神経工学の技術を応用した革新的なマシンビジョンセンサー

Propheseeは、2014年にパリで創業されたマシンビジョンセンサーのスタートアップだ。従来のマシンビジョンと異なり、撮像・画像処理に、神経工学の技術を応用しているという特徴を持つ。

現在の動画は、毎秒30~60枚程度の静止画像を繋ぎ合わせて再生される。

ペラペラ漫画やアニメーションと同じ仕組みだ。つまり、厳密な構造としては、各静止画像の間に空白が存在する。しかし、人間は、その空白を埋めるような処理を脳内で施し、あたかも静止画像が連続して繋がっているかのような「幻覚」を見ている。それが動画の正体だ。

このような人間の脳機能に依拠する画像処理は、マシンビジョンに適切な手法ではない。従来のマシンビジョンセンサーは、対象物のモーションを撮像し、毎秒30~60枚の静止画像を生成した後、各画像に細切れに撮像されているモーションをバラバラに認識するに留まる。本来なら連続的である筈だが、静止画像である以上、画像間で漏れるモーションが出て来る。これでは、リアルタイムの対象物検知・認識が求められる領域、例えば自動運転センサー等には向かない。

また、従来のマシンビジョンセンサーは、静止画像の中でも、モーションと、モーションとは関係がない(つまり、変化がない)情報を併せて撮像する。この結果、モーションとは関係がなく、動画生成において無意味な情報まで処理しなければならず、処理負荷向上や電力消費増大、通信帯域拡大等の問題を生じさせている。

現状のままでは、処理能力・消費電力・通信帯域等に制約がある製品(自動運転車、IoT機器等)への搭載は難しい。

そこで、Propheseeが考え出したのが、Event-Based Sensingという新技術だ。

これは、対象物を撮像した際、変化が生じたモーションの情報のみ処理するという手法だ。変化が生じていない無関係な情報は無視する。この手法には、人間の視覚・認知機能に関する最先端の研究成果が応用されている。人間は、視界に入っている情報の全てを脳に伝達し、処理している訳ではない。視界の中で変化を検知した時に、それを実際に認識しているのだ。その検知能力は、千分の一秒単位だと言われている。

PropheseeのEvent-Based Sensing技術は、画像処理対象を最小限に抑えることが出来るため、処理負荷・電力消費・通信帯域等も抑制可能だ。

また、Event-Based Sensing技術では、対象物の輪郭・軌道・速度の観点から変化を追跡することが可能だ。対象物の座標の変化情報を繋ぎ合わせて動画を生成することにより、毎秒10,000枚以上の静止画像を繋ぎ合わせるのと同等の時間解像度・モーション精度を実現している。

事業開発・センシング・半導体・神経工学の専門家によるカルテット

「神経工学×マシンビジョン」、フランス発センサースタートアップProphesee

https://www.prophesee.ai/

Propheseeは、2014年に、パリのヘルスケア特化型スタートアップビルダーであるiBionext Networkによって生み出された。

4人の創業者の内、Bernard Gillyは、iBionext Networkの会長だ。INSEADでMBAを取得後、フランスの大手製薬企業Sanofiで眼科向け医薬品事業担当の上級副社長を務めた他、複数のスタートアップで経営者を務める等、事業開発のプロだ。

CEOを務めるLuca Verreは、ミラノ工科大学で物理・電子工学の修士号を最優秀の成績で修めた後、シュナイダーエレクトリックで戦略・事業開発のマネジャーを務めている。

INSEADでMBAを取得後、CEOとしてPropheseeの創業に参画している。

CTOを務めるChristoph Poschは、ウィーン工科大学で実験物理学・微細電子工学の博士号を取得後、スイスのCERN(欧州原子核研究機構)とオーストリア技術研究所でCMOSVLSI、自動車・産業機械向けマシンビジョン、人工センシング、神経工学の研究に従事している。その後、パリ視覚研究所の主席研究員として神経工学を活用した集積回路の研究を指揮し、2012年には、Bernard Gillyが会長を務める視力回復システム開発のスタートアップPixium Visionを共同創業している。2014年にPropheseeの共同創業に参画して以降、現在までCTOを務める傍ら、ソルボンヌ大学の研究教授の職にもある。

4人目の共同創業者であるRyad Benosmanは、ソルボンヌ大学で数学・ロボティクスの博士号を取得し、パリ視覚研究所の神経工学センシング・ナチュラルコンピューティング部門のヘッドを務めた、当該領域の権威だ。これまでに80以上の論文を発表している他、9つの特許を保有している。

マシンビジョンの覇権をかけ参画する欧米の大手投資家陣

「神経工学×マシンビジョン」、フランス発センサースタートアップProphesee

Propheseeは、2014年の創業以来現在に至るまで、37.3百万ユーロ(約45億円)を調達している。

2015年のシードラウンドでは、ドイツのメガ自動車サプライヤーであるボッシュのCVCが75万ユーロを出資。Intel Capitalがリードした2016年のシリーズAには、ボッシュは勿論、フランスの大手自動車メーカーであるルノーも参画し、15 百万ユーロを出資している。ボッシュ・Intel Capital・ルノーの三社は最新ラウンドである2018年のシリーズBでも19百万ユーロを出資し、引き続き支援している。

投資家陣を見てもお判りの通り、自動運転車用マシンビジョンセンサーの技術競争を制するべく、欧米の自動車メーカー・サプライヤーが積極的に参画している構図だ。

果たして、Propheseeは「第2のMobileye」になり得るのか、今後の動向にも、引き続き注目して行きたい。

寄稿:伊澤範彦(ローランド・ベルガー)

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