馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。日本ダービーは特別編で、武豊騎手=栗東・フリー=のダービー6勝を【武豊伝】として取り上げる。

第1回は1998年のスペシャルウィーク。10度目の挑戦にして、ようやくつかんだ初の勝利だった。

 ユタカがついに手に入れた。それも一番でかい夢を―。武豊は真っ先にゴールを駆け抜けると、やさしくスペシャルウィークの首筋をポンポンとたたきながら、静かにウィニングランに入った。

 喜びを爆発させたのは、そのあとだ。「やったぞ!」。17万の観衆に向かって右手で拳をつくり、何度もガッツポーズ。いつもとは明らかに違う。天才のこんな派手で大きなアクションは見たことがない。

 「子供のころからの夢。そして、あこがれ。

やっとかなった」。温かい手拍子とユタカコールが勝者を迎えた。「ダービーだけは重みが違う。特別な意識があった。本当にうれしい」。デビュー12年目でG1レースを26勝(1位タイ)もしている男から笑みが絶えない。

 沈着で冷静な騎乗に、ライバル17頭は全くつけ込めなかった。前半は中団のインでじっと我慢を決め込んだ。「1コーナーで不利を受けるのが怖かった。内側の4頭が先行してくれたので、すごくいい形になった」と振り返る。向こう正面はキングヘイロー、セイウンスカイを見ながら、馬場の悪いインコースから外へ。「前にいる馬は全部見えていたからね。

余裕を持って4コーナーを回った」。この時、すでに勝利を確信したはずだ。

 約500メートル。日本一長い直線はスペシャルウィークのためだけにあった。「追い出したときの反応がケタ違い。1頭分開いていたすき間にスッと入れた」。スパッと割って勝負に出た。左ムチがしなった。懸命に逃げ込みを図るセイウンスカイの横をすり抜ければ、もう敵はいない。5馬身差。「グングン伸びた。まさか、負けないと思ったけど、ゴールは遠かった」。

最後まで必死に追った。

 10度目の挑戦で、ついにつかんだダービージョッキーの称号。保田隆芳さんに続く、史上2人目の8大競走完全制覇も達成した。そして、1972年にロングエースで勝った父の邦彦さんに続く史上3組目の親子制覇。「昨日、(父は)中京競馬場ですれ違ったのに、自分の馬が勝ったことを自慢していた」と冗談っぽく明かした。

 次から次に記録を塗り替え、また一つ大きな勝利を手にした。「これで終わりじゃないし、ダービージョッキーとして恥ずかしくないような成績を残したい。1度といわず、また取りたいですからね」。現状で満足することはない。その視線はすでに、もう明日を見据えている。

〈キムタクも登場で場内歓喜〉

 競馬、芸能界のトップスター共演に、17万人近い観客の視線は表彰式に集中した。黒のTシャツに濃紺のスーツで決めたSMAPの木村拓哉がダービージョッキーとなった武豊に記念品を贈ると、場内からは「ユタカ!」「キムタク!」のコールが同時に沸き起こった。

 記念撮影でユタカがキムタクを隣に誘う気遣いを見せた。お返しとばかり式後にキムタクが並んで表彰台に上がり、ヒーローの右手を掲げて祝福した。2人は初対面。武豊はちょっぴり緊張気味だった。「やっぱりカッコいいですね。表彰台に一緒に上がれたのはいい記念になります」。騎手人生最良の日にキムタクのお祝い。自然と笑みが広がった。レースの興奮とは違った盛り上がりで、ファンは思わぬツーショットを堪能した。

〈1998年の日本ダービー〉

 皐月賞1着セイウンスカイ、2着キングヘイロー、3着スペシャルウィークの「3強」が人気を分けた。日本ダービー初騎乗の福永がキングヘイローで先手を奪う意外な展開の中、直線では皐月賞馬のセイウンスカイが先頭へ。しかし、スペシャルウィークがアッという間にかわすと、あとは独壇場。

2着には追い込みに徹した14番人気のボールドエンペラーが突っ込んだ。セイウンスカイは4着、キングヘイローは14着だった。

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