落語家でタレントのヨネスケがこのほど、スポーツ報知の電話取材に応じ、9月29日に江戸東京博物館大ホールで開催する「令和8年千葉豪雨チャリティー落語会」(昼の部・後2時、夜の部・後6時半)の開催経緯や思いを語った。

 市原市出身のヨネスケが故郷のために立ち上がった。

8月13日から14日未明に発生した千葉豪雨の被害を報道で目の当たりにした。幸い、市原市在住の姉は無事だったが、「市原市で死者が出た。多くの車も水につかってしまった。ふるさとを守らねば、と思った」と力を込めた。

 すぐに同じ落語芸術協会所属で千葉県出身の三遊亭遊雀、春風亭昇々、春風亭昇也、雷門小助六、桂竹千代と会議を開いた。ヨネスケが「チャリティーをやりましょう」と依頼し、全員が承諾した。ヨネスケは昨年、新宿末廣亭の定席で史上初となる東西落語5団体による興行を成功させた手腕を発揮し、落語協会所属で当代きっての人気落語家・春風亭一之輔、古今亭菊之丞などにもオファー。今回も協会の垣根を越えたチャリティー落語会が実現する。

 豪雨の被害からわずか2週間で開催が告知された。チャリティー落語会の実現へと導いたスピード感あるヨネスケの行動力の裏には、水害被害の経験があった。1959年、東海地方を中心に深刻な被害をもたらした伊勢湾台風。東京湾に面した旧・市原郡姉崎町のヨネスケの実家も被害を受けた。

「当時は小学5年生だった。伊勢湾台風で、家が床上浸水になった。当時は水洗式トイレが一般的じゃなかったから、ウンコがぷかぷか浮いていて、長いこと不衛生だった。水の怖さを知った」と苦い体験を振り返った。

 2部構成で千葉県出身の17人の落語家が登場。ここまで千葉県出身者が集まる落語会は「初めて」とヨネスケは話した。「みんな豪雨被害のために協力してくれた。落語家は人情味がある。本当は千葉県出身者を全員呼びたかったけど、今回はある程度の人数でしぼりました」と感謝した。1人1席で、昼の部では5人くらいが舞台上で千葉の魅力や思い出話もする予定。会場に募金箱を設置し、入場料とともに寄付する。

 ヨネスケは8月の北陸豪雨被害にも触れ、「今年は日本各地で豪雨の被害があり、みんなで立ち上がろうとしている。

千葉を助けるためにも、みなさんに来ていただいて、少しでもチャリティーにご協力していただけたら」と呼びかけた。

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