俳優の水上恒司(26)が10月3日公開の「火喰鳥を、喰う」(本木克英監督)で映画単独初主演を務める。横溝正史ミステリ&ホラー大賞に輝いた原浩氏のミステリーホラー小説を映画化。

水上は座長として、映画業界全体へ目を向けている。「ロマンを見いだせる業界になるための糸口をつかんで、それを次の世に託して死にたい」。同作の軸となる「生への執着」について、語った。(瀬戸 花音)

 水上の瞳はまっすぐに前を見ていた。単独初主演について「背負わないといけない十字架が増える感覚」と表現し、取材中に発する言葉には26歳の強さと、26歳らしからぬ覚悟がにじんでいた。

 主人公の久喜雄司(水上)の元に、かつて戦死したはずの祖父の兄・貞市が書いた謎の日記が届くところから物語が始まる。雄司の妻・夕里子を山下美月(26)が、夫婦を翻弄(ほんろう)する謎めいた男である北斗総一郎を「Snow Man」の宮舘涼太(32)が演じる。華やかなキャストの中、座長を務める上で生きたのは甲子園常連校である長崎・創成館高での捕手の経験だ。「お二人の演技に対して、僕がちゃんとキャッチャーとして声かけができれば、お二人のキャラクターを引き出すことができるんじゃないかと思った」

 戦地で書かれた日記には、貞市がなんとしても生きようとする執念がつづられていた。日記を読んだ日を境に、雄司の周囲には不可解な出来事が起こり始める。物語を動かすのは「生への執着」。水上にも生への執着はあるのか。

 「あまりないと思う。それでも、自分を殺す勇気はないし、悲しませたくないなって人が僕の中にはかなりいる。それが生きる執着を持つ理由にはなっているのかなと思います」

 では、今最も執着していることについて聞くと、「涼しいところを求める執着が強いかも」と回答。やや冗談めかしたように感じられた言葉に続いたのは、映画製作環境改善への切実な思いだった。「本当に身の危険を感じますからね。それでも、その暑さの中で働かなきゃいけないし、撮影しなきゃいけない。夏に撮影しなくても、危険なことをしなくても、何とか成立するような、システム作りみたいなのは、考えないといけないんじゃないかなと思っています」

 22年8月末に前の所属事務所を退所し、本名の水上恒司として活動を始めて丸3年。「事務所を辞める直前とか、仕事がないときにいろんなことを見つめ直した」。演じることだけではなく、映画製作全体に目を向けるようになった「ここ数年」は「役者・水上恒司として生きる3年」と重なる。「ひとつは賃金問題ですよね。労働時間問題も含め、そこにロマンを見いだせる業界になるための糸口をつかんで、次の世に託して死にたいなとは思ってる」

 まだ、自分のことに精いっぱいでもいいはずの年齢だ。それでも水上の視野は映画業界全体に広がっている。

「ただカメラ前に立って、スポットライトを浴びているだけの人生に、僕はそんなに興味がないので」

 夢は「映画スタジオと劇場を作ること」。直近の目標は「製作会社をつくること」だ。「もう基盤はできている。ほんとは経営はやりたくないので、できるような人が現れたらお任せして。僕は資金をバーンと下ろせるような人間になりたい」

 取材の最終盤、何をしているときが一番楽しいかと聞けば、ふわりと和らぐ表情。「家事をやってるとき、飯を作ってるとき、頭を空っぽにして生活してるとき。…本当はお金のこと、考えたくないですからね」。そう言って、笑った顔は26歳の等身大の顔だった。水上恒司は、夢と責任を両手に抱え、自身の体で生き続けている。

 ◆水上 恒司(みずかみ・こうし)1999年5月12日、福岡県出身。26歳。2018年、テレビドラマ「中学聖日記」で俳優デビュー。

19年、福岡放送開局50周年記念スペシャルドラマ「博多弁の女の子はかわいいと思いませんか?」でテレビドラマ初主演。21年、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。22年、事務所との契約を終了し、岡田健史から水上恒司に改名。23年、日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。

 ◆「火喰鳥を、喰う」 久喜雄司(水上)と妻の夕里子(山下)はある日、一家代々の墓石から太平洋戦争で戦死したはずの祖父の兄・貞市(小野塚勇人)の名前が削られていることを知る。時を同じくして貞市が戦地で書いたという日記が届く。その日記を引き金に、不可解な出来事が頻発。雄司と夕里子は超常現象専門家の北斗総一郎(宮舘)の力を借りて事件に向き合うが―。

編集部おすすめ