今年4月、米国の新興AI開発企業であるアンソロピックが新型AI(人工知能)の“ミュトス”を発表した。一方、中国でも、米国の最先端の推論モデルに匹敵するAIが登場した。
世界の大手金融機関、コンサルティング・ファームなどは、これまで若手社員が行ってきたデータの整理や、リサーチペーパーの作成をAIに任せることが可能になっている。その分、人員は少なくて済む。世代別に見ると、主に若年層の雇用機会はAIに奪われている。
世界経済フォーラム(WEF)は、2030年までにAIに関連して、世界中で約9200万の雇用減などの影響があると予測した。2049年までに中国では、最大2億7800万人の労働者がAIに取って代わられるとの推計もある。
■AIは人類の味方か、それとも敵か
問題は、AIが人間を押しのけた結果、本当に、企業の事業運営や経済の効率性が高まるかどうかだ。今のところ、そうした点についてはさまざまな見方があるものの、AIによってコストを削減できることは間違いがないだろう。当面、AIの利用範囲の拡大は進むことになる。その結果、私たち人間がAIに押し出されるケースは増えるはずだ。
ただ、長い目で見ると、どこかの時点で、本当にAIは人類にプラスになるか、はたまた、マイナスをもたらすかの検証は必要になるだろう。少なくとも、AIのアウトプットの正しさを誰が、どう確認するかという問題を解決しなければならない。
■アメリカと中国の差はどんどん縮まっている
現在、世界のAI開発は、米・中がしのぎを削る状況になっている。それは、米・中AI戦争とも呼ばれる。足元の状況を確認する資料の一つに、米国の「AI標準・イノベーションセンター(CAISI)」の調査がある。CAISIは難易度の高い問題で推論モデルをテストしており、評価の客観性は高いといわれている。
5月1日の同センターの公表によると、米国の最新の推論モデル(オープンAIのGPT-5.5やアンソロピックのClaude Opus 4.6)は、中国DeepSeek V4 Proに8カ月程度先行した。米国の企業は、世界最先端の製造装置、半導体関連部材で作られた最新鋭の演算装置、メモリー半導体にアクセスできる。その分、中国より高い推論性能を発揮しているだろう。
別の評価もある。米カリフォルニア大学バークレー校の学生・教授らによる「Chatbot Arena」は代表例だ。AIの回答にユーザーが満足するか否かで評価を行う。その基準では、米中最新AIの差は実感するのが難しいまでに縮小しているようだ。
■AI開発に没頭した結果、ニート大量発生
中国AIモデルの実用性を引き上げた要因の一つとして、中国勢は米国企業のAI学習データを秘密裏に入手した。
その結果、中国では若年層の失業率に深刻な影響が出始めた。3月、25~29歳同世代の失業率は7.7%、前月の7.2%から上昇した。失業率も全体として上昇した。不動産バブル崩壊による雇用機会喪失に加え、AIの影響は大きいとみられる。
それは、中国のIT大手企業の人員削減から確認できる。最も大規模にリストラを行ったのはアリババだったといわれている。アリババは、AIによる業務運営、中長期的な開発資金捻出に構造改革を断行した。昨年、約34%の人員を削減した。採用も進めているが、AI開発者がメインだ。
中国政府は、AIによる業務運営で大量失業が発生すると懸念を高めているようだ。企業がAIによる職務代行で得た利益を、失業者などに還元する“ロボット税”の導入を真剣に検討する政府関係者もいるという。若年層の雇用機会減少によって、AI時代の“ニート(就学、就労、職業訓練のいずれも行っていない人)”が増えるとの悲観論もある。
■IBMは5500億円のコストカットに成功
米国でも、AIが人間から仕事を奪い始めている。アマゾンは、AIによる業務運営で意思決定スピードを引き上げると表明した。昨年10月から今年1月だけで、約3万人の人員をカットしたようだ。
マイクロソフトでは、ソフトウェア作成のプログラムコードの30%をAIが担っている。さらに、顧客への提案など営業関連の分野でも、AIの利用が進んだ。昨年7月だけで、同社は9000人を削減した。さらに、2026年、米国で8750人程度の削減を予定しているようだ。メタも、業務の効率化とデータセンター投資資金の積み増しに、人員削減を加速させている。
IBMでは、勤怠、給与、雇用契約などの定例業務の94%をAIに代行させているという。2024年、コスト(主に人件費など)の圧縮効果は、35億ドル(5500億円程度)に上った。
5~7月期、ネットワーク機器大手のシスコシステムズは、AI事業の強化に4000人弱を削減すると明らかにした。パソコン、プリンター大手のHPは、AIによる自動化で人員が余剰になったとし、2028年までに最大6000人の人員を削減する方針だ。
■ルーティン業務なら人間でなくてもいい
日本企業でも、AI導入で人員を削減する企業は増えている。一つの例はリクルートだ。昨年、同社は米国拠点のインディード、グラスドアの2社をはじめ、日欧でも人員削減を実施すると明らかにした。同社のケースは、わが国の企業としてはまだ少ない、AI導入による人員削減の例に位置づけることができる。
他の企業でも、AI導入による業務効率化の一環で、人員体制を見直すケースは増えた。大手化学製品メーカーは、AI導入による業務効率化を加速させつつ、50歳以上の従業員を対象に希望退職を募った。黒字であっても、AI導入でさらなる事業運営費の削減を徹底しようとする企業は増加傾向だ。
電機メーカーや金融機関でも、人事などルーティン業務の一部を、AIに置き換えるケースは増えた。
■人類を攻撃するAIはフィクションか?
一方、AIのリスクや問題は、自動化によるコスト削減といったメリットを上回る恐れが高い。
イラン戦争では、AIを搭載したドローンが攻撃に使われた。米中などでは、軍事用ロボットの開発も進む。サイバー攻撃が起き、AIロボットが自律的に人間を攻撃することも想定される。ハリウッド映画のような世界が、現実に起きる恐れは高まる。
ビジネスの現場でも、深刻な問題が発生した。4月、米大手法律事務所のサリバン・アンド・クロムウェルは、裁判所に提出した書類の中に、AIのハルシネーション=幻覚を原因とする誤りがあったことを認め、謝罪した。カンザス連邦地方裁判所は、AIを使い架空判例や虚偽記載を行った弁護士に制裁を科した。
■生き残るのは「チェックできる専門家」
AIの利用が急速に進むと、正確性や正当性を担保する業務・人員が必要になるはずだ。そのコストは、企業が享受するメリットを上回る可能性がある。
AIの世紀、個々人にとって、AIの脅威への対応策を持つ必要性は急上昇だ。ポイントになるのは、経験や専門性など明文化できない“暗黙知”の蓄積だろう。それは、AIのアウトプットが、法令や社会通念に照らして正当かを判断するための要素の一つだ。
では、どのようにして、そうしたセンスを磨くか。それは、口で言うほど容易なことではないが、とにかく、学びなおしを重ねるしかない。一つの方策として、ものの考え方の基礎を知るきっかけとして、AIを活用することは有効だ。
その上で、AIが提示した論文などの出典を確認し、関心がある分野は原典の論文、専門書を読み込む。さらに、大学院などで研究を行うこともよい。そうした取り組みを重ねることで、より深い知見、洞察力を身に付けることはできるだろう。
AIを使うことで、プログラミング言語への習熟も行いやすくなった。AIによる業務代行、雇用機会減少などの脅威に対応するために、老若男女を問わず、新しい理論に習熟し、他者にはない発想を実現する。今後、そうした個人の実力がより重要になるはずだ。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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