モノを作れば売れる時代は終わりを告げ、近年ではコロナ禍による対面営業の制限や需要の急な変動など、営業活動に打撃を受けた企業は多いとされる。この時代において着実に業績を伸ばしていくために、どう営業組織の舵をとっていくべきか模索している企業も多いのではないだろうか。

株式会社Magic Moment代表取締役CEO
中央大学法学部卒業後、毎日コムネット、マイナビを経て、Google Japanへ入社。営業統括部長として代理店営業・モバイル・ダイレクトセールス組織を次々と立ち上げた。構築したオペレーションは世界的に評価され、グローバル展開。2015年にフリーに参画すると、1か月でインサイドセールス組織の成果を倍にし、設立後初となる予算達成に導く。その後、執行役員営業統括兼パートナー事業本部長としてパートナーセールスの垂直立ち上げなど成長を牽引。2017年からRapyuta Robotics執行役員ビジネス統括を経て、2018年9月よりMagic Momentの経営を本格化。
営業の本質は顧客との信頼構築
現代の営業組織はどのような課題を抱えているのだろうか。村尾氏は「ツールやテクニックに踊らされることなく、顧客との信頼関係を構築することが重要だ」と話す。
村尾「企業が業績を伸ばすことを考えたときに必ずといっていいほど出てくるのが営業です。現代の営業組織では、『インサイドセールス』『チャーンレート』『カスタマーサクセス』など様々な言葉や部署が誕生し、売り方のテクニックが注目され複雑化しています。
分かりやすい例として、昔ながらの商店街に店を構える繁盛店があります。繁盛店の店主は、店に訪れる顧客の顔と好みを覚え、彼らが喜ぶことをすれば、信頼につながり、商品をリピートして買ってくれるようになり、店の繁盛と存続につながることを経験的に知っています。だから積極的に顧客が喜ぶ提案をすることに集中するのです。一方で、営業担当者が不信感を持たれてしまうケースも一定数存在します。なぜ信頼関係を構築できないのか。それは、営業担当者の一つひとつの行動の起点が『顧客』ではなく、『自分』や『自社』になっているからです。自分たちの営業目標の達成を優先した営業活動や機能説明ばかりの営業活動が典型的なケースで、自分たちの都合で動くあまり、顧客が本当に欲しいものは何か想像することをないがしろにしてしまうのです。
顧客と信頼関係を作るために、まずは徹底的に彼らを知らなければいけません。
顧客を知るためにデータを持つことを徹底できる企業は少ない

信頼関係を構築するには顧客の理解が重要と語る村尾氏。では営業組織は何をすべきなのか。その鍵は「データの収集と分析」にあるという。
村尾「これはもう釈迦に説法かもしれませんが、顧客を知っているということはどのような状態かを皆さん考えてみてください。契約経路や数、解約率やプロダクトの利用率などのデータを見れば、顧客の行動がつぶさに読み取れます。どのサイトを経由して自社サイトに来たのか、どのページに何秒滞在して、どこで意思決定をしたのか。契約は何ヶ月続き、いつサポートの申し込みがあり、どのような理由で解約・継続をしているのか。全てデータから把握できます。それらを一元管理して分析すれば、顧客が本当に求めるものがなにか仮説を立てることはできますよね。
これはもうあらゆる企業が実践し、様々な書籍や記事で同じような内容を学ぶことができます。しかし、世の中を見渡すと徹底的にやれている企業はほとんどいませんでした。データを集めるまでに莫大なリソースがかかり、結果的に顧客の理解が徹底できていないのです。
これは私がMagic Momentを立ち上げた背景でもあります。
続いて、村尾氏は「データの収集と分析がもたらすメリットは顧客との信頼構築だけではなく、社内の営業プロセスの見直し、経営改善にもなる」と説く。

村尾「収集したデータを応用すれば、セールスチームの動きも把握できます。どのタイミングでどのようなアクションを取るべきかが分かり、ボトルネックになっている業務も把握できます。分析を進めれば、セールスチームのモチベーションも手に取るように分かりますから。改善できることは多々ありますが、経営視点で考えた際に特に私が期待しているのが継続率の向上です。
これまで営業の現場では、良くも悪くもKPIが信仰されてきました。とにかく『商材を売った』『アポイントを取った』人が評価され、『数字を作った方がすごい』というマインドが長年現場を支配しています。しかし、数を取っても継続率が低いケースがあります。
これは経営視点からすると好ましい状況ではありません。たとえば、契約8ヶ月で獲得コストを回収できるとして、半年で解約されてしまったら赤字です。そして多くの場合、解約した顧客は二度と同じ会社の製品を導入しようとは思いません。
こうしたことを防ぐためにも、これまでの顧客とのやり取りを遡って、利用継続に強く関係している要因を把握することが有効です。そのために必要となるのも、またデータです。
データを一元的に蓄積して分析すれば、契約後の経過も分かります。強引に1件契約を取れる人よりも、後々の継続率が高い人を評価することもできるわけです。評価基準が変われば、『とにかく目の前の、獲得至上主義のKPI数字を達成した人がすごい』という現場の意識や組織の雰囲気を変えることができるかもしれない。先ほど述べた商いの基本に立ち返ることも可能です。
現に私がいたGoogleやフリーでは全てがデータ化されていました。営業セールス活動の相関関係をはじめ、アポイント・顧客担当・カスタマーサポートの関係が可視化できていたので、行動に無駄がない。だから両社ともに著しく成長できたのではないでしょうか」
変えたいのは、ツールではなくオペレーション

ここまでは、現代の営業組織が抱える課題とデータの活用について話を伺ってきた。現代の営業組織の課題と向き合い続けるMagic Momentは、事業を通して何を目指しているのだろうか。その本質に迫った。
村尾「Magic Moment では2020年7月より6社の企業様に対して、営業成果と生産性を大きく向上させるSaaSプロダクトをサイレントローンチしました。当該企業様の顧客との信頼構築を重視し、顧客との関係性そのものをリアルタイムに可視化する営業のオペレーションを構築しています。
ほとんどの営業組織の『獲得することこそすべて』という意識を変革しなければ、多くの企業は企業価値を漸進的に減らしていくだろうと。
ここ数年でシェアリングエコノミーは浸透し、世の中の購買の価値観は所有から利用へと大きく変化しています。ビジネスモデルも継続利用を前提としたものが広まりつつあります。この価値観が反映された世界では、これまでは機能していた『獲得すればいい』という獲得型営業は、限界を迎えます。
だからこそ、弊社はクライアントに提案する際には、『企業風土を変えましょう』と言っていますし、クライアントの課題を洗い出して、耳障りの良くないこともはっきりと伝えています。でなければ本質的な課題解決はできないからです。
中には煙たがられる方もいますが、しっかりとこちらの意図を理解してくださるクライアントもいらっしゃる。もちろんすぐには企業風土を変えることは出来ませんが、ツールを活用しながら社内で地道にデータを作り、プロセスに対する問いが生まれるようになってくれば、次第に業績は伸びていきます。
最終的に企業風土を変革するには、ビジネスの本質を見つめなおすこと、オペレーションによりデータをしっかり作ること、データをもとに仮説を立てて行動し、業績の伸びを多くの社員が経験することが重要だと思います。
Magic Momentはいわゆる営業のDXをお手伝いしていますが、取り組みの前に話を伺っていると、ホームページのリニューアルや新しいツールの導入で、一息ついてしまう企業が多いと感じています。
やはり、企業にとってDXの本来の目的というのは、業務プロセスを改善し、生産性を上げ、業績を伸ばすことではないでしょうか。そしてその中心にあるのは、経営の一丁目一番地である「顧客との関係」であるべきです」
顧客の成果に真摯に向き合う営業が残っていく世界
同社には、その先にも実現したい世界観があるという。
村尾「Magic Moment を通じて私が実現したいのは、顧客との信頼関係の再定義です。そのために必須なのは、営業が価値を提案することに集中できる世界です。顧客の成果に真摯に向き合う営業が増えた世界、と言い換えてもいいかもしれません。
顧客との確認項目、合意形成、プロダクトやサービスの利用をいかに本質的に進めていけるかを徹底的にフォーカスしている組織を増殖させたいです」


村尾「その世界を実現するために、商いの本質に立ち返ることができ、なおかつ使いやすいテクノロジーが必要だとずっと考えてきました。
そのため、弊社ではDCM Ventures を始めとするグローバルのテックに精通した日本で最も優れた投資家から資金調達し、先述したプロダクトを開発、現在エンタープライズ企業中心にクローズドベータを提供しています。
この製品を導入することで、現状抱える組織のサイロ化、部門の分断、データの欠損や信頼性の欠如といった現状の営業組織が抱える課題を一気に解決することができます。
リソースを大きくかけることなく、顧客エンゲージメント中心の営業組織を構築し、トップセールスの活動を全社で展開・型化・活用でき、顧客との関係は一気にデータとして統合され可視化されます。何よりこれは、私が徹底して結果を追求してきた中で大切にしてきた、顧客との関係性構築とその可視化、そしてインサイトの活用が織り込まれたものになっています」

村尾「ベータ版をご利用いただいているところでは、すでに成果も表れつつあります。主に新規商談を創出する場面でご利用いただいているところでは、アポイントをとる時点での顧客との信頼構築に注力し、データを見ながら地道に営業プロセスを改善していくサイクルが回るようになりました。
アポイントが商談化する割合が6倍になった例もあります。実際にお使いいただいているのは営業チームなのですが、大変ありがたいことにカスタマーサクセスチームにもこの活動は当たり前のように広がり、今では営業組織全体に顧客エンゲージメントへの変革のムーブメントが生まれつつあります。
顧客が本当に求めているものとは何なのか、それを引き出すためにあるべき営業活動とは何なのか、現状の属人的な営業組織のシステムでは見えづらいこともあるでしょう。
リアルタイムで動的にデータを蓄積・可視化できるシステムが営業組織のスタンダードになっていけば、先に述べた世界の実現に近づきます。
今後ともプロダクトやサービスを駆使し、企業様の一歩一歩の変革に徹底的にお力添えしてまいります」
執筆:鈴木雅矩
取材・編集:BrightLogg,inc.
撮影:小池大介