこなしているというが、筋トレに熱中しすぎる夫に対して不満を持つ妻もいるようだ。

「私はそもそもマッチョが大嫌い。気持ち悪いからやめてほしいと夫に言い続けているのに無視され、おまけに家の中のことを何ひとつ手伝わないので『筋トレの前にもっとやることがあるでしょ!』と日々怒っています。おかげで夫婦仲は最悪です」(佐弓さん・42歳・仮名)

「子どもが高熱を出して大変な時にも、我関せずという感じでいつものようにジムに行く夫が許せない」(紀子さん・28歳・仮名)

 家族を怒らせてまで筋トレに熱中してしまうのはなぜなのか。

「筋トレは、やった分だけ体が変わる。終了後には『今日も頑張った』という達成感があり、継続できる自分も好きになれる。メンタルも鍛えられ、人生が豊かになる。だから熱中する気持ちはわかります」

 というおじ筋ちゃん氏だが、一方でデメリットも感じているという。

「僕のように大会出場を目指している場合、1日でもトレーニングができないと自分を責めてしまうし、罪悪感すら持ってしまうので逆にストレスが溜まります。ボディメイクには毎日の継続が必須ですから、1日サボると体が退化してしまうんです」

 では、本当に1日休むだけで筋肉は落ちるのか。

「筋肉は鍛えるとパンプアップします。これは血流増加や代謝産物の蓄積による一時的な膨張にすぎません。休むことで元の状態に戻り、筋肉の張りが失われたように感じますが、どちらも一時的なもの。
筋肉がなくなったわけではありません。それでも休めないのは、『つけた筋肉が失われる』という誤解と恐怖でしょう」

 そう話すのは、日本体育大学教授で、ボディビルの世界大会で優勝経験もある岡田隆氏。岡田氏によれば、大会出場を目指すほどハマると、時間やエネルギー、健康まで犠牲にするケースもあるという。

「子どもが高熱でもジムへ行く夫が許せない」家庭崩壊に直面するマッチョたちと、休むのが怖い“筋トレ依存”の病理
日体大教授であり、SNSで筋トレをはじめとする健康情報を発信する岡田隆氏


「1日休むと元に戻る」という思い込みの正体

「子どもが高熱でもジムへ行く夫が許せない」家庭崩壊に直面するマッチョたちと、休むのが怖い“筋トレ依存”の病理
筋トレを止められないメンタリティについて解説する精神科医の原井宏明氏
 では、頭ではわかっていても休めないのはなぜか。強迫症(強迫性障害)の研究に明るい精神科医の原井宏明氏は、次のように分析する。

「筋トレの場合、鍛えるほど体型が変わっていくのでフィードバックが早い。しかも他人に依存せずとも変わっていける自分を体感することができる。そのぶん、毎日続けないと元に戻ってしまうと思い込み、それによって自信を喪失してしまう傾向があるような気がします。そこには醜形などを含む過去のコンプレックスも絡んでいるかもしれません」

 十分に鍛えた体なのに「筋肉が落ちる」「まだ小さい」ととらわれてしまう状態は、精神医学では「筋肉醜形恐怖(マッスル・ディスモルフィア)」と呼ばれ、米国精神医学会の診断基準DSM-5でも身体醜形症の特定用語として位置づけられている。

 原井氏によれば、「元に戻ってしまう」というのは未来のリスクであり、「筋トレしなかったら悪いことが起きる」という一種の自己脅迫でもあるという。

「強迫症を持つ人は、将来のリスクに備えるために自分をストイックに追い込みます。特に筋トレにハマってその他のことをしなくなるというのは、義務がその他のことから筋トレに代わっただけのこと。本人は家庭内での義務を果たしているつもりなのでさほど罪悪感はないかもしれません」(同)

 先の妻たちの怒りは、まさにこの「義務の置き換え」に向けられているといえるだろう。


健康効果は「週2時間」で頭打ち

 一方で、筋トレを始める人のほとんどは、肉体のカッコ良さや美しさ、さらに健康を維持して医者いらず、薬いらずの未来を作るためにやっていると岡田氏は言う。

「少子高齢化が進む中で、何歳になっても自分の足で歩けるような健康を保つために、筋トレは必要です」(岡田氏)

 ただし、健康目的なら適量がある。今年6月、ハーバード大学などが約14万7000人を最長30年追跡した研究では、週90~119分の筋トレが総死亡や心血管疾患の死亡リスク低下と最も強く関連。それ以上増やしても健康効果の上積みはみられなかった。

 週2時間といえば、ジムでの1時間を週2回。毎朝の自宅トレーニングに加えてジムに週5回通うおじ筋ちゃん氏の練習量は、健康のためという枠をはるかに超えている。それ自体は競技を目指す本人の選択だが、健康目的で始めた人が同じ道をたどる必要はない。

 健康のためなら週2時間で足りる。それを超えて家族を怒らせてまで続けるのなら、それはもう健康法ではない。自分にとっての適量を知ることが、筋トレと家庭を両立させる第一歩なのだ。

【岡田隆氏】
日本体育大学教授。博士、理学療法士、元五輪全日本柔道男子チーム体力強化部門長。
YouTuber「バズーカ岡田」としても活動中

【原井宏明氏】
「原井クリニック」院長。日本における強迫性障害治療の第一人者。著書に『図解 いちばんわかりやすい強迫性障害』(河出書房新社)など

取材・文/週刊SPA!編集部
編集部おすすめ