「あと少し、判断や治療が遅かったら、私にとって最悪の事態になっていたかもしれません」。ヤンキースなど大リーグ4球団で広報を務め、現在は江戸川大副学長、プロ野球巨人や日本相撲協会の要職を務める広岡勲氏はこう言って、命の危機に直面した瞬間を振り返った。
2022年11月。江戸川大での会議に出席後、「いやに胸がドキドキする」と自身の体調に明らかな異変を覚えた。「これは鵜野先生しかいない」と頭に浮かび、頼ったのは、江戸川区平井にある東京心臓不整脈病院の理事長・院長を務め、広岡氏の主治医でもある鵜野起久也氏。すぐに同院に向かった。
鵜野氏は日本の不整脈治療の第一人者。「広岡さんの状態はかなり悪かったので緊急入院してもらい、ひとまず心不全を落ち着かせました」という同氏の治療によって、一命を取り留めた。2023年7月には、僧帽弁形成術を受けて現在は回復し、多忙な日々を送る広岡氏は「あのとき、鵜野先生に助けてもらえなかったら、今の私はなかったかもしれない。まさに命の恩人です」と感謝の思いを口にする。
1959年、北海道で生まれた鵜野氏は幼少期に医師を志して、札幌医大に進学。卒業後は不整脈治療、カテーテルアブレーション手術のエキスパートとして多くの病院で患者を救い、後進の医師を育ててきた。
患者との一期一会を心に刻み、手術の際の座右の銘は『鬼手仏心』。「鬼になったつもりで目の前のやるべきことに集中して臨んでいる」と明かす鵜野氏は、2013年5月に世界最高峰エベレストの登頂に成功した冒険家の三浦雄一郎氏もサポートした。
三浦氏だけではなく、野球選手、サッカー選手、ボクサーやマラソンランナーなど不整脈に苦しんできた多くのスポーツマンも救ってきた。不整脈を理由に、スポーツから遠ざかったり、あきらめたりするケースもあるが「不整脈を持っていて、ドクターストップがかかって『もう運動はできないよ』と言われている人は昔からいるが、基礎心疾患が元々ある場合以外は、不整脈の治療をすれば正常に戻る。普通の生活を送れるし、運動もできるし、意味のある人生にできる」という。
「不整脈がスポーツで出やすくなる時はかなり汗をかいたり、脱水症状になったりしている。