株高の勢いが止まらない。日経平均株価は、3月に中東情勢の緊迫化を受けて一旦大きく調整したものの、4月以降は持ち直しに転じ、足元で再び上昇基調を強めている。
米国・イスラエルによるイランへの攻撃やイランによるホルムズ海峡閉鎖による原油価格の高騰などを背景に、日経平均は一時5万1000円台まで下落したが、その後は回復基調に転じ、4月16日にはイラン攻撃前の2月27日につけた史上最高値を更新。5月22日の終値は6万5158円で、初めて6万5000円の大台を突破した。
こうした株高を前に、「さすがに上がりすぎではないか」「バブルではないか」といった声も聞かれる。しかし、今回の上昇を短期的な熱狂と片づけるのは適切ではない。
日本株の急上昇を演出しているのは海外投資家である。中東情勢を巡る過度な警戒感の後退、AI・半導体関連株の再評価といった材料が海外投資家の買いを促していることは確かであろう。しかし、彼らが日本株に資金を投入している理由はそれだけではない。日本の政策、日本企業の経営姿勢、日本経済そのものに対する評価が、海外投資家の間で変わり始めている。今回の日本株高は、その変化を映す鏡でもある。
本稿では、足元の相場上昇の背景を整理したうえで、なぜ海外投資家が日本株を積極的に買っているのか、その理由を考えてみたい。
■相場を押し上げた「AI・半導体関連株の再評価」
今回の上昇相場を語るうえで、AI・半導体関連株の存在は欠かせない。生成AIの急速な普及を背景に、世界的にデータセンター、半導体などへの需要期待が高まり、関連企業の設備投資拡大と高い収益成長が改めて意識されている。
実際、足元の各国企業決算を通じてAI需要の強さが再確認されている。日本市場では、日経平均への寄与度が大きい値がさの半導体関連株が指数全体を押し上げやすい構造があるため、AI・半導体ブームの再燃が株価指数の上昇に直結しやすい。
現在のAI相場に対する警戒感は根強い。ただし、かつてのITバブルとの大きな違いは、企業収益の裏付けがあることだ。ITバブルのころは赤字企業も多く、バリュエーションは極端な割高水準にあり、期待先行は否めなかった。今回はAI分野への投資を中心に企業業績の裏付けを伴う上昇である。市場心理だけでなく、利益見通しの改善が株高を支えている点は重要だ。
さらに言えば、中期的なAI需要の拡大はなお疑いにくい。現時点では、AIの収益源はデータセンターなどの投資需要が中心である。しかし、今後はAIエージェントの普及が進み、企業の業務そのものにAIが深く組み込まれていく可能性が高い。
また、その先にあるのが、いわゆるフィジカルAIである。
AIがロボットや産業機械と結びつけば、省人化、無人化、自動化の需要は一段と広がる。
■なぜ海外投資家は日本株を買い漁るのか
もっとも、AI・半導体株の強さだけで日本株全体の上昇を説明することはできない。実際に相場を大きく押し上げた主役は海外投資家である。4月以降、海外投資家は7週連続で日本株を買い越している。4月の買い越し額は5兆6965億円と月間買い越し額で過去最高を更新した。さらに連休明けのわずか2営業日でも1兆2351億円の買い越しとなり、急騰相場を演出した。
なぜ海外投資家はこれほど積極的に日本株を買っているのか。もちろん、イラン情勢の改善期待やグローバルなAI・半導体関連株上昇の流れの一環で日本株にも資金を入れているという面はあるが、そもそも、日本株に対するポジティブな評価をしている海外投資家が増えている可能性が高い。以下では、その理由を三つに整理したい。
理由1:高市政権の成長戦略への期待
第一の理由は、政策への期待である。昨年の高市政権の発足後、市場では財政拡張的で成長重視の政策運営が続くとの見方が広がった。
■非効率からの卒業、「変わり始めた日本企業」像の広がり
特に注目されているのは、AI、半導体、防衛、造船、核融合など17の戦略分野への重点投資を柱とする成長戦略だ。こうした政策は、関連産業にとって直接の追い風となるだけでなく、日本経済全体の潜在成長率を押し上げる期待につながる。
海外投資家から見れば、日本政府が単なる景気対策ではなく、分かりやすく「どこに成長の資本を配るのか」を示したことの意味は大きい。経済安全保障、先端技術、サプライチェーン再構築、エネルギー転換といったテーマが国家戦略として位置付けられ、それが企業の投資行動と株式市場の期待を結びつけている。海外投資家は、こうした政策の方向性を評価しているのである。
理由2:コーポレートガバナンス改革に対する「本気」度
第二の理由は、日本企業によるコーポレートガバナンス改革の進展である。これはここ数年、海外投資家が一貫して高く評価してきた論点だが、最近はその定着に加え、変化も見え始めている。
東京証券取引所は、PBR1倍割れ企業を念頭に資本効率改善を強く促してきた。企業側もROEや資本コストを意識した経営を求められ、株主との対話を重視する姿勢が広がっている。
■見ているのは「目先の株価対策」ではない
2010年代半ば以降、自社株買いを中心に事業法人の買い越し額が増加基調にあり、需給面から株式市場の下支え要因になるとともに、海外投資家の評価にもつながっている。ただし、海外投資家が重視しているのは、単に株主還元策が増えたことだけではない。
「日本企業は余った現金をため込む」といった非効率な経営をしているという長年のイメージが修正されつつあることだ。日本企業が変わり始めたという認識は、海外投資家の日本株評価を大きく押し上げている。
さらに重要なのは、改革の議論が次の段階に入りつつある点である。国内では、余剰資金を単に自社株買いや配当に回すだけではなく、設備投資、人的資本投資、知的財産投資といった中期的な成長投資に振り向けるべきだという考え方が強まっている。
金融庁でも、コーポレートガバナンス・コードの見直しを通じて、余剰資金の有効活用を促す方向が検討されている。この流れは、日本の株式市場にとっても好材料である。自社株買いがやや減る局面があったとしても、それが将来の収益力を高める投資につながるなら、企業価値の向上という観点ではより望ましい。
海外投資家が見ているのは、目先の株価対策ではなく、資本配分の質そのものなのである。
■インフレ経済への好感
理由3:日本経済のデフレ脱却と「正常化」
第三の理由は、日本経済そのものの構造変化である。
1990年代後半以降、日本は長くデフレに苦しんできた。価格が上がらない、賃金も上がらない、企業は値上げをためらう、名目成長率も伸びない。そうした環境の下では、企業が売上を伸ばし、利益を積み上げ、投資を拡大する循環は生まれにくかった。
2026年度の春闘賃上げ率は昨年に続き5%程度の高水準が見込まれており、日銀が目指すところの賃金と物価の好循環が実現しつつある。日本もようやくインフレ経済に戻りつつあるといえる。
もちろん、足元の物価上昇には輸入インフレの側面もあり、家計にとって痛みを伴う部分はある。しかし、一定のインフレそのものは、企業にとって必ずしも悪いことではない。名目GDPが拡大すれば売上は増えやすくなり、価格転嫁が進めば利益率の改善も可能になる。デフレ下では難しかった値上げが進み、売上高以上に経常利益が伸びる局面も生まれやすくなる。
利益が増えれば、企業は投資余力を持つ。しかも日本では人手不足が深刻化しており、省力化投資やDX投資への需要は強い。
■「変わり始めた日本」への期待が原動力
以上のように、海外投資家が日本株を買っている理由は、単なる出遅れ修正や最近のAI相場への便乗だけではない。政策は成長志向へと傾き、企業は資本効率を意識し、日本経済はデフレから脱却し正常化に向かっている。こうした三つの変化が同時に進んでいることを海外投資家は評価しているのである。
言い換えれば、彼らが買っているのは日本株そのものというより、「変わり始めた日本」への期待である。過去の日本には、割安であっても買われない理由があった。だが今は、変化の方向性が見え始めている。その意味で、現在の日本株高は単なる相場の熱狂ではなく、日本経済の評価の見直しと捉えるべきだろう。
相場上昇のスピードが速く、バリュエーション面での割高感も見え始めているため、短期的には調整もありうる。しかし中長期でみれば、海外投資家の日本株買いの背景は、一時的なテーマではなく、息の長い構造変化に支えられている可能性が高い。日本株の上昇相場は終盤ではない。むしろ、長い低迷期を経て、ようやく長期的な上昇トレンドに入ったと考えるべきなのかもしれない。
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武内 浩二(たけうち・こうじ)
伊藤忠総研 主席研究員
1993年北海道大学法学部卒業。日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行し、市場投資調査部、調査部で企業アナリスト、市場調査、経済調査に従事。みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)内外経済・金融市場総括、首席エコノミストなどを経て、2025年より現職。著書に『債券取引の知識』(日経文庫)、『サブプライム金融危機』『ソブリン・クライシス』(いずれも日本経済出版社、共著)等。
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(伊藤忠総研 主席研究員 武内 浩二)

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