幼稚園の頃から、自分の性別に違和感を抱いていたトランスジェンダーアーティストのkumo.さん(@kumodot5)。
 小学校から中学3年まで養護施設で育ち、学校生活や人間関係にも悩みを抱えていた。
やがて施設を離れるも、過酷な生活は続き……。

 そんなkumo.さんのこれまでの人生を振り返ってもらった。(記事は全2回の1回目)

虐待・養護施設を経て、“父の紹介”で水商売へ…高校の学費を稼...の画像はこちら >>

ジェンダーへの違和感は幼稚園時代から

――トランスジェンダーのアーティストとして活動するkumo.さん。ご自身で違和感を感じたのはいつ頃からですか?

kumo.:
それは、もう生まれてからずっとだと思います。覚えているのは幼稚園の時。男の子と女の子で使うものってある程度、決められるじゃないですか。

 タオルを掛けるラックに、それぞれマークをつけていました。隣の女の子はピンクのウサギ。私は青い車だったんですね。性別になんで色がついているのか、そんなことがとても不思議でした。

 あと、幼稚園の時にノリで「結婚しよう!」って言い合っていたのは男の子でした。

――ご両親から幼稚園に入る前にいろいろなものを買ってもらったと思います。その時も違和感がありましたか?

kumo.:
フラフープとかバトンとか、女の子の中で流行っているものってあるじゃないですか。
私はとても興味があったのですが、買ってもらえなかったですね。ただ……実はそもそも私は施設育ちで、親との思い出があまりないんです。

児相に保護され養護施設へ。不登校も経験した

――そうなんですね。差し支えなければ、そのあたりも教えてください。

kumo.:
私と母親は父親から暴力を受けていました。今から思えばトラウマになってしまうようなこともあったんです。母も父との仲が良くなく精神的にまいってしまっていて。

 そんな騒がしい家だったので、他の家から通報があったみたいで児童相談所の職員の方が見回りに来るようになりました。最初は一時保護みたいなことから始まって、家と児童相談所を行ったり来たりして。その後、小学校から中学3年までは養護施設で育ちました。

――それは大変な経験ですね。
施設での生活はどうでしたか?

kumo.:
施設はいくつか転々とすることになります。職員さんは本当に大変だったと思うんですよ。メンタル的に厳しい状況の子供も少なくないので。

 私はそんな中で、ひとりの時間が欲しかったんです。部屋もひとり部屋ってことはなかったので、とにかく近くの田んぼで、ひとりで遊んでいました。そんな感じなんで友達はできなかったかな。

――ひとりの時間が作りづらいというのは厳しいですね。

kumo.:
そうですね。私は小学校低学年の時は学校にも行ってませんでした。ずっと施設に引きこもっていたんです。学校に通うようになったのは3年生の頃だったと思います。でも、そこからではやっぱりなじめない。


家族も性別も、よくわからなかった

――他にも生活していく中で悩むことは?

kumo.:
小学校の頃は「家族とは何か」と考えてしまうことが多かったんです。学校で「父の日」「母の日」のイベントがあったような日には、私には来てくれる家族はいない。

 もちろん仲が良くなるクラスメイトもいましたが、私はすごく依存してしまうんです。その子が悩んでいると私も一緒になって落ち込んでしまう。その子のことをたくさん知ってしまうと離れたり、ひとりになるのが寂しくなってしまって……。

 他人との距離感は苦労をしていました。人間関係って難しいですよね。頭がよくないのに考えすぎてしまうんです。

――やっぱり性別に対する違和感を感じることはありましたか?

kumo.:
中学生になると制服がありますよね。すっごくスカートがはきたいわけではなかったけど、男と女で分けられていることが納得できませんでした。男だからとか、女だからとか言われることに理解ができなかった。

 仕草が女性的なところがあったので、「オネエ!」「オカマ!」とか、すっごいイジられました。傷つくというよりも、なんでこんなことを言われなきゃいけないのか理解ができなかったです。
私は普通に生きているだけなのに。

――仕草はテレビで好きなアイドルや女優を見て影響を受けましたか?

kumo.:
う~ん、それはなかったかな。施設って番組を選べないんですよ。覚えているのは「笑点」くらい。私はそれで育ってるんです(笑)。

――それで中学3年からは施設を抜けて、お父様と暮らすことになる。これはどんなきっかけがあったのですか?

kumo.:
今から考えれば父から虐待みたいなことをされていたとわかるのですが、それが普通だったので、そこまでのことだとは思ってなかったんです。施設の他の子たちは、親と定期的に会っている子もいて、私はうらやましかった。

 それでやっぱり父のところがいいと施設を飛び出しました。脱走みたいな感じでしたね。私はこうと決めたらいっちゃうんですよね。ただ、どこにいるかもよくわからない。
とにかく漫画喫茶や公園で寝たりしながら探しました。

父の紹介で、未成年ながら二丁目で夜職を始めた

――やっと会えたお父様との生活、どうでしたか?

kumo.:
やっぱり変わってなかったですね。すぐにまた虐待みたいなことがありました。「もう捨てたんだから」とも言われました。そして父から紹介されたのが新宿二丁目の夜の仕事です。

 もちろん、違法ですよね。そこで稼いだお金で高校に通いました。やがて父親のところにも帰らなくなり、二丁目で泊まって生活するようになったんです。

――ちょっと想像を超えるような経験ですね。

kumo.:
私はそこでも勘違いをしてしまって……。人から求められることが、うれしいと思ってしまったんです。それまで家族にも友達の輪にも属することができなかったので。「ここが私の居場所なんだ」って少し安心してしまったんです。


 やがてお店だけでなく、掲示板とかを使って、いろんな人と出会いました。勉強にはなったんですよ。人間って見ただけではわからないことってあるんだなって感じました。すごい笑顔の人でも、信じられないくらい闇を抱えていたりして。

――高校での学校生活はどうでしたか?

kumo.:
やはり人間関係はうまくいかなかったですね。ただ「オネエ」とか言われても、もう振り切っていたので気にしていなかった。そもそも私はいじめられてるって感じるセンサーが弱いのかもしれない。

 私は私のことを普通と思っているので、何がおかしいのかわからない。でも机の上に落書きされた時は、さすがにいじめられてるんだなって気づきました。

 ちょうどその机はガタガタしていてそれが嫌だったんで、それをきっかけに机を替えてほしいとお願いしたら、新しい机になってこれはラッキーだなって。そんな感じで、あまり深刻には考えない。

――高校での恋愛は?

kumo.:
仕事でいろんな人を見ているので、人間は信じられなかったですね。仕事先でも付き合ってほしいと言ってくれる人はいたんですが、やっぱり、信じられない。

 家族ですら関係性が難しかった人生なので、そんな他人同士でうまくいくわけないじゃんって思っていました。

留学を目指し、夜職で学費を貯めたのに…

――やはり高校での生活も良いことはなかった?

kumo.:
実は悪いことばかりではなかったんです。通っている中で夢が見つかりました。学校で「発展途上国を支援しよう」みたいな活動があって、すごく興味を持ったんです。ただ、そのうち、なぜ身近にもいろんな問題があるのに、そこに目を背けるのだろうって疑問でした。

 海外の困っている方を支援するのは良いことだけど、もっと身近にも問題はあるなって考えました。アートも好きだから、そんな問題を作品にして伝えるのもいいなって。

 そのためにはメディアだったり、コミュニケーションだったり、貧困だったり、アートだったりを複合的に学ぶには海外の大学に進学したいって調べたんです。

 ただ留学はすっごい高い。だから、とにかく夜の仕事でもっとお金を貯めようって。稼いだお金は貯めておいてもらうために父親に渡していました。

――夢を持つことができたんですね。

kumo.:
でも結局、高校は卒業間近で先生と進路のことで揉めてしまいます。私としては、まったく納得できなくて口論になって、「じゃあ、もういい!」って高校を辞めました。

 そして父親に預けていた分のお金が残っていないことも分かって……。結局、海外に行くこともできなくなりました。

実家を出て、同棲し、一人暮らしを始めたコロナ禍

――残念ながら、卒業間近で高校を中退することになってしまった。その後はどうされたのですか?

kumo.:
夜の仕事は大学に行きたかったからやっていたので、もう続ける意味がなかったので辞めました。しかも、ちょうど新型コロナウイルスが流行って、何もすることができない。

 そんな中で夜の仕事で出会った10歳くらい年上の女性と同棲をすることになります。お父さんに渡してないお金が多少は残っていたので、何もしないならば生きていくことくらいはできたんです。

 ただ、その人が仕事の関係で北海道に引っ越すことになって。向こうは私に多少は恋愛感情を持っていてくれたみたいなのですが、私は特別に何も思っていなかった。申し訳ないけど、少し利用をしてしまった感じでした。

 そこでこの機会にと離れることにします。それで私は埼玉の奥の方の古いアパートに引っ越して一人暮らしを始めました。

<取材・文/海老原一哉>

【海老原一哉】
1980年生まれ。ライター。元夕刊紙記者。週刊誌での人物インタビューなどを中心にカルチャー、芸能、スポーツなど幅広い分野を取材。ジャンルを超えて「異端」とされる人物、テーマを追いかけている。
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