「妖精になりたかったんです」――そう微笑む、なつおさん。尖った耳と顔まで施された刺青が、人間離れした印象を与える。
最初は耳の裏のワンポイントだった刺青も、全身に増殖した。話してみると気さくで、上品ささえ漂わせる彼女は厳格な家庭で育った。誰もがその名を知る一流企業で役職に就く父親と、常に優しく娘を理解しようとしてくれる母親。さすがに顔に刺青を入れたときだけは「母を泣かせた」と振り返る。
「母を泣かせた」顔面刺青のバー経営者と「全財産5000円」で...の画像はこちら >>

金庫の売上が全部盗まれていた

 現在、なつおさんは大阪府にある会員制Barを経営している。これまでも飲食店の経験はあるが、店の立ち上げから行うのはこれが初めてのこと。それなりの苦労も経験した。

「やはり女性というだけで『舐められてるなぁ』と感じたことはあります。全然工事が進まないので、内装業者さんに何度か問い合わせても『後日です』の一点張りで……結局飛ばれてしまって別の業者さんにお願いすることになったり」

 立ち上げまでは多難だったが、会員制というだけあってまったく素性のわからない新規客はゼロ。これまでの人脈を切り盛りして店を回しているため、「お客さんはみんな暖かくていい人。本当に恵まれています」と笑った。だが物騒なことがないわけではない。

「ありがたいことに、2025年8月に私のバースデーイベントをやっていただきました。
その際、酔ったままお金を触るのがいやで、売上を持ち帰らずに金庫に入れていたんです。ところが翌日にお店に行ってみると、ドアノブが傾いていて『おかしいな』と思ったら、お金が全部なくなっていました」

 警察に被害届を出したものの、なかなか連絡はない。2026年1月、突然警察から犯人逮捕の連絡がきた。

「犯人は、東京で逮捕されていました。住所不定の男性で、大都市を転々としながらお金をいろんな店から盗んで暮らしていたようです。私の店の事件を含め、かなり多くの余罪があり、捜査に時間がかかってしまったとのことでした。そんなこともあり、現在はセキュリティをかなり補強しました」

周りに支えられ、前向きに生きる

「母を泣かせた」顔面刺青のバー経営者と「全財産5000円」で上京した人気ダンサー。数奇な運命を歩む2人の女性
てんかんの発作に苦しめられる日々
 もうひとつ、新たな門出を迎えたなつおさんの顔を曇らせる要因がある。

「てんかん発作が出るようになってしまって……。最初はプライベートで友達と遊んでいたときのことです。次の場所に移動しようとしたら、急に浮遊感が襲ってきて、顎ががくがくなってしまって。そこから意識がないんです。友達の話では、私は『やばいかも』と言ってそのままゆっくり倒れたらしいのです」

 発作に関連した入院は、Bar立ち上げからの1年だけでも3回ほど。MRIやCTスキャンなどを行い、脳波がやや特殊形状だと指摘されたため、現在は処方された薬を飲みながら店に立つ。


「発作が来る前は、お客さんたちの会話がどんどん遠くで鳴っているような感覚になり、全身に冷や汗をかくので、わかるんです。気心知れた人ばかりなので、そういうときは率直に伝えるようにしています。みんな心配してくれて『救急車呼ぼうか?』とか声をかけてくれるので、ありがたいですね」

 他方で、病気になって初めてわかることもある。

「発作を起こしている姿は結構衝撃的なので、見る人によってはトラウマになると思うんです。いつどんなときに発作が起きるかもわからないので、出かけるのも躊躇するようになってしまって……でも、世の中にはいろんな病気があるから、私もバーテンダーとして、いろんなものと闘う人に寄り添いたいですね」

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闘う人に寄り添いたい


目に焼き付いた東日本大震災の記憶

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らんかさん
 63ANGEL(旧バーレスク東京)で舞い、メディア露出も多い人気のダンサーがいる。らんかさん、25歳だ。二の腕や肩甲骨付近にワンポイントの刺青が光る。「意味は特になくて、なんとなく入れたんですよね」と笑った。彼女が“自分の居場所”を見つけたのは、病院のベッドの上だった。

「ちょうどコロナ禍に差し掛かった頃、親から『やめろ』と言われていた夜のお店を無断で続けていて……10万人以上いる自治体のなかで12番目にコロナに感染しました。もちろん私の氏名が公表されることはないものの、その影響で両親の職場も休みになるなど、実質的に知られるような状況があって」

 ムラ社会に暮らす宿命だろう、殊に父親からは激怒された。「田舎なので、家庭に1人でもコロナ患者が出たら白い目で見られるんです」と振り返る。

 隔離入院のため、病院で過ごす日々。
そのなかで、らんかさんはSNSで見かけた63ANGELの動画に心を奪われる。

 東京にこんな場所があるんだ――。

 実は、らんかさんは東京を訪れたことがある。小学校5年生のときに東日本大震災を経験し、幸いにも自宅は無事だったものの、祖父母の家は流された。同級生にも死者を出すなど、被害は甚大だった。避難生活では郡山を経て東京へ流れ着いた。

 東京での避難生活は2カ月ほどだったが、福島県の復興に関するイベントで野菜を売っている際、高齢女性の心ない一言に胸を痛める。

「放射能汚染しているかもしれない野菜を売るなんて……」

 根底にある、悪気ない差別意識をみた。必ずしもよい思い出の残らなかった東京にまた来ようと思ったのは、「ダンスをやっているときは嫌なことも全部忘れられるから」。小学校低学年からフラダンスに打ち込み、下地はあった。

弾かれるように、いざ東京へ

「母を泣かせた」顔面刺青のバー経営者と「全財産5000円」で上京した人気ダンサー。数奇な運命を歩む2人の女性
5000円で上京し、実力で成功を掴んだ
 63ANGELで踊ることを決意したらんかさんと裏腹に、両親の側に立てば、その驚きがいかほどかにも想像がつく。制止していた夜職を続け、挙げ句コロナに感染し、退院したら「東京へ行きたい」。
昔から、やりたいことの衝動が抑えられず両親を困らせてきたが、突然の状況宣言に両親は頭を抱えた。

「結局、全財産の5000円だけで上京しました。渋谷のパチンコ店でそれを16万円にできたときが、人生最大のラッキーだったかもしれません」

 そう高らかに笑うらんかさんだが、このときまだダンサーとしての選考を勝ち進んでいる最中で、本採用に至っていない。背水の陣を敷いたというより、ギリギリすら楽しめる肝の座り方をしているのだろう。

 彼女は言う。

「63ANGELには、覚悟を決めたかっこいい女性が多いから、居心地がいい」

 病歴さえも実質的な共有がなされるせせこましい地方都市で羽を伸ばせなかったらんかさんの、紛うことなき本音だろう。

 将来は「ダンサーを引退しても、舞台に関わり続けたい」。5年前、「半裸で踊るなんて」と怒っていた両親は現在、彼女のショーを応援してくれるまでに関係性が回復したという。六本木の夜、非日常が親子のわだかまりさえも溶かしていく。

「母を泣かせた」顔面刺青のバー経営者と「全財産5000円」で上京した人気ダンサー。数奇な運命を歩む2人の女性
両親との関係も良好に
<取材・文/黒島暁生>

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。
Twitter:@kuroshimaaki
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