「那須まちづくり広場」は「人生の最後まで自分らしく生きる」をコンセプトに、サービス付き高齢者向け住宅(以下、「サ高住」)と地域住民も利用可能なカフェ、マルシェなどが一体化した交流拠点だ。今回は、この場所を住まいとして選んだ方にインタビュー。

そこには、「老後」と一括りにできない、人生100年時代における「自分らしい生き方」を模索する物語が詰まっていた。

移住検討プロセスが夫と未来をとことん話すきっかけに~60代・岡田さんの場合

「那須まちづくり広場」のサ高住は、基本的に一人で生活ができる自立型「ひろばの家・那須1」と、何かしらのケアが必要な介護型「ひろばの家・那須2」がある。その人、その人に合ったサービスを受けられるなど、老後の住まいをシームレスにサポートしてもらえる拠点となっている。

【50代の選択】那須移住して「高齢者向け住宅」に住むことにした。ゆるやかな繋がりで自分らしい生き方を見つけた人たちの話 「那須まちづくり広場」

もともとは小学校だった場所を改修。校舎はカフェ、マルシェ、ホールなど地域の人々も活用できる場所でもある(写真撮影/白石知香)

【50代の選択】那須移住して「高齢者向け住宅」に住むことにした。ゆるやかな繋がりで自分らしい生き方を見つけた人たちの話 「那須まちづくり広場」

校庭だった場所に並ぶ「ひろばの家・那須1」。平屋で小さな庭もある(写真撮影/白石知香)

同い年の夫と、自立型のサ高住で暮らしている岡田陽子(おかだ・ようこ)さんが那須まちづくり広場の存在を知ったのは8年前。まだ50代の時だった。もともと、那須まちづくり株式会社の近山恵子代表と旧知の仲で、「今度那須に、サービス付き高齢者向け住宅が建つので、考えてみては?」と誘われたのがきっかけだ。
「と言っても、当時は東京に家を持っていましたし、那須には地縁もないし、移住するなんて、思ってもみませんでした」

しかし、観光がてら何度か足を運び、みんなでまちづくりを考えるプロセスに興味を覚え、顔見知りが増えるにつれて、少しずつ気持ちが変化した。
「当時は私も夫も現役で働いていて、老後の実感はなかったけど、那須へ向かう車中の2時間、助手席の夫と対面でなく、横並びで語り合えたことが、すごく良かったんです。日常生活の中では避けがちな話も、流れる景色を眺めながらだと、自然と本音で話せるんですよね。『東京は子育てをしてきた場所、仕事をしてきた場所だけど、私達、東京にずっと住み続けるイメージはお互いないんじゃないかな』とか、『将来、一人息子に迷惑をかけたくないよね、だったら、老後を迎える場所はこういうところがいいんじゃないか』とか。那須で暮らすことは突拍子もないことのように思えたけれど、案外あり得る選択肢なんじゃないか、となったんです」

移住を決めた後は、完成までの間、那須まちづくり広場にあるゲストハウスに宿泊しながら、生活圏としての那須を肌で感じるようにした。

観光地としての華やかさではなく、スーパーやホームセンターの場所、夏の暑さや冬の寒さを確認し、生活のイメージを具体化させていった。
「車で20分ほどの福島県白河市に行けば、大きなホームセンターやスーパーがあって、ここなら不便なく暮らせると思いました」

【50代の選択】那須移住して「高齢者向け住宅」に住むことにした。ゆるやかな繋がりで自分らしい生き方を見つけた人たちの話 「那須まちづくり広場」

岡田さん夫妻は完成までの期間、東京で開催されていた「人生100年・まちづくりの会」に参加。同じように入居を決めた人たちと「何があったら便利か」「どんな設備がほしいか」など話し合っていた。「これからご近所さんになる方達と事前に交流を持てたのは心強かったです」(写真撮影/白石知香)

入居後は、サポート体制のありがたさを身に染みて感じたという。
「夫が旅行先で倒れた際に、スタッフが速やかに保険証や薬手帳を郵送してくれるなど、細やかなサポートがあったのは本当に助かりました。体調が悪い時に、自分でつくらなくても食事が頼めるサービスもありがたいです」

また、那須まちづくりでは、入居者に対して「ライフプラン」の作成を推奨している。これは、延命治療の希望有無やお葬式の形式、さらには大切な持ち物の整理に至るまで、自らの最期の在り方を具体的に記すものだ。岡田さんは、自身の入院をきっかけにこのプランを書き上げた。

「最初は考えたくないことでしたが、いざ書いてみると心が非常にスッキリしました。自分が意思を伝えられなくなった時、本人が一番困るからです。私は、延命治療の項目に“息子が到着するまでは生かしてほしい”と書き添えました。自分の最後のわがままを書くことで、これからの暮らし方を主体的に選択できたと感じています」

1年に一度、誕生日にこのプランを見直す入居者もいるという。

岡田さんにとって那須での暮らしは、単なる移住ではない。自らの人生を最後まで自分らしく生き抜くための、前向きな「準備」の場でもあるのだ。

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岡田さんは現在、おもちゃコンサルタントとしての知識を活かし、広場内で地域の子どもたちに「おもちゃの広場」を開催したり、大人向けの絵本教室や敷地内の山にあるツリーハウスのイベントを担当。夫は在宅ワークでエンジニアとして働いている(画像提供/那須まちづくり)

コミュニティは単身女性の大切なセイフティーネット。70代・エンドウさんの場合

映像作家のエンドウさんは、知人から仕事として、那須まちづくり広場の記録映像の撮影の依頼を受け、2年通っているうちに「ここは日本一理想的な住まいではないか」と確信し、何の縁もない那須に移住してきた。
当時住んでいたのは大阪の都心部で、駅徒歩3分という便利な立地。周囲に商業施設がそろい、生活に不自由はなかった。
「便利だけれど、ここにずっと住み続けるの?と考えると、違う気がして。もっと自然に近くて、人と人の顔が見える暮らしのほうが私にはしっくりくるんじゃないか、と思ったんです。那須に通っているうちに、自分の価値観がどんどん変わっていったんですよね。幸運なことに、それだけ便利なエリアだから、大阪で購入したマンションは即売却でき、住宅の入居費用や引越し代がすべてまかなえました」

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エンドウさんは広場内のシェアオフィスを借り、本業の映像の仕事をマイペースに続けるほか、マルシェで店番を手伝ったりしている(写真撮影/白石知香)

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掃き出し窓の上にさらに高窓を設けるようカスタマイズしたエンドウさん宅。気に入っているのは無垢の床材。

「冬でも、素足で部屋の中を歩いても冷たくないんです」(画像提供/那須まちづくり)

現在は70代。大阪時代では経験しなかった、「小さな町」が育む豊かな交流を楽しんでいる。
「高齢者が住みながら、そこにコミュニティがある。普通はこんな場所はないですよね。外からの人もたくさん来ている。閉鎖的じゃないのが、この場所のすごくいいところ。“小さな町”だなと感じます。一番の安心感は、何かあった時に助け合えること。足を骨折したりした時に、『買い物に行ってあげるよ』とか『ゴミを出してあげるよ』と、皆が自然に声をかけてくれるんです」

都会暮らしでは感じられなかった、“制度”の外にある、ゆるやかな交流が、生活を豊かにしてくれると実感しているそう。
「挨拶をしても、その後が必ず一言二言あるんです。すぐにお茶に誘ったり、野菜のお裾分けがあったり。都会で家族がいなかったりすると、いくら便利でも不安なものです。

でも、こうしてまとまって住む形なら、安心だと思えます」

まだ老後ではないからこそ、50代のうちに決断~60代・Hさんの場合

「ひろばの家・那須1」は、サービス付き高齢者向け住宅という特長ゆえに、60歳以上が対象だが、60歳を見据えて、50代のうちに移住を決めた方もいる。
東京の下町生まれのHさんは、入居直後に60歳を迎えた。それまでは外資系企業でバリバリ働いてきたキャリアを持つ女性だ。
「友人は驚きましたよ。“高齢者向け?まだ早いんじゃない”って。でも、いつか、は必ず来るわけで。だったら、今の段階で準備してもいいんじゃないかと思ったんです。もうかなり働いてきたし、新しい環境で新しいことに挑戦したいと考えました」

持ち家マンションを売却し、現在は大学で空間演出デザインを学んでいる。
「最初は驚いていた友人も、遊びに来ると、すっかり気に入った様子でした。自分も住んでみたいと話しています」

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Hさん宅のリビング。白を基調とした家具は前の住まいから持ってきたもの。勉強するデスクは最も日当たりのいい窓際に設置した(写真撮影/白石知香)

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リビングの引き戸を開ければ寝室。広いリビングの角に勉強用のデスクを設置 (写真撮影/白石知香)

【50代の選択】那須移住して「高齢者向け住宅」に住むことにした。ゆるやかな繋がりで自分らしい生き方を見つけた人たちの話 「那須まちづくり広場」

トイレ→洗面台→洗濯機が1室に1列に並んだコンパクトな間取り。

「トイレと風呂場は、窓から外気が入り込んで寒暖差が生じるため、DIYで簡単な内窓を設置しました。内窓により、冬場の室温は3~5度ほど上昇しました」(写真撮影/白石知香)

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玄関には大学の課題で作った1/20~1/50の模型を飾っている(写真撮影/白石知香)

香害に悩み閉店したカフェ。那須だから再出発できた~50代・庄司さんの場合

「那須まちづくり広場」は、高齢者向け住宅だけではなく、通常の賃貸住宅もある。50代で多世代賃貸住宅「ひろばの家・那須3」に入居をした庄司さん夫妻は、那須まちづくり広場内にあるベーカリーとスペシャルティコーヒーの「コトリコーヒー」の店主でもある。もともとは宮城県で地域に根差したベーカリーカフェを営んでいたが、「化学物質過敏症」を夫婦で相次いで発症したことで、店を閉めざるを得なくなった。いわゆる「香害」と呼ばれるものだ。

「カフェを続けていくために、お客様に合成洗剤や香料の自粛をお願いするなど、必死に試行錯誤を繰り返しました。しかし、目に見えない香害への理解を得ることは想像以上に難しかったのです」と、庄司さんは当時を振り返る。結局、2019年にカフェは閉店となった。

「当時はまだ“香害”の認知度も低く、なんで?と言われることも多かったんです。特に常連のお客様に言われたときはきつかったですね。ネット上で『人のせいにするな』、『体質を変えればいい』とバッシングにあったときはかなり辛かったです。

ただ、同じ症状に苦しむ方たちから『発信してくれてありがとう』という言葉をいただいたときはうれしかったです」

その後、パン・コーヒーの製造・委託販売を続けてきたが、当時は暗いトンネルの中にいたような気持ちだったと振り返る。
そんな、ある日、先に移住した化学物質過敏症の方の紹介で、那須まちづくり広場の存在を知り、実際に訪れてみたら、すっかりその環境に魅了されたそう。
「すごく空気が綺麗で、森に囲まれていて、ここで自分たちも何かできたらなという前向きな気持ちになりました。代表の近山さんに、持参したパンとコーヒーを食べていただいたら、とても美味しいと喜んでいただいたんです。『あなたたちはここで自分のできることすれば、周りの人たちを幸せにできるし、それが自分たちの幸せになるはず』という言葉をかけてくださったことに、すごく胸を打たれました」

タイミング良く、多世代の賃貸住宅に空室があったため、給食室の一角を工房として改装できることとになり、那須に移住した。

【50代の選択】那須移住して「高齢者向け住宅」に住むことにした。ゆるやかな繋がりで自分らしい生き方を見つけた人たちの話 「那須まちづくり広場」

庄司さん夫妻。金・土・日の店舗営業のほか、スーパーや道の駅での委託販売も。「最初は不安でしたが、同じように移住してお店を始めた方から『3年は頑張ってみて。3年経つと景色が変わるから』と励まされました。誠実に材料にこだわってつくり続けていたら、本当にそうだなと思いました」(画像提供/庄司さん)

【50代の選択】那須移住して「高齢者向け住宅」に住むことにした。ゆるやかな繋がりで自分らしい生き方を見つけた人たちの話 「那須まちづくり広場」

学校の給食室だった場所を好きにリノベーションし、半分を厨房、半分を販売スペースに(写真撮影/白石知香)

那須まちづくり広場では、「障害のある方もない方も助け合い暮らす」という精神が根付いている。個人への対応だけではなく、環境汚染と健康被害があることを鑑み、香害に関するポスターが貼られ、関係者、入居者に、香料入り商品を使用しないよう働きかけている。
「以前は『どうして私があなたに合わせなきゃいけないの』と言われることが多く、孤独を感じていました。でもここでは、住民の方が『どうしたら安心して過ごせる?』と聞いてくださる。その一言が、どれほど私たちの救いになったか分かりません」

【50代の選択】那須移住して「高齢者向け住宅」に住むことにした。ゆるやかな繋がりで自分らしい生き方を見つけた人たちの話 「那須まちづくり広場」

材料は北海道産小麦100%、石臼挽きの全粒粉を配合し、天然酵母で長時間発酵させている。「砂糖や塩も厳選し、添加物を一切使わないシンプルなパンづくりを心がけています」(画像提供/庄司さん)

仕込みは夜通し行われ、朝に焼き上げる。週3日の営業だが、営業日以外も生地や具材の仕込みに追われる多忙な日々だ。それでも、以前のように週6日フル回転で働いていた時とは心の持ちようが全く違うという。店には、庄司さんの発信をSNSで見て、同じ化学物質過敏症に悩む人々が全国から訪れるようにもなったこともモチベーションのひとつになっている。
「週に数日店を開けて、直接お客さんと対話しながら、どんな思いでパンをつくっているかを伝えたいという夢がありました。今はその夢が叶い、自分の体調に合わせたちょうどいいペースで働くことができています」

現在50代の庄司さん。那須での暮らしを通して、老後に対するイメージも劇的に変わったという。
「以前は、高齢者住宅といえば『望むと望まざるとに関わらず、入れられる場所』というネガティブな印象を持っていました。しかし、ここで生き生きと働く先輩方の姿を見て、老後への憧れを抱くようになったんです。70代であっても現役で元気に活動している。だったら、私も『まだまだこれから新しいことにチャレンジしてもいいんじゃないか』と思えてくるんです。新しい夢は、ここを工房として残しつつ、近隣の物件を購入して改修を行い、化学物質過敏症の人も安心して集える飲食店やワークショップの場をつくること。季節の果物でジャム作りや自家製梅干し作り、コーヒーの淹れ方やパンづくりなど、自然に沿った暮らしの知恵を共有できる場所にもしたいです。かつてどん底にいた時には考えもしなかった未来ですが、今は少しずつその形が見えてきています」

今回4人の入居者の方々のインタビューを通して感じたことは、これからの人生をどう過ごすか前向きに考えていらっしゃる方ばかり、ということ。人生100年時代に、50代、60代は「まだまだ現役」かつ「老後のひとつ前」のライフステージだ。子育てがひと段落し、ケアは必要ではないけれど、漠然とした将来の不安もある、この時期に、医療・看護・介護ケアがワンストップで受けられ、助け合うコミュニティがあることはどんなに心強いか。超高齢化社会におけるひとつの理想形といえるかもしれない。

●取材協力
那須まちづくり広場
コトリコーヒー

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