ライムスター宇多丸がお送りする、カルチャーキュレーション番組、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」。月~金曜18時より3時間の生放送。


宇多丸、『アンカット・ダイヤモンド』を語る!【映画評書き起こ...の画像はこちら >>

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

今週評論した映画は、『アンカット・ダイヤモンド』(2020年1月31日配信)です。

宇多丸:

さあ、ここからは週刊映画時評ムービーウォッチメン改め、配信映画を評論する配信ウォッチメン。『DVD&動画配信でーた』編集部監修のガチャリストの中からカプセルが当たったのはこの作品……Netflixで配信中『アンカット・ダイヤモンド』。

(曲が流れる)

『グッド・タイム』などのジョシュ&ベニー・サフディ兄弟監督が、アダム・サンドラーを主演に迎えたクライムドラマ。

ニューヨークで宝石商を営むハワードは、借金まみれで取り立て屋に追われる日々を送っていた。ある日ハワードは、巨大なブラックパールの原石を手に入れ一獲千金を狙うが、事態は思わぬ方向へ向かっていく……。共演は『アナと雪の女王』シリーズでエルサの声を演じたことでおなじみ、イディナ・メンゼルさんとか、あるいはNBA選手ケビン・ガーネットがご本人役で出演。2012年の本人役、ということです。そしてミュージシャンのザ・ウィークエンドなど、こちらも本人役です。あとはたとえば一瞬ですけども、俳優のジョン・エイモスが、一瞬本人役で出てくるとかね、そういう見どころもございます。

といったあたりで、この『アンカット・ダイヤモンド』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。

メールの量は、「普通よりちょい少なめ」。まあね、みんながみんなNetflixに入っているわけじゃないでしょうし……というところもあるでしょうけどね。賛否の比率は、褒める意見が6割、けなす意見が3割、中間票が残り1割。受け付けない人は全く受け付けないらしく、正直、賛否が分かれています。

これは非常に分かる気もします。

褒めの主な意見は「面白い! ハイテンションと緊張感、そしてダーティーな会話の応酬。首根っこを引きずられるように最後まで見てしまった」「主人公はとんでもないクソ野郎だが、かわいそうでもあるし、どこか憎めない。資本主義に踊らされた男の末路といった趣でラストの余韻がとても味わい深い」などなどがございました。一方、批判的な意見としては「とにかく見ていてストレスがたまる。話がどこに向かっていくかわからないのでイライラする。

見ていて疲れてしまう」などの声がありました。たぶん、これは本当にでも、褒めてる人も「まあ、そういう作品だよね」っていうことは納得する感じじゃないかと思いますけど。

■「特筆すべきはアダム・サンドラーの顔。最高にキモい!」(byリスナー)

代表的なところを紹介しましょう。いっぱいいただいてるんですけどね。ラジオネーム「ガク丸」さん。

「『アンカット・ダイヤモンド』、Netflixでウォッチしました。結論から申し上げて、最高でした。序盤から激しい会話とキャラの立った登場人物が多く、映画のテンポに付いていけないかと思ったのですが、気づいた時にはこのグルーヴ感がたまらなく気持ち良くなりました。特筆すべきはアダム・サンドラーの顔。終始最高でしたが中盤の破局した妻へヨリを戻そうと必死の愛の言葉をかける時の顔が、信用できなさすぎる上、最高にキモい。マジキモい! 本人の本気さがよりキモさを際立てていて『本当に変な顔』と言われて爆笑されるところが最高でした。
最後の最後での顔も最高!」。たしかにね、エクスタシー!っていうね。「俺、イキそうだぜ!」とかって言ってね(笑)。あと、「こっちがダメならこっちに行く」みたいなのが本当に最低!っていうね(笑)。

あとは褒めてる方。「タツヤ・マキオ」さん。この方は、舞台でね、プロバスケットボールのNBAが非常に重要な背景となってるわけですが、この途中で出てくる試合に関して、「劇中で賭けの対象になるあの試合は、2012年のプレーオフで行われた本当のNBAの試合です。流れる試合映像、試合結果、試合後のインタビュー等も実際のものをそのまま使っています。本作はフィクションでありながら、現実との強固なリンクを実現させて、そのリアリティーがさらなる緊迫感を生み出し、試合結果を知っている我々NBAファンにとっても当時のあの激戦を強制的に思い起こさせる強烈な映像となりました。

実際にこのボストン・セルティックス対フィラデルフィア・セブンティシクサーズの試合はこの10年間でも名勝負のひとつに数えられています。当事者であり、重要な立ち位置で本人役として本作に出演しているNBAの元スーパースター、ケビン・ガーネットの鬼神のごとき大活躍の裏に、本作で描かれた焦燥感にあふれる狂乱的な人間模様があったのだと捉えると、あの頃の試合を見る楽しさが大きく増した気持ちになります。YouTubeであの試合のハイライト映像が見られるので、NBAに興味のある方はいかがでしょうか?」という。はい、NBA視点。これは非常に勉強になりました。

一方で批判的な意見、代表なところ。「阿佐谷一の美女」さん。「『アンカット・ダイヤモンド』、見ました。正直に言うとイマイチでした。あまりハマりませんでした。アダム・サンドラー演じるハワードはとにかくクズで全く共感できませんでした。クズはクズでも見ていて愉快なクズは好きなのですが、ハワードはとにかく不愉快なクズでした。最初から最後までその場しのぎでそんな彼に振り回される周りの人々がかわいそうです。映画中盤、借金取りに終わり終われ、身ぐるみを剥がされ、妻に愛想をつかされるシーンは『ざまあみろ!』としか思いませんでした。

その後、噴水に投げ込まれ、しょぼくれた彼を愛人ジュリアが慰めるところなど、なんだかひたすらイライラしてしまいました。それだけ悪感情を抱きながらも映画終盤の一世一代の大勝負に出るシーンは引き込まれてしまいました。『どうか賭けに勝って借金をチャラにしてほしい』とは微塵も思いませんでしたが。映画全体を通して快い思いはしませんでしたが、最後のギャンブルだけは素晴らしいものがあったと思います」という。後はもう本当に激烈に「こいつ嫌い!」っていうメッセージもいっぱいいただきました。まあそれだけ入り込んでるという言い方もできるかもしれませんし、そういう映画なのは間違いないと思います。

■一貫した作風のジョシュ&ベニー・サフディ監督。ふてぶてしい陽性のエネルギーが漲っている

ということで『アンカット・ダイヤモンド』、私もNetflixで、英語オリジナル版と日本語吹替版で何回か見直してまいりました。ちなみにこれ、アメリカでは昨年12月に普通に劇場公開された作品でもあるので。普通に劇映画ということですね。ベニー・サフディ&ジョシュ・サフディ……ジョシュさんがお兄さんで、ベニー・サフディさんが弟。サフディ兄弟の最新作でございます。まあサフディ兄弟ね、すごくいろんな作品……たくさんの短編と、長編も何本か撮っていてっていう感じで。

僕は申し訳ないですけども、『グッド・タイム』以前の長編というのはちょっと見られてなくて申し訳ないんだけども。ただ、やはりですね、彼らの才能を一気に世界に知らしめることとなったと言ってよかろう、2014年の『神様なんかくそくらえ』。原題『Heaven Knows What』という映画。これは東京国際映画祭でグランプリと最優秀賞監督賞を早くも取っている作品ですけども。その『神様なんかくそくらえ』以降、今回の『アンカット・ダイヤモンド』、これは4月11日に映画ライターの村山章さんにこの番組でもご紹介いただきました。

その時にもおっしゃっていましたが、原題は『Uncut Gems』という……劇中でメインに描かれるのはダイヤモンドではなくて、ブラックオパールの原石なので、ちょっとこの『アンカット・ダイヤモンド』という邦題は、若干微妙かな?っていう気がしなくもないんだけど。まあまあ、気持ちはわかる、というタイトルではありますが。とにかくその『アンカット・ダイヤモンド』に至るまで、このジョシュ&ベニー・サフディ兄弟、わりと作風というのが、はっきり一貫している方でございまして。

ざっくり要約するなら、こんな感じですね……客観的に見れば非常に短絡的な、狭い視野しか持っていない、それゆえに常にギリギリの状況を綱渡りのように生きている、ニューヨーク裏側の人々。ニューヨークのストリートライフを生きる人々。だからと言って通常の物語的な因果応報でいいとか悪いとかをジャッジすることなく、とにかく彼らの視点に、映画の語り口的にも「寄り」をキープして――特にその『神様なんかくそくらえ』『グッド・タイム』はすごく寄りのショットが多い作品でしたけど――持続するハイテンションの中に、観客を否応なく巻き込んでいく、というね。すごくどうしようもない主人公の行動に、周りの登場人物もそうだし、観客も巻き込まれていくというような。

たとえば『グッド・タイム』だと、知的な障害を持つ弟との銀行強盗が目も当てられない失敗に終わり、捕まって病院に収容された弟を奪還しようとするんだけども、そこからありえない大チョンボが挟まれて(笑)。「じゃあ、今度は……」という感じで、とにかくこれね、その『神様なんかくそくらえ』を気に入って兄弟にアプローチしてきたロバート・パティンソン演じる主人公、この行動が、本当に行きあたりばったり。どんどん、彼にとっての想定外の事態が連鎖して、本来の目的が何だったかもよく分からなくなるほどに、脱線に脱線を重ねていくという。

で、とりあえずこの映画はここで終わり!っていう感じで、異様に無造作に突き放してバサッと終わるっていう、そういう感じ。「でも、人間とか人生って、実際こんなもんじゃね?」とでも言うような、ふてぶてしい、妙に明るいエネルギー、陽性のエネルギーもみなぎっているような、そんな映画を撮ってきた人たちですね、サフディ兄弟ね。今回の『アンカット・ダイヤモンド』もそうですけども。

■万人にはおすすめできないサフディ兄弟作は“イライラ・エンターテイメント”!?

そこにさらにですね、ちょっとストレンジな印象も増しているのが、非常に独特な、キッチュでエキセントリックな、音楽の使い方。たとえばこの『神様なんかくそくらえ』、2014年作品では、ドビュッシーの「月の光」の冨田勲バーションが、すごくミスマッチなところで流されたりとか。あとはもちろん『グッド・タイム』と今回の『アンカット・ダイヤモンド』におけるですね、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティンさんによる、80年代的なチープなポップさと現代音楽的なアバンギャルドさが入り交じったようなエレクトロサウンド、っていうのが、非常に鮮烈かつ、やっぱり劇伴としても、とても変わったポイントで流されるという。

普通だったらこの場面にはこういうテンションの曲を流すだろう、っていうのとは、ちょっとずれた感じで流される。あるいは今回だと、ビリー・ジョエルの「Stranger」がいきなり流されたり……それもすごくミスマッチな感じに流されることで、異様なニュアンスを醸し出している。あとは、大音量で流れるマドンナ、っていうのもありましたね。とにかくそんな独特の――でもまあ「ニューヨーク」というキーワードがひとつ、ありますけどね――そんな独特の電子音楽趣味というのが、サフディ兄弟作品のひとつの特色ともなっている、みたいな感じで。

なのでですね、まずはっきり言っておくと、間違いなくサフディ兄弟、好き嫌いは分かれる作風です。万人にフラットにおすすめは、僕もしません。はっきり言って。かく言う僕自身が、『グッド・タイム』を見た時点では、「これ、面白いんだか何なんだか……」っていう感じで、どう評価していいか、ちょっとよくわかってなかったところも正直、ありました。なんだけれども、これも村山章さん、先日のご紹介の中でもおっしゃってましたが、今回の『アンカット・ダイヤモンド』で、「ああ、なるほど。サフディ兄弟ってつまり、こういう語り口の映画がそもそも作りたい、ってことなんだな」ということが、よりクリアになった、作風としてより明白に確立された、みたいなところがある気がします。今回が決定打、という感じがします。

とは言えですね、とにかくその、視野狭窄で短絡的、行きあたりばったりな主人公が、後先とかね、他人の迷惑を顧みず、とにかくハイテンションで暴走していき、案の定目も当てられないことになっていく、という話なのに変わりはないので。その登場人物のバカすぎる行動全般にイライラしてしまう、という方には、ひょっとしたら本当に、ただイライラさせるだけの映画に見えるかもしれない。実際に僕も見ながら、「これは、イライラさせられる行動や状況の連鎖こそが見せ場となっている……まさにこれは、“イライラ・エンターテイメント”だっ!」みたいに、つくづく思いながら見てたぐらいなんですけど。

■「暴走するイノセンス」アダム・サンドラーのキャラクター性がぴったりはまった

ただそのね、イライラがエンターテイメントたりえている、ということに関して言えば、今回は特にやはりですね、アダム・サンドラーが主演である、ということが、非常に大きくプラスに働いてるのは間違いないあたりかなと思います。アダム・サンドラーが、どれだけね、特に本国アメリカでは巨大な存在か、まあ本当にトップ・コメディアンであり続けてきたか、ということに関しては、ちょっとここでは語っている時間がないんですけど。とにかく近年はですね、Netflix制作・配給作品に軸足を移して、人気の根強さを改めて証明してみせている、というアダム・サンドラーですけど。なので、アメリカで劇場公開された実写作品としては、2015年の『ピクセル』以来の作品、ということに今回の『アンカット・ダイヤモンド』はなるわけですけども。

今回はNetflixと、またしてもA24の共同配給作品となってるわけですけど。要はですね、そのアダム・サンドラーが、じゃあどういうキャラクターで人気があった人かという、その魅力のあたりを一言で言うならば……僕の表現で言うなら「暴走するイノセンス」っていうか。そういうキャラクターですよね。つまり、非常に親しみやすい、素朴で庶民的な、憎めない無邪気な人物。なんだけれども、その無邪気さゆえに、すごく一本気なのがちょっと狂気の領域に行ってるっていうか、一度キレると爆発的、もしくは暴力的に暴れ出す、というような、そういう彼の「暴走するイノセンス」的なキャラクターが、たとえばそのコメディ映画というジャンルで、すごい人気を博してきたわけですけど。

それを「作家的に」アダプテーション、読み替えてみせたのが、たとえばポール・トーマス・アンダーソンの『パンチドランク・ラブ』だったりすると思うんですけど。その意味で、最初に言ったサフディ兄弟の作家性……異常に視野が狭い、短絡的で行きあたりばったりの人が、ニューヨークの裏側をハイテンションで暴走していく、というのは、同じくニューヨーク育ちのユダヤ系、つまり同じ世界を見てきた人でもあり、その「暴走するイノセンス」アダム・サンドラーと、相性がぴったりなわけです。しかもアダム・サンドラーなら、そういうサフディ兄弟的なキャラクターに、まさしく「憎めない」ユーモアっていうのを、自然に加味することができる。

普通だったら感情移入しづらいキャラクターにも、アダム・サンドラーがやるなら憎めなさが、そしてユーモアが加味されるという、そういうプラスもある。ということで、このサフディ兄弟が10年来温め続けてきた、これはお父さんの経験とかも元にしたというこの企画。一時はジョナ・ヒルが主演で進んでいたようですが、結局降板して、当初の第一候補で一度は断られたという、そのアダム・サンドラーに決まって……結果、アダム・サンドラーのキャリア上でも最高レベルの名演、ハマりっぷりを見せることになるという。これ、インターネット・ムービーデータベースによれば、ダニエル・デイ=ルイスが今作のアダム・サンドラーの演技を絶賛して。アダム・サンドラーが、「俺のキャリアで最高の瞬間だ!」みたいな、あの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のディカプリオみたいなことを言っている、っていうね(笑)。

ちなみに今回のアダム・サンドラー、前歯は付け歯です。あとホクロもフェイクだそうです。っていうね。

■オープニングで乗れなかったら、止めてもいいかもしれないです。

で、まずは何しろね、『アンカット・ダイヤモンド』、オープニングからぶっ飛ばされますよね。2010年、エチオピアの鉱山で、巨大なブラックオパールの原石が、すごく労使が大モメしている中、密かに掘り出され。それでそのダニエル・ロパティンさんの、80'sチックなモーグのシンセが鳴り響く中ですね、カメラがググーッと、その原石に寄っていく。『ミクロの決死圏』よろしく、その中の中の中の小宇宙にまで、進んでいく。

これ、ちなみにこういう顕微鏡写真家の作品を参考にした、ということらしいですけど。それでタイトル、『Uncut Gems』っていうね。要するに、カットされてない宝石たち。輝く可能性を秘めているけど……な原石たち、というこのタイトルが暗示するものも、後から考えるとなかなか味わい深いですが。とにかく、その『Uncut Gems』というタイトルが出たあたりから、このオパールの原石の内部に進んでいったはずのカメラ、どうも映し出してるものが、何か様子がおかしくなってくる。最終的に、「なんちゅうところにつながっているんだよ?」っていうところに至る。そして「2012年春」というクレジットが出る。

これ、『ファイト・クラブ』とか『エンター・ザ・ボイド』とかを連想させもするけど、とにかく「何を考えてるんだ!?」と誰もが驚きあきれる、このオープニング。このオープニングにまず、「ヤバい、この映画!」ってすごくアガるか、はたまた「わけワカメ……」となってただ引いてしまうかで、まずは本作との相性がわかる。だかららとりあえず最初のオープニング、見てください。ここで乗れなかったら、止めてもいいかもしれないです。はい。それで、そこからがまたすごい。ニューヨーク、ダイヤモンド・ディストリクトという、行かれたことがある方もいると思いますけど、要するに宝石をやり取りする場所があります。お店がいっぱいあるところ。

そこに店を開く、アダム・サンドラー演じるユダヤ系の宝石商、ハワード・ラトナーさんという方。クライマックスでも実は非常に緊迫感あふれる舞台となる、このお店。あのお店は、完全にセットで作ったらしいですけど。その主人公ハワードとその周囲の人物たち、その関係性、あるいは固有名詞などを、全く説明もなく、次から次へと、時にはセリフ同士、会話同士が、かぶりまくるほどの密度と速度でやっていく。

この、全てが同時に重ね合わせられて平行に進んでいく、というこの感覚はですね、ひょっとしたら我々日本人の観客には、今回、字幕で見るよりも、たとえば主人公のハワードに森川智之さんが声をあてている日本語吹替版の方が、ひょっとしたらこの情報重ね合わせ感とかカオス感とか会話のテンポ感とか、実はそっちの方がちょっと分かりやすいかもしれない、っていう意味で僕は今回、吹替版が結構おすすめです。はい。

一番ノリとして近いのは、やっぱり本作の制作総指揮にも名前を連ねているマーティン・スコセッシの、『グッドフェローズ』かな、とも思います。つまり、説明もなく固有名詞がバンバン飛び交うことで、逆にその業界の真っ只中にいる感じ……要するに、業界の中にいれば、固有名詞なんか説明しないわけですから。その感じが体感できる作り、っていう感じだと思いますね。はい。

■ニューヨーク内幕物としても面白い、「ああ、こういう世界がたしかにあるんだろうな」感

それでこれ、撮影監督のダリウス・コンジさんが35ミリフィルムを使って……今回、35ミリフィルムで撮っています。あのざらついた質感が、70年代ニューヨーク犯罪物、っていうような感じがするのも、すごくいいですよね。

特に新鮮なのは、壁にかかってる写真、よく見ると、スリック・リックとこのハワードさんが一緒に撮った写真があったり……まあもちろん合成でしょうけど、そんな写真があったりとかして。そんな感じで、ラッパーとか、あるいは先ほどのメールでもあった通り、2012年の当人役として本作に出演しているバスケットボールのスター選手、ケビン・ガーネットさんとか……ちなみにサフディ兄弟、前に『レニー・クック』という、高校バスケのスター選手だった人のドキュメンタリーを撮ってたりする、というね。ちなみに今回のKG(ケビン・ガーネット)がやってる役は、故コービー・ブライアントにオファーして断られた役、という、こういう裏話もあったりするようですが。

とにかくその、ラッパーやスポーツ選手といったアフリカ系アメリカ人のスターが、そのラキース・スタンフィールドさん演じるデマニーのような仲介人を通して、ユダヤ系の宝石商とつながり、そういうブリンブリンな、キラキラしたアクセサリーを買っている、というこの感じ。映画などでこうやってはっきり描かれたことはあんまりないと思うんで。まずすごく「ああ、こういう世界がたしかにあるんだろうな」っていうのが、すごくリアルで興味深いわけですね。

なんか、ニューヨーク内幕物としても面白い。それでまあとにかく、この主人公のハワードがですね、開始早々からとにかく、常軌を逸したギャンブル体質、出たとこ勝負体質全開で。借金取りに追いかけ回されてるにも関わらず、なんかちょっと金目なものとか、ちょっと現金が手に入ると、それが人のものであっても、すぐに金に換えちゃって、それをバスケ賭博に全部突っ込んでるという、本当に綱渡り以外の何ものでもないサイクルを生きている、という。まあ、ざっくり言えばこれはですね、「アメリカ的な欲望」というものを極端に体現したキャラクター、というような言い方ができるかなと思います。

それゆえの、そのアイコンとしてのキャッチーさがある、というね。こういう共感できないエグいキャラクターがアイコン化していくタイプの作品ってたまにあったりしますけど、『アンカット・ダイヤモンド』のハワードはまさにそういうタイプの、アイコン化していくキャラクターかなっていう感じがします。それで、当然ですね、こんなのはちょっとでも綻びが出れば、全てがドミノ倒し的に崩壊していくに決まっている、狸の皮算用ベースのライフサイクルなので。当然、事態はどんどんと悪化していくわけですね。

ということで、このケビン・ガーネットに預けたオパール原石と、先ほどのメールにあった通り実際に2012年、彼がセルティックスでプレーした試合の行方、というのを中心にして、追ってくる借金取り、あるいはイディナ・メンゼルさん、『アナと雪の女王』でエルサの声をやっていましたけどね、あんな怖い顔していたなんて……(笑)。イディナ・メンゼルさん演じる奥さんとの、冷え切った夫婦仲。倦怠夫婦物でもある。それにさらにですね、やはり2012年の当人役、まだそこまで売れてないという立場役で出てくる、ザ・ウイークエンド。彼がどうしてここに出演しているかっていう経緯については、『キネマ旬報』5月上旬・下旬合併後で宇野維正さんが鼎談の中で語っているものがすごく詳しいので、こちらを読んでいただきたいですけど。

とにかくザ・ウイークエンドを挟んでの、ハワードの愛人であり雇用関係でもあるジュリアという方との、このイチャイチャ喧嘩関係、というね。これを演じていらっしゃるジュリア・フォックスさんという方は、映画は初出演だけど、ニューヨークでは知られたセレブというか実業家・アーティスト、という方らしいですね。あとはね、先ほども言ったけども、ジョン・エイモスさんっていう有名な俳優、『星の王子 ニューヨークへ行く』とかに出ていたあの俳優が出てきたり。その虚実の皮膜というか、本人が出ることによるその虚実の皮膜感みたいなところが、すごく味わいでもあって。あるいは本人に近いキャラクターが演じることとかがね、すごく面白い映画でもあるんですが(※宇多丸補足:他にも、コワモテの借金取りを演じているキース・ウィリアムズ・リチャーズさんは、街でスカウトされた演技未経験者、完全に“ホンモノ”寄りな方らしいです……)。

■後半に向けてどんどん高まるテンション。そしてラストは……

とにかく、そういうハワードを取り巻く人々との、ひとえに彼の身勝手さ、無謀さ故にこじれていくエピソードが、非常に非直線的に、つまりどこにストーリーが向かってるかは明確ではないんだけど、しかし着実に作品としてのテンションを高める方向で……つまり、各々きっちりハラハラさせられたりする見せ場とか面白さが用意されているため、作品としてのテンションはどんどんどんどん高まっていく感じで、散りばめられていく。たとえば、娘の演劇鑑賞をしていたら、その最中に「ああ、あいつらが来てる!」。そこからの脱出、からの監禁! とか。あるいは、息詰まるオークションでの価格吊り上げ工作! とかですね、そういう見せ場があって、テンションはどんどん高まっていく。

それで、どんどんどんどんドツボにハマっていくハワード。当然、自業自得そのものなんだけど、たとえば直前まで喧嘩していたあの愛人ジュリアの前で、「ううう……俺はもうダメだ! 何をやってもうまくいかないんだ!」とかね、グズったかと思いきや、これはジュリア・フォックスさんのアイデアだという、あの愛人ジュリアからのバカップル感丸出しの「あの」プレゼントにですね、「ううう……俺はこんなのに値しない男なんだ! 同じ墓には入れないよ~?!」とか、また勝手なことを言ってると……そこに入ってきた救いの神的な商談に、いきなりケロッとして、「いやー、やったぜ! マジでオレ、本当にハンパないんだけど!」みたいな(笑)。

この、本当の意味での凝りなさが、だんだん清々しく、かっこよく見えてくる、っていうね。あとはやっぱりアダム・サンドラーゆえの憎めなさ、愛嬌がもちろんある、というあたりで、どんどんどんどんとハワードの行動から、やっぱり目が離せなくなってくる。その極みはもちろん、クライマックスに突入していく、あのきっかけですね。オフィスでKGと話していて、勝負師の魂に、またまた火がついてしまう!っていうこのくだりで、その目に宿る狂気に、あのKGが……もう海千山千の勝負師、まさにトップで勝負しているKGが、ひるむ。そこからの、実際のですね、これ2012年のセルティックス対セブンティシクサーズの試合状況とシンクロしての、一世一代の大博打……しかもそこは、単身カジノに乗り込んでいるジュリアさんの、非常にサスペンス的な状況とも並行してあるから、とにかくまあハイテンションで盛り上がっていく、という。

それでそこから、どういう風に決着がついていくのか? 僕は思わず、「あっ!」と声を上げてしまいましたけどね(※宇多丸補足:ここ、撮影時のアクシデントから本気で身の危険を感じていたという、エリック・ボゴシアンの迫真の表情にも注目です!)。ものすごく突き放したラストのように見えるけど、なぜか高揚感とか、ある種の……つまり、やっぱりやつの幸せさっていうか、こういう風に生きてるやつって幸せなのかな、って気もするから、っていうところもあります。そしてやはり、そういういろんな人が出入りをするわけですけども、いろんな粗削りな人生、人間というもの。俺たちは、夜空に輝く、キラキラ光る星の原石だよね、粗削りだけど、そのままでは価値はないけど……みたいな。そんな、サフディ兄弟ならではの着地。

ということで、非常に人を選ぶ作品なのは間違いないので、見る前に覚悟はしていただきたいですが。僕はちょっと不思議なほどハマって。中毒的にハマってしまいました。たぶんこれは、カルト映画的に語り継がれ、上映され、愛されていく作品になっていくんじゃないですかね。

宇多丸、『アンカット・ダイヤモンド』を語る!【映画評書き起こし】

山本匠晃アナがガチャを回した結果、次回の課題映画は『エンツォ レーサーになりたかった犬とある家族の物語』に決まりました。

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

◆4月24日放送分より 番組名:「アフター6ジャンクション」
◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20200424180000