「投資をしない奴は損」——新NISAの誕生以降、SNSには資産形成の成功体験があふれ、若者たちを焦らせている。最新の調査では20代の4割が老後を見据えた投資を始めているというが、その裏で、将来の安心を買うために「今の生活」を極限まで破壊してしまう若者が急増している。
現代社会が陥る「終わりのない資産形成レース」の病理とは?

趣味・遊びへの支出は2400円減

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’25年の金融経済教育推進機構(J-FLEC)の調査によると、老後資金を目的に資産を保有する20代はこの10年間で24.4%から40.3%に増加。20代の4割が老後を意識した資産形成を行っている。また、’26年のSMBCコンシューマーファイナンスの調査では、前年に比べて20代の月平均投資額が5000円増える一方、趣味・遊びへの支出は2400円減になった。

このように投資熱が高まる一方で、問題視されているのが収入を投資に回しすぎて生活が苦しくなる「NISA貧乏」の増加だ。

「S&P500は年平均10~12%成長し、長期で見れば過去に一度も元本割れをしていない、いわば絶対に勝てる勝負。徹底的にやらないと損だと思ったんです」

そう話すのは、都内の飲食店に勤める森田裕也さん(仮名・29歳)だ。投資に目覚めたのは、’24年に新NISA制度が施行されたときのことだ。

「年収は360万円ほどで、ボーナスも業績次第でカット。店長になったところで、高が知れていると思い始めた時期でした。SNSは『将来のために非課税保有限度額の1800万円を埋めることが正義』みたいな投稿で溢れ、すでに始めた人は順調に資産を増やしている。自分は早稲田大学卒で数字に強いし、よく聞く老後2000万円問題もこれで全部解決すると思いました」

生活は苦しくなる一方だった

もともと競馬なども好きで、「楽して稼ぎたい」気持ちもあったという森田さんだが、ギャンブルも感覚ではなく論理派。数字に裏打ちされたインデックス投資は、まさにカネのなる木に見えたという。

「クレカの自動積み立てにすれば、投資額に応じて数千円分のポイントがつくんです。上限がちょうど10万円。
手取りは22万円しかなかったけど、毎月、上限までつぎ込んでいました。完璧主義なところがあり、少しのポイントも無駄にしたくなかったんです」

しかし、積み上がる口座残高とは裏腹に、森田さんの生活は苦しくなる一方だった。

「家賃5万円のワンルームで、食事は賄い飯。消費者金融からの借金こそ踏みとどまったものの、生活費が足りなくなるたびに家財を売り払い、部屋はほとんど独房状態。それでも足りないときはウーバーイーツの配達で3万円程度稼いでしのぎましたが、自分の働いている店から注文が入らないようにわざわざ遠くの店まで遠征していました。友人の結婚式のご祝儀代が惜しくて、『仕事が忙しい』と噓をついたこともあります」

虫歯の治療費が払えず投資生活はあえなく終了

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すでにすべて解約してしまっていたが、森田さんの証券口座の履歴には米国株、特にテクノロジー関連や大型成長株を中心に据えた投資信託の銘柄が並んでいた。ハイテク分野での積極的な利益を狙う手法を取っていたことも、彼のヤマっ気の強さを表している
すべては自身の将来のため。友人関係も断ち、恋人もつくらない禁欲生活を続けた森田さんだが、その終止符が打たれたきっかけは“虫歯”だった。

「治療費をケチって放置したところ、インプラントで10万円以上かかると告げられたんです。治療のためにしぶしぶ証券口座の一部を取り崩したのですが……。そしたら今度は、お金を使うことに歯止めがかからなくなったんです」

自由にカネを使えることに味をしめた森田さんは、結局、ボーナス積み増し分を含む2年間でつくった金融資産約400万円を解約。抑圧された欲求の反動で、使い道は投資から浪費へ移っていった。

「先週も競馬に10万円突っ込んで負けましたが、使えるカネを考えればこの2年間と変わらない。まだわずかながら解約した分の手残りもあるし全然大丈夫ですよ」

苦しみながら投資を続けた時間はなんだったのか……。
森田さんのように、将来を不安視するあまり、過剰な節約と投資行動に走る若者は増えている。その背景には、若者の将来不安を煽る社会的な構造がある。元ゴールドマン・サックスの金融トレーダーで、著書に『お金の不安という幻想』がある田内学氏は、現代社会のムードを次のように読み解く。

「’19年頃に話題となった老後2000万円問題を皮切りに、世の中でお金への不安が増しました。年を経るごとに必要とされる金額は大きくなり、今や4000万円ともいわれています。これは『終わりのないチキンレース』のようなもので、みんなどこまで頑張ればいいかわからない状態に陥っているのです」

なぜ目標額は膨らみ続けるのか。田内氏が指摘するのは、日本社会の構造的な問題だ。

「本当の問題は、人口構造にあります。AIで対応できる分野もあるが、少子高齢化で働き手が不足していて、モノやサービスの供給が足りなくなりつつある。いくらお金を貯めても、買えるモノが増えなければ、結局はインフレで必要な金額が上がるだけ。『◯◯万円あれば安心』という絶対額に意味はないんです。今の日本の“勝利条件”は『人より多く貯めること』に変わっている。
必要な金額は、近づいたと思ったら遠ざかる“蜃気楼”のようなものなのです」

社会に出る前に老後を不安視する学生たち

不安を抱えた人間の心理は冷静な判断を狂わせる。ましてや生活に直結するカネに関することであればなおさらだ。

「不安に駆られると、人はやれることがあるほうが安心する。だから『NISAをやりましょう』という号令が示されれば、それに飛びついてしまうわけです。私は大学で講義をする機会があるのですが、これから社会に出ていく可能性に溢れた学生が、『老後の不安があるから今のうちにお金を貯めたい』と言うわけです。社会に出ることではなく、その先の老後への不安が先に来てしまっている」

さらに、NISA以外にも目を向けるべきと田内氏。

「そもそも、まとまった元手がなければ投資のリターンも知れています。政府が掲げたのは『貯蓄から投資へ』というスローガンだったはず。それがいつの間にか、『生活費を投資へ』にすり替わっています。転職や副業が当たり前の時代だからこそ、知識や経験などの『人的資本』や人間関係などの『社会関係資本』の構築に時間とお金を使ってもいい。将来の稼ぐ力そのものが、複利で育つのです」

日経平均はついに6万3000円を突破。豊かさに必要な金額が上がり続けるチキンレースを走り切るためには、まずは「今の暮らし」から大切にしなければいけない。


【社会的金融教育家 田内学氏】
元ゴールドマン・サックストレーダー。金融教育分野で講演、執筆活動を実施。『お金の不安という幻想』(朝日新聞出版)ほか著書多数
【実録】「手取り22万で月10万投資」した29歳・早稲田卒男性の末路。部屋は“独房状態”、最後は“虫歯”がきっかけで崩壊
[新型貧乏]の法則
※2026年5月26日号より

取材・文/週刊SPA!編集部

―[働いているのに…なぜか使えるお金がない![新型貧乏]の法則]―
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