今年もM-1グランプリ(以下、M-1)の季節が近づいてきた。M-1決勝進出経験者の見取り図・リリーと、元芸人のベストセラー作家・藤崎翔によるM-1談義が実現した。

藤崎は、新刊『漫才師の殺し方』を上梓。絵を得意とするリリーが装画を手掛けた。

元芸人の藤崎らしい「お笑い×ミステリー」の持ち味が特に色濃く出ている本作は、主人公コンビの「パワーブレイン」が、M-1準決勝進出者という設定だ。

物語は、コンビのひとりが突然逮捕されたことで幕を開ける。そして無実を信じる相方と後輩芸人が立ち上がる。

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準決勝進出コンビの「売れ方」がリアル

――元芸人だからこその描写がたくさんある本作ですが、導入で、いきなり逮捕されてしまった「パワーブレイン」のゴーレムが、連行の際に「これはドッキリだ」と思い込みます。

藤崎翔(以下、藤崎):最初はドッキリだなと思ってるんですけど、本物の警察署まで連れて行かれて、「あ、ドッキリじゃなかったんだ」と気づく。逮捕されるシーンを書くときに、いつかやってみたいなと思っていたシチュエーションでした。

――ゴーレムのように「ドッキリだ」と思い込むことは、芸人ならありそうですか?

見取り図・リリー(以下、リリー):実際にそうなっちゃう芸人はいると思いますよ。ただ僕らは、ドッキリってあんまりないんです。

1、2年目の時ならともかく、僕ならたぶん仕掛けられても気づいてしまいますね。明らかにこの机の場所おかしいなとか、今いるこういう部屋でもカメラが仕掛けられてるときは、雰囲気が違うんです(笑)。

――「パワーブレイン」は、M-1準決勝進出の、勢いに乗っているコンビです。


リリー:賞レースで準決勝まで行って、ドッキリで人気になって、とか。ちょっとキャラのある芸人の売れ方として、めっちゃリアルです。

藤崎:やっとバイトを辞められた状況とか。僕自身は芸人時代、本当はバイトを辞められたことなんてないんですけど(苦笑)。

「本番前にネタ合わせはしなかった」見取り図リリーが元芸人作家・藤崎翔に語ったM-1グランプリの舞台裏
『漫才師の殺し方』 (扶桑社文庫)

芸人になった理由の4~5割は「M-1に出るため」

「本番前にネタ合わせはしなかった」見取り図リリーが元芸人作家・藤崎翔に語ったM-1グランプリの舞台裏
芸人になった理由の4~5割は「M-1に出るため」
――作中の芸人たちにとっても、M-1は大きな大会です。リリーさんは本物のM-1の決勝進出者ですね。

藤崎:大尊敬です。あれって、ステージで漫才をしている側から、立ち位置的に審査員さんも見えちゃうじゃないですか。あれは、視界をぼかしてる感じなんですか? 見ちゃったらおしまいな気がして。

リリー:すごい、芸人ならではの質問ですね(笑)。そうですね、審査員の顔は見ないようにしています。

藤崎:やっぱり。緊張しちゃいますもんね。
M-1とか想像できないです。

僕は、小説家としてデビューして、なんとか生活できそうだとなったとき、最初にホッとしたのが、賞レースに立たなくてよくなって、「もう緊張しなくていいんだ」ということでした。リリーさんは、今でも緊張されることはあるんですか?

リリー:もちろんしますよ。客前でやるときとか、やっぱり寿命が縮まります。M-1は特に緊張しました。

藤崎:決勝の本番前って、舞台裏でネタ合わせはしてるんですか?

リリー:コンビによると思うんですけど、僕らはほとんどしなかったです。

もしネタ合わせしてるときにネタが飛んだりしたら、失敗するっていうイメージが付いちゃうじゃないですか。それが本当に嫌で。うまくいくというイメージのまま本番に臨みたかったので。

――リリーさんにとって、M-1はどういった存在ですか?

リリー:僕ら世代って、そもそもM-1を見て芸人になった人が多いんですよ。藤崎さんも同世代ですけど。

藤崎:そうですね。


リリー:ずっと憧れてて、「M-1に出るため」というのが、芸人になった理由の4割か5割ぐらいはありましたね。

「俺の人生、M-1出られんかったな」と思いながらやってました

「本番前にネタ合わせはしなかった」見取り図リリーが元芸人作家・藤崎翔に語ったM-1グランプリの舞台裏
「俺の人生、M-1出られんかったな」と思いながらやってました
藤崎:「見取り図」さんは2009年に準決勝に出られたのに、そのあとM-1自体がなかった時期があって、めちゃくちゃ悔しかったんじゃないですか?

※M-1グランプリは2001年にスタート。2010年にいったん終了し、2015年に復活した。

リリー:途中、5年間くらいなかったですもんね。だから「あー、俺の人生、M-1出られんかったな」と思いながらやってましたね。

藤崎:2019年王者の「ミルクボーイ」さんも、実際その時期に「腐っちゃった」みたいに言ってたっていう話も聞きました。復活して、本当によかったです。

――リリーさんは、決勝に進出して変わったことはありましたか?

リリー:大阪と東京って、別次元の世界なんです。大阪での評価はあんま変わんなかったんですが、東京でテレビに呼んでもらえるようになったりして、そこは全然変わりました。

大阪では、もともとちょいちょいテレビに出たり、食えたりしてたんですけど、M-1の決勝出場によって、東京という世界に、ちょっとだけ入れた気がしました。それまで東京のテレビ局なんて、入ったことすらほとんどなかったんですから。

藤崎:初めて決勝に出たときはまだ大阪にいたんですか?

リリー:大阪です。最後に出たときもまだ大阪でした。
1年の半分くらいは東京に来てましたけどね。

見る側としてのM-1は「楽しい」

「本番前にネタ合わせはしなかった」見取り図リリーが元芸人作家・藤崎翔に語ったM-1グランプリの舞台裏
見る側としてのM-1は「楽しい」
――今年のM-1のエントリーは、過去最多の1万2663組です。決勝を経験したリリーさんは、この規模をどう見ていますか?

リリー:本当に、かわいそうやなと思ってます。今から決勝に行くって、もう東大とかのレベルじゃないじゃないですか。

僕らのときって、1万組なかったんですよ。だからラッキーな時代やったなと思ってます。今の子のほうが競争がすごいのに、僕らが同じぐらいすごいと思われるのは、ラッキーだなと。

藤崎:でも実際すごいですよ。

――ご自身が出ていた頃と今とで、M-1の見え方は変わりましたか?

リリー:客観的に見られます。自分らが出ていた回は、現場にいたからもちろん内容は知ってますけど、テレビでは1回も見てません。

もう苦しくて。誰が優勝しても悔しい。「ああ、俺はまた負けた」とかって思っちゃうから。
今はもうそもそも出られないんで(※出場資格は結成15年以内)、誰が優勝しても「よかったな」って言える。今のほうが見るのが楽しいです。

藤崎:僕も芸人を辞めてから、見るのが断然楽しいです。そういう意味では、辞めてよかったのかなって思ってます。

続けていても、M-1の決勝まで行かなかったかもしれないし、絶妙に諦めきれないところで留まっちゃうときが、一番地獄だろうなって。

リリー:芸人あるある。生きながら殺されてるみたいな。

「本番前にネタ合わせはしなかった」見取り図リリーが元芸人作家・藤崎翔に語ったM-1グランプリの舞台裏
俺が間違ってた。雅紀さんは正しかったんだ
藤崎:もうちょっと頑張ったら売れるかもしれない。でもまだバイトを辞められない、という段階が一番苦しい。

だけどそこで頑張って、「錦鯉」さんみたいに、ちゃんと売れる人がいるから。僕は、おふたりがそれぞれ別のコンビで、東京の底辺で芸人をやっていたときに見てるんです。(長谷川)雅紀さんは元マッサジル、(渡辺)隆さんは元桜前線だった。


「錦鯉」さんって、あのおふたりだったんだと後から知って。正直、マッサジルなんて絶対売れないと思ってたのに(笑)。俺は売れずに辞めて、信じて続けていた雅紀さんが売れた。

「ああ、俺が間違ってた。雅紀さんは正しかったんだ」って。

リリー:答えが、結果でしかないですもんね。

ほかの賞レースへの激励とメッセージ

「本番前にネタ合わせはしなかった」見取り図リリーが元芸人作家・藤崎翔に語ったM-1グランプリの舞台裏
ほかの賞レースへの激励とメッセージ
――M-1以外にも賞レースはたくさんありますが、一般の認知度としてやはりM-1は高いですね。

リリー:M-1は強すぎますね。それに前例がないところを開拓したのがすごい。今って賞レースがいっぱいあるんで、真似して作れるじゃないですか。けどM-1は、M-1として作っていったのがすごい。

藤崎:ゼロからあの形をやったんですもんね。

リリー:例えばダブルインパクト(日本テレビ)とか言っても、芸人の間では有名だけど、正直、一般にはまだ知らない人も多いですよね。

藤崎:ダブルインパクト、頑張ってほしいですよね。M-1も知名度が今ほどなかった最初の数年を乗り切ったんだから、THE W(2025年の開催をもって終了)みたいに途中でやめないでねと、ファンとしてすごく思ってます。

『漫才師の殺し方』は「共感できる気持ちがふんだんにある」

「本番前にネタ合わせはしなかった」見取り図リリーが元芸人作家・藤崎翔に語ったM-1グランプリの舞台裏
『漫才師の殺し方』をどう勧めたいか
――ありがとうございました。最後に改めて、リリーさんから『漫才師の殺し方』をどんな方に薦めたいですか?

リリー:共感できる気持ちが、ふんだんにあります。相方を応援するとか、ファン心理とか。誰が手に取っても、面白くなかったとは言われない作品だと思います。全員が面白かったって言うと思う。みんなに読んでほしいです。

藤崎:最高の言葉です。

リリー:あ、ただ……。“心が入りすぎる”芸人だけはきついかもしれない。リアルすぎるので。主人公たちに“心が入りすぎる”芸人以外は、全員楽しかったと思える。読みやすいですよ、本当に。

藤崎:僕からは、見取り図さん、リリーさんファンの1%でも買っていただいたらと! そうすれば大大増刷になりますので。

<取材・文/望月ふみ 撮影/荒熊流星>

【望月ふみ】
ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画周辺のインタビュー取材を軸に、テレビドラマや芝居など、エンタメ系の記事を雑誌やWEBに執筆している。親類縁者で唯一の映画好きとして育った突然変異。X(旧Twitter):@mochi_fumi
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