映画「侍タイムスリッパー」(安田淳一監督)は昨年8月に東京・池袋のシネマ・ロサ1館で上映開始以来、口コミで話題を呼び、全国300館以上に拡大。興行収入は10億円を突破した。

さらに日本映画の頂点とも言える第48回日本アカデミー賞の最優秀作品賞など、20以上の映画賞に輝いた。

 安田監督が私財を投じた製作費2600万円で作り上げた自主映画。2018年に自主映画ながら興収30億円の大ヒットを記録した「カメラを止めるな!」(上田慎一郎監督)の再来と話題を集めたが、それは偶然ではない。安田監督は「一度きりの奇跡ではなく、一度できたことは再現できるはず。『カメ止め』のムーブメントを再現したいと思った」と語る。「カメ止め」を徹底的に研究して、意図的に奇跡の再現に挑んだのだ。

 安田監督の考察は大きく分けて2つ。1つ目は映画の内容だ。「カメ止めは前半の37分を1カットで撮っている。その違和感や伏線を後半で回収していく構造。爆笑を取って、ひたむきに頑張る人々の姿を見せて感動を誘う」。それを踏まえて「革命的で発明のような脚本なので、そのままマネすることはできない。

ただ、笑いと感動を起こせたら、オーソドックスな脚本でもいいのではないか」と考えた。

 2つ目は映画を多くの人に知ってもらうこと。「名実ともに信頼できる海外の映画祭に出品して観客賞などを受賞する。その授賞式の映像をYouTubeで効果的に紹介して箔をつける。『カメ止め』も最初に上映していたシネマ・ロサで上映してもらい、連日の舞台あいさつで盛り上げる。それを観客のSNSで口コミとして広げてもらう。そこで配給会社、シネコン関係者の目に留まる」という戦略だ。

 シネマ・ロサの熱気に背中を押された。「シネマ・ロサで見てくれた配給会社、シネコンの関係者は、劇場の一体感を含めて作品を評価してくれた。熱気を肌で感じた方々が、多くの館数で上映しようと思ってくれたんです。試写室で見た関係者には『野暮ったい映画だな』と思われたかもしれません」

 どんなに戦略を練っても、作品自体に魅力がなければ、成功しない。山口馬木也(52)、冨家ノリマサ(63)らの好演が観客の心をガッチリとつかみ、リピーターが続出した。

「想像以上にお客さんに応援してもらった。230回も見たという熱心な方もいる。自分の戦略だけでなく、いろんな映画人の心意気に支えられました」。日本アカデミー賞の最優秀作品賞は「学生横綱が、まげを結えないのに幕内で優勝したみたいな感じ。夢のようです。まだ実感がわきません」と笑う。

 興収は10億円を超えて、11億円に届きそうな勢いだ。それでも「1館だけ直接契約していますが、それ以外は全興行が終わってから精算」としているため、安田監督の懐事情にあまり変化はないという。「自分へのご褒美は達成感です。米農家もやっているので、軽トラや草刈り機を買い換えたり、できればいいかな」。今後は「侍タイムスリッパー」の製作費を捻出するために売った自家用車「ホンダNSX」を買い戻すことを検討している。

 続編の期待が高まっているが、「侍が過去に戻ったり、戻ろうとしたら『侍タイムスリッパー』の意義を失うので、続編は難しい。

それより、冨家さんが演じた風見恭一郎、田村ツトムさんが演じた心配無用ノ介を主人公にしたスピンオフの方が可能性がありそうです。ほかにも米国の西部開拓時代から現代の撮影所に来た『ガンマンタイムスリッパー』とか、海外からリメイクの打診が何件か届いてます」。安田監督が思い描いた「カメ止め」の再現にとどまらず、快進撃は続いている。(有野 博幸)

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