元宝塚歌劇団でトップスターの女優・湖月わたる(55)の芸能人生は、今年で40年目に入った。11月12~14日には、東京・よみうり大手町ホールで退団20年を記念した公演「TUMBLEWEED」(荻田浩一演出)を行う。

これまで平坦な道のりではなかった足跡を振り返りつつ、いま何を思うのか。湖月を支えてきたのは何だったのか。話を聞いていると、自身に注がれた愛情を、見る者へ何倍もの「優しさ」に変えて届けてきた人なのだと気づかされる。(内野 小百美)

 宝塚退団から20年。舞台を軸に、絶え間なく歩んできた。定評あるスケールの大きなダンス。ヒール的な役を演じれば、その人物の裏にあるものを知りたいと思わせる。男役時代は親近感ある包容力を持った存在だった。しかし、これらは全て、本人の奥深くに流れる「優しさ」から生まれたもの。この人を取材すると力をもらえる感覚になる。不思議な人だ。

 現在の所属事務所には、宝塚史に残るレジェンドの一人、麻実れい(元雪組トップスター)がいる。

退団後に入所するにあたり、あいさつに行った。「温かくていいところよ。よかったね」と柔らかな口調で言われた。そして「わたるくんは、わたるくんらしく。それでいいのよ」とも。

 女優として生き残り続けるのは容易でない。悩み、迷い、孤独感に襲われることもあるだろう。そんな時、麻実とのやり取りを思い出す。「あの時に頂いた言葉が嬉しく、忘れられなくて」。どれほど癒やされ、救われたか分からない。

 歌劇団時代は星組に配属され、男役スターの道を順調に歩んでいた。いわゆるトップになるための帝王学を吸収し、まっすぐに進んでこの組を担うのではないかと映った。

しかし、03年に星組トップスター就任までの間に宙組を経験し、その後、どこの組にも属さずに出演する専科へ。不安を抱えても不思議ではない。

 「何て言うんでしょう。歌劇団は大きな組織。その組織が決めたことに変に悩んでも、あらがっても意味がないというか。でも星組を離れてみて、本当に大事なことに気づかされた。宝塚は組が違っても、『作品をより良く』という目指すものは結局は一緒。ずっと同じ組にいたら、そんなことを考えなかったかもしれません。いい経験をさせてもらえたと思います」

 3人きょうだいの末っ子で4歳上、2歳上の兄がいる。「最寄り駅から家が遠かったので」宝塚音楽学校に入る前のレッスンで夜遅くなれば、「暗くて危ないから」と兄が迎えにきてくれ「ツーリングするように」一緒に自転車で帰った。親戚が集まれば、兄たちと80年代に人気を博したイモ欽トリオの「ハイスクールララバイ」を歌ったことも。「何かを見てもらい、喜んでもらう。

その原点だったかもしれません。ヨシオ、ワルオ、フツオの中で、私はフツオ担当でした」と照れる。

 湖月の将来を決定づけた背景に、母親が昔から宝塚ファンだったことがある。女性で身長が伸び過ぎると悩む者が少なくない中、歌劇団で長身を生かせることを早くに知った。「いま急に思い出しましたが、以前は公演プログラムに台本も掲載。それを2人の兄と私で演じ分けてカセットに録音し、母にプレゼントしたり。私はヒロインの声で『二都物語』(85年月組)などをやった記憶がありますね」

 中学卒業後、一発合格で宝塚音楽学校へ。入る時に父親とは高卒の資格を取ることを約束し、1年間は勉強したものの多忙を理由に机から遠のく。スターになり、当時の学友から手紙が届いた。そこには高校の後、大学も卒業したことが書かれていた。「それを読んで、ものすごい敗北感、奈落の底に突き落とされたような。『私、何やってたんだろう!』と自分自身に腹が立ったんです」。

悔しくて涙がこみ上げた。しかし、勉強は挫折しても、違う世界を極めている。それで十分ではないのだろうか。

 「『なぜ今さら勉強なの?』と聞く人もいました。でも勉強して学ぶと、体の中に温かいものが広がる感じがして。“知る”幸せと楽しさ。父は『社説を読め』など私に視野を広く持つことを教えた。その父は定年後、放送大の大学院へ。それで私も大学で学ぼうと決めたんです」。退団後に入学した放送大学で心理学を選んだのは、役を演じる上でより深く人の内面を理解したい思いからだった。成長し続けないと気の済まない人だ。

 さて11月の記念公演。

節目のステージは、立つ人の人望の厚さを物語る。自分がやりたいからと好き勝手にできるものではない。東名阪と全国主要3か所。通常以上に時間をかけ、じっくり進められていく。

 湖月の代表作、伝説の女性ガンマンを描く「カラミティ・ジェーン」が朗読、ダンス、歌で新たに生まれ変わる。自身の表現にとどまらず、振り付けにも挑戦。そのため9月をロンドンで過ごした。「踊り、というより、肉体による感情表現。踊れば踊るほど感情とリンクして人物がより立体的になっていく経験をして。より演じるように踊れたら」と振り付けを担当するに至った。

 タイトルの「TUMBLEWEED」は日本語で「回転草」を意味する。演出担当で湖月を宝塚時代からよく知る荻田氏が命名した。

「荒野を転がる球状の枯れ草。丸まって風に吹かれて転がっていく。私自身、目の前のことに集中するタイプで、思わぬ所に向かってたどり着く。その繰り返しだったと思いますね」。回転草は大きさを増し、止まることなく転がり続ける。

 〇…長年のファンには今さらの話だが、芸名の由来について。家族会議で決めたという。本名に「三」が付くことから「さんずいの漢字から、“湖”を使おうと。2文字になるよう、街中を歩く時はずっと湖を使った言葉を探していました」と懐かしむ。たまたま家族旅行中に「湖月荘」という旅館が。「わたる」は当時、上の兄が漫画を描くのが趣味で「その漫画の主人公が“わたる”だったらしく。語呂的にもよかったので」とのことだった。

 ◆「TUMBLEWEED」 東京以外では兵庫・宝塚バウホール(11月6~8日)、名古屋・御園座(同18、19日)で上演。共演は彩凪翔、朴璐美。元トップスターによる日替わりでのゲストも豪華で安蘭けい(6、7日)、紫苑ゆう(8日)、柚希礼音(12、13日)、朝海ひかる(14日)、真風涼帆(18、19日)が出演。

 ◆湖月 わたる(こづき・わたる)1971年6月28日、埼玉県生まれ。55歳。87年に宝塚音楽学校に入学、89年宝塚入団の75期生。星組、宙組、専科を経て2003年星組トップスター就任。06年退団。主な出演作に「王家に捧ぐ歌」「くたばれ!ヤンキース」「カラミティ・ジェーン」「シカゴ」など。放送大学教養学部教養学科(心理と教育コース)卒。身長174センチ。

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